<1-6>

 やっと声を掛ける事が出来た。一度店で見た憂い顔が忘れられなくて、もう一度会いたいと思って。興味もなかった、面倒な家の手伝いを初めたかいがあったのだろうか?
 店の主人でもある母さんの、時々来ていたと言う言葉に踊らされて手伝いを初めてすでに一月近く。何度か顔を見る事は出来たけど、こちらから声を駆ける事が出来ないからそれ以上何の進展もなくて。多少は有名な自覚があったから、がっかりもした。顔を見ればきっと向こうから声を書けてくれると思っていたから。せめてあるいは、そこまで行かないまでもなんらかの反応があると思っていた。もしかして、俺とは学年がすれ違っているのだろうか? あまりの成果のなさに、もうバイトなど止めようと思っていた矢先の事だった。
 降りしきる雨の中にコウがいた。傘もささずにただ呆然と雨の公園でブランコに揺られていた。もうずぶぬれになっていて、小さい体はさらに小さく見えた。何度か制服姿を見た事があっただけだけど、俺はそれが間違いなく彼だと確信していた。
 余りにもぼんやりとしていて、いったいいつからそこでそうしているのかといぶかしんで、思わず側に駆け寄った。水たまりを弾くかなりの音がしたはずなのに、まるで気付きもしない。傘を差し掛けてもぴくりとも動かなかった。声をかけて始めて、ぼんやりとした瞳が俺の方を向く。
 その表情がいかにも頼り無くて、抱き締めてやりたいと思って……。思わず腕を掴んで自分の方に引っ張った。何の抵抗もなく俺の腕の中に落ちて来た小さな体は、冷たく冷えきっていた。
 慌てて家に引きずって帰って、風呂に放り込んだ。その間に何度も声をかけたのに、丸で反応を見せない。何か放心しているようだった。俺が、あんなにも会いたいと思っていたのに。
 完全な逆恨みだが、何も感じていないような態度に理不尽と思いながらも腹が立った。どうしても、どんな事をしてでも俺の方を向かせたくて。俺は思わず自分よりずっと小柄な少年の唇を奪っていた。
 実際問題として、やり過ぎたとは思う。呆然と動く事も出来なかったコウを相手に、かなり派手なキスをしかけてしまった。
 正気に返った少年は俺を突き飛ばし、睨み付けてくる。だけど何の反応もないより、その方がずっといい。まぁ、怒らせたのは失敗だったかも知れないけど。へそを曲げて、話をきいてくれなくなってしまっては困るというものだ。
 多分、一目惚れだったのだ。
 その後少し話をして、彼が何かに酷く傷付いている事が分かった。そうして一人でいたくないからと、そんな理由でもいいならつき合うと、交際を求めた俺に答えてくれた。
 確かにそれは一目惚れ。だけど、ほんの少し話をして、面白いやつだと思った。確かに年下の筈なのに、妙に大人びた話し方をする事がある。あんな事をしたのに生真面目に風呂と服の礼を言って来たり、その話にしようとすると、忘れようとしているのだろう、なんとか話題を変えようと必死になる。そう言った一つ一つの事が、妙に俺を引き付けた。
 いろいろな条件を付けて来たけど、それでも俺は構わない。制服姿を見て、明蘭学院の下(中等部)に通っているのは分かっていたから、わざわざ卒業したばっかりの中等部の校舎にまで出向いて探したけど、見つけられなかった相手。もしかすると同じ年かもと大慌てで同学年の教室も見て回ったけど、やっぱりどこにもいなかった。見落としてなどいないはずだとは思ったけど、見つからないものはどうしようもなかった。
 そうしてどこにいるのかも分らなかった状況から考えれば、目の前にいて、俺に会いに来てくれるだけでもずっといい。今はまだ、個人情報は幸司と言う名前だけしか教えてくれていないけど、そのうちすべてを聞き出してやる。
 少しずつ、少しずつ。
 そうして必ず俺の事を好きにさせてみせる。





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