マリアは夢中でもがき、口内を執拗に貪ってくるアルベルトの舌に歯を立てようとしたが、憎らしいことに彼の舌はその寸前で引っこみ、噛み合わせた歯の痛みだけが残された。
　悔しさにまなじりを決して顔を上げれば、アルベルトは目を細めてマリアを見つめている。
　憎らしいほどに冷静で、けれど底知れない光をたたえた青の瞳。
「なかなか元気がいいな。だが、いつまでもつやら」
「!?　な……何を飲ませたのッ」
「なんだと思う？」
　唇を好き勝手に蹂躙された上に、おかしなものまで呑まされたショックに打ちひしがれながらも、マリアは意地で目だけはそらさない。

　――けれど内心では、最初とは別の意味で、アルベルトを怖いと思いはじめていた。
　マリアを貪り、征服するという意思を刻みこむキス。
　たやすく抵抗を封じてしまう腕。
　支配することにためらいのない男のすべてが、恋にも不慣れな少女にとっては未知の恐怖だ。

　マリアの頬を、アルベルトの指がなぞる。
　そんな強引なキスとは違う、穏やかさで肌を撫でられるのもまた怖い。
　こちらを射抜く青い瞳も――
　と、マリアは急な眩暈でよろめいた。不覚にもアルベルトの腕に抱きとめられる。
　耳元に、低い美声。
「効いてきたか」
「きい……て……？」
　身体がしびれて、うまく力が入らない。
　不思議と気持ち悪くはなかったが、自分が変わっていくような感覚にぞっとした。
　――一体何が起こっているのだろう。
　動揺するマリアを見下ろして、アルベルトは彼女のわき腹をじわりと撫で上げた。
　それだけの刺激で、乳房の先端にふっと火照りが集まるのをマリアは感じる。
（……まさか……）
　俺の子を産んでもらう。思い出したその言葉が、生々しい戦慄を伴ってマリアを襲う。
「毒ではないから安心しろ。おまえの身体をほんの少し蕩かせる秘薬だ」
「……！」
　媚薬。その単語が脳裡に浮かび、マリアは今度こそ凍りついた。
「どうせ《黎明の翼》の情報を与える気はないのだろう？　――ならば、俺の手の中に堕ちてこい。そうすれば命は助けてやれる」
　おぞましいほどに甘い悪夢の始まりは、アルベルトのささやきだった。