「思ったよりも地味で残念か」
「……そういう意味ではありません。華美なのは苦手ですし」
「そうか。好きな色は？」
「白」
　するりと無防備に答えてしまい、一瞬後に、しまったかと思う。

　マリアには『白き翼』という暗号名がある。フォーゼ族が崇める神鳥ヴィントにちなんだ暗号名で、考えてくれたのはラウラだ。
　――『わたしには、マリアが白い小鳥に見えるから』
　そんなふうに笑って。
　暗号名を知られても「今さら」だが、敵の軍人と素で会話するのは危険だ。いつ何時、うっかり情報を与えてしまわないとも限らない。

　マリアは姿勢を正した。
「なぜわたしは、あなたの屋敷に連れてこられているのですか？」
　尋問しないのかという含みをこめて問うが、返ってきたのは予想もつかない言葉だった。
「おまえは俺のものになったからだ」
「え」
「マリア・シュティール。おまえは今日このときを以って《黎明の翼》でも帝国軍の捕虜でもなく、俺のものになったということだけを理解すればいい」
　自分に向けられると想像もしたこともない言葉が、低い美声で告げられる。
　アルベルトの射抜くような視線が怖い。
　愕然としたマリアは、情けなく浮ついた声でどうにか訊き返す。
「どう……して」
　戦いに敗れた後、敵が美しい女性を奪う話は聞いたことがある。
　だが、よもや自分がその対象になるとは思っていなかった。しかも相手は黒伯爵だ。
「おまえには俺の子を産んでもらう」
「な……ッ、!?」
　絶句したマリアを抱き寄せ、アルベルトはひどく自然に彼女の唇を奪う。
　男の乾いた、しかし意外とやわらかな唇の感触に、マリアは一瞬目をみはる。
　突き飛ばそうとしても、鍛えられた軍人の身体は少女の抵抗ごときではびくともしなかった。
「ゃ……ッ、んぅ――」
　うろたえる彼女の唇を、アルベルトの舌は巧みに割り開き、口内をゆっくりと貪っていく。
　異性にこんな奪われ方をされたためしのないマリアは、呼吸の仕方もわからず、深く重ねられた唇による蹂躙にひたすら息を止めた。
　ようやく解放された唇の間を、一瞬だけ銀糸がつなぎ、途切れる。
　マリアは途端にうつむき、何度も咳をした。
　痛む喉をさするマリアを見下ろしながら、マリアは銀盆に載せてあった金色のゴブレットを手にとると、その中身を口にふくんだ。そして再びマリアのおとがいをつかんで上を向かせ、口移しに液体を与える。
　ぬるいものが喉に流れこむ感触で、マリアは我に返った。
（水……にしては、変に甘い……？）
　たしかに喉は渇いている。
　が、毒や自白剤かもしれないと思ったら怖くなった。
　拒絶したくて弱々しく首を振るけれど、アルベルトはもちろん許してくれない。
「ふぅ……ん……！」
　息が苦しいマリアは、結局、彼の思惑どおりに液体を呑みこんでしまった。
　――致命的な過ちを犯した気がして、背筋がぞくりとする。