右手にナイフ。
左手に、古びた型のフリントロック式拳銃。
――今日アルベルトい預けられた兵士たちより、はるかに堂に入った構えだ。
羽ばたく寸前の白い鳥を連想させて美しいと、男色の趣味などないのにアルベルトは見惚れてしまう。
少年が撃つ。
アルベルトはそれを見越して、一瞬早く踏みこんでいた。弾丸は、彼の黒い軍服の肩だけを裂いて終わる。黒の軍帽が落ちるのを無視して、アルベルトはさらに大胆に突き進んだ。
あっという間に間合いを潰された少年は、すぐさまナイフを構える。銀の刃とアルベルトが腰から引き抜いた銃がすれ違った。少年は驚くほど素早いが、今回はアルベルトの判断の早さとリーチの長さが勝った。
ナイフを叩き落とされ、体勢を崩した少年の額へとアルベルトは銃口を突きつける。
作り物の花のように無表情だが、少年の澄んだ瞳にはおそろしく純粋な殺意があった。
――撃てば終わりだ。
そうわかっていたのに、アルベルトは引き金を引くのをためらった。少年の澄んだ瞳に魅入られたかのように。
アルベルトはとっさに銃口をそらし、台尻で相手のこめかみを打ち据えた。
細い身体があっけなく吹き飛び、少年は投げられた鞠のように地面に転がった。
羽根付き帽子が落ち――意識を失った少年の背に、長くつややかな髪が翼のように広がる。
――いや、違う。
少年ではない。
うら若い娘だったのだと今さら気づき、アルベルトは目をみはった。
十七・八歳くらいだろう。白い小鳥を思わせる、清楚な美貌の娘だ。
フォーゼ族らしい、一度も日の光を浴びたことがないような白い肌がアルベルトの目を射る。
奇妙な胸のざわつきに戸惑いながら、アルベルトは気を失う前の彼女のことを思い返す。
時間にすれば一分にも満たない間の戦いだったが、かねてより噂に聞く《黎明の翼》のプライドを見せつけられた心地だ。こんな娘にまで、軍人以上の勇気が具わっているとは。
「だが……ラウラ・フレンツェルではないようだな」
アルベルトはかすかに眉をひそめた。
ラウラ・フレンツェル。今回の作戦で身柄の確保をもくろんだ、十八歳のフォーゼ族の娘。
《黎明の翼》を率いる彼女は、黒髪の持ち主だという情報がある。
――では、この亜麻色の髪の少女は身代わりだろうか?
もっとよく顔を見ようとして亜麻色の髪をよけると、こめかみに少量の血がにじんでいた。
女だとわかっていたら傷つけずに済ませてやったのにと、アルベルトは嘆息する。
「――少佐!」
うろたえどおしの副官が駆け寄ってきた。
やはり《黎明の翼》は、この少女以外だれも残っていないらしい。出し抜かれたわけだ。
「仕切り直しだ。消火作業が終わり次第、作戦本部に引き揚げるぞ」
「了解しました。――森の捜索は」
「さっき、その森に張り巡らされたフォーゼ族の罠にやられたばかりだろうが。もっと痛い目を見たいのか? どうしても犬死にしたいなら止めはしないが、俺は帰らせてもらうぞ」
付き合いきれんと表情で告げると、副官はあわてて答える。
「少佐、その娘は……?」
「どうやらラウラ・フレンツェルの身代わりとして、ここに残されたらしい。――俺がもらっていく」
副官はひどく意外そうな顔をしたが、冷徹で知られる少佐の不興を買うのを恐れて、すぐに元どおり表情を引き締めた。