出逢いは、真昼よりもまばゆい炎の中だった。
「ザクセン少佐! 民家からまた火が――違います、自分たちは何も……!」
「う、うわぁあああ!? また爆発したぞッ、倉庫か!?」
「森に避難しようとした二等兵が三人、狩猟罠で負傷しました!」
――夜の村を、炎が蝕んでいる。
兵士たちから次々にもたらされる凶報に、少佐と呼ばれたアルベルトは、無表情のままうんざりしていた。野太い悲鳴は耳ざわりだし、こちらの判断をあおぐ必要のない瑣末事までいちいち報告されるのも鬱陶しい。
「帝国軍人たる者が、この程度の罠でうろたえるな。情けない」
「も、もも申し訳ありません少佐、手は尽くしているのですが、敵の姿が見つからず……」
「言い訳はいらん。――なるべく水路沿いに動いて処理しろ。この火を放ったフォーゼ族の発見が最優先だ」
副官をすげなく追い払い、アルベルトは単独で、火の粉の舞う村を歩きだした。
無能な上に火事でパニックを起こしている兵士たちが、アルベルトの指示をどこまで守れるのかは、ある意味見ものだが。
(――フォーゼ族の火計は見事だが)
のどかに夕餉の時を迎えた村のように見せかけておいて、帝国軍が踏みこんだタイミングを狙い、村中に火を放つ。簡単そうだが少ない人手で成功させるのは大変だし、自分たちの村を火種にするなんて、生半可な覚悟ではできない芸当だ。
噂に聞いていた以上に、骨がある連中らしい。――少数民族、フォーゼ族とやらは。
フォーゼ族は十年ほど前に《黎明の翼》という武装組織を立ち上げて以来ずっと、反ハイデルベルク帝国に活動を続けている。この森に隠された《黎明の翼》の秘密拠点を制圧し、指導者を生け捕りにするのが今回の任務だが――
――アルベルトはこの任務をまかされる予定ではなかった。
溜まっていた賜暇を遣って領地に戻るつもりでいたのに、今朝いきなり押しつけられたのだ。
しかしこの分では「指導者の生け捕り」は無理だろうなと、皮肉げに思ったとき、
「――貴君が指揮官か」
静かな声が聴こえた。
軍帽の下で冷たく光るアルベルトの瞳に、一瞬だけ驚きの色がよぎる。
ひっきりなしに悲鳴や怒号、建物の崩れる音が響く中とはいえ、彼に気取られずにここまで接近したのは見事だ。淡々と思いながら、足を止め、斜め後ろを振り返る。
――一人の少年が、金色の炎を背にしていた。
「フォーゼ族か」
折れそうに華奢な体格のくせに、不思議なほど存在感が強い少年だ。ただの戦士ではないとアルベルトは直感する。
「炎と罠だけを残して《黎明の翼》はとっくに消えたと思っていたが」
「…………」
「おまえがここに残ったのは、結果を見届けるためか?」
少年は、なぜか答えようとしない。
白い羽根飾りの帽子を目深にかぶっていても、少年が繊細な美しい顔立ちをしていることはわかった。フォーゼ族の伝統衣装である華やかな染めのスカーフ、刺繍やビーズで彼らが敬愛する神鳥を描いたジレ。細い腰には、コインで飾ったサッシュベルト。
できそこないの部隊とはいえ、たった一人で帝国軍を混乱のるつぼに叩きこむとは、大した少年だ。こんな状況でなければ、アルベルト直属の部下に引き立てたかった。
(しかもこの俺に、一矢報いて死ぬつもりでいるようだな)
いい度胸だ。
めったに部下を褒めないアルベルトをして、こう言わせたほどに。
「見事な罠だった、フォーゼ族の。名は?」
「…………」
「おまえが名乗らないのなら俺も名乗らないぞ」
おまえの最期を飾る男の名を知らなくていいのかと挑発的に言ってやるのに、少年はやはり無言で武器を構える。