「困ったな。せっかく苛めてやったのに、こんなにエロい雫を流してるんじゃ」
「……ッ」
――くたりとして薔薇色に頬を上気させた輝夜は、それでもリオンの意地悪な言いように、すかさず反抗的な視線を返してくる。
自分が尽くした愛撫に意地でも陥落しない少女が、リオンにはもどかしく、小気味よく――そして無性にいとおしい。
本当は徹底的にやさしく甘やかしたいのだが、ひねくれ者のリオンはこういういじらしい反応を見るとつい、小突いて泣かせてみたくもなってしまうのだ。
愛したい。泣かせたい。
相反するようで不思議と共存する欲望を満たしたくて、リオンはまず、涙ぐんで甘ったるい呼吸を繰り返している輝夜に口づけた。小さな舌が怯えて逃げようとするのを、じっくりと追いつめていくだけでも気持ちいい。ずっと味わっていたくなる唇だ。
「……ふ……ぁ」
キスの端からこぼれる少女のあえぎに煽られながら、彼女の蜜で濡れた薄布をいったん手放す。妖しい責め苦で体力を奪われた輝夜が、しどけなく四肢を投げだした。
とろんと潤んだ目が、リオンを見上げる。
女として目覚めて間もない少女の、無意識の色香に、リオンの背筋はぞくりとなった。
「末恐ろしいな」
「……?」
「おまえ、この前よりさらに綺麗になってる」
目をぱちくりさせる少女は、やはり、自身のなにげない仕草がどれほどリオンの欲望を煽るのか気づいていないようだ。
(ま、そういうところが可愛いんだけどな……)
するりと横の細いリボンをほどいて、濡れた下着を取り去ってやれば、淫靡な熱と湿度のこもった秘部があらわになる。はっとして逃げようとした少女の腰を捕まえ、リオンは彼女の両脚を大きく割ると、自らの身体を押しこんだ。
輝夜がうろたえ、悲鳴を上げる。
「! や――だめ、開かないで……ッ」
細い腰を膝上に乗せてやれば、いとしい少女の痴態がリオンの視界ひとつに収まった。
あどけない面差しや華奢な体躯にそぐわぬ薄桃色の花の艶かしさに、思わず喉が鳴る。
自分しかそこの味を知らないとなれば、尚のこと。指先で軽く突けば切なげにひくつく可愛らしい蜜口が受け入れたことがあるのは、リオンただ一人だ。
「ッ……やぁ……ん、ぁん――!」
必死で顔を隠して羞恥に耐えながら、輝夜はリオンの悪戯にびくびくと震える。
彼女の乙女の華を散らした夜のことが、リオンの脳裡に甦った。今再び薄紅色を帯びて咲きはじめた彼女の花は、最初の夜よりも愛撫に貪欲に応え、熱く湿っている。
視線を上げれば、目の端に涙さえ浮かべて恥辱に耐える輝夜の表情にもそそられた。
「リオン船長……お願い、やめて……」
「見られるのは、いやか?」
強いられた恥ずかしい体勢で、輝夜はこくこくとうなずいた。今夜は月が明るい。
自分でも綺麗だとは思えないところを――おそらく最初の夜とは変わり果ててしまったところを、それを一番よく知る男に直視されるのは、拷問にも等しかった。
「俺にはピンク色の牡丹の花が咲きかけてるみたいで、すごく可愛く見えるんだけどな」
「……ッ!」
詩的でいて妙に艶めかしい喩えは衝撃的で、輝夜は言葉に詰まった。
朝露で濡れた牡丹のように、否、もっと淫らがましく自分のそこは濡れてほころんでいるのだと思うと、消えてなくなりたくなる。……耐えるしかないと、わかっていても。
それでもリオンは、輝夜の腰を下ろしてはくれた。
だが息をつく間もなく彼の腕は改めて伸びてきて、すっかりくしゃくしゃになっていた輝夜のシャツを剥ぎとってしまう。
「あ――」
両の手で裸身を隠すように身を縮めた輝夜に、なだめるキスをほどこしながら、リオンもまた着ていたものを脱ぎ捨てていく。一糸まとわぬ姿にされたのに、寒けを感じるどころか室内の温度が急に上昇したように感じながら、輝夜はふと男の身体を見た。
彼の下肢で猛るものが目に入ってしまい、慌てて目をそらせば、最初の夜には気づかなかった古傷を発見する。
輝夜の意識が、強い羞恥とあやしい火照りから一瞬それた。
「――脇の……刀傷、ですか?」
後先考えずに訊ねてしまったのには、ささやかな仕返しの意図もあった。
リオンは輝夜の身体のすべてを知っているのに、自分が彼のことをろくに知らないのは不公平な気がして。
リオンは「これか」と、ほろ苦い笑みを浮かべた。
「刀というか、ナイフだな」
「それは……海の戦いで?」
「いや、違う。――母親に、ちょっとやられた」
輝夜は一瞬、意味をつかみそこねる。
――母親が、実の息子を、ナイフで?
「俺が七つなったかならないくらいの頃か。母親が料理をしてる背中を見てたら、急にすごい形相で振り返ってな。なんて目をしてるの、おまえの目が悪いのよって言って、突然ナイフをぶん投げられた。それが、ぼんやりしてた俺の脇腹に突き刺さってな。幸い内臓は傷つかずに済んだが、傷口がなかなかふさがらなかった」
淡々と言うリオンは、まるで他人事のように達観した様子だ。輝夜は失語しかける。
「どうしてそんな……」
「俺のこれは『悪魔の目』だって言ったろ? 俺の母親は、悪魔を生んだ女ってことで街の連中からだいぶ虐げられてたんだ。石を投げられて傷を作ってたのを何度も見た。それでも俺を守ろうとしてくれたが……結局は、心を折られたわけだ」
「……それで、あなたに?」
「ああ。俺にナイフを投げた後、着の身着のままで行方不明になった。俺はあちこちの医者をたらい回しにされたあげく、たまたま寄港してたアダマース号の船医に助けられたはいいが、破傷風で瀕死の状態になってな。――それでもどうにか意識を取り戻した日に、母親は街はずれの崖の上から身を投げたって聞かされた」
輝夜は息を詰めた。
リオンはことさら自分を憐れんだり、不遇な過去を悲しんだりする様子はなく、むしろ醒めた目をしている。しかし何か大切なものをあきらめた、深い虚しさに塗りつぶされた表情は、輝夜の心を大きく揺さぶった。
(――この人は……)
「だから、おまえが俺の目を宝石みたいだって言ってくれたのは心底うれしかった」
微笑まれて、どきりとする。
乱れた鼓動の余韻が冷めないうちに、また唇を奪われた。
息を絡めとる口づけに、いったん鎮まりかけた情欲の火が再び煽られる。
「あ――リオン船長、ま、待って」
また快楽のるつぼに呑まれてしまう前にと、輝夜はのしかかる男をどうにか制した。
吐息が混じる距離にある、色違いの瞳をまっすぐに見上げて。
「……あ、あの。別に、深い意味はないのですけれど……」
「うん?」
「わたしは……あなたの瞳、好きです。どちらも」
ひと息に告げると、リオンが驚きに目をみはった。
――こんな行為を無理強いしてる人に、わたしは何を言ってるんだろうと輝夜は思う。
彼を許したわけでも、好意を持っているわけでもないのに。
それでも……リオンがさらした胸の裡を、何もなかったかのようには聞き流せなくて、輝夜は口下手なりに、懸命に言葉を選んだ。
「本当に綺麗だと思っていて……だから、そんな綺麗な目でわたしの恥ずかしいところを見られるのは苦手だから……あまり……見ないでくれませんか?」
羞恥をこらえて、訴えてもみる。
が、リオンはきっぱりと首を振った。
「いやだ」
だだっ子じみた言い方。でも親密さがあふれていた。
すでに一度身体を結び合わせた関係なのに、今さら心が近づいた気がして、輝夜はひどく動揺する。
「俺はおまえを全部見たい」
「そんな……も、もう、あなたには全部……」
自分でも見ないようなところも、自分でも知らなかった声や表情も……すべて。
ああ、そうか、と輝夜はふと気づく。
(この人はもしかしたら、わたしのことをわたし以上に知っているのかもしれない)
(……あにさまや巫女の皆よりも)
弱くて、浅ましくて、みっともない姿を。涙を。
国主の妹、隠し巫女という立場では決して誰にも見せられなかったものまで、輝夜は彼に暴かれている。何も隠さなくていいのかもしれない。そんな誘惑にふとかられる。