「輝夜」
「……は、はい」
細い声。何度もキスしたのに、また唇をついばみたくなる。罪悪感にも目を背けて。
「さっきの……恥ずかしいとか、苦しいだけじゃなかったんじゃないか?」
「…………わ、わかりません」
何度も昇りつめさせられたあの感覚は、普通なら快楽と呼ぶのだろう。
けれど、今の輝夜には、それを口に出して認めることはできなかった。
だって、好きでもない男に陵辱されて悦んでしまうなんて……あまりにも――
目を閉じ、恐ろしい考えを振り払うと、輝夜は無理やり話をそらした。
「それより――『綺麗にする』というのは、一体どうするつもりなんですか?」
「それは後のちのお楽しみだ」
リオンの人の悪い笑みが不安を煽る。
「わたしを綺麗にすることが、あなたには楽しいのですか」
「もちろん楽しいさ。――輝夜。おまえはもっと綺麗で強い女になれる素質を持ってる。俺はそうなったおまえが見てみたいし、俺の手でそうしてやりたいと思ってる。おまえには迷惑なだけかもしれねえけどな」
猫にするみたいに黒髪を撫でながらリオンが紡ぐ言葉を、輝夜は神妙な顔で聞いた。
綺麗で、強い。
綺麗はさておき、強くなりたいというのは、輝夜の物心ついたときからの願望だ。
自分ではどんなにがんばって修錬しても手に入らなかったものを、この異国の海賊がくれるという。望まずに与えられた快楽とは違って、それは甘くやさしい誘惑だった。
けれど素直には歓迎できず、感情を持て余していると、リオンはぽつりと言った。
「それから、少しでいいから、俺を好きになってくれるといい」
思いがけない言葉に、輝夜はびっくりして瞬いた。
――好きに?
殿方を好きになるなんて、輝夜の人生の予定にはなかった。
いずれ一族の誰かと結婚して跡継ぎを生むのだとは思っていたし、その相手が好きになれる人だったらいいな、程度の夢想はしたことがあるが――異国の海賊を……それも乙女の身体を蹂躙した男を好きになるなんて、あまりに突飛だとしか思えなかった。
戸惑いをあらわにした彼女を見て、リオンは照れたように顔をそむける。
「そんなにまじまじと見るなよ。――いい、今のは忘れろ」
忘れられるわけがない。
それに――彼のことを嫌いにはなれていないのだと、輝夜は心の奥でひそかに認めた。
最初は悲痛な気持ちで身体をさらした。痛みや羞恥、怯えには心を削られたし、過程では強引に劣情をぶつけられた。
それなのに尊厳を踏みにじられた気は不思議としないし、奪われたものよりも、大事に扱われることで満たされた部分が多いような気がして……わからなくなる。
リオンは言葉をなくしてしまった輝夜をそっと抱き寄せると、敷布に横たえさせた。
「もう眠れ。初っ端から無理させて、悪かった」
「……はい」
最初は緊張して縮こまっていたが、リオンの腕枕は驚くほど心地よかった。温かい布で清められたせいもあり、輝夜はすぐに眠りの淵に誘われてしまう。
ときどき額や目の縁に落とされる口づけや、背を撫ぜる大きな手はひたすらやさしく、聖玉にふれたときとは違った温もりで心がほぐされるのを感じた。
――逢ったばかりの男の体温が、どうしてこんなに馴染むのだろう。
昨日までとはすっかり変わり果てた身体を、彼女をそうした張本人にすっかり包まれてしまうと、もうどこにも行けなくなる気がして怖くなる。
眠りの淵に引きずられながら、輝夜は助けを求めるように心の奥で兄を呼びつづけた。
(……あにさま。弱い妹で、ごめんなさい)
(でもこれは、御命令を守るために――聖玉を持って戻るためにしたことだから……)
どうか許してくださいと、意識の水面に浮かぶ兄の面影へと繰り返し訴える。
でも、本当に戻れるのだろうか。
昨日までいた場所に。――リオンに抱かれる前の自分に。
生まれてからずっと母国を出たことなどなかったのに、今はそれがひどく遠く思えた。