その後もぽつぽつと話をしながら、彼はときどき、落ち着かなさげにしている輝夜の唇をついばんだ。
身体の力を抜け、もう安心していいと言われている気がして、輝夜はおかしな切なさを味わわされる。
取引の条件として身体をゆだねたはずなのに、まるで、この金髪の海賊を夫の君にでもしたような気分になってしまうではないか。
(この人は……女を抱いた後は、いつもこんなふうにしているんだろうか)
そうして虜にしていくのだろうと想像できるくせに、やさしい手に抗えない。
疲れているのだ。
もう何も考えずに眠りたいと、輝夜が泣きたい心地で考えていると。
「――おまえは綺麗だな」
どこか感心したような様子で、リオンが言いだした。
「どこもかしこも真っ白で、やわらかくて」
「昔から……そういう体質なだけです」
隠し巫女の暮らしが内向的だったせいもあるが、輝夜は昔から、日焼けとは無縁の肌だった。陽射しを浴びても赤く腫れて痛むだけで、それだってすぐに引いてしまう。
鍛えても筋肉がろくにつかず、背も小柄なまま止まってしまった身体と同じく、灼けない肌は弱さの証のようで、輝夜自身は気に入ってなどいないのだが、リオンはそんな劣等感を無視して、彼女を大事そうに抱く。
「本当に綺麗だって。……こんなに痕を残しちまって、悪かったな」
すまなそうな顔が、どうしてと思うほど胸にしみた。
褒められているようだが、状況が状況だけに単純には喜べず、輝夜は男から目をそらしてしまう。奇妙に穏やかな時間と空間だが、ほっとするより気持ちよりも気まずさと緊張が上回ってしまって、悩ましい。
と。
改めて着せかけられたシャツの上から乳房にふれられて、輝夜は硬直した。
「びびるなよ。今夜はもうしないって言っただろ」
「なら、どうして……」
「たださわりたくなったんだ。やわらかくて気持ちいい」
許されるなら、そこに顔を埋めて眠りたいとさえ言いたげだ。輝夜は大いに戸惑う。
「で、でも…………小さい、でしょう?」
思わず反論してしまってから、何を言っているんだわたしはと自己嫌悪する。
対してリオンは、妙に真面目くさった顔で言った。
「これだけあれば、俺は文句はないぞ? おまえの顔と体格には似合った大きさだし」
「……そういうものですか?」
「そういうもんだ。それに俺は、こういうのは、大きさよりも形と手ざわりが大事だと思うぞ。おまえのは色白で綺麗だし、俺の手に吸いつくみたいで、すごく可愛い」
「あの、もういいです……それ以上、言わないでください」
だんだんいたたまれなくなり、輝夜はリオンの唇に指を押し当てて言葉を止めさせた。
頬の熱さを感じながら、リオンが乳房をいとおしむ感触に、じっと耐えていると。
「輝夜」
急に真摯な声で呼ばれて驚くと、リオンの大きな両手に頬を包まれた。
強い光を宿した瞳に至近距離から射抜かれて、輝夜の背筋がぞくりと震える。
「賢いおまえならわかってるとは思うが、他の野郎には絶対にこういうことをさせるんじゃねえぞ? 俺はおまえを必ず守るし、おまえをもっと綺麗にしてやるから」
「で、できません!」
慌てて否定した後で、リオンがびっくりした顔をしているのに気づいた。
妙な誤解をさせてしまったことを悟り、輝夜は彼の手に頬を包まれたまま、慌ててかぶりを振る。
「そうじゃなくて――あなた以外の人と……こんなことをするなんて、絶対無理です」
「……そうか」
リオンの返事は簡潔だったが、その実、心の中では複雑な感情がとぐろを巻いていた。
他の男には身体を許せないという輝夜の答えは、正直うれしい。
だがそれは自分がそう「言わせた」のだと思うと、途端に罪悪感がのしかかってくる。
貞淑で内気な少女だとわかっていたから、俺に犯されたが最後、他の男に恋などできなくなるだろうと目論んで強引に事を進めた。
非道だ。そのくせして贅沢にも、輝夜に身も心も愛されたいと、彼女からも俺を求めてほしいと願ってしまう。
(とにかく、手に入ればそれでいいって思ってたんじゃなかったのか……? 俺は)
抱いたのに、手に入れたと思えない女なんて初めてだ。
いや、そもそもリオンはこんなに――狂ったように誰かが欲しいと感じた経験など今までなかったのだ。
悪魔の瞳という秘密を抱えているせいで、誰に対してもすべてをさらけだすような付き合いはできなかったし、一生そうなのだろうと割り切ってすらいた。
――だが、この異国の少女は違った。
輝夜が素朴に向けたまなざしと言葉は、その幕をたやすく払って、リオンの心に飛びこんできた。
リオンは、彼に見つめられて居心地が悪そうにしている少女を抱き寄せる。
心地よい温もりだ。練り絹のような黒髪が肌をくすぐる感触までもが、誰にも言えない孤独を秘めていた心にしみる。
華奢な身体は、まるであつらえたようにリオンの懐にすっぽりとおさまっている。
二度と離せないし、誰にも渡したくないという想いを強く煽られる。
これは――恋だ。
(なのに俺は、やり方を間違えて。……どうしようもない馬鹿野郎だ)
独占欲だけで先走り、考えうる限り最悪の方法で彼女を蹂躙した。
ひどくやさしい少女が、リオンをただ憎んでいるわけではないことが、一縷の望みか。
――こんな場所からでも、始められるものなのだろうか。恋とか愛というものは。
リオン自身が、輝夜に逢うまで、誰にも期待してこなかったそれを。