「どうした。そんなに泣いて――って、俺のせいか」
心配そうに眉をひそめられ、輝夜は慌てて首を振った。
確かにすべての発端は彼に貞操を奪われたことにあるが、子供のように涙をこぼしてしまったのは、自分の涙腺のもろさと、兄に愛されない限り満たされない弱さのせいだ。
「……少し、悲しい夢を見ていただけです」
とにかく場をごまかしたくてそんな言い方をしたら、リオンは予想外の反応をした。
迷子の子供を見つけた親のように、輝夜をぎゅっと抱きしめたのだ。
汚れているはずの身体を、一切構わず包む温もりに、輝夜は不覚にも救われたような心地を味わってしまう。
汚したのは、彼なのに。
「悪かった。そんなときに、そばにいなくて」
「……でも……別に、あなたがわたしのそばにいる必要なんて」
「馬鹿、理屈じゃねえよ。ひとりで泣くのはしんどいだろうって言ってんだ」
理屈じゃない。
――ぶっきらぼうな言葉の中でも、その一節が心の奥深くまで届いた。
輝夜がどちらかというと、感情のままに動くのを怖がってしまう性格だからだろうか。それとも、理詰めですべてを進める兄を敬愛しているからだろうか?
リオンの指の長い手が、物思いに沈む彼女の黒髪をやさしく撫ぜる。
複雑だけど、輝夜はその手を突き放せなかった。やさしいものに、今はただ飢えていた。
「……ま、俺が言えた義理じゃないがな」
男のため息ににじむ罪悪感の色に、輝夜も目を伏せる。
――この人はきっと、極悪人ではないのだろう。
もちろん、悪魔でもない。
輝夜は複雑な想いで、リオンの温もりに抱かれた。
それにしても彼の、シャツの前をはだけて裾も入れていない格好は、先ほどの行為の名残りみたいで非常に目のやり場に困る。激しすぎる性感の嵐に泣きながら彼の胸板に額をこすりつけ、背中に爪を立てた記憶も生々しいのに。
「おまえ、身体に痛むところはないか?」
「今は特にないですけど……って、あの、今度は何を……?」
「そう怖がるなよ。今夜はもう泣かさないから。身体を拭いてやろうと思っただけだ」
今夜は――ということは、違う夜になったら、また?
想像して思わず怯み、けれどすぐに、あきらめのため息となる。
当然だ。
わたしの身体は取引の材料で、つまり、この海賊の所有物なのだから。
リオンの態度が所有物に対するものとは思えぬほど繊細なのが救いだけれど、夫君でもない男に支配される日々が始まり、何ヶ月かはそれが続くのかと思うと、純朴な輝夜にはやはり気が重かった。苦痛だけではなかったのが、余計に悩ましい。
「つらいだろうけど、ちょっと身体を起こせるか?」
「……わかりました」
だめだと言ったらその腕で抱き起こされてしまいそうだったから、輝夜は毛布で素肌を隠しながら、軋む身体を起こした。
その刹那――胎内をどろりとした感触が伝い、花びらの蔭から生温いものがにじみ出てくるのを感じる。
「え……?」
おもらしのようなそれに一瞬愕然とした後で、慌てて視線を落とせば、ふとももを伝う雫は白く濁っている。先刻リオンにそそがれた精が流れ出ているのだと気づき、頭に一気に血がのぼった。
逃げだしたくなるが、背後は壁で、目の前にはリオンがいる。
どうすることもできずに硬直していると、リオンが「ああ……」とわかったふうな呟きをもらした。その視線は、輝夜の下肢に向けられていて――
「いや……ッ」
「落ち着けよ。――もがくと、余計に汚れるぞ」
ますます羞恥心を煽られ、暴れかけた輝夜を、リオンはしっかりと抱きすくめる。
「おまえが恥ずかしがる必要はないだろ。俺のせいなんだから、恥じるよりも俺に怒れ」
「そ……そんなこと言われても」
彼に抱かれたという証を前にして、羞恥に身体が燃えてしまうのは止められない。
けれど初めての行為で体力を根こそぎ奪われた身体では、ろくに抵抗もできず、輝夜は死にたい気分でリオンに下肢をぬぐわれてしまった。
もう目を合わせるのも気まずい輝夜とは対照的に、リオンは妙に満足げだ。
輝夜を見守る目はやさしく、安堵を誘う香りのする湯で濡らした布を使って、いろいろな体液で汚れた彼女の身体を丹念に清めてくれる。
「熱くはないか?」
「……ちょうど、気持ちいい温度です。でも……あの、身体を拭くくらいなら、自分でもできるのですが」
ついさっき、あらゆる部分を蹂躪も観賞もし尽くされていたのだが、静かな時間の中で改めて裸体を見られるのは、なぜだか無性に恥ずかしかった。リオンのシャツからのぞく胸板さえ、恥ずかしくて直視できない。
「わかってる。でも俺がやりたいんだ、やらせろ」
「あなたが……?」
目をみはって、まじまじと見つめてしまうと、リオンは苦笑いを浮かべた。
「意外か? これでも女にはやさしくする主義なんだが……ま、おまえには信じてもらえなくても仕方ねえか」
「いえ……その、信じられないというより――」
そんなふうにやさしくされると、心が揺れて仕方ないだけだ。
卑劣で非情な海賊に犯されたのなら憎めばいいけれど、これではリオンをどう思っていいのかわからなくなる。
「……いえ、なんでもありません」
だがそうした心の機微を口にするのが苦手な輝夜は、悩んだあげく言葉をにごした。
「そうか。ま、言いたくなったら言えよ」
うつむいた輝夜にやや強引に口づけて、リオンは別の布で彼女の黒髪も拭いてくれる。