……すべてが終わったあと、輝夜は指一本動かすのも億劫なほど虚脱していた。
気だるさのあまり起き上がることもできない輝夜を胸に抱いて、リオンはしばらく彼女の髪や肌をやさしく撫ぜていたが、やがて何かを思いついた様子で寝台を離れていった。
男の体温が素肌から離れたことでようやく、輝夜は長い夜が終わったのだと実感する。
(……壊れるかと思った)
男はとうに彼女の中から退いたのに、まだ胎内を彼の熱で支配されているような錯覚がする。限界まで開かされてリオンの律動を受け止めつづけた下肢はしびれ、身じろぎするたびに軟骨が軋るような悲鳴を上げている。
――が、壊れてはいなかった。
心もそうだ。傷つきはしたけれど、壊れてはいない。
(こんなふうに滅茶苦茶にされて……)
(もっと、絶望するかと思っていたのに)
不思議だ。
輝夜はぼんやりとした表情のまま、毛布の中で仔猫のようにまるくなる。
夜着の代わりにと素肌にまとわされたのは、リオンのシャツだ。
輝夜には大きすぎるそれには、潮風と異国の酒の香りがしみついていて、まだ彼に抱かれているような気分にさせられる。
そのせいで、強いられた濃密な行為のことばかりが頭に浮かんでは消えた。
(まるで悪い夢みたいだったけれど……)
(……でも、これがわたしの現実)
それこそ悪夢のようだ。
異国の帆船の上で、初めて逢った男に無垢だった身体を開かれたあげく、彼のにおいに抱かれてまどろんでいるなんて。――昨日までは想像したこともなかった現実が、ここにある。
信じたくない気持ちもあるが、腰の内側にしがみついている甘ったるい疼痛や、内股のぬめり――そして敷布に散った血の染みが、輝夜の身に起こったことの証だ。
この身体でリオンの手や唇がふれなかった場所はないし、肌のあちこちには刻印じみた薔薇色の痕まで残された。
乙女の穢れを払われたからといって、自分が綺麗になったとはとても思えないが、目に見えない何かが変わったことは感じずにおれない。
少なくとも、あんなふうに身も世もなく悶えあえぐ自分を、昨日までは知らなかった。
(……普通の女子は、こういうことをしてから、すんなり夫君に嫁げるものなの?)
母国の「嫁入り前に乙女の穢れを払う」慣習を思い出すと、わからなくなる。
少なくとも、わたしには無理だ。
同じことを……明日、違う男としろと言われても。たとえそれが好きな相手でも。
後悔とも戸惑いともつかぬ心細さに襲われた輝夜は、重たい腕を伸ばして、巫女装束とともに枕元に置かれていた聖玉をたぐり寄せるが。
(温かい……?)
ひんやりとした感触を予想していたのに、聖玉はなぜか心地よい温もりを帯びていた。
驚きつつも、その不思議な温もりが身体に噛みつく疼痛を癒してくれる気がしたから、手放せなくなる。
――初姫神女が初代国主と隠し巫女に授けたというこの聖玉は、身につけた者に加護を与えると言われているが、その力がこれだろうか?
海に落ちても死ぬどころか健康で、空腹もなく、陵辱に耐える気力が残っていたのは。
(……もしかしてあにさまは、わたしに、お守りのつもりでこれを預けたの?)
あの冷徹な凍星が、私情で一族の宝を手放すとは思えないし、そもそもその「私情」自体が――妹への愛情などがあるのかどうかも、輝夜には自信がない。
しかし加護の力が本物なら、過酷な戦場に向かった兄にこそ、こういう癒しの力は必要だったはずだ。輝夜は非戦闘員を避難させたら、城を一時離れて身を隠すだけという指示だったのだから。しかも凍星は、敵を返り討ちにする自信を持っていた。ならば尚更、聖玉を手放す必要はなかったはずで……。
(あにさま)
藍色の瞳が、切ない潤みを帯びる。
もしわたしの想像通りだったら、どんなにか幸せだろう。
早く兄に再会して確かたいと切に思った。たとえ「何を間抜け面をさらしておる。執務の邪魔ぞ」と以前のように冷ややかにあしらわれても、今回だけは――
「……あ」
思わず声をもらしたのは、苦しくなる胸を手で押さえたときだ。
乳房を揉みしだいたリオンの手の感触をはっきりと思い出し、胸が詰まる。下腹にわだかまる、どろりとした気だるさがつらかった。
隠し巫女が生娘である必要はないが、陵辱されたくせに悦楽に屈服したような弱く淫らな女は、誇り高い凍星の好むところではないはずだ。
兄のあの透徹した瞳に、軽蔑の色が浮かんだりしたら……どうしたらいいのだろう?
「――輝夜?」
急に声をかけられて、びくりと肩が跳ねた。
おずおずと顔を上げると、いつのまにか、リオンが寝台の端に腰を下ろしていた。