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 冴え冴えとした月。
 ――兄の月のような横顔が、狂熱に浮かされた頭に浮かぶ。
 兄に見られているような錯覚が、背筋に冷たい油をそそいだように輝夜を凍らせた。

 リオンにふれられて以来、一番深い絶望感に囚われる。
 今も籠城戦で血を流しているかもしれない兄に比べて、好きでもない男の下で浅ましく痴態をさらしている自分はなんて穢らわしいのだろうと震えたとき、結び合わされた部分から、ずくりと熱い疼きがせり上がってきた。
 かつてない怯えに襲われて、輝夜は視線を彷徨わせる。
 すると、あられもなく開かされた脚の狭間に、深々と楔が突き立っている様が目に入ってしまい、あまりの生々しさに眩暈がした。

「い……や、だめ――抜いて、離れて……ッ!!」
 蕩けて親密になりかけていた輝夜が、急に半狂乱でもがきはじめたのに、リオンは一瞬虚をつかれる。
が、すぐに溺れたようにもがく輝夜の両手をひとまとめに捕まえ、彼女の頭上で縫いとめる。抵抗をあっけなく封じられてもなお、輝夜は泣き叫んだ。
「お願いです、もう許して……こんなこと、あにさまには絶対――」
「――輝夜。俺の目を見ろ」
 顎をつかんで、強制的に目を合わせられる。
 泣き濡れて虚ろな、兄の幻影におののく藍色の瞳に、闇を背にしたリオンが映った。
 輝夜はそれでようやく現実に返る。
 けれど兄を思い出したことで生まれた後ろめたさで涙を止められずにいると、リオンの瞳にゆらりと炎が揺らめいた。それが独占欲だと気づける余裕は輝夜にはなく、男の兇暴さだけは本能的に感じて怯えてしまう。

 汗ではりついた前髪が、そっとかき上げられた。
 やさしい指先に、わずかに警戒をゆるめてリオンを見上げた輝夜は、彼が次に口にした傲慢な命令に愕然とさせられた。
「おまえは、もう俺のものになったんだ。他の男のことを考えるのはよせ」
「他の男って……でも、あにさまは――」
「兄貴でもだめだ。俺のものになるっていうのは、そういうことだ。……輝夜」
 思い知れと言わんばかりに、奥を強く突き上げられ、脳裡に白や紅の光が炸裂した。
 意識が再び恍惚のうねりにさらわれ、兄の面影がもぎとられるように遠のいていく。
「あ、ぁう、あ……!! ぁく――いや……!」

 輝夜の肩と腰を押さえつけたまま、リオンの律動が激しさを増す。
 刺し貫く勢いで最奥まで突き上げられるたびに、どうしてか少しずつ力が抜けてしまって、輝夜は抵抗もままならなくなる。
 体格ではるかに勝る男に敵うわけがないのはわかっていたが、それでも悲しかった。
 誇り高い国主の妹として、隠し巫女として――清廉に生きてきたつもりなのに、こんなに簡単に堕落してしまう身体の持ち主だったなんて。
 知らなかった。
 知りたくもなかった。
 なのに、知る前には決して戻れないのが悲しい。
 熱を帯びた肉がなじみ、男を受け容れるように身体が変わっていく。
 自分がリオンと溶け合って別の生き物になってしまう感覚が怖くて、涙が止まらない。

(やだ……やっぱりいや、こんなの――)
 わたしじゃない、と心が悲鳴を上げても、リオンに責められる肉体は輝夜を裏切っていった。
 楔に押し開かれた狭隘は、異物をきつく締めつけながら、当初の拒絶反応じみた硬さをどんどんやわらげていく。引き抜かれるときに強烈にこすり立てられる感触にも、押し入れられたときの満たされる感覚にも、痛みや圧迫感を超える何かが生まれていることを認めざるをえなかった。
 つらさを圧して身体を犯すもの。これは――
(……気持ちいい……?)
 うろたえて視線をさまよわせたとき、ぐちゅ、とつながっている部分で重い水音がして身が縮んだ。自分の秘部が破華の前よりも濡れていることに気づき、愕然とする。

「ッ……や、やだ」
「……やだ、じゃないだろ?」
 輝夜の反応の変化に、彼女より早く気づいていたのだろうか。
 リオンが目を細め、二人が交わる場所に指を這わせた。ぬちゅぬちゅという聞くに耐えない淫靡な音に耳を犯されて、輝夜はあまりの羞恥に死にたくなる。
「なじんできたな……最初より、だいぶやわらかくなってる」
 わざわざ口に出さなくてもいいのに、なんて意地の悪い男だろう。
「……そ、そんなこと口にしないでください、やだッ、もうやめて、抜いて――」
「殺生なこと言うなよ」
 金髪の海賊は、泣き笑いじみた表情で、輝夜の儚い抵抗をさえぎった。
「――無理に決まってるだろ」
 かすれた声での告白。
 だから逃がさない、とでも言うようにきつく抱擁される。
 結びつきがより深くなり、男に全身でのしかかられた輝夜は声にならぬ悲鳴を上げた。

 苦しげに表情をゆがめたリオンが、己の下肢に輝夜の身体を引きつけるかのように彼女の腰をつかんで引き寄せて、いったん止めていた交わりを再開する。
「あ……!? はぁ……ッ……や、ふぁ……んんッ!!」
 リオンから激情を叩きつけるような突き上げを与えられ、輝夜の意識はたちまち四散した。聞くに耐えないあえぎや水音の合間に、寝台が軋む音が耳を犯す。
 許しを乞うて見上げた色違いの瞳には、獣じみた鋭さが宿っていて、ますます輝夜の怯えをかき立てた。
 秘めた場所の襞を抉られるたびに、貪られる感覚が身体に刻みこまれていく。
 奥深くまで何度も押し入られれば、おまえは俺のものだという所有の証を――決して消せない何かを刻みつけられている気がした。
 怖い。どうしようもなく。
「いや……や、だ、もう、ゆるして――」
「だから……無理だって」
 必死で哀願しても、リオンは彼女があふれさせた涙をなめとるだけ。
 いつのまにか輝夜の片脚は彼の腕に抱えられ、腰が敷布から軽く浮いていた。ただでさえ力の入りにくい体勢を強いられた上に、肩を押さえこむようにされたら、輝夜はもう短く忙しない呼吸を繰り返しながら揺さぶりに耐える他ない。



2010.09.01 up.

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