「まあ、おまえの首にかかってるお宝と引き換えなら、考えないでもないが?」
「……ッ!」
今までの話で、輝夜が慕う兄のためにその美しい珠玉を守ることに命をかけていることを知った上での脅しである。あえて露骨に脅した。
息をのんで、白い衣の胸元を押さえた輝夜が、美しい瞳に怒りと反発の炎を灯す。
気の強い表情も、凛としていて魅力的だと思った。――なおさら欲しくなるほどに。
刻一刻と夜の暗さを帯びる室内で、リオンの支配欲もまた、どす黒さと強さを増す。
「あなたはさっき、女から奪う気はないと言ったはずじゃ――」
「奪う気はないが、取引はする。それだけだ」
さらに温度を下げた声で切りつければ、少女はいよいよ狼狽をあらわにした。
「お願いします。これだけは……許してください。他のことなら、なんでもしますから」
――詰みだ。
計算通りの言葉を引き出したリオンの口元が、残酷な愉悦の笑みでゆがむ。
「なんでもする、って言ったな?」
言質をとる。相手の首の根を押さえて、頚動脈に刃を突きつける代わりに。
「それは、俺に何されてもいい、っていうのと同じ意味だぞ。わかってるのか?」
「わかっています。どんなにつらい労働にだって耐えます」
いや、わかってない。おまえは、俺がまともに交渉できる相手だと信じすぎている。
リオンは輝夜の澄んだ瞳で気づいていた。
この少女は甲板掃除のような肉体労働しか予想していないし、今リオンが醒めた表情という仮面の一枚下で、どんな卑劣な考えを抱いているかにも気づいていない。
「いいだろう。望みを叶えてやる代わりに――おまえは、俺のものになれ」
――海賊の言葉は、輝夜の胸を深々と貫いた。
衝撃に大きく目をみはったまま、輝夜は次の声を紡ぐまでにかなりかかってしまう。
「あなたのものにって……それは――」
「意味がわからないか?」
わからないのではなく、信じられなかっただけだ。
――異国の海賊の提案は、この船で保護される代わりに、彼の閨にはべる女になり、この身体で奉仕しろと言うこと……だろう。
命の恩人だし、海賊にしては理性的で、やさしいところもあるように見えたのに……という失望は味わったものの、内容自体はさほど意外には感じなかった。奪うのが生業の海賊らしいとさえ思ってしまったほどだ。
信じられなかったのは、その艶めいた要求が自分に向けられたことそのものである。
十七にしては小柄で骨も細く、肉づきも豊満には程遠く――そういう色気があるとは到底思えない自分が、殿方にそういう目で見られるとは思いもしなかったから。
(この人は物好きなんだろうか)
(……それとも、辺境の島国の娘が目新しくて、ものめずらしいだけ?)
金髪白皙という輝夜にはなじみのない風貌だが、女に不自由するとも思えないリオンの外見を上から下まで眺めても、答えは出ない。
「どうする? 俺のものになれば、おまえを無事に母国まで送り届けてやるぞ」
「本当ですか!?」
「ああ。こっちにも事情があるから、今すぐは無理だが、次の交易のついでに、おまえの望みどおりの場所で解放してやろう。大事な家宝と一緒にな。――さあ、どうする?」
せっつかれ、輝夜は、帰れるという希望にはずんだ胸が一瞬にして冷えるのを感じる。
贅沢など言えるはずがない。
わたしの命運は、彼の手の中にある。
頼るものも、一粒の金もないわたしが、こんなちっぽけな身体を許すだけで保護されて、聖玉と一緒にあにさまの元に帰してもらえる。破格の条件ではないか。
頭ではそう理解していても、うなずくまでには、やはり相当な勇気が必要だった。
男のものになる。どういうことか知識としては知っていても、経験はなかったから。
――『万が一何か問題があったとしても、聖玉とともに我が元に戻れ』
――『いかなる手段を用いても、な』
兄の言葉がぐるぐるとめぐる。
いかなる手段を用いても。
輝夜がこれから払う犠牲を、兄はどう思うだろうか。
眉ひとつ動かさない姿が、たやすく想像できた。聖玉が無事ならそれでいいと。
(それでも……わたしは……)
兄に失望されたくはない。小袖の下に隠した聖玉をおさえ、輝夜は覚悟を決める。