武装帆船アダマース号が、まばゆく輝く波を切って帆走している。
純度の高いサファイアを溶かしたような南海の青に比べると、東方の海原はどことなく色みが暗いように思う。
リオンが眼帯で隠していないほうの左目は、しばしば「サファイアの青」や「海の色」などと表現されるが、東方の海の青のほうが自分の瞳の色に近い気がした。そのせいか、不思議なほど懐かしさや親しみやすさがある。
(俺の国からは随分離れた海なのに、おもしろいもんだな)
運命的なもの、などというと口はばったいが、何か奇妙な縁を感じていると、後方から声をかけられた。
「おお、リオン? そんなとこで何してんだ」
「――日誌もつけ終わったから、暇でな。あんたは釣りの準備か? ランディ」
潮風に乱された金髪を押さえて甲板を振り返れば、黒髪の男が手を振っていた。
副長のランディだ。
右手に
「あんたが釣りができるってことは、今の速度は――」
「おうよ。七ノットぎりぎりだぜ」
「シケてんな。もうちっと出せねえのか?」
「でもこれ以上速度を上がると、釣りができんからなあ?」
「……おい。まさか釣りをするために、わざと風抜いてんじゃねえだろうな」
「東方の海の魚はうまいと評判だからして――いやいや、目を三角にするなって、冗談だ。今はこれで一杯一杯さ」
リオンは青い隻眼で睨むが、ランディには「
船長より二歳ばかり年上なだけのくせに、この副長は妙に達観していて、
「それよかリオン、またそんな細っこい棒の上に立って。落ちたら笑うぜ?」
「なめんなよ。この程度の足場でふらついてるようで、海賊の頭なんか張ってられ――」
威張って言い返したリオンだが、行く手の海面に見えたものに驚いて、うっかり足元の安定を崩しかけた。
紅と白の衣をまとって、ぷかりと浮かんでいる……あれは――
人間だ!
「ランディ、船を緊急停止させろ! 漂流者だ!」
「はあ? こんな何もないところに流れてるとは、どこの物好きだい」
まるで緊張感のない副長に「知るか!」と言い返すと、リオンはためらうことなく足場を蹴って海に飛びこんだ。夜に近い冷たさが全身を包み、唇に塩辛い味がしみる。
すぐに浮上して水面を掻き、リオンは程なくして漂流者のもとへと泳ぎ着いた。
いびつな形の板にしがみついていた漂流者は、息はしっかりしていたが、意識は完全に手放していた。もう少し発見が遅れていたら、海の底に沈んでいたかもしれない。
(男……いや、女か?)
すぐには判断がつかなかったのは、その漂流者の衣服のせいだ。
キモノとかいう東方人の民族衣装らしい。以前読んだ『東方見聞録』という本の中でこれは武士という男が着るハカマだと紹介されていた記憶がある。だが腕に抱えた身体は、少女のように華奢で小さく、ほどけた黒髪もかなり長いので、判断に迷ったのだ。
貼りついた髪のせいで顔は見えないが、どちらにしても子供だろうと思われた。
(女だとしたら、子供でもちょっとマズいが)
場の勢いで助けてしまったが、アダマース号は女子禁制だ。
リオンの知り合いには女海賊を受け容れている船もあるが、アダマース号では数代前の船長の時代に女をめぐって血みどろの刃傷沙汰が起こって以来、女子供の乗船を禁じている。
(つっても、今さら沈め直すのは寝覚めが悪すぎる――)
「リオン! こっちだ、こっち!」
常に飄々としているランディにはめずらしい大声が、リオンの後ろ頭にぶつかる。
振り返ると、夕明かりに照らされたアダマース号の甲板がざわついていた。逆帆にして船を止める作業は、一人や二人でできるものではない。潮風に鍛えられた肉体を誇る船員たちは、愛する船長のために、浮き具代わりのロープや
リオンはひとつの覚悟を決めると、漂流者をしっかりと抱えて、再び泳ぎだした。