色をなした輝夜が立ち上がるより早く、凍星はぴしゃりと言い捨てた。
「勘違いするな。我は、かような下衆どもに頭を垂れるつもりなどない。もはや口先ばかりの無能な将兵どもには任せておけぬから、我が出るまでよ。この手で、聖地を踏み荒らす下衆どもを根の国に送ってきてくれる」
無表情のまま、
「下衆どもは数だけは多い。さすがの我でも、聖玉を返り血で汚さずに済むとは思えぬ。故に、そなたに預けるのだ。裏の抜け道から逃れ、
身を硬くした輝夜は、自分のそれと同じ藍色をした兄の瞳を縋るように見上げた。
普段はほとんど声もかけてくれない兄が、わたしを信用して命令をくれた。そのことは魂が震えるほどうれしい。
けれど、わたしだってこの聖地を守る一族なのに、残って戦うことは許されないのかと思えば、後ろめたさと歯がゆさでどうしようもなく心の底がざらついた。わたしが刀と小弓を扱う腕は、ご存知のはずなのに。
わたしだって、あにさまと一緒に戦いたいのに。お力になりたいのに。
「よいな。ゆめ、我を失望させるでないぞ」
「――……心得ました。あにさま」
だが、淡々と念押しされたら、暗い表情の下に苦しみを隠してうなずくしかなかった。
ご武運をお祈り申し上げます。
切ない想いで告げようとした輝夜の言葉を皆まで聞かずに、凍星は彼女の目の前から歩み去ってしまう。あまりにもそっけない。
兄が鍛えられた細身にまとうのは、神職のそれに似せた白装束と、実用性に重きを置く飾りけのない具足だ。長い黒髪を束ねる髪紐が、先日輝夜が見立てた蒼いそれであることに気づき、輝夜はひと筋の光明にも似た救いを感じる。
目を閉じて自分に言い聞かせた。
(あにさまなら、この程度の戦場では死なない)
(……それなら、わたしは)
言われたことを守るだけだ。
聖玉を小袖の下に隠して、輝夜は身をひるがえす。
他の者は、あらかた避難を終えていた。
隠れ里に逃げる彼らとは別れて
「な――」
「お、おい、なんだこいつらは!」
「どうしたッ」「武器を!」
爆音と怯えた悲鳴で振り向けば、突如として現れた異様な黒装束たちが水夫に襲いかかっているのが目に入った。
敵だ。しかし周囲の海に敵の船は見当たらない。
(尾行されていた? それとも、先回りして船倉で待ち伏せを……!?)
輝夜はすぐさま抜き払った短刀で、飛びかかってきた黒装束を懸命にあしらった。
背後をとった一人が輝夜の口をふさぐ。
「聖玉はどこだ」
そうささやかれて戦慄が背を走る。
無我夢中でもがいた刹那と、横波にあおられて船が傾いだ瞬間が、不幸にも重なる。
ぐらりと身体がかしぎ、輝夜は黒装束もろとも、船縁をあっけなく乗り越えてしまった。
あにさま、と救いを求めるように心の中で叫びながら、死ぬ気で海面を求めて伸ばした手が何かにぶつかり――