** 恋愛自転車操業  **



                 #4. 勇者の条件 呪術師の陰謀


            何しろ盛り沢山の一日だった。


午前中一杯、タクヤとホクジョウは仏壇を運び、箪笥を入れ替え、途中うっかり衆目に晒されたヘソクリで老夫婦が揉めるのを仲裁し、おにぎりをご馳走になり、力仕事に汗を掻き、合間に交わした姫護衛計画と、更なる合間に不本意ながら触られた尻、はた迷惑な抱擁、失礼千万な耳朶への接吻。 目くるめく前半戦に眩暈がしそうなタクヤ。 

がしかし、そうして待ちに待った午後こそ、愛する人と過ごす愛だらけのヒトトキ。 

        無邪気な子供と戯れる素敵な君と、見蕩れる僕・・・・

のように、うっとり妄想するタクヤだが無邪気な子供はワイルドでハード。 


待ち合わせに指定された小さな児童公園、長兄の号令で ヨロシクお願いします! と見事なユニゾンを奏でた小五、小三、小二のナカヤマ三兄弟。 と、同時にワッと次男と三男は遊具に走り、出遅れたタクヤは一人残った長男にヨロシク・・・と頭を下げた。 で、どうする? 末っ子のタクヤは小さい子と遊んだ経験がない。 所在のなさにモジモジするタクヤに向かい、小五にして 『上司』 の風格を漂わす長男は、大人びた口調で言った。


 「いつもは幼稚園保育園組と同時に集まれるんですが、今日は懇談会の準備で僕ら早く帰されたんですよ。 それなので、ここで時間潰しする事になったんです・・・・何かとお世話になります・・・・」

 「あ・・・いや、あの、こちらこそ・・・」

互いに会釈をしながら、なんだかリーマンぽいよなとタクヤは思った。 

そしてこんなしっかりした小学生に子守りが必要だろうかとも思ったが、確かに長男には必要ないが、アニマルな次男三男には必要なようである。 子供の人見知りは好奇心には敵わず、僅か数分でもろもろと崩れる。 遊び相手を確保した下二人はベンチで本を読む長男を残し、缶蹴りだロクムシだドロケイだとノンストップで大興奮の一時間半。 チビッコ組と合流した時は既に、愛しい人を眺め愛でる気力すらない抜殻のようなタクヤ。 恐るべし子供力。


 「なによヨレヨレじゃない? 若い癖に、もう疲れたとか言わないでよね。」

愛しい姫君は息も整わぬタクヤを流し目をくれ、冷ややかに言った。 

しかしながら、姫・ミルルとは一つしか違わないのに、しかもコッチが年上なのに、いつもキッツイ姉貴と話しているような感じになるのは何でだろうとタクヤは思う。 つまり弟レベルで頼りないのだと思うと、情けなくて犬のようにしょげるタクヤだった。 こんなんで、キミを守れるんだろうか?

そうしてまだまだ元気な子供達はガヤガヤ横に縦に広がり、カワデ宅へと住宅地を行進する。 が、ある場所に来た途端プツンと子供らが口をつぐんだ。 そしてまだクスクス笑いあう保育園コンビの頭をちょんちょんと突付き、ミルルは唇に人差し指を当てて見せる。


 「リョクちゃんジュンちゃん、シッ、よ?」

声を潜めたミルルを見上げ、ハッとした小さな姉妹はコクリと頷く。 
双子の年長組みコンビも、あれほど大興奮していたナカヤマ三兄弟も神妙な表情で固く口をつぐむ。


 「な、なに?」

子供らの異変にどうしたのかとキョトキョトするタクヤは、双子のお姉さまに シッ! と厳しくいさめられた。 

そこはありふれた住宅街の途中だった。 悪名高い繁華街がすぐソコにあるとは思えない閑静な町並み。 どちらかというとひなびた古い住宅と、垢抜けないアパートと、微妙な感じのマンション。 パッとしないけれど、どこか懐かしい感じのする風景。

しかし直にその 「変さ」 をタクヤも悟る。 成る程、そこは変だった。 変だとタクヤは思う。 ありふれた割に年季の入ったマンション、駐輪所があって三段ほどの階段を上がるタイル張りのピロティがあって、その外周をささやかな植え込みが囲む。 そんなありふれたそこには不穏の匂いがした。 理由は、とにかく張り紙が多いのだ。 

不法侵入禁止だの、チラシお断りだの、駐車禁止だの、ゴミの分別はモラルの問題! だの、至る所に溢れているの大小の張り紙、警告。 きっちり印字されたそれは、わざわざ表面にフィルムコートがされていた。 それがいっそう、脅迫的な印象を、貼った人物の執念を感じさせて、通るだけでも何とも厭な気持ちになる一角であった。 とりわけ不愉快なのは、植え込みに張巡らされた鉄条網と 「犬、子供入るべからず!」 の無機質な文字。


 「・・何なんです? あそこ、」

ハァ〜と子供らが溜息をついた自販機の前。 
聞きたくてしょうがないタクヤの質問に、ミルルは吐き捨てるように答える。


 「ガミガミ君・・」

 「・・・ッて・・・マンガか何か?」

 「違う違う! ガミガミ凄いんだよ、もー誰も敵わないんだよ、」

怖いよ〜とナカヤマ次男がお化けの真似をした。 そ
して未だ飲み込めないタクヤに、冷静な長男が説明するのだった。


ガミガミ君とは、例のマンションの三階、ちょうどナカヤマ兄弟の真下に住む男の仇名だった。 男はマナーだのルールだのにうるさく、少しでも秩序を乱す者にはマンション内外を問わず激しい抗議をするのだという。 そしてその結果があれら大量の張り紙であり、ナカヤマ三兄弟の臨時疎開であったりする。 

ある日、留守番をしていた三兄弟達に男は怒鳴り込んで来たらしい。 理由は騒音だった。 足音を立てるな大声を出すなテレビの音が大きい、そして親が留守だと知ると 「子供を野放しにするだらしのない親だ、畜生にも劣る」 などと子供相手に延々、撒くし立てたという。 それはたまたま帰宅した隣家の御隠居が男を、子供の親が戻るまで一度自室に戻るよう説得するまでクドクドと続いた。 そして事の次第を子供らから聞き、更にその晩男からの非難の電話に二時間付き合わされたナカヤマ家は、ナンデモ屋に子供の臨時疎開を依頼する。


 「ホントはこの子達、家で留守番出来るのよね。 もう小学生なんだし、母親だって五時にはパートから帰って来るんだから。」

兄弟は、わざわざ自分の家を離れ母親の帰りを待つ。 
しかも、児童公園でミルルらと合流する形で、全く家には戻らない徹底振りで。 


 「俺ら、ちっとも五月蝿くしてないんですよ。 ショウジもナオトも忍者みたいに静かに歩くし、テレビなんか近くに行かなきゃ聞えないくらい小さくしてるんです。 でも、時々面白い事があったりしてゲラゲラ笑っちゃたりすると、ガンガンって、床を何かで突付かれるんです。」

 あの人変ですよ・・・ と長男は溜息を吐いた。 

―― てめぇのモノサシで余計な基準作ろうとする馬鹿野郎 ―― 

タクヤはふと、ホクジョウの言葉を思い出す。 ガミガミ君とやらも、決して間違った事を言っている訳ではない。 正しい、間違いのない正論ではあるのだ。 だけど、度を越してそれを貫くのが果たして正しい正義なのか? 


 「ガミガミ君ッて結構さ、まだ若いらしいんだよね。 駅前のタカマシ屋あるじゃない? あの中にある美術館で働いてるんだって、」

あたしなら一緒に働けないわね、と背伸びをしてミルルが言った。 


 「じゃ〜ミルルちゃん、タクちゃんとは楽しい? 仲良し?」

 「え〜そうねぇ、楽しいわよ〜仲良しだし〜」

三歳児の無邪気な質問にニッコリ答えるミルルだが、スイと首を捻るとタクヤの耳元


 「・・図に乗ンじゃないわよ、世の中社交辞令ってのがあるんだから。」

無情に囁くのだった。 

夢くらい見させてくれたっていいじゃん・・だけど、切なく見つめる横顔の、なんて愛らしい事! 

だから、俺は君を守る!! 


「仲良し! 仲良し!」 保育園姉妹の声援を受け、タクヤは己の王子モードを再び固める。 
そして王子はカワデ家の台所で三家族分、計13人分のハンバーグを捏ね、ブロッコリー三株を茹で、人参一袋を煮詰め、二袋分のフライドポテトを揚げるのだった。 

そして一方、只今危機に晒され中の姫・ミルルは、意外にも子供の相手が上手かった。


下は三歳から上は十歳まで、子供7人揃うとそれはもう台風の様。 はしゃぐ奴、ごねる奴、泣く奴、白熱して遊んでたかと思えばイキナリ勃発する仲間割れ。 こりゃガミガミ君が居たら発狂するぞ、とタクヤは芋と格闘しながら思った。 だけど、ミルルはそれを巧いことあしらう。 

〜〜しろ! と命令する事はまず無かった。 だけど誘導するのが抜群に上手い。 喧嘩が始まれば玄関先に連れ出し、存分にしろと眺める。 そして腹と頭は攻撃しちゃイカンとセコンドしつつ、実際大した事無い殴りッこを眺め、頃合を見て 「さ、気が済んだ?」 と切っ掛けを作る。 つまり、子供との距離の取り方が絶妙なのだと思った。

 子供との?

イヤ違う。 普段自分には喧嘩越しで噛み付いてくるけれど、でも、本来のミルルとはきっと、他人との距離の取り方に長けてるんじゃないだろうかとタクヤは思った。 一人で生き抜いて来た、ある意味アンダーグラウンドの勝者だというミルルにとって、それは、必要な不可欠な能力ではなかっただろうか? 

その間合いをミルルがどんな風に覚え、経験して来たかタクヤに知る由はない。 最初からあんな風に上手く出来た訳じゃないのかも知れないし、酷い失敗で辛い思いもして来たかも知れない。 ――と、気付けば同情しようとしてる自分に、タクヤは歯痒い気持ちになった。 同情すれば可哀想だな・・・になる。 そう思ってしまうと、今のミルルの全てが昼のメロドラマのように陳腐なものになってしまう。 


ミルルへの思いなら真っ当、真剣なのだとタクヤは断言出来る自信があった。 

ミルルを守りたい、力になりたい、そんな気持ちに嘘なんてないのだから。 だけど、 アイツの誇りなんだよ・・・・ そういったホクジョウは、愛だの恋だの言う自分よりずっと、ミルルの王子になれる気がした。 ホクジョウに比べると、ミルルに比べると、自分はちっぽけで役に立たない甘チャンなのだと思えた。 そもそも、不本意ながらホクジョウの下半身にアピールして雇われた自分と、腕っ節と才能で雇われたミルルとでは格が違うというか、明らかに自分はオマケなのではないか?


 「・・・・でも、俺は俺だから、」

鍋の中そっと取り出した人参は、テリッと甘く煮えている。 


 「ねータクちゃん、あたしのところにお星さまの入れてね?」

ブルーになったタクヤの割烹着の裾を引っ張り、双子の片割れが可愛いお願いをした。 多分この子は妹の方。 おすまし姉妹は二つのソラマメみたいにそっくりだけど、こうしてコッソリ甘えてくるのはいつも、妹の方だった。 

だからタクヤは甘えたさんの名前を呼ぶ。


 「了解! ヒナちゃん。 ちゃんと皆のお皿に、2コづつお星さまは入れるよ。」

名前を呼ばれエッと目を見張り、満面の笑み。


 「ふふふ、ホント〜? でもヒナねぇ、ブロコリはチョッとでいいよ、」

 「え〜食べてみようよ〜、あのね、トクベツに美味しいタレで食べるから、きっと美味しいよ?」

 「トクベツ?」

 「そう、ヒミツのタレ」

ホント〜?! と声をあげた甘えん坊は、そうだ、と急にツンと誇らしげなお姉さま顔をつくり厳かに言う。


 「あたし、タクちゃんのお料理は最高よって幼稚園のみんなに宣伝しといたから。 だから、タクちゃん、バンバンお仕事くるかもしれないけど、別に、あたしに感謝とかしなくていいからね! お仕事が来たら、それはタクちゃんのドリョクなんだから!」

途端にお腹の中がポワッと暖かくなる小さな勇気。


 「ありがと、そうなったらじゃ、コッソリ感謝するからね?」


自分はホクジョウと違う。 ミルルとも違う。 ホクジョウのようにもなれないし、ミルルのようにも強く生きられないと思う。 だけど、この自分にしか出来ない事だってある筈なのだ。 それはささやかで小さな事かも知れないが、凄い二人に怖気ずく前に、比べて落ち込む前に、今は自分が出来る事をコツコツ頑張ればいいじゃないか?

   頑張ろう、頑張ろう、頑張ろうと、タクヤは心の中で唱えた。 

頑張ろう、頑張ろう、田舎者だって、弱虫だって、童貞だって、今のところまるで眼中にないけどいつかチャンスは来るかも知れないし、いや、来ないかも知れないッていうかその前に自分が襲われちゃったりしてホクジョウに、


 「それはナシッ!!」


フライドポテトに手を伸ばしたナカヤマ三男が、ビクリと静止して、小さくゴメンなさいと言う。

 「い、イヤ違うんだよ〜ゴメンゴメ〜ン食べてもいいよ〜でも二本だけね?」


思えばタクヤが料理を始めたのは小六の冬、母親が子宮筋腫で急に入院してしまった時、已む無く始めたのが切っ掛けだった。 初めて作ったのも確か、ハンバーグではなかったか? 日頃兄に圧倒されて影の薄かった自分が、初めて家族の賞賛を浴びたのは、他でもない料理だった。 ならばちゃんと、全て自分の身になっているじゃないか。 小六の努力が実り、今こうして仕事の武器になっているのだから、だから、自分だって遣れる。 自分の遣り方で、コツコツと、誰かの為に、好きな人を守る為に、出来る事だってある筈だとタクヤはフライパンを揺すった。

ハンバーグは絶妙な焦げ色だった。 

うわぁ! と笑みを浮かべたミルルを見て、タクヤは涙が出そうになった。


     王子改め料理人で構いませんからッ!
     だから愛しいアナタ、どうか俺に優しくしてくださいッ!


 「あんた、料理だけは抜群よね〜」

      あぁ、感謝します神様・・・・・



洗剤の泡に塗れ、割に単純だな、俺・・・・とタクヤは思った。



そんなその日の晩、玄関チャイムにドアを開けたナカヤマ三兄弟の母は、
ドアの前にポンと置かれた紙袋を発見する。 

袋の中身は一本のビデオ。 

タイトルは 【美少女仮面*性裸ぁ夢ぅん☆】

鬼畜! 陵辱! 嵌め撮り! ピンクの活字躍るパッケージ、強屈な黒人二人を相手にノーパン(推定)超ミニセーラー服で微笑むのは、あまりに顔見知りなミルルその人であった。










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