ファンタジスタの人生 《8》 乙女の秘密工房編
 




 「す、すげ……隠し部屋?」

 隠し部屋とキタら、新たなミッションへの布石。 
サバゲー、ロープレ好きの俺がこのシチュに我慢出来る筈がなく、壁系隠し部屋ならまず押してみろのセオリー通り、壁に手をついてグイッと。 


 「お?」

 我を導く直角の新世界。 
横幅一メートル分くらいの壁がドアの様に開き、


 「ォオオオッ!?」

 一歩踏み出せばパッと明るくなる視界。 
フェイントの点灯に軽くへっぴり腰になるが、恐らくセンサーか何かが仕込んであるのだろう。 
驚くのはそこじゃない。 

 晧々と照らされた八畳ほどの窓の無い洋間。 
何故か隅にある男体トルソー。 
家具は白木のヨーロピアンカントリー。 
焦げ茶のふかふかラグはあっちの部屋の色違いだけども、そこに散らばるのはレースと刺繍のミニクッション。 
ラタンのカゴには、随分な大作っぽい編み掛けのレース。 
壁に逆さにぶら下がったドライフラワー、真っ赤な唐辛子、リボンで箒みたいに束ねたススキの穂。 
寒色で纏めた雪の結晶みたいなキルトの壁掛けは、昔お袋が挫折したそれの三倍はハイクオリティ。 

 奥に長い平机があり、半分蓋をずらしたままの木箱にはボタンや糸が綺麗に並び、アンティークっぽい黒いミシン。 
ミシン脇のティーテーブルには、ふんわり畳まれて重なる仕上がり済みらしいシャツ数枚。 
つる草みたいな真鍮のブックエンド。 
挟まる数冊の本は、 「和裁の常識・入門編」 「キルト図案集」 「フランス刺繍の基本と応用」 
更には 「やっぱり和食!完全保存版」 「李さんちの台所 本格中華から家庭料理まで」、 
果ては 「ドキ*彼に着せたいな*あったか小物と冬の服」 「LOVE☆テディベア」 「ないしょの恋占い」 なんてのもあったりして。 


 「リボンの騎士…・・?」

 ―― サファイアは、秘密のお部屋の中でだけ、女の子になれるのです……

 天使に男の子の魂を入れられてしまい、王子として生きることになった、お姫様サファイア。 
手塚先生の名作を思い出し、ついでに小泉の顔も思い出した俺だが、ドレスで微笑む小泉は、俺の脳内フィクションだとわかっていても尚、ナンもカンもが非常にイタダケナイ。 
失敗だ。 
が、失敗だからこそか? 
あいつ、自分の 『真の姿=乙女』 のギャップに苦しんでこんな…… そのうえ俺に 「女の子」 としてフォーリンラブで、ついには 「気持ち受け取って!」 とばかりにチュウしようとしたとか


 「いやぁ〜〜〜そりゃ無しだろう……」

 無理だよ、例え俺が王子でもあんな姫は嫌だ。 
けど、俺が姫の立場というのも嫌だ。 
ドレスで縦ロールでベルサイユな俺。 
これまた、色々限界を感じる想像だった。 
だが、この部屋も相当にギリギリだ。

 壁際の白木の棚には、カラータイルがモザイク状にポチポチ埋め込まれ、ポプリ−、ビーズ、白い貝殻と海硝子、夢見がちな娘さんがうっとり眺めそうな、そういうのの詰まった硝子瓶。 
チッチャイのやおっきいの、きっと手作りに違いないウサギだのクマだのがズラァ〜。 
そして、平机の端っこ、ネタでしか聞いたことのなかった鍵付きダイアリィをリアルで目撃する俺。 


 「広げてちゃ、鍵、意味ねぇし」

 書き掛けで広げてたソレ。 
みっしりと緑の文字。 
盗み読むつもりなどなかったが、偶然目に入った 「麻生君」 の文字に反応した俺を責めないで欲しい。


          * * *


 11月22日 土曜

 今日は、麻生君が来ます!! お泊りで〜す! もーどっきどき。 わぁん緊張して眠れないよう! 
お庭を散歩して、お部屋に案内して、あ、せっかくだから普段行かない端っこまで庭を回っちゃおう。
 きっと楽しいと思うな。 
歩いてチョット疲れたら、ゆうのお部屋で休憩。 
麻生君の好きなフユガキだよぉ〜 お茶は京都の叔母様から貰った玉露だよぉ〜。 
喜んでくれるかな? 

 あ、お楽しみはそれだけじゃないよ? 
じゃじゃーん! 手縫いの着物でーす! 
和裁は初めてだったけど、かなり上手に出来たと思う。 帯もピッタリ。 
麻生君は色が白いから、きっと、絶対、似合うはず☆
着替えは要らないよって言っといたし、着てくれるよね? 

 『これ、着心地良いね?』  なんて言ったりして! 

お風呂上りに、どうぞ? って置いといたら良いかな? 
 
 で、でも一緒に入ろうとか言われたら?

 きゃ――― わ―――――!!   ゆう、倒れちゃうよ!







         * * *


 俺が、キャーワーだよ。 

 ていうか 「ゆう」 ってお前……

 戦慄の小泉ダイアリィに愕然とする俺。 
緑のインクで書かれた本文は、日頃の達筆の片鱗すら伺えない微妙な丸文字。 
そして本文の下の方、いつもの大人びた小泉文字で鉛筆書きされてる箇条書き。


          * *


 * 敷地内、清掃強化 
 * 玉露の水出し →岸に前日から依頼済み
 * 伊藤に鬘の着用を(念の為に)
 * 時雨堂への確認 →蜜豆の栗、白玉増量 → 当日九時必着・・受け取りは伊藤
 * より詳しい情報の収拾…ゲーム、ビデオの好みは使用状況で判断
 *  コミュニケーションの強化  焦らない!

          * *


 これ、ポイントか? 
すっげ、くだらねぇ。 
人に遣らせることばっかじゃん。

 けども、 『焦らない』 にグリグリ引っ張られた赤線が、なんだかリアルで差し迫っていて、
しかも当の本人が既に全然、注意喚起の意味がない程の焦りッぷりだったりして、もー何だか


 「こ、小泉、……」


 パラパラ遡れば、妄想暴走陰謀の歴史。

           * *


 11月18日 火曜日

 ビッグニュースでーす! なんと、麻生君がうちに来てくれることになりましたっ! 
きゃー! しかも、お泊りでっす! 
それに今日は膝枕までして貰っちゃいました・・・・ 生まれて初めてです・・・ 

 きゃぁ―――!! 嬉しいよぅ! もーずっと麻生君とゆっくりしてないもん、お喋りしたり、寄り道したりしてないもん! 
もう生徒会なんか辞めちゃうって思ったけど、これって御褒美だよね。 
いっしょに御飯食べて、映画見て、朝までお喋りして。 麻生君、ゆうのこと、もっと好きになってくれるかな? 

 ゆうは今まで以上に好きになっちゃうぞ? 


 * 伊勢屋の高橋に連絡 大至急反物を持って来させる。 
   色は藍もしくは紺(暗めのトーンで白さを引き立てて) 一重なら徹夜もいれて正味4日で何とななるか?
   → 和裁の心得の在るものを手配。 さり気なく指導を乞う(三木の姉?)
 * 当日の茶菓子、昼、夜、夜食、翌日朝、昼…他適宜 → 松方に相談 (ピーマン、パクチー、ホシブドウ禁止)
 * サイフォン購入  


 11月13日 木曜日

 麻生君はエビチリが好きみたい。 生春巻きも美味しいって完食! 
でも、飾りで乗っけたパクチーはカメムシ臭いから嫌なんだって。 
麻生君はパクチーが嫌い…… メモメモ! 
いつも麻生君は美味しそうに食べてくれるから好き。 嬉しそうに笑ってくれるのも好き。 
嬉しいなぁ〜ゆうも頑張って作って良かったなぁ〜。 ちょっとだけ松方に感謝。 

 でも、お弁当のときしかゆっくり出来ないよう、さみしいよう…… 生徒会辞めちゃおうかなぁ。 
生徒会に居れば色々出来る事はあるけども、でも、麻生君との距離が離れちゃうなら本末転倒だよね? 
さみしいよう。 麻生くんも、ちょっとは寂しい?

 * 麻生の生徒会補佐の件、メンバーに確認 → 承認を得た。 即日発令。
 * 中華系での肉料理、辛くないものに関しても充実させる。 → 松方


 11月10日 月曜日

 麻生君と一緒に帰れない三日目。 泣いちゃいそう。 
寂しくて、古い黄色いセーターを縮めて、チッチャイうさちゃんをつくる。 名前はタッちゃん。 
黄色は麻生君の下敷きの色。 何で黄色なの? って聞いたら、半額だったからって言ってた。 
こだわりのないところも好き☆

 * 麻生母、おしゃれセンターナカソネにて五本指付きソックス五足組みを大量に購入
   ・・・ あれを麻生に穿かせる気だろうか? 阻止する手段はないものだろうか?


           * *

 息継ぐ暇もない無差別乙女ハイテンションの荒業に、くらくら眩暈がしそうな俺。 
よもや母親まで観察対象であったとは、脅威の情報網。 
ていうか穿いたよ、愛用してるとも、指付きソックスを。 
そして、まだまだ続く小泉ダイアリィの快進撃、そして明らかになる間抜けで緻密な計画の数々。 

           * *


 11月6日 木曜日

 今日こそ麻生君と帰るぞ! と思ってたのに、企画報告書の纏めに手間取って一人で帰らなきゃならなかった。 
ショック。 
先に帰っていいよって言われたけど、いいもん。 だって麻生君、再放送見るからってさっさと帰っちゃったよ。 
水戸黄門に負けた。 由美かおるに負けた。 悔しいっ! 

でも、お昼は一緒に食べたよ。 今日は麻生君のスペシャルお握りだった。 
中味がミートボールと卵焼きのお握りって、ゆう、初めて食べた。 案外美味しい。 
でも、モズク酢は入れない方が良かったかなぁと思う。 
麻生君も、これはシクッたって言ってた。 食べにくいんだよね。


 * 水戸黄門放送時間を深夜の時間帯に移せないものか? → TBS関係? 白金の大伯父ならば。


 11月4日 火曜日

 休み明けなのに、麻生君はマンガばっかり読んでで生返事ばかりです。 
ゆうはこんなに、おしゃべりしたいのに、かまって欲しいのに、さ・み・し・い・よ!


 * 今後の図書補充計画を一時中断。   喰い付きが良過ぎるのも問題。
 * そろそろ新行事を提案するべきか?(スキンシップ系)


 10月26日 日曜日 

 麻生君ちに行ってお昼をごちそうになった。 
麻生君ちのお味噌汁にはジャガイモと人参と玉葱が入っていた。 
お昼、カレーにしようとして肉が無かったから味噌を入れたんだってお母さんが言っていた。
 面白いお母さん。 お母さんは麻生君に似ている。 


 * 次回、麻生家手土産用に三田牛の取り寄せを岸に依頼。
 * 麻生は年をとっても美人(確定) → その母の好みを継承しているならば、今後の路線は麻生父をリスペクトするべきか? 
   まず、無精髭? 土日ならばどうにか。


 10月20日 月曜日

 麻生君に指圧をやらせちゃダメ! やるのも禁止!


 * 嫌がる事をするのが少し好きらしい(実に嬉しそうな表情)やはりドS? ツンデレかつドS 素晴らしい。
 * 脇腹・右すね内側・腕付け根(反応良し) 右耳朶裏にほくろアリ。 Good!


 10月16日 木曜日

 竹の子の土佐煮を麻生君は気に入ったらしい。 ゆうの分もあげたら喜んでた。 
こんな美味い弁当を、ずっと食べてた小沢は羨ましい・… なんていうけども、ゴメンネ。 
小沢君なんてひと、最初から居ない。 ゴメンネ、信じてる麻生君に全部話しちゃいたい。 
でも、そしたらゆうの事嫌いになるだろろうなぁ。 
でも、どうしても、ゆうは麻生君と一緒にいたいんだ。 ずっとずっと、一緒にいたいんだ。


 * 小沢の件、緘口令強化。 特に教師陣、他級生。 校内管理の学年アルバム類、一時撤収も。


           * *

 まさか御老公関係に圧力をかけようとは、メディア規制もアリか? 北の将軍様か? 
滅茶苦茶だよ。 
奇天烈行事ばかりあると思っていたが、小泉本人は元より、身内もグル、学校もグル。 
学園のみんなゴメン、巻き込んじゃってゴメンッ!
けどな、まさか小沢君まで嘘ッパチだなんて、ちょっぴり紹介して貰いたかったのにガッカリ……。 

 そんな姑息な陰謀と同時進行する乙女の切ない恋心は、時に生臭く、痛痒い。 
 ていうか俺はドSなんかじゃない、失敬なッ!

           * *


 10月10日 金曜日

 図書館で麻生君と待ち合わせ。 
麻生君はたくさん漫画の話しをしてくれるけど、ゆうにはよくわからない。 
だけど、たくさん話してくれる麻生君が好き。
麻生君の好きな漫画、もっとここに増やそうね! 
そうそう、学食の鯖味噌煮定食も大好評。 麻生君が喜ぶの、嬉しい。


 * 寺内を引き抜いた甲斐があった。 後はどこまで引っ張れるか。 
 * 新メニュー開発を。 鍋? 新密さを深められるような
* 麻生の読書状況報告を司書より→ 補充・強化作品のリストUP適宜 


           * *

 そう、Rが丘の学食のこと。 
しょぼかったけど、鯖味噌にだけは絶品だったって小泉に話した事があった。 
そしたら幾らもしない内に新メニューで登場して、しかもあの味。 大喜びの俺だったけども 
…… 寺内さんとやら、あんたまで……

欠くも、乙女小泉の愛は盲目だった。 
時に生命の危機すらも恐れず、無鉄砲に。















 *ファンタジスタの人生*8.                               第9話に続く