ファンタジスタの人生 《7》 柿喰ってお部屋探検編
 




 そしてしつこく携帯は鳴る。 

 ピピピピ鳴ってるアレを、お前、いい加減、無視するんじゃねぇよ。


 「…… 鳴ってるよ?」

 一応、教えて遣る。


 「……ねぇ?」

 「……わかってるから」

 そう言って小泉は深い溜息を吐き、ギュゥ〜ッと俺を抱き締めた。 
万感の思いというよりは、未練タラタラな感じだった。 

 そうして二秒くらいタメを入れて、剥がれるって感じで離れる。 
離れた時、チッって舌打ちしたのを俺は聞き逃さなかった。 
そして日頃の上品さはどうしちゃったか、荒々しくドカドカ部屋の向こッ方に行き、窓際の辺りを漁ると氷点下のオーラを放ちつつ携帯を掴む。 
誰からの電話かわからないが、対応する小泉は、丁寧な言葉かつ喧嘩腰という高水準の不機嫌だった。

 窓際に立ち、こちらに背を向けて小泉は喋っている。 
無意識のモデル立ちはさすが極上セレブの趣きタップリだったが、そんな第三者視点アリの俺だから、怒涛の如く巻き戻されるさっきまでの色々。 
ドッと、何かがクル感じがした。 

 わぁ〜〜! わァだよ、わァわァ言うよ! ナニあれナニあれナニあれ、さっきのナニ? やばいよ、やばい小泉、やばい俺、超やばい俺ッ! 
ダァァッ、イカンよ、イカンともし難いよ、何ドキドキしてんだか、オイしっかりしろよ俺、どうしちゃったよ俺、ときめいてんじゃねぇよ俺、
小鳩の様に胸震えたじゃんかよ畜生、調子にノンじゃねぇぞ小泉の奴ッ!! 
勝手に犬から狼に大幅シフトチェンジしやがって、カァァ――ッ、どうしたらイイんだよぅッ!

 ビーズクッションを捩じりつつ、襲い掛かる現実に身悶えする俺。

 時間差恐慌に陥る俺を余所に、携帯で話す小泉は非常に苛つき続行で、しかも面倒事が起っているようだった。 
何を話しているのかはわからない。 
だが低く鋭く話す小泉は俺の知ってる忠犬テイストの小泉じゃなくて、別の誰かみたいだった。 
遣り手で、狡猾で、荒々しくて。 
そう、例えばさっきの、熱の篭った目をして、斜かいに顔を傾けて

 ウワァ〜〜〜再生不可不可不可不可ッ!! 巻き戻し禁止ッ! 


 「ね、麻生?」

 「ハァアアッ?」

 いきなり話し掛けられて、こっち向かれて心臓が跳ねる。 

 挙動不審な俺に瞠目して後退った小泉だが、すぐにいつものにへらとした顔を作り、つられて笑う俺に、駄目押しの様なにっこり決めた。 
無害ですよ〜な笑顔を張り付かせたまま、つかつか部屋を縦断して来る小泉。 
今のさっきのコレだもの、うわ、胡散臭い! 
部屋が広い分、数秒の間が凄い臨場感。 
そうしてソファーの前まで来た小泉は、もう一度にっこりして中腰になる。 
目の高さが座ってる俺と揃った。 
薄茶の瞳孔はジィッと俺を見つめている。 


 「あのね、麻生」

 「ん?」

 心拍数上昇、クッションを抱える腕に知らず力が篭る。 
 なんだよ小泉、早くもラウンドツゥ〜かよ、ふざけんなッ、コッチの都合も考えろって! 
多分赤いだろう顔を誤魔化さんと、クッションに顔半分を押し付ける俺。 
その後ろ頭を、小泉の大きな手が包んだ。


 「あのね、麻生、ホントに申し訳ないんだけど、ちょっとだけ留守番して貰えないかな? 一時間? 
 …… うぅん、多分そんなには掛からないけども、出来るだけすぐに戻るから、ここで待って居て欲しいんだ」

 「は?」

 これは予想外の展開だった。 
いや、それが不満とかでは決してなく、あー断固としてそこはそういうんじゃないと俺は自らに硬く念を押すのだが。 
ぶっちゃけ拍子抜けは否めない俺の、おさまりの悪い猫ッ毛を指で弄びながら、小さな子供を相手にする口調で小泉は、今から一時間かそこらの留守番をココでしてくれと言うのだった。 

 嫌だよ。


 「ヤだよ。 留守番ってココで? 俺が? てかお前、何か用事出来たんだろ? 
だったら俺、今日は帰るし、お泊りはまた来週にでも延期ってことで、」

 「いや、駄目だよッ!」

 「だ、駄目だったってさ、」

 無理だ。 
初めて来た人ンちで、いきなり一人で留守番だなんて凄くヤだと思った。 
だったら隣りだし、家に帰った方がずっと良いと思ったのだが、帰らないでくれ、すぐ戻るから、退屈させないから、だから今日は泊まってくれ、延期はしないでくれと必死の形相で懇願する小泉は何か尋常じゃなくて、気合い負けした俺はウンと言うしかなかった。 
ゴネる小泉は最強だ。

 そうして約束を取り付けた小泉は、テキパキ俺の前に各種リモコンを置き、


 「いい? これがDVDとテレビ、ゲーム機関係はこのボックス内に全部入ってるから 
―― ソフトと、メモリーカードと ―― ここのカードは麻生専用ね? 好きな場所に保存してかまわない。 
全部好きに使ってかまわないからね? あと、そこのラックにDVDもあるけど、あぁそれは麻生が好きかどうか……」

 ホテルの客室係みたいな説明。 

 プレステ、Xbox、Wii 設備投資にも余念がないらしい。 
痒いところを掻いてくれる至れり尽くせりに、これなら一時間くらいなら余裕で退屈知らずだろうけども、取り説とともに並ぶそれはどれも何となく新品そのもので、ソフトは俺の好きな物・欲しかった物ばかりが、封も切らないままみっしりと並んでいる。 
もしやこれ、全部俺の為? 

コンセントがどうの内線がどうの、まだ説明し続ける小泉の横顔を俺はじっと伺う。 
部屋が寒かったらどうの、お腹が空いたらどうの。 
どうでもいいよ、どうにでもなるよ子供じゃないんだから。 
一通りの説明を終えた小泉だが、まだ何か言いたげに辺りを見回し、そしてじっと見ている俺に気付くと賢い犬の顔で
 「麻生、大丈夫?」 と小首を傾げる。


 「大丈夫だよ」

 俺は答える。


 「俺は大丈夫だから、とっとと片して来いよ?」

 そう言って、心配げな目の前の顔を、ピンとデコピンしてやった。 
イッと顔を歪めた小泉は、すぐにふんわり笑い、 「すぐに戻るからね?」 と両手で俺の頬を包むのだった。 

 ゥォオオオオオオおおおッッ! 甘いッ! 甘過ぎるッ!


パタンと閉まるドアを眺め、モキィ〜〜〜ッと身を捩る俺。 

 うわ−なにやってんの? なに甘やかしてんの? なに甘やかされてんの? 
つーか男同士でヤバイだろうっていうか普通に馬鹿だ。 馬鹿だなぁ、小泉。 
こんなゲーム、自分がやらない癖に、こんなの、俺が好きだとかいうの全部覚えてて、こんなのッ! 
お前、若い愛人に貢ぐバブル期のオッサンじゃないんだから、こんなのこんなのこんなのッ
 
 …… すっげぇ嬉しいッ!!


 バイオもあるメタルギアもある、FFだってドラクエだってうわ−ガン無双まであんの? 
こりゃ何日掛かればコンプリ出来ッかなァもう! 
大判小判がザックザク、大きなツヅラの中身とは、まさかまさかの大当たり。 
素直に生きてて良かった、何でも希望は言っといて良かった。 
これほどまでとは思わなかったけど。

 大はしゃぎで宝箱を漁る俺。 
ジャケ見ただけで高鳴る鼓動。 
今のさっきの色々を、決して忘れた訳ではないけども、でも、だからどうなんだろう? 
小泉が俺を好き好きなのはもう最初ッからのデフォルトで、俺もそれを吝かではなく思ってる。 
しかも 「ヤじゃない」 という段階から、軽く 「大好き」 にステップUpしてたってのが自分でも吃驚で、
さっきのアレでわかったけども俺、全然嫌じゃない。 

 あれがいわゆる恋愛なんてのなのか、或いはすっげえ進化した友愛なのかは、小泉も相当トンチンカンだから
俺にもハッキリ断言出来ないけども、でも


 「あれって、チュウしようとしたよな?」

 うっかり声に出して、ワァと耳が熱くなる。

 マジ顔の小泉は、ちょっと怖くってギラギラしてて―― 絶対ヤル ―― 勝負に出た時の男の顔をしていたと思う。 
いや、まさか俺が、この俺が 『対自分』 で男のそういう顔を見る立場になるとは元カノ橋本もビックリだろう。 
俺だってビックリ。 
まァ、ヤルッたってチュウだけど、でも、あのまま俺も目ぇ瞑ってて携帯鳴らなくて、そんでそのままっていったら、やっぱ…… 

 斜かいに顔を傾けた小泉が、どんなチュウをするのかと想像して、またまたじたばたワーワーする俺。 
巧い気がする。 
あんなだけど、あんなだから、女も居ただろうし、あんなだから、あんなふうに、気の利く優しい巧みなキスを、きっと小泉はするんじゃないかと思う。 
で、チュウした男の家に、俺は泊まる予定か? 


 「いや、まだ未遂だし!」

 思わず力一杯言い張るが、でも、何かどうしようかなと、所在無いモヤモヤに焦れ焦れだった。 
今度は〜とか、次は〜とか、そういう事を考える己の乙女ッぷりもかなり気持ち悪い。 
だがそれ以上に、今度であろうと次であろうと、恐らく迂闊にときめいては為すがままになるだろう己の流されっぷりが、今からすっごく想像出来て。 
そんな我が有り様が痛痒く気恥ずかしく、ただただ身悶えする俺はこう見えて、ベッドじゃ しゃぶってください! も言えない清純派なのだ。


 「けども、俺だってチュウなら負ける気がしねぇッ!!」

 いや、だから、勝ち負けとかじゃぁないし。
あまつさえその土俵で張り合うとか、もー論外でしょう?
ともあれ、先の事は考えないのが吉。 

 気分一新。 
我侭ぼっちゃんの命令通り、岸さんが持って来たのであろう冷たいお茶を、ゴクゴクと一気に飲み干す。 
グラスに残った氷がカランと涼しい音を立てた。 
ついでに、四つ並んだ八つ割りの柿もシャクリと齧った。 
美味い! 
あっという間に瞬食、自分の皿は空になるが、あとを引く美味さだった。
しかも、そんな俺の目の前にはまだ四つ。 
手着かずに置かれた小泉の柿。 

 ここで言わせて貰うが俺は決して卑しい方ではない。 
だが、考えてみるがいい。 
鮮度が命の果実、それを空調の利いた部屋、皮を剥いた状態かつラップ無しで小一時間の放置。 
果たしてそれは、柿的に如何なものか? 
生まれ育った山野を離れ、せっかく剥かれたその果肉、あぁ美味しいと、飽食を極めたであろう小泉の舌を唸らせる事が出来るのだろうか? 
いや、出来まい。 
だったら、まだまだ良い状態にある今、甘露甘露と俺が味わってやる事こそ、哀れ剥かれてしまった柿の供養にもなるのではないか?

 結局、小泉の分まで喰った。 

 食べ終わってしまうと遣る事がない。 
並んだリモコンを弄ってみたが、あの頃の俺は考える事が山積みで華麗に生返事だった。 
なので今こうして見ても、どれがどれだかサッパリわからない。 
ましてや人ンちだし、テレビ巨大だし、ブルーレイとか書いてあるし、変なとこ押したらヤダなと迂闊に起動させる勇気もなく。 
せっかく用意してくれた小泉には悪いけども、映像及びゲーム関係はパッケージ眺めて愉しむに留め、代わりに急遽 【突撃☆隣りのセレブ君】 をロンリィ開催し、小一時間を有意義に潰す事にした。 

 とはいえ、何をするわけでもない。 
ゴージャスなお部屋を眺めて過す、ただそれだけだ。 
でも、たったそれだけでも随分見所はあるように思えた。 
何しろ広いのだ。 
広くてお洒落で洗練された部屋。 

 ぐるりの壁は基本アイボリーで、全体の八割を埋めるのが焦げ茶の木目も美しい、ビルトインタイプの巨大収納スペース。 
机は引出しのへんに、ビックリマンシールを剥した後のあるようなほのぼのしたのものではなく、壁の作り付けの本棚と揃いになった、出来る男の書斎風平机。 
それに、背凭れのついた『社長の椅子』がつく隙のなさ。


 「あー内田君、チミ、チミねェ〜、最近秘書課の高橋君と噂があるようだけども、」

 ひとまず椅子にふんぞり返り、アリがちな社長になりきってはみたが、小泉はきっとこんな事をしないし、ましてやこの椅子回し過ぎて昼のラーメン吐いたりもしないだろう。 
そんなの俺だけで充分だ。 椅子をキコキコいわせながら、ぐるり見回せば威圧感のある本棚。 
並んだ本だって、俺んちみたくマンガや攻略本なんかない。 
申し訳程度に数冊の参考書、辞書、あとは株がどうの、投資がどうの、英語だかドイツ語だかのハードカバー、大判の図鑑みたいなのも全集であって、オリエント文明のなんちゃらだとか現代美術の巨匠がどうやら。 
多分、俺が一生その存在さえ知らずに過すジャンルばかり。 
いつ何時、人に見られても決して恥を掻かないであろう、無敵にハイレベルな本棚なのだ。 
全くもって、同い年の俺の部屋とは雲泥の差。 

 まぁ、そもそも広さやゴージャス度を、比べるというレベルでは無いのだ。 
そんな無謀な試みなど、しよう気も起き無い。 
そこらに置いてあるもの一つとっても俺んちみたいに、壁に小学生の頃とった珠算二級の賞状が貼ってあったりしないし、 『クスリは小渕』 の健康献立つきカレンダーが下がってたりはしない。 
壁に張り付くのは洒落た額縁に入った絵で、カレンダーは月の満ち欠けがシルエットになったそれだけで観賞する価値のある美しいものだった。 
だが良く見ればカレンダーの日付け、今日のところに赤くグリグリとマルが付いている。 
マルの下には青いマッキーで  『10時!!!』 


 「小ぉ泉ぃィ〜〜!!」

 三つ並んだビックリマークに笑った。 
コレだからもう、コレだからこいつはもう。

 けれど、でも、それは例外。 

 他はどこ見ても、常時カメラOK・取材OKな部屋だ。 
青臭く生臭い高校生野郎の部屋とは思えない、完成されぶりだった。 
そこには飾ってるだけのナイキや、NBA選手のポスターもなければ、ACミランのレプリカユニフォームもない。 
ましてやコリン星人でアンナミラーズで猫耳な、そんなポスターなぞ、絶対に在り得ない部屋なのだ。 

 無論、ベッド下の定番、桃色オカズ文庫もない。 
確認のため覗き見たそこは、サラッと塵一つなく、喘息のお子様の居る家庭でも安心な清潔さだった。 
ていうか、それは多分、働き者の使用人の誰かが掃除したのだろうから、小泉は別に偉くない。 
この点では、二月に一回、死ぬほど母親に怒られて掃除する俺の方が二馬身くらいリードだと思う。 
そんなベッドはきちんとメイクされ、一般家庭では搬入すら難しいだろうデカさだった。
皺を寄せないように端っこに腰掛けて、沈み過ぎない感触を愉しむ。 


 「アイツ、相当に寝相悪いのかな?」

 こんだけあればチビッコが前転二回しても、余裕で落ちないだろう。 
まぁ、無くて七癖、そのくらいの穴がなきゃ人間らしさがないともいえる。 

 と、そこで湧き上がる疑問。 
今晩俺はどこに寝るのか? 
まさか布団? 
けど布団はココに持ち込まないだろう、ミスマッチだろう、ていうかこの巨大ベッドの下に敷かれても何かこう、リアル格差っぽくて寂しいだろう。 
だが別室じゃお泊りの意味がない。 
けども、したらばやっぱココか? 
ココに二人でとかいうのかッ?! 

 『うん、広いから一緒に寝ても大丈夫だよ?』   瞬時に脳内再生された小泉ヴォイス。


 「い、異議アリッ!!」

 バシンと叩いたベッドはボヨヨンと素敵なスプリングだった。 
ただちにビヨンビヨン飛び跳ねたい衝動に駆られたが、俺もそこまで非常識じゃぁない。 
誘惑を振り切るかのように立ち上がり、壁沿い、棚方面の見学に移行。 
問題事は後ほど、相互の話し合いで解決して行こう。 

 部屋の正面は、ほぼ窓だ。 
左三分の二は、ベランダというよりバルコニーと呼びたいテラスへの出口。 
間の壁にシンプルな壁時計。 
正面右寄りの大きな出窓には、ブロンズで出来たジャングルジムみたいな角張ったのと、丸めた紙屑みたいなオブジェ。
アメリカだのフランスだのの国旗をつけた浮きが、円柱に入った水の中を沈んだり上がったりする温度計。 
硝子越しの陽射しが燦燦と部屋を暖めている。 
カーテンは、生成りの薄いやつと濃い灰緑の厚ぼったいのの二重。

 窓枠に凭れて外を見下ろすと、木立の隙間に俺んちが見えた。 
茶色の外壁、白っぽいカーテン。 
あぁ、あれ俺の部屋だと思った。 
近かったら中まで見えんのになぁと思った。 
だな、近かったらもっと窓越しに話したり、コッソリ行き来したり―― 
いや、そんな事したらアイツ、ずっと俺んちに居座るんじゃねぇの? 
ていうか俺、今日、このまま家に返して貰えなくなるかも知れない。 

 ホントにありそうな恐い話しにブルッとして、元居たソファーに戻る。 
窓のそば、プロ仕様っぽい三脚付きの望遠鏡が立て掛けてあり、金持ちは娯楽にも余念がねぇなと思った。 
だいたいこんな住宅地で星見て、何が愉しいんだか、明る過ぎだろう? 
丸々一個分柿を食べ、さして空腹ではなかったが、なんとなく庶民の心に触れたくて、鞄から柿の種を出し、ビッと袋の口を破った。 
瞬間バララ〜ッと飛び散る柿と種。 

 ヤバイ! ヤバイヤバイヤバイッ、四つん這いになり、這いつくばり、散らばる柿の種を掻き集める俺。
 参ったな、ナニよ、とんだ災難、とんだ柿の種の悲劇。 
一粒残らず集め、フローリングをティッシュで拭い、ふかふかラグの毛足に紛れた連中は社長デスクから調達したセロハンテープを用い、どうにかペタペタ引っ付けて回収に成功。 
ほう、と一息座り込み、安堵の余りそのまま床のラグに寝そべる俺。 
動きを止めてみると、この家が静かなのがわかる。 

 使用人なら何人も働いているに違いない。 
だけど防音の効果か、静か過ぎる部屋。 
シンとした箱みたいなここで、やたら響く時計の音だけを聴いて、いつも小泉は一人、何をしているのだろう? 
親父さんは仕事だろうけども、母親だの兄弟だのは居るのだろうか? 
そもそも、小泉に兄弟なんか居たか? 
思えばこんなに一緒に過していているのに、俺は小泉自身について驚くほど知らなかった。 
聞かなかった俺も迂闊だが、だが俺の事ならイヤってほど知ってる癖に、自分は出し惜しみしやがって不公平だぞと思った。 
よーし今夜は徹底的に、オールアバウト小泉君だとぼんやり考えながら、もー昼寝しちゃおうかなぁと身体の力を抜いた。 

 長毛種の兎みたいな毛並みに鼻を擽られつつ、薄目になったその時だ。 

 向こうッ方の壁と床の境目に、はぐれピーナッツを発見。 
うひゃ〜と飛び起き回収に向かい、ヒョイと中腰で摘み上げようとしたら、ツルリ、ピーナッツが消えた。


 「え?」

 消えた。 

 いや、確かに指先に触れて、ツルッて、ツルッて……アレ? 
しゃがみこんで、壁ギリギリの床に触れてみる。 
こっち側の壁は一面、埋め込み式の棚になっていて、長方形と正方形のスペースがモザイクのように整然と床ギリギリまで並ぶ。 
その棚には蓋の有る奴と無い奴があった。 
蓋無しは、そのままくりぬきの本箱みたいになっていて、蓋有りは跳ね蓋の前面、洒落た図書館の雑誌入れみたいに、見た事もない外国の雑誌が配置されている。 

 で、問題の床ギリギリの壁。 
そこは蓋有りのエリアで、良く見ると蓋の出っ張り分だけ、床との間に一センチくらいの段差が出来ていた。 
だけど、


 「ない・・・・・・いぃ?」

 隙間に差し入れた指は、ピーナツには触れなかった。 
それどころか何も触れなかった。 
棚の中に入った? 
蓋は閉まっているけども、でも。 
人ンちを漁るのは気がひけるが、恐る恐るピーナツの消えた最下段、棚の跳ね蓋を上げてみる。 
蓋は意外に重く、上げた瞬間カチャリと金属が噛み合うような音がした。
 ピーナツは蓋の内側にあった。 
あったけど、そこは棚なんかじゃなかった。 
棚の中は何にもなかった。 
というより、棚より先、足元にポッカリ空いた長方形の空間。 

 禁忌の香りも麗しい、未知への誘い。











 *ファンタジスタの人生*7.                               第8話に続く