ファンタジスタの人生 《5》 突撃☆お宅訪問編
 




 自動開閉門を抜けると普通にアスファルト舗装の私道。

 だが両端に広がるのは純日本庭園で、素晴らしき日本の美を愛でつつ、うねうね道を徒歩7分、 コッチコッチ! とニコニコ手を繋ぎ先導する小泉に続き、はぐれたらイカンと内心ドキドキしている俺。 
やがて木立の間、ようやく現れる巨大建造物。 
我々の目の前に今、白昼堂々、全貌を現わした噂の小泉邸。 

 ついにその日が来たのだ。 



 季節は秋から冬に変わり11月。 
早いもので転校から二ヶ月が経ち、今まで着ていた合服から冬服という贅沢な衣替えを経験したり、図書室の俺コーナー(仮称)に手塚先生のほぼ全作品がコンプリートされて感涙に噎せたり、学食のお勧めメニューに登場した本格チゲ鍋(二人から注文可)に度肝を抜かれたり。 
体育祭ではテニス初心者の俺と殆んどプロの小泉がダブルスを組んで、結果、小泉ひとりの活躍で優勝を果たしたりと、俺のスクールライフも中々の充実振り。 

 そしてそのどこにでも登場する、いや、登場しない事など有り得ない、小泉と言う男の存在。 
何をするにも一緒だった。 
クラス全体暗黙の了解の様に、俺の隣は小泉。 
小泉の隣は俺。 
振り返れば家族を除き、小泉以外の人間と会話らしい会話を交わした記憶が殆んどないような気がしたが、その事実にすら気付かないほどの頻度で小泉と話し、小泉と接していた俺だった。 
ま、それで十分に充実していたから不満はない。

 なのに贅沢者め、小泉は充実していなかったようだ。 
腐っても生徒会長。 
秋は何かと行事が多く、それら全てを仕切る小泉は多忙の極みにあった。 
これまでも小泉が生徒会の用事を済ませる間俺は、図書館でマンガを読んだり、馬術部で馬に餌遣ったり、学食で和風デザートセット(みたらし団子+焙じ茶)を頂いたりと、満足の行く暇潰しで小泉の帰りを待った。 
だが、それはしょっちゅうではない。

 けれどここに来て小泉の仕事量も急増、放課後は連日のように庶務雑務に追われ、帰りはすっかり夜空に星瞬く七時八時はざら。 
そんなんなら俺は先に帰るからと、最初の一日二日は小泉を置いて帰ったのだが、あの野郎、どんだけ俺が好きなんだか寂しがり屋にもほどがある。 
勝手に生徒会補佐とやらに俺を召喚しやがって。

 で、その補佐が何するかというと何もしない。 
仕事なんか無い。 
尤も、やれって言われても無理な話だが。 
放課後渋々赴く生徒会室、ありがちな会議室っぽいつくりのだだっ広い部屋。 
だが部屋の奥、パーテーションに区切られた向こうには重役部屋臭い応接スペースがあったりして、大人一人が伸び伸び眠れる大きなソファーとテーブル、一人暮しの若者なら充分生活できそうな水周り、小さな冷蔵庫、何故か巨大薄型テレビ。 

ふかふかソファーにさぁどうぞと座らされた俺は、 「出来る・切れる・見た目良し」 綺羅星チックな生徒会の面々に、茶を出されたりお菓子を出されたり、果ては暇潰しにどうぞとDSを差し出されたりして。


 「麻生君は居てくれるだけで良いから」

 良い訳ないだろ。 
低姿勢過ぎる生徒会の面々。 
その上調子に乗った小泉の奴が


 「何かあったらすぐに声掛けてね? 暑いとか寒いとかお腹が空いたとか」

 何かも何も、お前が呼びつけといてナニ言ってるんだか。 
つーか俺がココに居る意味って何? 何しに呼ばれてんの? 
お前らみんな、自分が生え抜きエリートだからって、人を味噌っかす扱いすんな馬鹿野郎。 

 納得出来ない理不尽さはあったが、お菓子やゲームに罪はない。 
丁寧に煎れたお茶は良い匂いがして、出されるお菓子はいつだって美味かった。 
こうして生徒会補佐になった俺は、放課後の数時間を生徒会室で過し、お茶を飲み、お菓子を食べ、ゲームをして、昼寝をして、かえって正規のメンバーの仕事を増やす。 
たまにパーテーションの向こうから小泉が顔を出すが、そんな時に限って俺はマリオカートの大接戦中。 
それどこじゃねぇよと生返事で応え、雷だのバナナだのを避けつつの前のめり、いつの間にか煎れたてになったコーヒーを飲み、疲れたら昼寝。 

 ようやく1日が終わり、帰りは遅いから寄り道する事もなく、疲れきった小泉と一緒に家まで帰って、互いの家の前でまた明日! 
規則正しいと云えば正しい。 
どのみち小泉とべったりだ。 
なのに小泉ときたら、 「寂しい」 だの 「最近麻生と話してない」 だの 「僕たちは離れ離れになった」 だの、挙句


 「ねぇ、もしかして麻生は僕より会計の吉田さんの方が良い?」

 疑り深い女みたいな事言うもんだから呆れる。


 「あのな、吉田さんはいつもお菓子を出してくれるから有り難いと思っている。」

 「あのお菓子は僕が選んで買ってるんだよ! じゃ、たまにニコニコ話してるけど田中君?」

 「じゃーもなにも、田中君はコーヒーを煎れるのが上手いし、毎日通って世話になってるんだから話ぐらいするだろ? 
それに俺、サイフォンがボコボコすんの見るの好きなんだよねぇ〜」

 「ならッ、」

 ソファーの定位置でDS中の俺。 
その隣りに座り込み、斜めに向き合うようにして言い募る小泉はいつになくムキになって、ちょっと目が据わっていてヤバイヒトっぽかった。 
だから寛容な俺は、埒のあかない小泉の首根っこを引っ掴み、ゴロンと転がした膝の上。


 「ハイハイ、わかった、わかったからちょっと休憩な? お前疲れてるんだよ、生徒会忙しいもんな、毎日だもんな、頑張ってるものな?」

 さながら愚痴る旦那を甘やかす若妻のような俺だが、いや、この例えは何とも無しに厭な感じがするが、だが毎日遅くまで働く小泉だから、自分で呼んではみたものの、日がな菓子喰って遊んでる俺に苛ッとキタのは当然だろうと思うのだ。 
加えて小泉はオトモダチを独占したがる小学生男子っぽいところがある。 

 全くしょうがねぇなぁ。 

 いきなり妙に静かになった小泉の茶色の髪を、ムツゴロウさんのようにモシャモシャ弄くって、ついでに意外に広いデコをぺちぺち叩いてやった。 
小泉は俺の膝に頭を預けたまま、崩れたごろ寝でされるがままになっている。


 「いいか? 俺が一日の大半を一緒に過ごしてるのは誰だ? 学校でも外でも、お前以上に一緒に居る奴なんか居ないだろ? 
っていうかお前以外と居る暇なんか無いじゃないか」

 「でも・…前より全然話してないよ」

 耳朶を赤くして、不貞腐れたような小声で小泉が言う。


 「全然、言うな。 これ以上俺らがどこで時間つくるよ? …… だったらアレか? お前、俺んちにお泊りでもしに来るか? 
風呂場で泡塗れンなって、夜通しお喋りして、ゾンビ映画観て、朝は俺ンちのお袋に叩き起こされて微妙に不味い朝飯喰うか?」

 コレが、事の切っ掛けになった。


 「い、いつッ? ね、麻生、いつソレする? 今日? あぁ平日はあんまり余裕が無い、学校が…… 
 じゃ、土日? 今週? わかった、今週末?」

 凄い喰い付きだ。 
バネ仕掛けの様に飛び起きた小泉は、俺に圧し掛からんばかりに迫り ―― あぁ凄く楽しみだ、どうしよう、そうだどうせならうちにおいでよ、麻生君ちっとも来てくれないから、せっかくだから、うん、麻生君は手ぶらでいいから!! ―― 
の様にザクザクと 【お泊り会in隣の豪邸】 を企画し始めるのだった。 

 あぁ、これか。 
こういう企画実施能力の高さ、押しの強さがコイツを入学早々生徒会の頂点に君臨させたのか。 
友の優秀さを無邪気に感嘆する俺は、なんにもわかっちゃいなかった。 
こいつがその能力を存分に活かし、何を仕出かしていたのか。 
そうして真に発揮された実力が、如何ほどのものであったのか。



 週末、土曜の午前10時、王子様は我が家のチャイムを二度鳴らす。 

 最初、七時だの八時だの騒いでた小泉だが冗談じゃぁ無い。 
俺は休日、九時より早くは起きないと決めた男。 
遅いだの、24時間の半分近くが無駄だとか、しつこく我侭・屁理屈をこねる小泉にも頑として譲らず、穏やかな土曜の朝寝を愉しんだ訳だが。 
大体隣んちに行くのに、待ち合わせだのお迎えだのが必要か? 
庶民の俺にはわからない。 
だが、時は金なりなセレブにとって、些細な事でもタイムスケジュールを立てるのは幼少時の頃からの習慣なのかも知れない。 だぁ面倒臭い。

 そして仲良く連れ立つ、門から玄関までの旅。 
旅だよ、いや長かった。 
家はモダンな洋館なのに、庭はとことん拘りの和風。 
そのミスマッチが成り上がり系のそれではなく、粋な和服の大奥様が 「先代が新しもの好きで……」 などと昔を忍びつつ茶席で語るたぐいの本物臭。 
ところでここの全体って、東京ドームと同等かそれ以上? 
軽く小学生一クラス分のサマーキャンプを敷地内で、余裕に開催出来る広さだと思われ。 
俺の一人くらい、平気で迷子になれる広さだった。 

歩いても歩いてもゴールはまだ見えず、幾ら何でもコイツ、わざと遠回りしてんじゃねぇの? と、
肩に担いだスポーツバッグをヨイシャと歩きながら揺する。 


 「荷物、そんなに持って来たの? 何も要らないよって言ったのに」

 小泉はそういうが、そういう訳にも行かない。 

 タオルだの歯ブラシだののアメニティ関連は有り難くお借りするつもりだが、簡単な着替えだとかパンツだとか、そう、パンツはやっぱり自分のを穿きたいだろう? 

 いや、別に小泉を疑うわけじゃないが、金持ちのする事だ。 
ハイと差し出されたのが妙に派手で布地の少ないブランド物の超ビキニだとか、或いは限界まで流行を追わない白ブリーフだとかだったりして、しかも 返さなくてイイよ? なんてにっこり言われちゃったりしたら、俺、悩むだろうな。 
そういう無駄な悩みは、端から避けて通るべきだと思う。


 「うん、なんとなく着替えとか色々で増えちゃってさ。 それにほら、夜DVD観るって言ったろ? 
だからそういうのね、フフフ、一押しのロメロ三部作持って来てやったから、今夜はゾンビナイトな?」

 俺はニヤリと笑い、再び意味ありげに鞄を揺する。 
そんな俺を、小泉は眩しそうな顔でただ見つめていた。 
俺の手を引いて、二歩くらい前を歩いて、振り返り振り返り。 
慣れだろうか、手を繋ぐという事を、俺は小泉限定ではあるが躊躇しなくなっていた。 
むしろ小泉相手だと繋がない事の方が少ないので、そういうものだと自分の中で固定したように思う。 
俺の適応能力もたいしたものだ。

 緩々した秋の終わりの陽射しの中、子供みたいに手を繋いで、目の前には目を細めた小泉が居て、行こうよ行こうよと散歩に出た犬みたいに俺をせっつくから。 
そういうのは、なんだか凄く嬉しい。 
嬉しくなった俺は、初期ロメオ作品が如何に素晴らしいか、そしてとりわけ第一作が何故ゾンビ映画の金字塔と呼ばれるのかをこんこんと語った。 
そんなのを小泉は、うんうんと頷きながら聞く。 
実に良い気分だった。 
とても、良い気分だった。


 そうして到着した母屋の前。 
議院が並んで写真撮るみたいな玄関前の石段の下、小泉の姿を認めてササササと近付いて来た男女三人。 
だが小泉がヒョイと片手を上げた瞬間、ピタリと三人は停止した。 
さながら、達磨さんが転んだ社会人バージョン。 
揃いの制服を着て主の言葉を待つ三人は、どっかのホテルの従業員のようにも見える。 

 良く通る声が一人の名前を呼んだ。


 「岸!」

呼ばれて駆け寄って来たのは女。 
流した前髪が顔半分を多い、全体こそわからないけれど、でも、若くはないけども小奇麗な感じで、あれ? 誰だッけか? 
記憶を掠めた気がしたが、何とはなし仕事が出来そうな匂いのする人だった。 
そんな遣り手風の岸さんは、自分よりずっと若い小泉のそばに少し俯いて立ち、指示を待つ。 
まるでテレビの中の大富豪的展開に、さて小泉君、何を命令する? 
ドバイの王族との陰謀渦巻くディナーのアポイントか? 
はたまた裏社会をも巻き込むライバル企業の買収か? 
非常にワクワクしている俺。 

 だけど、ご主人様命令は期待外れだった。


 「麻生に庭を案内するから、先に荷物を運んで。 部屋に戻ってからすぐに飲み物と水菓子。 
頃合を見て時雨堂の白玉蜜豆。 蜜はこっちでかけるから別にして持って来て。 」

 すっげぇ、つまんない指示。 

 小泉は当たり前みたいに、俺の荷物を岸さんに渡したけれども、ンなもの俺が自分で運ぶし、喰いもんだってお前が自分で冷蔵庫から持って来いよと思う。
なのに健気にハイ言ってる岸さんだから
 『岸さん、いいからこいつをぶん殴って遣れよ、イイ気になんなよ小僧、とかさ』  と心で声援を送った。 

 が、こんなくだらない事でもテキパキ偉そうに指示する小泉は、やっぱ生まれながらのボンボンなんだなぁと再認識。 
加えて、水菓子だの時雨堂だの昼前からご大層な、あとで食べようと家からお徳用柿の種を持って来たんだが、とてもじゃねぇけどそんなん出せねぇなと思った。 
茶菓子でこれじゃ、昼だの夕だのメインはどんだけ凄いんだよと期待半分、気後れ半分。 
小泉家、侮り難し。

 そうしてミッション遂行の為、岸さんが小走りで配置に戻り、残り二人の一時停止も解除、 それぞれ一礼して速やかに何処へと散る。 
結局残り二人はストップかけられただけか、と理不尽さを感じた俺だが、満面笑顔の小泉はちょっと庭を歩こう? などと片手を斜めに流し、エスコートする気満々の上機嫌。 
これがビバリ−ヒルズの豪邸で、俺が今宵ダンスのパートナーを務めるブロンドのチアリーダーだったなら、そのまま全米が感動したのになと、無駄なシチュエーションを残念に思う。

 促す小泉に続こうとして、ふと振り返れば蒲鉾みたいな植え込みの陰、岸さんがさっき居た一人、でっかい男と何か話し込んでいるのが見えた。 
身振り手振りで話し込む岸さん。 
正面から見るその姿は、引越し早々に会ったあのセレブ主婦に似ているようなそうでもないような、あ、それを言うなら丸めた絨毯ぽいのを担いでる七三のデッカイ人、あの人、あ、ストーカーその1? 
うわ超似てる、丸刈りじゃないのが惜しいけどもでも、でも、あれれ?


 「麻生、どうしたの?」

 不安そうな顔で、小泉が小首を傾げる。

 「いや、なんか、あの人達見た事あるような気がして」

 「そう? 気のせいじゃないの? それかほら、なんといってもお隣だし、彼らは通いだから、たまにその辺で擦れ違ったりしたかも知れないね?」

 まぁ、そうかも知れない。 
ていうか、そう考えるのが一番平和な気もするので俺は、まだ心配そうに小首を傾げてる小泉の手を自分からとり、


 「よし。 お前がそこまで言うなら、小泉家自慢の樹齢二百年の松だの、皿を割った女中が無念を叫びつつ身を投げた古井戸だの、
夜な夜な啜り泣く呪いの掛け軸が眠っている宝物倉だのをとくと俺に見せてくれ!」

 と誘った。


 「…… そんなの、家にはないよ」

 「えー? 案外つまんないな、お前ンち。」

 「……京都の叔母の家なら何かあるかもしれないから、今度聞いてみるよ・…」

 いや、聞かなくてイイよ、負けず嫌いめ。

 密かに期待した、血塗られた負の遺産こそなかったが、小泉邸の庭は見所たっぷりだった。 
渦巻きとか波線とか白い砂模様のある中庭。 
裏庭には一見物置、実は凄い人が造ったらしい茶室があり、屈んで入れば大河ドラマの悪徳坊主気分を満喫。 
花の咲く木、実のなる木、色付く木、全ての樹木には綺麗に手が入り、艶々した飛び石を渡れば奥の方に竹薮があって、カコーンと涼しげにお約束のししおどし。 
東屋の傍には、水琴窟があり雨の日には小さく音が聞こえるのだという。 


 「で、お前ンち、お抱えの陰明師とかどこに居るの?」
 
 「居ないと思う……」

 存在自体が極秘という訳か。

 庭でこれじゃぁ家の中なんかどうよ、丸ごと、鑑定団行きじゃぁないの? 
椿の植え込みを縫って、自然石がゴロゴロ転がる瓢箪池。 
端っこまではわからないが、母屋を中心に丁度右回りでそろそろ終点の位置。 
池といえば覗き込みたくなるのが人の常。 
水面に映る紅葉の赤、高そうな錦鯉がうようよ泳ぐ池の端にしゃがみ込み、幻の人面魚を捜す俺。 

 だが一心不乱なその背後、猛スピードで突進する白い影。


 「キヨッ! ヒロッ!」

 ザブンと池の中に転がったのと、小泉の悲鳴はほぼ同時。 


 「ヒッ、つ、冷てぇッ!!」

 腰までの水にぐっしょり浸かり、肝の据わった鯉に纏わりつかれる俺。 
寒い! 生臭いッ! ヌルッヌル! 
そんな濡れ鼠の俺に飛び掛ろうと、大きな白い犬二匹が池の縁ギリギリをワフワフご機嫌に跳ね回り、すぐさま救助の手を差し伸べた小泉は、申し訳なさそうに、


 「父の犬なんだ」

 と、ずぶ濡れの俺に自分のジャケットを掛けた。 

 出鼻をくじかれた気がした。 
とりあえずデカイくしゃみをした。

















 *ファンタジスタの人生*5.                               第6話に続く