ファンタジスタの人生 《3》 ドキドキ学園天国スタート 
 




 転校初日、小泉のナビで職員室に直行した俺は、そのまま手を繋いで教室まで向かう事になった。 


 小泉とはクラスも同じだった。 
だから教室までの結構長い道程を、俺達は歩いた。 
だが、手を繋いで歩く俺達をからかい嘲笑するものは一人も現れず、不躾で好奇な視線に晒される事もなかった。 
やはり、セレブは同性間のスキンシップに寛容らしい。 
尤も、俺達以外に手を繋いでいる連中はいなかったが、でも、ここでは珍しくもない事なのだと俺は解釈する。 
ならば良い。 
俺もその流儀に従おう。   

 そんな小泉の仕切りでクラスメイト等による歓迎を受け、 麻生君は巨乳派ですか〜? 美尻派ですか〜? のような下品な質疑応答は皆無、品の良さが滲み出る各自の自己紹介。 
ようやく、さぁどうぞと着席させられた席は小泉の隣りで、しかも端でも最後尾でもない微妙な位置にぽっかり空いた空席。 
いくら何でも小泉尽くしじゃないの? 
あまりの周到さに 「この席ってわざとあけてあったの?」 と質問してみたが、小泉曰く偶然。 
 「出席番号順でたまたま一つ前の小沢さんが転校したから」  との事。 

 いや、それって無理あるでしょう? 
麻生の 「あ」 から小泉の 「こ」 までの間、小沢さん以外にいない訳? 
石田さんとか上原さんとか川崎さんとか小林さんさんとかさ、居るでしょう? 
そんな数々の疑問に小泉は 「クラス編成は学力で分けるから、こういうクラスもあるんだよ」 と、あっさり涼しい顔で言った。 
無敵の王子スマイルで 「麻生は何にも気にする事ないよ?」 とも。 

 ならば、そう言う事にしてやるよ。 

 世の中にはそういう学校もあるのだろう。 
第一、ウソだと言えるほどの根拠が俺にもない。 
つまり、このクラスはア行とカ行が極端に少なくて、一方、ア行とカ行が全体の三分の一を占めるクラスがこの学年のどこかに存在するのだろう、きっと。 どうあれ小泉と同じクラス、席も隣り同士というのが俺にとって心強いのは事実なのだから、そこに不満は一つもない。 
こんなとこ一人じゃ絶対無理だから、遣って行けそうにないから、この際、少々天然でも常識外れでも目を瞑らねばならない。


以降、小泉の全面協力を得て、数日がかりで巨大な要塞のような学園を攻略した俺。 
食堂というには豪華過ぎるフロアと豊富なメニューに大はしゃぎし、美しい英国式庭園のある中庭でリアル迷子になり小泉を奔走させ、馬術クラブの厩舎ではエリートサラブレッドにベタベタ触ろうとして激しく威嚇されたりした。 
馬、カンカン。 
中でも高級スポーツセンターもかくや室内設備に仰天。 
マシン、スカッシュ、プールは勿論、施設内にはなんとゴージャスなジャグジーがあったのだ。 

 ジャグジー…… 庶民が思い描くセレブの憩いの場、富の象徴。 
古代ローマテイストな大理石の丸い浴槽に、さぞやブクブクするのであろうジェットバス。 
水の出るところはお約束のライオンで、斜めになった高い天井には天窓からピーカンの青空。

 スゲ−スゲ−はしゃぐ俺に、小泉は 「水着を借りてあげようか?」 「一緒に入ってみようか?」
 「誰も来ないから大丈夫だよ?」 「ちょっとだけでも」 などと熱心に10回くらい入ろうと勧めてくれた。 
が、さすがに転校早々、ましてやクラブ関係者でもないのに暢気にジャグジーに浸かるのはどうよと思い、断る。 
だが断りを入れた途端、何で? とでも言いたげに目を見開き、やがてガックリと肩を落とし静かに目を伏せる小泉。 

 余りの絵に描いたガッカリ振りに、何やら済まない事をした気がして、力無く下がった小泉の手を取り、悲しみに暮れる友の顔を覗き込むようにして 「また今度、今度はちゃんと水着持ってくるから、そん時な?」 優しくフォローを入れる気遣いの出来る俺。 
シチュ的に…… 『キャッチボールの約束を破り、休日出勤するお父さん』ッぽいな…… と心のどこかで思った。 

 だが、そんな一言フォローの効果は絶大。
 「うん、麻生君、今度だね? 絶対だよ? 約束だよ?」 
俺の手をとり、目を輝かせて何度も 
「今度だよね? 水着なんだよね?」 と確認する小泉はまさに子供。 
「あぁ約束だ! ヨーシ任せとけ!」 俺も力強くその手を握る。 
今泣いたカラスがもう――― ぼっちゃん育ちは曲がってないというか、こんなにも純なものなのかなぁと変なところで感心した俺だった。 


そして今日。 
案内されたのは、中央に吹き抜けのある三階建てのどでかい図書館。 
正直、俺には縁の無さそうな場所だと思ったのだが


 「麻生、こういうの好きじゃないかと思って」

 小泉が指し示す一角。 
ズラリと整列した、ジョジョだのドラゴンボールだの北斗の拳だのといった、いつかはコンプリートしたい大好きな巨編マンガばかりが集まった魅惑の書架がド〜ン。 


 「うわなに? 嘘ッ! なにココ、満喫?」

 有り難う小泉、有り難う、コレクションしてくれた気の利く司書の誰か。


 「なァ小泉、俺、こんな金持ち学校来るのホントはヤダなァと思ってたんだけど、誤解してた、間違いだった、
俺ここに転校してマジ良かった! まぁ、お前が同じクラスだってのも大きい安心なんだけども」


 書架から早速 【魁!男塾 (六巻)】 を手にとり、これから始まる凄いトーナメントの行方にワクワクしはじめる俺。
マーヴェラスな塾長の戦いっぷりに、素早く魂抜かれかかってた俺を、小泉は慈愛に満ちた眼差しで見つめ
 「そうだね、良かったね、僕も麻生に逢えて良かったよ」 と、読み耽る俺のツムジをさわさわ撫でるのであった。 


 「なァんか、小泉ってお父さんっぽいよね〜」

 脳天を覆う心地良い感触にうっとり。 
優しく温和で包容力たっぷり――― 
俺の人生ではお目に掛かれないだろう、海外ドラマに出てくるダンディなパパを連想して、なんとは無しに洩らしただけなのだが、その瞬間ピタリと旋毛を撫でる手が止まり、目を上げれば微妙な表情で固まる小泉がいた。


 「あ、なに、ヤだな誉め言葉だよ、カッコイイなァ優しいなァって、おい、なんだよもー、ンな事いちいち気にすんなよ、なァ?」


 その日一日、小泉は元気がなかった。 
繊細な奴だと思った。 
一方、他人に頭を撫でられるというのが存外心地好いのだと知って、小泉また撫でてくんないかなぁとコッソリ思ったりした。



 このように新しい生活は我が家の生活水準を、俺の教育環境を、本来有り得ないくらいに向上させ、幸せをもたらしてくれた。 
良い事だらけだった。 
確かに、今でも心のどこかでひっそり 「やっぱ、裏があるんじゃねぇの?」 といぶかしみ、
根拠の無い親切が一番恐いという婆ちゃんの言葉が過ぎる事もあるにはあったが、でも、所詮は親譲りの
【何とかなるでしょう体質】 が現状を許し、結果 【このままで良いよ】 と結論付ける現在がある。 
毎日最高!

 ハッピィな毎日。
俺は毎朝仲良くお隣の小泉と学校に行き、仲良く寄り道しながらお家に帰り、隣りなのに豪勢な手土産付きで遊びに来る小泉君とゲームをしたりDVDを観たりゲームをしたり。 
今度は家にもおいでよと小泉君は豪邸へと熱心に招待はしてくれたけども、行って万が一、何か凄いものを壊しでもしたら、
もう俺は一生小泉家の働き蜂だと思ったので、また今度な? と丁寧に断りを入れるのであった。

 だけども一日の大半、俺の日常は学校生活がメインである。 
素晴らしき学園。 
整った設備の中、ハイレベルな教師陣の授業を存分に受け、結果ナチュラルに成績を上げていった俺。 
やれば出来る子なんですよ、と親も大喜び。 
やはり、教える人間が代わると人は伸びるものだなぁと自分でもしみじみしたが、だが、そんな素晴らしい学校には幾つかの、
訳のわからない校内行事が存在した。 


 例えば授業開始前の五分間、隣りの席の奴と二人ストレッチをしてリフレッシュする 【秋のストレッチ習慣】。 

 転校してすぐの週はこれの開催期間だったらしく、俺は毎日小泉と、背中だの脇腹だの二の腕だのの筋を伸ばしたり引っ張ったり押し合ったりした。 
まぁ、それなりリフレッシュ効果もあり爽快ではあったが、ろくに人の身体も支えられないで、しょっちゅう息切れを起こしたりノボセたりする小泉の体力の無さには、ちょっと呆れてしまった。

 その次にあったのが 【着衣ボタン付け講習】。 

 文字通り、相手がシャツを羽織った状態で、第一ボタン、真ん中、袖口の三箇所を素早く綺麗にボタン付けするという、帰りのHR時の単発行事だった。 
担任曰く、社会人として是非身に付けて置きたい基本技能の一つだというが、なんだかな。 
そこらの女の子に付けて貰った方が早いんじゃないのと、俺など思わなくもないが、金持ちはそうは考えないんだろう。 

 ここでも俺の相方は小泉だったが、実は俺、こういうの得意だったりするので、素早くチャチャチャと三箇所つけて、
緊張で顔を真っ赤にして息を詰める小泉に 「終ったよぉ〜ン」 と笑顔を振り撒いたりしたのだが、
その小泉ときたらまるで駄目。 

 まず近くに寄れない。 
針が恐いのか裁縫そのものが恐いのか、明後日見ながらおどおど手だけ伸ばしてって、おい、それで針仕事しようってか? 
あまりのギクシャクぶりに、無茶すんなよ、それじゃシャツにも届かねぇだろう? 
ちゃんと掴めよオラ と、引寄せてやれば


 「あ・・… あ、麻生…シャツの下…何も、着てないけど、寒く・・ない・・かな?」 

 とかなんとか小さい声でモソモソ話し逸らしやがるし、


 「寒いよ、寒いに決まってるだろ、乳首立ってんだろ? もう九月終わりだぜ? 今日は寝坊して着忘れたんだよ!」

 って教えてやったら 「ちゃんと着た方がいい、直は良くない」 ってなんか卒倒しそうになって怒ってるし、
だから忘れたんだってしつこいな、お前は俺のお袋かよ? 
俺の健康より目の前のボタンとっとと付けやがれ畜生! 
ホント駄目な、小泉。 

 で、四苦八苦して袖口付けて、臍上の二つ目って辺りで今度は手がぶるぶる震え出して、勘弁しろよ。 
危ねぇったらありゃしない。 
それでなくともボタン一つに付き三回は自分の指に針刺すし、挙句、最後に残したらしい難関、
第1ボタンの時にはヒューヒュー過呼吸発作を起こしかけて担任に紙袋渡されてるし。 

 結局、クラス全員が見守る中、50分ちょっとをかけてボタン付けクリア。 
安堵のあまりヘタリ込む小泉。 
暖かな拍手を送るクラスメイト達……ってメデタイ連中だよ、これだからセレブって奴は。 
荒い息をして涙目になってる小泉を 良く遣った! と俺は抱擁してやったのだが、おとなしくギュウされてる小泉に


 「お前もう、ボタン付けの技能習得は諦めろ」 

 言ってやったさ。 


 「人間な、向き不向きってのがあるんだよ。 遣ろうと思ったら出来る事と、遣ろうと思ったって無理な事が誰にだって一つ二つある。 
お前にとっての後者とはボタン付けだ。 自分でもわかるだろ? だが気にすんな。 
それが出来なくてもお前は賢くて金持ちで二枚目で性格もイイからきっと一つも困ったりしない
…… だから諦めろ。 もう、二度とするな、ていうか俺のボタンはやめろ」


 小泉は俺にしがみ付いたまま、うんうんって何度も頷いてた。 

 デカイ図体して余程緊張したんだろうな、腰でも抜けたっぽい感じ。 
担任が 「そろそろ戸締りして良いか?」って恐る恐る言いに来るまでずっとしがみ付いたままだった。 
外、真っ暗。 
けど俺も緊張したよ。 
ボタン付けで流血を覚悟したのは人生コレキリだと思う。











 *ファンタジスタの人生*3.                               第4話に続く