** 冷たい舌 ** 



              * * 3 **


      恋愛で非常識になる連中の気が知れない。
  
      恋愛を免罪符にして、非常識を正当化する連中は、もっと知れない。




                  **


 噂に違わず、安藤は良くやっていた。 抜けたスタッフの穴を埋めるという点では十二分に、三年目のPTとしても期待以上の働きをしていた。 技術的な面では勿論、患者との接し方もスタッフ感でのコミュニケーションも上々。 施設によって大分機種が違う温熱・電気などの機械器具の取り扱いにも馴染むのが早く、今ではすっかり使いこなせるほどにマスターしているらしい。 


 「だからさ、やっぱデキスギ君なんだってさ。 だろ?」


 忙しくメールを打ちながら金森が、隣に座る青田に同意を求める。 
オイル切れ寸前のライターと格闘していた青田は、急な話の振り分けに一瞬ポカンとした顔をするが、


 「確かに安藤さん凄いですよ、プランニング正確で早いし、練り直しもまめにするし、そのうえフットワークも軽いときてるし。 そんなんで 『色々よろしく』 なんて言われちゃうと、俺なんかこっちがヨロシクですよ、ホントに。」


 ハの字に眉を下げ苦笑する青田に、金森が自分の百円ライターを渡した。 
カチリと石が鳴り、メンソールの煙が薄っすらとあがる。 PTの青田は、自分や金森と同じ三年目の同期だった。 新人研修で班が三人一緒だった縁もあり、今でもこうしてつるむ事が多い。 リハ室では同期の三人だが、大学4年を二回やった金森や高2を二回やった自分と比べ、ストレートで来た青田は年が一つ下だった。 気にするほどの事もないと思うが、青田はいつも自分たちに敬語を使う。 素直で暢気な青田と話すのは、仲の良い部活の後輩と話している感じがした。 

 そんな青田を、金森は好んでからかう。


 「そういやこないだ安藤選手、2外(第二外科)の病棟行ったのよ。 したら、病棟クラークの川瀬女史がキャ〜! って。 で、誰々? ってわざわざ偵察に行ったサクラちゃんまでキャ〜! って。」

 「・・・・で、なんで大木さんまでキャーなんですか? ッてそれ、どこ情報なんですか?」


 俄かに顔色を変える青田は、医事課受け付けの大木サクラに二年越しの片思いをしている。 『見てるだけで良いんです』 などと、一昔前の令嬢のような事を言っている青田を、金森はここ二年、炊き付けたり貶めたりと忙しい。 


 「笹本情報だろ?」

 「えーだって接点無いでしょう?」


 金森の彼女、笹本ミナミはレントゲンの受付だった。 レントゲン受け付けは、リハ室の並びだ。 大方、川瀬が仲の良い大木を誘ってリハ室に覗きに行くのを、通り道の笹本が見ていた、それだけだろう? と、強張った顔をしたままの青田に伝えたが、青田は腑に落ちない表情をしている。 そんな青田を眺め、金森はにやついている。


 「逢えないわりには疎通良好じゃないか。」

 「ソリャだって、毎日メールしてるもの。」


 臆面もなく惚気る金森に、青田が ごちそうさま と、溜息を吐く。 そして、芝居がかった内緒話の姿勢をとり 「でもね」 と言った。


 「でもね、川瀬さんもサクラさんも玉砕決定ですよ。 だって、安藤さん地元に彼女いるらしいって」

 「おおおお! なにソレ、それどこ情報?」


 身を乗り出す金森に、青田は 「野際」 情報だ と、現在安藤のサポートに着いている5年目PTの名前を上げる。 出来過ぎだという安藤だが他の採用者同様、プリセプターと呼ばれる先輩PTの監督下、新採用者の教育プログラムとして約一ヶ月間実践指導を受けている最中だった。 その安藤とは、よほど勤務スケジュールが合わないのか、あの顔合わせ以来まともに接する機会がなかった。 時折垣間見る安藤は、そのまま病院案内のポスターに使えるような笑みを浮かべ、着々と崇拝者を増やし続けている。 よくやるな、と思う。 全く、よくやる。


 「俺も小耳に挟んだだけなんですけど、来て早々、野際さんと村木さんが安藤君餌に合コンしようって、放射線の何人かと勝手に計画してたらしいんですよ」


 五年目の野際と六年目の村木は同じ専門学校の先輩・後輩で、共に既婚者であるのだが何かと女の子込みの飲み会を開いては微妙な遺恨を残す、余りそちら方面では評判の良くない二人だった。


 「ッたくエロジジィ、妻はどうしたよ、妻はよ、」

 「さー知りませんよ。 けど、仕事だけで言えば二人とも出来る人たちなんですけどねぇ。 ・・・ それで、野際さんと村木さんで安藤君誘って、キミはタダ参加でもいいから顔出して とまで言ったらしいんです。 けど安藤君 『彼女がやきもち焼きなんで、駄目ですよ』 ってにっこり。」

 「あああ玉砕だ・・・・合コンコンビ敗れたり」


 大袈裟に天を仰いで見せる金森に、なんか買ってきますけど? と青田が自販機を示す。 程なく戻って来た青田は、金森に紅茶、こちらに向かって無糖のコーヒーを差し出し、受取った小銭を財布にしまいながら悟ったように言う。


 「なんかね、野際さん達も毒気抜かれちゃったらしいですよ。 あからさまに惚気られちゃった上、こう、強烈に爽やかじゃないですか、安藤さんのにっこりって。 なんか、なんかですよね。 無言の最終兵器っていうか・・・・・ 」


 一人で納得している青田を眺めながら、あの時、仮面が崩れるように現れた笑顔の鮮烈さを思い出していた。 確かに、あれは印象的だ。 言葉以上の説得力があるだろう。 けれど、ただ爽やかという笑みではなかった。 それだけでは、こんなにも動かされない。 そう、動かされている。 一度挨拶しただけなのに。 一度見ただけの男のあの表情に、何故か内側の深い部分を動かされている。


 「安藤君の彼女は、幸せなんでしょうねぇ。」


 年寄りじみた口調で青田は自分の言葉に頷く。 

 ふと、安藤の彼女だという女を想像してみた。 幸せそうな顔をした女。 あんな男に愛されるのならば、幸せじゃない筈が無い。 

 そんな幸せな女の顔を思い浮かべようとしたが、いつしか女の顔は美咲に摩り替わり、蕩ける表情の安藤の横、美咲は所在無い笑みを浮かべた。 大人の中に一人放り込まれた子供のような、見慣れた美咲の表情だった。

 暫く黙り込んでいた金森が、おもむろに紅茶を飲み干し、妙に気合いの入った表情で言った。


 「よし、おまえら、これよりミッション開始。  安藤選手の『溺愛彼女ちゃん情報』 1人一日4人にリーク決定。」

 「ち、ちょっと、そんな人の個人情報をリークだなんて、」


 だが金森は、おたつく青田に構わず


 「いまや個人の幸福より全体の幸福なんだよ。 それに野際にペラしたくらいだからべつに、安藤選手だってすっごい秘密にしたいわけじゃねぇんだろ? したらきっちりフイとこうぜ? 3×4で一日12人、そっから鼠算で増えりゃ三日で全クリ可能だな? 」

 「やですよ、意味ないじゃないですか? 厭ですよ、そんなのやりません。」

 「馬鹿野郎、意味なんか大有りだろ? それでなくとも少ない男チームん中に、コイツみたいな無自覚鬼畜野郎が居て無駄に女心踏み躙っててよ、」

 「何で俺が、出てくるんだよ、」


 コイツ呼ばわりで指を差され、思わず口を挟む。 だが、金森はやれやれと外人のようなゼスチャーをし、
 

 「いいか? 彼女付きで氷点下の桧山っちですら、後つけたり待ち伏せしたりサイコギリギリの捨て身アタックする女が後を立たないんだぜ? どうよ? 何でこんな薄情な男にわざわざ惨い振られ方しに行くかな? いや、確かに桧山っちは男前だ。 だがちょっと待て、ここは手堅く冷静になって俺らにしとけ! と、」

 「俺ら って金森さん、勝手に俺とか仲間に入れないで下さい。」

 「要するにだ。 桧山の基本スペックすべて満たしてその上、微笑み最終兵器の安藤選手だぜ? アーもう駄目じゃん、根こそぎ絨毯爆撃されるような破壊力。 何しろチャレンジャー的には振られる前提だろうけども、でも同じ振られるにしても桧山っちと違って安藤選手、超優しそうじゃん」

 「あーあー、そういうのでも滅茶苦茶優しそうですよね、安藤君。」

 「だろ? 二人の孫がいる68歳の文子さんだって一目で骨抜きだぜ? 優しい、優しい、」

 「って、あの、文子さんて誰です?」


 真顔で聞いてくる青田に金森は、先日、手の空いていた安藤が病棟まで送っていった糖尿病の女性の話をする。 二人が脱線して盛り上がるのを、ぼんやり別世界のように眺めた。 こうした話題で盛り上がる能力が自分にはないらしい。 

 取残された意識の枠の外で考えていたのは、金森曰く 『チャレンジャー』 といわれた女たちのことだった。 

 いつも疑問だった。 彼女たちを突き動かすのは何なのだろう。 付き纏い、押しかけ、一方的に 『好き』 と云う言葉を押し付けて、拒否されると泣く、怒る、被害者の顔をする。 彼女が居るのは知っている筈なのに、諦めるという事をしない。 それどころか 『彼女と別れろ』 などと、勝手な事を言う。 そのうち 『それでも構わない』 に移行して刹那の関係をせがむ。 呆れた事に、自分自身に 『相手』 がいても同じ事を言うのだ。 恋愛と一口に言うが、 『好き』 でそこまで動けるものなのだろうか? 『愛している』 と云う理由で、人はそこまで逸脱出来るのだろうか?

 人に言えた話ではないが、学生の頃はそんな女の何人かと寝た事があった。 地元を離れてのそれらを、美咲は知らない。 多分、知らない。 新しい環境での生活は刺激的で有意義な出逢いも数多くあったが、そうした厄介事も同じだけ存在していた。 そして、辟易していた自分がいた。 押し付けられる感情について行けなかった。 圧倒的な温度差に、うんざりしていた。 いい加減付き纏われ押しかけられ面倒になって、一度だけでいいからという女の言葉のまま、気の入らないセックスをした。 楽しい体験ではなかった。 まるで排泄だった。 そうして一度身体を重ね、納得して離れてくれるならそれに越した事は無い。 が、何人かは余計に酷くなった。 結局のところ、より傷付くだろう言葉と態度で拒絶する事になった。 そして、非情だの冷たいだのといわれる自分が残った。 どうしようもない。 

 どうしようもなくて、馬鹿馬鹿しい。


 「どっちみち彼女が居ようが居まいが玉砕しに行く連中なんだろ? なら、わざわざ言い触らさなくても同じだろ?」


 触れ回る意味が無いと告げる。 しかしエンジンの掛かった金森も引かない。


 「甘いな、これはパーセンテージの問題なんだ。 フリーの安藤に100行くとして、彼女付きの安藤だったら40%オフの60。 な?」

 「たいした確立ってほどの差でも、」

 「あるさ、愚か者め。 諦める賢明な40%には笹森や大木が入るんだよ、」

 「だって笹本さんには金森さんが居るでしょ?」

 「居たってなんだよ、俺と桧山っち、おまえと安藤選手、女が天秤にかけてどっち傾くか言わせるなコノヤロウ。 女ってなハードルの高い恋愛が基本的に好きなんだよ、しかも集団心理に流され捲くるし、ましてや優しい安藤選手なら押せ押せでほだされちゃう可能性も無きにしも非ず。 えー安藤君フリーなのかなーだったらラッキーじゃー彼氏居るけどあたしもー! って、もしも笹本が言い出したら、」


 独走態勢の金森だが、安藤ネタで半分愉しんでいるのはわかっている。 だが恐らく、残りの半分は本気だと感じた。 金森は何を不安がるのだろう。 何を恐れるのだろう。 金森も笹本もリスクを越えた恋愛をしそうなタイプではない。 ましてやメール一つであれほど幸せそうな顔をする金森を、笹本がそうもあっさり斬り捨てる筈が無い。 


 「彼女持ちの男に入れ揚げるような女は、遅かれ早かれ今付き合ってる奴を捨てるんだよ。 だけど、笹本はそんなキャラじゃないだろ?」

 「ソンナンじゃねぇ言いたいけど、振られ癖のついた俺には100パーの自信がねぇよ。」

 「まァ、桧山さんと金森さんじゃスタンスがちょっとねぇ」

 「青田ッ、おまえどっちの肩持つんだよ?!」


 飛び掛る金本に耳を引っ張られ涙目になった青田だが、ふぅ、と番茶でも飲むように野菜ジュースを口にして

 「うー・・・笹本さんと金森さんがどうこう云うんじゃないけども、なんていうか、お互い恋愛してたとしても、絶対とは言い切れない弱さってありますよねぇ。 まして微妙に好みのタイプだったりして、そんな子にぐいぐい好意を持たれちゃったりすると・・・・・・ いや、自分は違うって思いたいけどやっぱどっかで天秤に掛けて 『もしかしたら、乗り換えのチャンスかなァ』 とか。 汚い事考えちゃうぽいです、俺とか普通に。 ならば、最初から不安の種は除きたいっていうか、そう云う金森さんの気持ち、わかるんですよね。」

 「好みだろうが何だろうが、自分に相手がいるなら断れよ。 変に同情しても酷だろ?」

 「だからぁ、桧山さんは特別ですって。 ま、少々非情でも何でも突っ撥ねるし、靡かないし。 なんたって女の子が死んでやる言ってるのに、警備員に渡してさっさと帰っちゃう人俺初めて見ましたけど・・・。 ま、それっくらいしなきゃアレだし、興味の無さ徹底してますからねぇ。 迫られ慣れッてのもあるのかな、けどやっぱ、俺らにするとそう云うモテぶりも鉄壁ぶりも、人の匂いがしないっていうか遠いっていうか羨ましいっていうか、いいなぁ・・・・・・ 」


 耳に優しい内容ではない。 のほほんとした口調に騙されそうになるが、青田は冷静に物事を見る事が出来る男だ。 だからきっと言う通りなのだろう。 だが、噛み切れずにいる自分がいる。 わからない。 理解出来ない。 自分はすべき事をしただけだと、今でも断言出来る。 常軌を逸した者には、まともな遣り取りが通用しない。 あんなの、まともではない。

 あれは総務だかどこかに来ていた派遣社員だった。 名前も覚えていない。 手紙を渡され、待ち伏せをされ、家まで着けて来た非常識を不愉快で迷惑だと伝えたが、女は利く耳を持たず。 挙句の果てが駅前の路上での騒ぎだ。 金森らと飲みに行った店の前、後をつけたのだろう、女は小さなナイフを取り出し、ここで死ぬと言い出した。 こんなに思っているのに酷い と泣いた。 酷いも何も、勝手にしろと思った。 そもそもお前など知らない。 女に何の情も沸かなかった。 それどころか醜悪だと思った。 幸い店は大きな百貨店の並びにあり、騒ぎを聞き付けた警備員に女を受け渡し事無きを得た。 警備員に事情を聞かれたが、名前も顔も知らない女だとその場を去った。 

 べつに嘘は言っていない。 係わり合いになる気もない。 しかし、あの時金森と青田は、自分をどう見ていたのか。 薄情だと思ったか、人でなしだと思ったか。 二人とも何も言わなかったが、だがそれも・・・・ 過ぎればどうでもいい話だ。 はなから丸く納まる筈もない。 あれ以上の方法があるなら教えて欲しい。 

 尤も、ああいうのは異例だ。 そう云う連中はそう云う連中で確かに存在する。 けれど、それと金森たちは違うと思っていた。 あんな逸脱は彼らとは無縁だと思っていた。 真っ当な恋愛をして、揺らがず前を向いていられるのだと思っていた。 なのに、あれほど好きな気持ちを出している金森や青田ですら、相手も自分も揺らぐかも知れない可能性を恐れている。 馬鹿馬鹿しい。 雨が降るのが心配で、晴天に傘を差すような杞憂だと思う。 ましてや、あろう事か、あんな連中に同情さえ滲ませている。 何故だろう? 付き合っている相手がいるなら、他に目を向ける必要なんて無い。 前だけ見ていればいい。 

 余計なものは要らない。 不要な揺さ振りをかけようとする存在は、拒否すべきなのだ。 しかし、それを薄情というのだろうか? 曖昧な優しさこそ、残酷なのではないか? 

 けれど、その疑問を口に出す事は無かった。 言ったところで、金森や青田には理解されないだろう気がした。 
 いや、理解を得られる説明が、自分の中には無かった。 


 「遠いよ、遠い、桧山っちは俺には遠すぎだよ、だからせめて無情に鬼畜に振り続けてくれ。 そしてその薄情振りを是非とも、安藤選手にもレクチャーしてやってくれ」

 「どんだけ悪者だよ」

 「そんで存分に二人で彼女自慢でもしてくれってさ。 あー俺らは女に生まれなかった事を田舎のお袋に感謝する。 あーホントに良かった、もしも女になって桧山っちみたいな薄情な男前に 『迷惑だから消えろ』 なんか言われたらなぁ、青田。 俺ら、もー生きてらんねぇな、無理、」

 「わけわかんないです、金森さん」

 「俺だってわけわかんねぇよ」


 ぼやく金森が、飲み干した紅茶の缶を投げた。 綺麗に屑篭に飛び込んだそれを青田が真似て、大きく外して転がるのを廊下の端まで追いかける。 小学生のように、二人が廊下を走る。 ふと、また距離を感じた。 

 金森は俺を遠いといったが、それは俺も同じだった。 ときどき二人は遠い。 いや、二人に限らず、ふとしたとき周囲との温度差を感じ、交わる事の出来ない自分を意識する。 いつもではない。 いつもは、満足している。 良い職場、良い仲間、そこにいる自分に、周囲に満足している。 べつだん、困るということもない。 ただ、温度が上がらない。 人より自分は、温度が上がらない。 けれど、それを問題には思わない。 べつに困ってはいない。 困ってはいないが、俄かに生じた針先ほどの疑念に、囚われるかも知れない自分を認めたくは無かった。

 先刻思い浮かべた美咲の表情が頭から離れない。 曖昧な美咲の表情は、不吉な警告の様に頭の端にちらついていた。 


 「・・でよ、桧山っちの彼女ちゃんは元気?」


 ホールを横切りながら金森が言う。


 「あぁ。」


 そう答えたが、美咲とは話していない。 旅行以来、生で話してはいない。 メールでの遣り取りが数回だけで、入院したことすら話してはいない。 


 「長いですよね、高校のときの後輩でしょ?」

 「・・すげ・・・・ほぼ10年かよ・・・・・飽きねぇの?」

 「べつに」

 「あー、一筋ですか・・・・はぁ・・・」


 まだ何か言いたげな金森の肩を、青田がポンポンと叩いて会話の区切りをつける。 長い、相当に長い美咲との付き合い。 これといった盛り上がりも無かったが、飽きたとも思わない。 他に目が向く事も無かった。 そもそも、靡くぐらいの恋愛なら、それは本当じゃない。 それは裏切りだ。 確かに、自分はそう思っている。

 ならばあれも裏切りか? 

 理由はともあれ、美咲以外の女と自分は寝た。 自分は美咲を裏切ったのだろうか? いや、違う、あれは排泄だ。 他人の身体を借りただけの排泄だ。 現に自分の中にある、美咲に対する気持ちは変わっていない。 揺らいではいない。

 これまで美咲について不満に思ったことは無い。 会えば楽しい。 真面目で優しく思いやりがあり、芯が強い。 なにしろバスケ以外の趣味は殆んど美咲が教えてくれたのだから、当然話も合う。 見た目だって可愛い部類だろう。 始まりこそ気不味かったが、セックスもお互い楽しめるようになった。 そんな美咲に対し、自分なりに誠意を尽くし優しく接しているつもりだった。 現に、美咲が不満を洩らした事もない。 上手くいっている。 不満はない。

 自分自身のスタンスも、美咲との関係も、間違っていないという自信はあるのだ。 
だが・・・・ だが、釈然としない何かが内側に蹲る。



 優しい安藤が、付き纏う女をどんな風にあしらうか見てみたいと思った。 

 鮮やかな笑顔を浮かべつつ、残酷な言葉で女を斬りつける安藤が見たかった。






 あまりのありえなさに笑えた。













                                 
** 冷たい舌   3. **        4. へ続く