**  ヒストリィ  **


     << 幕間の小噺 //  アイ ノ ナノモト クリカエス セツジツナ グコウ >>



なんにだって、馴れはある。
とりわけ、好きになるとかじゃあないけれど、まァ、気乗りしないけど やれなくも無い位には大抵慣れるもんだと思ってた。   


私は、慣れてしまいたかった。

嬉しいとか悲しいとか、良くも悪くも感情を揺さ振られたくなかった。 痛みや快楽といった体感知覚も無視してやりたかった。 他人も自分も、気持ち悪くて怖いからソンナモノダと思える程度に慣れてしまう必要があった。 それには、場数を踏まなくては。
場数を踏むたび強くなる私。 悪場に擦れると書き、当て字は 阿婆擦れ とはまァ言ったものだ。
強くなれば失うモノもあった筈だが、それが何だか 曖昧で。

そうして、私は、笑えてた。 


                   ハッピィ。


40がらみの美容師は、腕もセンスも自らも、アーティスティックと自負していたが相対的には見事にステロタイプのそれだった。 お腹の大きな、疲れた女が時々オフィスから顔を出す。 綺麗だったかもしれない女。 髪も、肌も、艶を失い、今を表すに雄弁だ。 その、美容師が しきりと口説く。 吐き出す言葉も、あまりに、その男らしくって笑えた。

女の気配がする度に、泳ぐ目元が滑稽だ。 微笑む私に気を良くしたか、携帯番号を走り書いたフライヤーを、つり銭と一緒に手渡してきた。

                    OK!

その晩、男と飲んだ。

如何にもな 『隠れ家』 な店で、たいして美味くも無い 子供騙しな甘ったるいカクテルを私は惰性で舐めていた。 男に興味なぞ無かったが、買ったばかりの華奢なヒールを カツカツいわせて歩きたかった。 それは、スツールの下、退屈に ぶらぶら揺れている。

何て可愛い靴だろう。 エナメルのクレマチスに蔓が絡んでいる。


男の相手は楽だった。 何しろ自慢しかしない。 しかも、劣等感が見え隠れして否定される事を恐れるあまりの卑屈さには、
掛け値無く哀れんで、微笑んでやろう気にもなる。 私は退屈な暇つぶしと酔いを手に入れ、男は虚栄心と少々のアバンチュールを愉しんで。さぁ お開きの筈だった。 

ソレを、あの馬鹿が。


妻帯者は面倒だから嫌いだ。 ましてや、素で面識が在る相手はもっと厭だ。


バーを出て、自慢の 特別仕様の海老茶のベンツを、男が路肩に寄せたとき ああ そう来たか と 子供じみた余裕の無さにウンザリするのだけど、ねぇヨロシイカ? アンタはスマートな男って触れ込みじゃあ無かったんですか?

男は何だか喋ってる。

どうでもいいや どうしたい? 
セックスするのはどうにもゴメンだけど 想い出づくりにチュウでもするか?  
ほれ、おやんなさい。 
ついでに鎖骨でも舐めますか?

私はとっても優しかったが、ソレを、あの馬鹿が。


   キミノジカンヲヒトリジメシタイケド、キミハボクダケノモノニハナッテクレハシナインダネ


   ハァ? 

何言ってんですか? ていうかアンタ誰?


畜生、逐一台詞を覚えてやがる。 そんな自分に カンカンだ。
あの馬鹿、駄目押しにCDかけやがった 。   

                  ・・・       きっと、キミはこな〜い〜         ・・・

     ヤマシタ・・?         



まだまだ、12月のアタマですぜ、ダンナ。  もうもう大笑い。 
チュウ、中止。 ほら、のきな。

      ねぇ、ねぇ、じゃあさ。 私、クリスマスに御自宅 押しかけちゃってもいいんですかぁ〜?
      メリ〜クリスマス!!ダ〜リ〜ン!! っていうの。 ねぇ ねぇ、それってありですかぁ?



リスクもナシに、何でも手に入ると思うな、馬鹿野郎。

情けない薄ら笑いの男とは、近場の駅で別れた。 もう、会いません。 さようなら。


愛も無い癖に 愛が有る振りをして 愛を演じて悦に得るのか 厚かましい 浅ましい愛情乞食に用は無い。 吐き気がした。
どうしてだか、物凄くモラルの無い事をされた気がした。 自分が汚くなったように。 べつに、どうと云う事じゃない。
 もっと下賎な事だって平気だった。 

でもどうして。 


どうして。


あのとき、カオルも、怖い顔をしていた。


くるりと団地のスロープを下り、車を停めた。 上になった顔が、黒い陰になって見えない。

どうして。 

どうして今頃、そう来るか。 

どうして、また、この時期に?


アンタは、そうだよ、いつでもそうだ。 さっぱりわからない。
切羽詰ってるようなヘンな緊張感で一杯の癖に、そこで動かない。 
困惑しているかのように。責めるように 私を見る。

   『友達キャンペーンは4年で終了ですか?』
   『アタシで抜いたことあるんだ?』
   『やるならイカして貰わなきゃね!』

カオルが、拳を握りしめる。

                         ・・・  ごめん  ・・


ふざけんな。




人のせいにすんな。 なら、怒りなよ、怒鳴ってごらんよ。
やんのかよ、やるならさっさとチュウでもしろよ、それとも、スカートに手ぇ突っ込むのが先か? ああどうでも良いよ、どうでも良いから、何かしてよ、何か言ってよ、私に決断させないでよ。

アンタは動けず、もはや哀願の域。
そして、私は、アンタから離れなければ、一刻も早くコレに慣れなければとそればかりだ。

深夜の車中の、愚者二人。  哀れなり。



なんにだって、馴れはある。  
とりわけ、好きになるとかじゃあないけれど、まァ、気乗りしないけど
やれなくも無い位には、大抵 慣れるもんだと思ってた。

そしてすっかり 慣れた物だと思ってたけど、肝心の事に、私はまるで不慣れであった。
情がらみの遣り取りに、私はまるで、慣れていなかった。
そりゃそうだ。 それには、全く試みをしてはいなかった。  じゃあ、駄目じゃん。

日を置かず、カオルは感情を文書化して昇華に向けた様子。
ありがとな、論文みたいな恋文貰うの初めてだ。

そして私は『距離』を置く。 

早く早く、距離の在る内、一刻も早く、それに慣れねばならない。 一刻も早く、私は情に勝たねばならない。

揺らぐ自分に、怯える何かに、決して動じる事など無いように。


それは まったく なんて愚かしい。


                         愛 の 名の下 繰り返す 切実な  愚行


          〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


お久しぶりね、カオルちゃん。 那須は寒かったでしょ?


明朝10時、お待ちしております。 道、混むかしらね? 平日だし、どうかな? 今日のお教室で残ったものが、ありますので車で食べましょう。 結構残ってるんだから、朝、食べて来ないでよ。