**  ヒストリィ  **

             << スパンキングハニイ >>


 『 ねェ、先輩、任せてください、私そういうのすごい得意なんです
  もう絶対先輩にぴったりダーリンを見つけますから、ほんと、絶対絶対です、だからぁ 』


キュートで可愛い後輩がそう言うので、何度も何度も何かと云うと、そう言うので、じゃ1つと リクエスト。  それが、1年くらい前。 薬漬け、一歩前の、若干余力もあった頃。 だから、とうに忘れてた。そんな話も 自分が頼んだリクエストすらも。 だから、今頃なんて、ねぇ、ちょっと待ってよ、ねぇ 聴いて。 

実際、それどころでは無かった。 
例の、ビアンと修羅場を経て日は浅い。 心身の疲弊は深い。 
新たな恋へと旅立つゆとりは、全くといって無かった。 

いくら、キュートで可愛い後輩の頼みでも、
あ、頼んだのは私なの? 



かくして、私は天王州のレストランで、小洒落たフレンチとやらをつついてた。

      『高学歴 高収入で、ガタイの良い 温厚な マゾ』

捜せたのか、おい?  ハイ!ハイ!注目!注目!  ああ、現にそれは、目の前に。


マゾは、外科医だった。 外科ってところが、壺な訳? 尋ねると、ケイン小杉似の 爽やかな笑顔が返って来た。  『人が、痛いのは苦手です。』  爽やかだ。 しかし、マゾ。 そうか、そうだろ、てめぇが痛いのが得意な訳だ。 そりゃそうだろうよ。 

『私はねぇ、汚いプレイは嫌いなの。』     とりあえず、言っておく。 
『俺も、スカトロとかは苦手です。』    スカトロときた! ねぇ、聴きました? 

この、レストランで、初対面で交わす会話にスカトロですって!  これ、どうよ?  
『じゃ、どういうの? 痛いの? 恥ずかしいの? 私、縛りはやった事無いわよ。 それと、今、体調悪いんで 逆レイプとかのハードなのもパス。』  

ハッキリさせておかねばなるまい。

『それで、充分です。』  頬染めてるよ!  『充分って何が?』  『痛めつけられたいです』
『どんな風に?』  『・・・抓ってください・・・』      『どこを?』   『・・・』 
『どこを? ねぇ、どんな風に抓って欲しいのかしら? ねぇ、ほら、見て、綺麗にマニキュア塗れてるでしょう? この指、どこにどう使って欲しい?』 

ああ愉しい。 久方ぶりに、愉しい予感。 
マニアだよ、抓りだとよ、言わされる恥ずかしさも格別だろうよ、ああ愉しいや。


可愛い後輩は、凄腕だ。 このマゾ、ホントに温厚だ。 

問われるままに、男は答え、尋問は続く。男は、行きつけのクラブの支配人に、アンタみたいなのにぴったりの御主人が居る と誘われたと言う。どうやら、後輩は、直球勝負でリサーチした様子。

      『高学歴 高収入で、ガタイの良い 温厚な マゾ 急募』

で、廻りまわって世間は狭くて こんな按配になった。 そして、こうして『我がマゾ半生』を、大いに語る目の前のマゾ。 大喜びの私。 勿論、ただ聴くばかりじゃ申し訳ないから、時々聞こえない振りしてもう一回言わせたり意味も無く話の佳境でウェイターを呼びつけたり、細やかな気遣いも忘れない私。 それにしたって、ホンモノの話は、全く愉快だ。


過去の好プレイと云うのを聴いたところ、イキリ立つ其れにオウムを止まらせ、ヒマワリの種を喰わせた事、だそうだ。     

ビバ! オウムプレイ!! イェ〜イ!! 

オウムの鍵爪が、ギンギンの其れに喰い込んで、竿ギリギリでガリリと種を噛み締める嘴がもう、堪らないエクスタシー。  

『で、イッた?』   『ハイ』     想い出したか、目が潤んでる。

ああ、こいつは最高。 

『想い出しても、イイのね』   『ハイ』    『折角だから、イッちゃえば?』  『?』 
『いくとこ、見たい。やって』    で、やるのか、ここで、やるか?  

男の右手がテーブルの下へ。


やれとは言ったものの、その間 私は暇なので、先週まで行ってたらしい シカゴ学会の話を聴く事にする。 ブルースを聴かせる店がどうの、脳挫傷がどうの。 ま、実際どうでも良い訳で。 時折、好い所にヒットするのか上擦る声や、息を詰めるそんな男を見てるのは愉しい。 

ワインの御代わりを注いでたウェイターが離れてすぐ 『もう、いいですか?』 と、男が震える声で言う。   『何が?』   『イッてもいいですか』  私は席を立ち、スカートの裾を気にする振りして男の横に屈む。 テーブルクロスの襞の波間で、それは哀れにゆらゆら揺れている。

マゾは哀願している。 
私は懇願されている。 

そして、滴る鈴口に爪を立てる。 途端に達して 男の上等のシャツが濡れる。 もう一度 強く抓ってやると、断末魔のように残りを吐き出した。  
低く長い、男のため息が聞こえる。 
私は、男のネクタイで指先をぬぐう。  さ、化粧室で、手を洗おう。 
後は、男がどうにでもする。 
何しろマゾだもの。それすらプレイ。  ああ、何だか私達、うまくやれそうね。



実際、うまくいった。 穏やかであった。

同業者同士、話題も豊富。 労わる心も忘れずに。 場所を変え、品を変え、私たちはクリエイティブに楽しんだ。 私は男を大事にしたし、男も私を大切に扱った。 行為そのものは、イレギュラーだけれど、私たちは愛し合っていたといえる。  多分。 

私は、ほとんどを男のマンションで過ごした。 さすがマゾ、マメである。家事をこなしつ、気も利いている。 男の好みは大方把握したので、あれこれ試み、行った。 私はこれで、努力家だ。 結果は至って好評。 男は、私の世話を焼きたがり、私はさせるに任せていた。とりわけ、洗髪とマッサージがお気に入りの様子。 すっかり、お姫様待遇。 

勿論、やって貰って嫌なものではない、寧ろ気持ちが良いので大歓迎。 

『うまいね、よくやるの?』 

聞いては見たけど、どうでも良い事。 長いマゾ人生、下僕歴も長いだろうよ。 役に立つのは、善い事だ。 聞いては見たけど そんな事、どうでも良くて、今が平穏だから幸せ。そう思っていた。 甘い 甘い 蜂蜜漬けの生活。 


思う一方で、アルコールが進むのが、止められなかった。 

常に、飲んでいるチェーンドリンカー。 

これがまた、運がいいのか悪いのか、男の家には免税帰りの高価な酒が、うだるほどあった。 当然、心して頂かねばならぬ。 そして、止まらない。 男は、そんな時、あえて厄介なプレイを求めてきた。 身体を張ったというべきか。 そりゃ、前立腺弄りつつスパンキングして、かつ、合間に罵りながら、一杯飲んで ・・・・・・ なんて器用な芸当 出来っこないし。   

君、それ、うまいこと考えたな。
 

男と、所謂セックスをしたのは3回だけだった。 
3回とも、成る程と云うか、案の定と云うか騎乗位であった。 正直、その体位は苦手だ。 特に、酔ってる時や、胃弱気味の時は猛烈な吐き気に襲われるし、血圧低下も起こしやすい。 
などと言い訳すまい。 
単に上で動くのが面倒臭いのだ。

一回目、それで、首を締めてくれと言われた。 ごつくて太い首をヤリながら締めるのは容易ではなかったし、私の握力ではたいした快楽も得られないだろうと思ったが、シチュエーションに燃えたようだ。 二回目も似たような物だが、オプションに手足の拘束と、口にガムテープを加えた。 裏拳で頬を張り、乳首を何度か抓ってやると、あっけない程の速さで男は達した。 
そして3回目、それは中断される。 

私は、男の顔に嘔吐した。 

身体が性交について行けなかった。 いよいよ深刻だ。 

『思わぬスカトロプレイ』 と 笑うと、 『そんな事言うな』  男は泣きそうだ。


泣きたいのは、私。 日に何度か、猛烈に死にたくなる。 
ああ畜生、死なせてくれ、もう嫌だと、男の尿道にマドラーを挿す。 死にたい私が、どうしてオマエの首締めてるんだよ、ふざけんなと、怒鳴る。 人が、切羽詰って死にたがってるのに、チンコ勃たせていい気になるな、マゾ野郎、イクなら殺してからイッてくれ。 ああ本当に、愛しているならお願い、もう、死なせてよ。 ボコりつつ、懇願。 

私も、大概 器用なもんだ。 だけども、ほとほと参っていた。


鬱は日に日に悪い。 知人の医者は、薬を増やしたが、それは少しばかり良くなかった。中途半端に、やる気が出たから、自ら死のう、意欲満々だ。  男は、四六時中 私に触れていた。 仕事の時は、ひっきりナシと言う程電話を寄越した。 私は、携帯を持たされていた。 勿論、そんなもの、置いて出掛けるくらい屁でもない。 しかし、そうすると男は泣く。 爽やかなマッチョがメソメソするのは、マゾとはいえ 見た目の良いモンじゃあない。 

そうこうしてたら、男が旅行に行こうと言ってきた。 
長野に別荘がある。空気も良い。景色も良い。近所のペンションで美味いパンも買える。 そして、そこで両親とも会って欲しい。

 ・ ・・・・・ そりゃ却下だよ。     


激しい口論をした。 

マゾの癖に、すごい剣幕だ。 けど、マゾだから、しまいにゃ泣き落としだ。 ああでも泣かれたって困る。 私はこんなだ。 でも、生涯こうとは、思いたくない。 遊びかと聞かれたら、プレイなんだからそれ以上じゃない。 

『もう、こう云う事はしなくても良いから、だから』   『だから何?』


男と暮らすのは、幸せだろう。 だけども、それは、間違っている。 間違っている。 
何と言おうと、間違っている。
私は、イレギュラーな自分を認めてはいるが、ソレを肯定してはいない。 
全くのところ、開き直ってなどいない。 寧ろ、恥じている。
男と結婚するという事は、いわば開き直り人生だ。 夫婦SMなんて、冗談じゃあない。 
まんまと、内的カミングアウトではないか? 全く、冗談じゃあない。 


『こう云う事してアンタを縛るのは、間違っていると思う』
『だから、しなくて良いんだよ』
『私がしないんじゃ、誰かにして貰うの?』

弱虫、泣いて誤魔化すな。 
一度覚えた快楽は、アブノーマルな程忘れられない。 
アンタがコレと、手を切れるなんて 私には到底 思えない。


その日、ご機嫌な私は、男をバスルームのドアにくくりつけた。 私は、男にお土産を貰っていた。 輸血用ルートセット。 マゾは、期待に震えてる。 せっかちにも、半立ちだ。 しかしマゾとは不思議なモノで、自分がアレなのだが、他人の苦痛には驚く程、弱い。 殴られ鼻血出してもイケル癖に、私が紙で指を切ろうものなら、オロオロうろたえ大騒ぎ。 そんなじゃ、外科医は大変だろう。 

であるから、新たなプレイの予感に震えるマゾは、心にも思わなかったろう。 
私が、ソレを使うとは。 


両手を括られ、ドアに凭れるように座った男に私は跨った。 男の顔の上に、腕を伸ばす。 男は、私の腕が好きだった。 

私は、ソレを、腕の静脈に刺す。

静脈とはいえ、比較的ゲージの太い針だから、水鉄砲程には赤黒い血が流れ出る。 
見る見る男の顔はスプラッタ。 

ああ、気にすんな。こんなじゃ、到底死にゃしない。  

男が、絶叫している。 
泣いているかも知れないが、降りかかる血で、定かではない。  
私はげらげら大笑い。 

『どう?ねぇ、こう云うのってどう?』 

こんなの、せいぜい流れて1リットルちょいだろう。 明日は激しくクラクラするけど、それも寝てればどうという事もない。  いや、ホント、見掛け倒しなんだってば。 だって私は知っている。 私はこのやり方で、過去 死に損なっているのだから。 

そうして、針のぶら下がった左手首の少し上から、横に薄く、剃刀を引いた。 浅すぎず深すぎず。 赤い粒が、線になり、葉脈のように滴る程度に加減して。 指一本位の間隔で、肘の関節辺りまで繰り返す。 


『しましま、ね』 

男は、もはや、言葉も発せず。 喉の奥から音が漏れている。
同じように、右腕にも縞模様を刻む。 

『ほら、ちゃんと見て。   どうって事ないんでしょ? しっかり見なさい』

勿論、奴は外科医だし、ホントは解っているのだろうけど、今はすっかりパニックだ。

やがてポタポタ勢いも尽き、私は腕から針を引っこ抜く。 


『はい、おしまい』  

全裸で正解。 
いまや男はエライ事だ。 負けじとホラーな私も此処に。


拘束を外し、シャワーをかけ、丁寧に洗ってやった。 
乾燥機仕上げでふかふかのバスタオルで、水気を拭取る。 男は、木偶のようだ。  
ねぇ瞳孔、開いてない? 

フルチンのまま、手を引いて、ベッドルームへ連れて行く。 バスローブを着せて、抱きしめた。 バスローブのベージュに、私の出血が滲む。 ゆっくり背中をさすってやると、男は静かに嗚咽し始めた。  嗚咽は号泣となり、男が眠りにつくまで高く低く続いた。 
私は大きな背中をさすった。


最後のプレイに、恐怖をあげる。 一回限り、これが私の最大の好意。 
愛と言っても構わない。 

ねぇ、知ってた? 私、思うよりずっと、アナタが好きよ。愛してた。


男を抱きしめ、少し眠った。 泥のように身体が重い。 
眠りすぎると、起きれなくなりそうだから、明け方近くに身体を起こし、男のシャツと二万円を拝借する。 さすがに、こんな愉快な腕では歩けない。 即、タクシーを拾わねば。

ところで私は、通りまで辿り着けるんだろうか?


出掛けに、もう一度抱きしめて、男の頭を撫でた。 さよなら、ハニィ。

子供みたいに、泣いた後の顔。