** ヒストリィ **
<< 流れ弾を待つ 〜 それぞれの家族の事情 >>
呪文というのを、カオルは信じますか?
こんな禍々しい表現でなくても、『暗示』とかならどうでしょう?
言葉は恐ろしいです。人を生かすも、殺すも、言葉次第ではないかと思います。
私の家に伝わる呪文の中でも、最強はこの3つです。
『私は構わないが**はなんと言うか・・・』
『好きにすれば良いけれど、どうなっても知らない』
『自分が悪者になれば済む事』
この3つを唱えれば、一切の自己責任を回避できるし、事が起これば心置きなくその当事者の救済よりも糾弾が出来るのです。 例え、自分に矛先が向けられたとしても、その場を嫌な気分にさせた上で、その議論を終結させることが出来ます。 結果、保身と防衛に躍起となるばかりで、建設的な議論の場は皆無となります。
私は表向き、何もかもやりたいようにさせてもらったのだと思います。 愛されてもいました。
ですが、愛は無償ではなかったし、呪文の効果はいつまでも続きます。 それを私がすることに、誰もはっきり賛成はしていないし、行き詰まっても頼る当てはなくそら見た事かと言われるだけでしょう。 誰かに迷惑をかけるかも知れないのに、それでもそれをする自分・・・という負い目も、ついて回ります。
私の家には、心を病む人というのが一般よりは高い確率で存在していたようです。
血筋とか、遺伝上の問題以前に、こうした家族のあり方に問題はあるのだと思うのです。 言葉が、絡まります。 絡まるのは、しがらみとか、束縛とかであったと思います。 腹を割ることが出来ず、責任も無ければ評価も無いそんな中、それぞれは自分の内へ内へと向かって行くしかありません。 自分を守るためには、周囲を見張る必要もあります。
こうした力動は、アルコール依存患者や家庭内暴力の問題を抱える患者を取り巻く、共依存的な家族関係に酷似しています。
足を引っ張り合い、幸せの独り占めを許さず、駄目になるのを嘆くばかりの家族関係からは 何も生まれはしません。
そう、気がついた時はもう、私はくたびれてしまっていました。
自力で抜け出せるとは、到底思えませんでした。
誰でも良いから、ここから引きずり出してくれないかと願ってはみたけれど、そんな都合の良い話がある筈も無く また、そうして貰ったとしたらその恩人に、どれだけのお返しをせねばならないのか想像もつきません。
みんな、死んでしまえば良いのに、と思いました。
というよりは、私一人が死んでしまう方が、より手っ取り早いのではないかと思い直しました。 けれども、『死ぬこと』では懲りてもいましたし、自分の死についてあれこれ気をもむのも、うんざりしていました。
『流れ弾に当るというのは、良いよね』
ミツは、そう言うのです。
同僚だったミツは、四国の出身で、実家は所謂『組関係』だといいます。 姉は、駆け落ち同然で家を出て、いずれはイセが『組』を継ぐ事になるようです。 ミツに男の気配が無いのには、このあたりが絡んでいるのかと思います。 わざわざ単身で、神奈川の偏狭に就職するには、やはりそれなりの背景があるのでしょう。
剛胆で、飾り気の無いミツは、『姉さん』 が似合うだろうと思うけど、当のミツが、どれほどに 疲弊していたかは想像もつきません。 私たちは、私生活を語らなかった分、付き合いやすかったのかもしれません。
ミツとは二年ちょっとの間仕事をした仲でしたが、流れ弾の話をしたのは、ミツの退職も決まった頃。 なんとなく寂しい気持ちで、彼女のアパートで飲んでいる時だったと思います。 実家が組である事も、そのとき初めて聞きました。 お互いのしがらみについて話す内、出てきた話でした。 ミツは、退職後、実家が手を回したらしい役所の仕事に就くと言います。
所詮、ついて回る家があり、逃げるのも逆らうのも受け入れるのも面倒で仕方ない。
死んだところで、誰かが非難され、誰かが何かをこうむるかもしれない。
『流れ弾に当って死ぬというのは、理想だよ。それも、自分の所とは関係の無い、正に流れ弾というのが良い。 たまたま居合わせた市民が、巻き添えを食った・・・ってな感じの、つながりゼロって感じの。 そうすれば、皆で 運が悪かったねぇ と嘆いて御終いだ。』
・・・・・・ そんな話をしました。
私は理想について 『実は、家族が心中を持ちかけてくれないかと思ってる』 と 話しました。 私たちは自分たちの、無責任さ加減を笑い、だらだら夜通し飲みました。 どっちかがここで泣くと、ドラマなのになぁと伝えると 『私は嫌だから』 とミツが言い、その後うどんを食べました。
ミツは、ここ何年かを、どこかの孤島の診療所で働いています。
『島民は、意固地で疑い深くて大嫌いだよ。』 と葉書に書いてありました。
元気そうだから、何よりと思ってます。
例えば、でまかせだとしても。
この、私ですら、元気そうにやっているのです。
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ねぇカオル、まだまだ、話は終わりません。 何しろ、長いのです。
回想して行くうちに、いろいろ思い当たることや、改めて合点が行く場面にあたります。当時、辛かったりした思い出ほど、より滑稽であったりもします。
そう、おととい、チィを見た。 多分、
アレはそうだと思う。
こっちに戻って来たんだろうか?
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