**  ヒストリィ  **



       <<私信 2.>> 送信者:カグヤマ   宛先:カオル  件名: 経緯の始め



カオル 様

心配をかけてしまったようで、すまなく思ってます。 

あの頃、何があって、どういう過程を経て、薬物療法を受けることになったのか? 
現状はどうなのか? カオルが、気がかりに思うのはこのあたりだと思います。
何があったか? これといった大事件があったわけではありません。 

そこに、ドラマはないです。 
ただ、私とその親族達の、極々小さな思惑や愛憎が箪笥の裏の埃のように、
何年もかけてみっしり重なり合っていっただけの事です。
その結果は、今の私の在りようなのです。

私は、相手の思惑の中にのみ、自分を見出すことが出来ます。 
これを、一つの才能(もしくは特技)として捉えれば、私は全く苦しくはないのです。 
けれども、第三者を媒介とせずには自己を見出せない、とするなら、それは深刻な病です。
『かのごとき人格』というのは、境界例患者によく使う形容です。

周囲の期待だの、状況だのに如際なく変容していた私が、最初に混乱し始めたのは
15歳の時で、やりたくもない 興味もない 医者の道へ進んでしまったのは、失敗でした。 
そこに居るのは何らかの志を持っている集合なのですから、私は異質でした。 
日々、苦痛、そして孤独でしたが、そのまま進む以外の選択を私はしませんでした。 
もはや『試練』と名づけたい、馬鹿げた道行きでした。 
それを超えれば何かが変わるとでも思っていたのでしょうか?

全く馬鹿げてる。単なる欺瞞。 
独り善がりで内向的、お天気やのリストカットマニア。 当時の私は、そんなものでした。 
漠然とした希死念慮や、慢性的な空虚というのも、この頃からの付き合いになります。
それでも、何とかなっていたのは、学生という立場に役割を見出しておれば
良かったからだと思います。

〜しなさいと命令され、要求をのむほど楽なことはありません。 何しろ、考える必要もない。 
それどころか、自分のありようを決めてもらった上、表向き 『しょうがなく』 という
ポーズをつけて 『仕方なくやったのだから、上手くいかなくても知りませんよ』 と 
逃げ口上まで用意することが出来たのですから、モラトリアム万歳。

自分自身の意思に反した事を、長く続けていると、そんな自分が最も
信用ならなくなるのは 当然の結果と思います。

最も移ろいやすく、当てにならないのが私なのです。

ならば、私以外の拠り所、所謂媒介を作る必要があります。 
手っ取り早いのは、『自分に興味を持ち、傍に居てくれようとする人物』に
接触することです。 その人の望むように振る舞い、あたかもそのような自分で
あると思い込むことが出来るのは 安らぎでさえありました。

当時、ホステス業に活路を得ていたのは、正にそれが、私にとっての
慰安になっていたからです。 

役柄 『ホステス』 の、私は、その役回りに忠実かつ熱心だったので、仕事振りも
好評であったと思います。 だけども、どんな関係も、進めば深まり、独占欲がお互いの
本音を揺さぶるようになります。  そこが、私の限界でした。 

何にもないところを揺さぶられても、何も出てこないのです。 
水のないプールに、波は立ちません。 
だけど、皆、そこに水がないとは思ってないから、躍起になったり腹を立てたり
しょんぼりしたりします。 
私の恋愛(それはそう呼べるものか?)が長続きしないのは
こういうことだと思うのです。

私は、与えられるのは好きだけど、お返しできる持ち合わせなど、私自身しか
有りません。。 だけど、それすら、果たして価値有る物なのか。
そもそも、信用ならない空っぽの自分の、いったい何に、相手は引かれているかが
疑わしいので 深入りしよう気も起こらなくなります。 

いっそ、何も与えないでちょうだい。
いっそ、誰も係わらないでちょうだい。

何か、繋がりが出来るのが、不安なのです。
むしろ、始まったのと同じスピードで終わらせてしまいたい感じ。

せつなの付き合いだけが、存在理由であったその頃。
カオルに会ったのも、この頃、まだ、余力があった頃。
だけどもう、次第にどこかしらがほどけて来ていたそういう頃。


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  と、こんな按配で、話は続きます。


  つまらないでしょう? ではでは。


  カグヤマ