星が丘ビッグウェーブ
 


                             7. 土用波


   『 これまた、なんつ〜か・・・ 』  

物珍しそうに、キョロキョロしながら  ジョッキくれ!!大二つ!! と、ハラダはカウンターに座った。 連れの男も隣に座る。 今日のハラダはいつもと違う。 ダークな色合いのオトナアロハは、ハラダらしくなかった。 みると、サイズが二つくらい大きい。 この男のだ。 直感した。 がっしりした、大柄の男。 黙ってると、威圧感のある、でも、いいヤツだなぁとなんとなく思わせるこの男は、ハラダの彼氏なんだろうか?

『 しばらく振りだな。 あれからずっと、仕上げの突貫工事でさ、不眠不休の地獄だよ。 キタが、手伝ってくれて、ホント助かった。 もー、仕上がんないかと思ったもん。 感謝してるよ、好きなだけ喰え、そんで飲め!!』 


キタと呼ばれた男は、俺に軽く会釈して、ぐっとジョッキを半分くらいで煽った。 ハラダはなんだか、上機嫌だ。 いつもより早いピッチでジョッキを空け、タコス、軍艦、アボカドと手を伸ばす。 時折キタと、一言二言交わし、キタはそれに短く答え、素っ気無いのに、なんだか仲良さそうな二人だった。 


なんか、お前、良い事あったの? 

『 あったんだよ、あったとも!!』   

ハラダの顔が、緩みまくる。 目元がうっすら、赤くなる。


 今、製作中の、ハラダの作品が、大手居酒屋チェーンのオーナーの目に留まったらしい。 そこは、最近、廃墟や、民家をリニューアルして 『異空間的居酒屋』 をヒットさせてるグループだ。 ハラダはそこの、新しいプロジェクトに、アートスタッフとして召還されたという。 間もなく企画会議にも参加する予定もあり、ならばとりあえず 今製作中の作品を仕上げねば・・・・・・ とキタの手を借りアトリエ篭りだったらしい。

アリガトウアリガトウ と、繰り返し、キタにジョッキを掲げ、にまにま呆け、 こんなに幸せで良いのかなぁと、溜息をつくハラダ。  

困り笑顔で、それに付き合うキタ。 


ハラダの、出世を祝いたいけど、祝うべきだけど、俺は、面白くなかった。 
なんだか、つまらなかった。
俺だって、力仕事なら嫌って程 手伝えるぜ。 

・・・ この感情を、世間一般で何と言うかは知っている。 

尚更、イライラは募った。 
無口な俺に、チコが何か笑って話し掛けた。 俺は、愛想笑いしか返せなかった。


『キタ君、この御恩は忘れない!  今度の仕事も手伝ってね!!』

何度目かの乾杯の後、ハラダはキタに、抱きついた。 


頭の後ろがチリチリした。 分ってる、もう分ってる、これは嫉妬だ、やきもちだ。 俺は、キタに、嫉妬している。 俺は、キタと居るハラダに、腹を立てている。 そうだよ、その通りだよ、どうしたんだよ、どうすりゃ良いんだよ。 手にしたマヨネーズに力が入り、蟹脚の上は、巻グソのようだ。
   
おぁ〜〜お!!チコが、肩をすくめた。



ハラダは終始、御機嫌で、ボブに話し掛け、ジップのジョークに爆笑し、キタの肩をバンバン叩いてジョッキを空けた。  そしてハラダが、英語の出来るヤツだと、俺はこの時初めて知った。 

・・・・・・ 終電・・・ キタが言い おう とハラダは席を立つ。 

『ここ何時まで?』 ハラダが奥の、俺に声をかける。  

背を向けたまま 2時だ と答えると、何か呟いてから 『先帰るわ』 と ハラダは店を出て行った。  

マタキテネ! 
ボブの声に、そっと振り返ると、よろけたハラダを、キタが引きずるところだった。


寡黙に、俺は働いた。 

もともと喋りは、得意じゃないが、今日の俺は当社比3割増に寡黙だった。 3兄弟が、心配そうに、時々何か囁きあっている。 

みんなゴメン、俺は、男関係で悩んでるような、呆れた馬鹿野郎なんだ。  

最後の客が、出て行って、2時にはまだ少しあったが  Party begins!!  ボブが怒鳴って、チコが歓声をあげ、ジップがさっさと店じまいを始めた。 レーンをコロナとレモンが廻る。  ああ、気を使われてる、と思った。 CDのヴォリュームが上がり、レゲエの大御所が言っている


Happiness is here.   ここに、幸あり。   

・・・  ねぇんじゃないかな、ココには  ・・・ と思った。 でも、今は、飲んで、騒いで、優しくされて居たかった。  

Smile! Smile! Smile!  チコが、イナイイナイバァをして笑う。

ジャマイカ魂に感謝して、俺は大いに飲み、大いに笑った。




午前4時のサイクリングは、蛇行運転、鼻歌まじりのヤッホーだ。 

どうでもイイや、たいした事じゃないさ、何にも変わっちゃいないしさ〜。 そりゃァ、ちょっぴりホモドリーム見ちゃったけどさ〜、そんなん、全然、ノープロブレム! バイバイハラダ。 サラバだ君よ!  ごきげんよ〜。  マッチョな彼氏と楽しくお幸せにな! 

も〜俺は、すっかり目が覚めた。 昨日までの俺は仮初の俺! 今日からの俺は、愛の狩人。 見よ!生まれ変わった俺を!!  

アパートの脇にチャリを停め、よろけつ我が家に辿り着く。 
玄関入ると、ハラダが居た。


ハラダ作特製ベッド を全開の窓際に置き、扇風機の風に前髪をサワサワさせて、俺のTシャツを着た、ハラダがスヤスヤ眠っていた。 みるみる、テンションの下がる俺。 
何でだよ。 
何で、ココに居るんだよ。何で平和に寝てるんだよ。 お前、彼氏はどうしたよ。 
お前が行くのはココじゃねぇんだろ。 

カーテンレールに、ハンガーが引っ掛けてある。 
ダークグリーンのアロハが、ゆらゆらしている。 


畜生、畜生畜生、俺の決意をどうしてくれる!! 

さっき生まれ変わった俺は、既に、今、もう、死にかけている。
頭の後ろがチリチリする。 

憤る俺は、便所に入り、いきり立ちつつ長い小便をすると、どうしてくれると言わんばかりに、乱暴にドアを閉めた。   どうしてくれる!ハラダの奴め!!

『 なんだ〜? 』  

亀のように、首だけ持ち上げた、ハラダがこっちを見ている。 
なんだじゃねぇよ、お前が言うなよ、俺が聞きてぇくらいだよ。 

お前さ、何でココに寝てるの? 


『ん〜  飲み過ぎちゃってさぁ。  帰るのダルくなっちゃって・・・。俺んちあそこからだと遠いし。』

キタはどうしたよ。

『キタ?帰ったよ』

ちげぇよ、キタんトコ、お前行かなかったのかよ。

『キタんちは、もっと遠いもん。 お前、遅いよ。 2時っつうから、3時過ぎまで起きてたんだけど ・・・・・・ あ〜、まだ5時前じゃん。 お休み。 お前も早く寝ろよ。』 


むしゃくしゃする。解せない。 腑に落ちない。すっきりしない。 寝るな、ハラダ。 勝手に、一人で落ち着くな! 

冷蔵庫から、ウーロンを出し、ボトルごと口に付けた。 こぼれたって、気にするものか。
顎から腹が、濡れてゆく。 思わず、舌打ちをした。 すると、また、ハラダの声がする。


『 どうしたよ。 寝れねぇの? 相当飲んだんだろ? もう寝ろ〜 ・・・ しかし、面白い店だよな〜。 前のが台湾で今度がジャマイカ。  ・・・ お前、結構、国際派じゃん。 』 

寝転がったまま、ハラダは喋る。 寝転がってるから、ココから顔は見えない。 
奴からも、俺が睨みつけてるのは見えてない。 

『 キタもさぁ、良い店だ、また来たいって言ってたし。 あいつ、結構 店見知りするんだけど、今日は和んでたよなぁ。  ボブとかと、なんか 音楽の話してたし。寿司屋でコロナってのも、ちょっとねぇよな。 キタも、途中から切り替えて、3〜4本空けてたな・・・  なんで、それで平気かね。  ・・ザルだな・・ 』

ハラダが、キタの、話をする。 歌うように、含み笑い付きで、キタの話を俺にする。 


ーーー その、キタんトコに、行きゃイイじゃねえか。
彼氏の所に、行きゃイイだろう?  何で俺んちに、入り浸るんだよ。


低く怒鳴ったのは誰だ? 
しゃがれた声で、怒鳴った奴は。   


俺だ。


ハラダが、ゆっくり身体を起こし、こちらをじっと見つめている。 
俺の中では、もう、止まらない、大きな波が到来していた。