星が丘ビッグウェーブ
6. ラスタ寿司
『高2の春、ケメ子が電話してきたんだわ、xxxxの娘ですけど、って』
蟹喰いつつ素麺喰いつつ、ハラダの話を聞く。
動悸がするのは、4本目の缶ビールのせいだけではない。
どうした俺。 ただのハラダが、ただ 蟹、喰ってるだけじゃん。
『 俺の家、地元じゃ老舗の旅館なんだわ。 で、そこに逗留した画家の男を、押せ押せで婿養子にしたのが、女将やってるお袋。 親父もさ、好きにさせて貰ってて、旦那様待遇だし、そう悪かない暮らしだったと思うよ。 夫婦仲だって、子供の目にはまぁソコソコだったし ・・・・・・
けど、基本的に、お袋は商人で、芸術云々には遠いんだよね。 その辺が、ねぇ、
親父、横浜で個展やったんだわ、小さな画廊だったけど、そこのオーナーの知人って言うのが、ケメ子のママ。 で、意気投合
俺はねぇ、結構早くから気付いてたの。 次が妹と兄貴、最後がお袋。 お袋は、こう云うとき陰険だから、気付いてるのに、ちくりちくり水面下でやるの。 ケメ子ん所は、派手だったらしいけど。
で、ケメ子が俺に電話してきて、俺も興味あったし、会ったんだわ。 もー、びびったよ、芸能人でもここまでは、って美少女が居るじゃん。 ケメ子、当時は違かったし。 俺、怒鳴られちゃったりするのかなぁとかビクビク。そしたら、 あなたは、この不倫、反対なの? って。
ーー 愛のない夫婦には良い機会と思っています。 ですから私は母を応援します −− って言うの。 俺はね、正直、どっちの見方もしたくなかったし、夫婦の事は関与しないつもりだって言ったんだ。
後は、なんか、雑談。 学校の事、家の事、進学どうするの? 一人暮らしはしないのか? とか。 思えば、このときもう嵌ってたんだよな〜、ケメ子の作戦に。
間もなくして、親父、駆け落ちしちゃったし、ごたごたしつつも兄貴が家継いで、俺、美大入ってマンションあてがわれて、まずまずとか思ってたら、ゼミに、ケメ子が居たんだよ。 変わり果てて。
正直、名前呼ばれるまで、本人と気付かなかった。 でさ、何処に住んでるの? とかマンションに来て、飯食わせたり風呂沸かしたりしてたら、そのまま住み着いた。』
計画的犯行。 そんな言葉が浮かぶ。 ケメ子、恐るべし。
結局、ハラダ、喰われてるのか。
・・・・・・ ふうん、お前がケメ子となァ、
『や、俺はケメ子と寝てないよ。 そう云うのじゃないし、』
今更隠さなくてもイイだろ。 そういやお前、あの時 アキタケジョウとどうしたの? 喰われた?
『どうもしねぇよ』
そりゃねぇだろう
『 ねぇモノはねぇんだよ 』
どうしてだか、俺は剥きになっていた。 もう止めとけと、頭の隅で、声がしてるが、俺は、ハラダに言わせたかった。 ハラダに。 ? 何を言わせたいのか俺は?
『どうもなりゃしねぇ。 俺さ、女、駄目なのよ。 ケメ子にも、乗っかられ掛かったんだけど、そう言って断ったし。 それは、それで、つくづく同居向きの男だって、喜んでたけど。 だから、
ーーー ほい。』
蟹のほぐし身の入った皿を、ハラダは俺に寄越した。
ソレは、いつものマメなハラダらしいのだけど、なんだか俺は、落ち着かなくなっていた。 当のハラダは、相変わらず飄々としている。 だけど、それからなんとなく、会話も途切れがちになり、俺達は黙々と食べ、黙々と飲み、てっきり泊まるかと思えたハラダは、 ちょっと手を入れるから と、アトリエに帰って行った。 帰り際 おう、ごっそさん、またな と ハラダの背中に声をかけた。
ハラダは、おや? という顔をして、またなとドアを閉めた。
心の何処かで、ハラダが帰った事にホッとしていた。
ハラダに対して、嫌悪は無い。 女が駄目。 じゃ、男なのか。 そう思っても、ゲイだのホモだの云う言葉が、俺の中ではハラダと重ならなかった。
俺は、何に、モヤモヤしてるのか? 益々モヤモヤしていった。
ハラダには、男の恋人が居るんだろうか?
ゼミの後、喫煙室でぼんやり煙を吐き出していたら、その友人は、こう言った。
『 お前、人見知りする? 』 しねぇよ。 『 喧嘩、強い? 』 普通じゃねぇの?
『 ま、見た目でカバーってトコだな 』 そいつは、俺にバイトを紹介してくれた。
回転寿司の、スタッフらしい。 寿司? 料理? 俺出来ねぇじゃん。 そう言うと
『良いんだよ、出来なくたって』 とのこと。 怪しい、これは。
ヤ〜マン!!
代々木近くのその店は、そう叫ぶべきか、迷う店であった。
ボブ ・ チコ ・ ジップ ドレッド野郎の ジャマイカ三兄弟が経営する回転寿司。 それが俺の新しい職場だった。 レゲエの楽天平和的リズムで、ボブとジップが握る寿司。 俺とチコは、飯を炊き、刺身状の食材をケースに補充し、アボカドを切り、蟹脚をほぐし、シーチキンをぶちまける。 タコスやフライドポテトや缶詰の杏仁豆腐やら、サラダプリッツなんかも流れるココは、ラスタ寿司だった。
三兄弟の日本語はメニュウに有る物とオーダー用語に限られていて、母国語で喋られても何言ってるんだかさっぱりだ。 しかし、引っ切り無しにベラベラ話しかけてくるし、爆笑したり、肩を叩いたり、歓声をあげてハグしてきたり、何かと一方的にフレンドリーな連中だった。
俺は、ここが好きになっていた。
深夜のシフトが終わると2時。 3兄弟は、コロナを振舞ってくれる。 そして、明日には持たない残り物を、喰わせてくれる。 歌って、踊って、笑って、また明日!の日々は、パーティみたいで愉快だった。
こうした店だから、物騒な事も多い。 外国人の、握る寿司。 それが気に入らず、帰れば良いのに居座り、ごね、絡む 困った客も多かったという。 そうした ヤンチャサン の予防策として、俺は 「見た目用心棒」で、雇われたようだ。 実際、俺が来てから、絡み客は殆ど見ていない。 頼られているというのも、なんだか嬉しかった。
バイトも軌道に乗って、扇風機も買ったのに、あの、蟹の日からハラダは来なかった。
来ない理由が、思い当たるから、余計に歯痒い気持ちがした。
女が駄目なハラダ。 俺はそんなの気にしてねぇし。
気にしてないけど、モヤモヤが何か、まだ分らずに居た。 けど、ハラダに会いたいと思っていた。 けど、電話をかけることが躊躇われた。
『何?なんか用?』 等と言われたら、どうしたら良いのか?
思えば、俺は、自分からハラダに会いに行ったり、誘ったりした事がなかった。 そうしたくなる頃、ちゃんとハラダはそうなるべくしていた。 俺は、ハラダに会いたいが、何故会いたいか には、また明日、と先延ばしていた。
2週間が過ぎる頃、ラスタ寿司に、ハラダは来た。
男を連れていた。
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