星が丘ビッグウェーブ



                            5. 毛蟹と素麺


起きたら、昼前だった。 

OK,間に合う、いい調子。 俺は、学校へ向かった。 途中、駅のホームでメロンパンを喰ってたら、ケツを掴まれ激しくむせた。  ケメ子・・・。 どうして普通に出会えないんだよ。 

『なんか飲まないと、詰まるよ〜、年寄りなんて 
                           これ、一発。 もー大変!パンは危険。』

あっさりした紺のワンピースを着たケメ子が、牛乳をくれる。 有り難く、ちゅうちゅう飲む俺。 今日のケメ子は、比較的地味である。  まァ、素人には見えないが、銀座系のちいママクラスといった所か。 

『こないだはさ、頑張ったじゃん』     まぁな    

『ヨネダ、誉めてたって ゴリ、言ってた』  どっちかってぇと怒られてたよ、俺は 

『また、やる?』    やらねぇよ    

『 ・・・・・・ で、クーラー買うの? ああん、アレじゃ買えないわね、扇風機? はは! クラッシックよね〜、で、買った?』   

ハラダに聞いたか?

『電話あった。 夜中に。 どうしようって、カノが酷いんだって、凄い熱だって、どーもこーも考えればどって事無いのにね〜、医者呼んで、聞きゃぁイイのに。 大体、こんなごついの、そうそう どおにかなるかっての、あはははは』    

笑うな、ケメ子。 言っとくが、俺はヤクザと戦った男。 マジ、生死を彷徨ったんだぜ。

ていうか、お前とハラダ、電話するほど仲良いの? 
もしやお前も奇怪な固まり創ってるクチ?

『アタシは、油(油絵)だよ。もう、ずっと行ってないけどさ。 ハラダとアタシは、なんていうか、プレ姉弟って奴なのね。 アタシの母親さ、ハラダの親父と駆け落ちしたんだわ、で、ね ・・・・・・』  

ケメ子が俺に、顔を寄せる。 ホームに電車が入ってきた。

『   アタシとハラダ、一緒に住んでるんだよね』

意味アリ笑顔を残してケメ子は電車に乗り込んだ。  


ケメ子の後姿を俺は凝視する。 
地味じゃねぇ。 全然地味じゃぁねぇ。

ケメ子の服は、ケツ上辺りまで背中剥き出しだった。  
あのカッコで、電車かい? 後ろに立つ奴 鼻血吹く。  

色んな、衝撃の事実を突きつけられて、俺は、すっかり、自分も電車に乗らなきゃいけない事を忘れていた。 遅刻確定だった。


『大きな君が、小さく振舞うのは、忍びないねぇ』
 
紳士で初老の教授は、遅れてコソコソ教室に入る俺に、やんわり言った。いつも以上に身の入らない授業を受けたが、考え事が怒涛のようで、寝る間も惜しむ、忙しさだった。 ケメ子のこと、ハラダのこと、同じ大学・一緒に住んでるという その関係。 

ハラダとケメ子は出来てるのか?
 
ケメ子とゴリチンの事は、どうなっているのか? 


ケメ子に振られたので、ハラダは俺の家に入り浸るのか?

振られたのか?! 哀れ、ハラダ。  

しかし、あのハラダが、ケメ子をモノにスルなんて。 
ケメ子とやるハラダを想像する、や、そうじゃねぇ、ハラダとやるケメ子だろう?

混乱する俺は ケメ子、今日のアレはノーブラか? と対象を捻じ曲げるに必死であった。 



アパートのドアを開けると、湯気の向うにハラダがいた。 

『よぉう!』    菜箸で吊り上げて見せたのは、蟹だった。 

『お袋が、送ってきた。 闇雲って感じだから、一人じゃ食えねぇし。 あぁ、さっきまで生きてたから、それ』  

箱の中の おが屑みたいなのを見ていたら、ハラダが説明してくれた。 お袋さん、今一人なんだよなぁ、ケメ子の話を思い出す。 

『ホレ、それ敷いとけ』  ハラダに手渡されたレジャーシートを床に広げた。 

ハラダは、冷蔵庫に食事になるモノ入れとけだの、ラーメンのカップは汁を捨て切ってからゴミ箱に入れろ だの小煩く言いながら、でかい寸胴とバケツを広げたシートに載せた。  

『何はさておき、どうして、扇風機無いんだよ、買えって言ったろ? その位の金は入ったんだろ?』  

ああそうだよ、買い忘れてたよ、この暑さを凌駕するほど、俺は考え事に明け暮れてたんだから。  

もっともその考え事の大半がハラダ絡みだというのは、ちょっとアレだ。 


寸胴の中には、ザル上げされた蟹が万歳をしてる。 
ほじくるヤツとか鋏も用意されていた。  これ、持参?  

『しょうがねぇだろ、お前んち、まるで使えねぇもん』   鍋ごと、素麺が来た。  

氷とサクランボが浮いている。 薬味も小皿でやってきた。 

ソーメンに薬味を豪快に入れ、蟹をしゃぶって殻をバケツに放りこむ。 既にビールは3本目。 トリコロールのレジャーシートに向き合い座り、野郎二人の蟹パーティーが始まった。  

企画ハラダ。 準備ハラダ。 実行ハラダ。

マメだよお前、なんか、すげぇよ。 
こんなにマメで、役に立つから、ケメ子も思わず喰っちゃったのか?  


ハラダは、器用に蟹を食う。 脚に切れ目は入っていたが、俺はもたもたベタベタやっていた。 が、ハラダは違う。 カシッと折り、さっと汁を啜り、クルリ引き出し、口に入れる。 ひらひらした指先は、ちょっとしか汚れない。  

その指先を、ハラダがチロリと舐めた。


・ ・・ヤバイ感じがした。 

何がって言うか、ソレは、考えちゃならない方向でのヤバさで。 

うろたえた俺は、咄嗟に、駅でケメ子と遭った話しをした。  


とにかく、蟹喰うハラダを見てられなかった。