星が丘ビッグウェーブ
 


                      8.  六畳サーファー



      彼氏の所に、行きゃイイだろう?  何で俺んちに、入り浸るんだよ


しゃがれ声で、怒鳴ったのは俺だ。 頭の中が、轟々音を立てている。 明け方の薄明かり、ハラダが俺を、凝視する。 


『 キタとは、そんなんじゃねぇよ。 』

ウーロンのボトルをぶら下げたまま、俺はハラダに近づく。 表情の無い、ハラダが見ている。


 −−− キタ君とは、そんなじゃねぇか? そんなじゃねぇなら、どっかに別のが居るわけだ。 

『 カノ? 』


 −−− 呼ぶな! もう、わかんねぇ。 お前、全くわかんねぇ! 女が駄目なら、男なんだろ? 風呂上りにアロハ借りて、仲良く寿司喰ってってそりゃ、普通にデートじゃねぇの?

『 お前とだってしてるだろ、風呂借りて、服借りるくらい・・、 』


 −−− ああ、そうだよ、俺ともしてるわ、はは! 特別じゃねぇよな!!


ハラダが言い訳してる と、腹が立った。 
キタを庇ってるんじゃないかと腹が立った。 揺れてるアロハを掴み、ハンガーごとハラダに投げつけた。 ちぎれたボタンが、床に飛び散る音がする。 肩の辺りにアロハを引っ掛け、ハラダが何か言おうとするが、もう、俺は、言葉を止められない。

 −−− どーしてオマエは、俺に構う? マンション有るだろ? 風呂だの服だの貸してくれて、お手伝いまでしてくれる、イイお友達も居るんだろ? じゃ、何で俺に構う? 俺に飯作って、部屋片して、こないだは看護して貰ったよな、有り難いこった。 そういや医者代もお前払ったんだろ? 幾らだよ? そのままにすんなよ、只の友達に普通ここまですんのかよ! それとも、なんだ、所謂下心って奴か?なぁ?!


ハラダを見下ろし、一気に怒鳴って、俺は放心。 
ハラダは、酷く冴えた目をして。  



『 ・・・下心ねぇ・・・ 』  

ハラダが、口元をゆがめて、嫌な笑いを浮かべた。 


こんなハラダは見た事無い。 虫でも見るような、ハラダの眼。
今までの興奮が、すっと抜けてくような、寒寒した気持ちになった。 

ハラダが俺に、手を伸ばす。 俺は、ぼんやりソレを見る。 
俺の腕とシャツをグイッと引き、そして、唇が、俺に触れた。


『 こんくらいの、下心があったって、バチ、当たらないよな 』

ほんの数秒で、唇は離れ、息が掛かるほどの距離でハラダが言う。 歪んだ笑いは、泣く前みたいだ。 耳鳴りでもするくらい、キーンとした緊張が、俺の焦燥に後押しをする。 


俺の方が早かった。 

ハラダが、まだ掴んでいた俺の腕から手をほどくより早く、俺は、ハラダに乗りあがり、噛み付くような、キスをした。 唇に痛み、血の味がする。 押さえつけられて、ハラダがもがく。 そんなんで俺をどかせるもんか。
 
強引に、舌を差し込もうとするが、ハラダは口を開かない。 口を開かせようと、顎に手をかけた途端、開放された手が俺を殴打する。 その衝撃で、ハラダごとベッドから転がり落ち、何か言おうとしてるそこに、俺は迷わず舌を入れた。 ハラダがきつく、目を閉じる。 

舌を噛まれるかと思ったが、噛まれはしなかった。  


ハラダと、キスをしてる。 
非現実的な、ソレを、今俺はしている。 
味わうソレは、血の味がする。 
多分、殴られた時に切ったのだろう。 ならば、ハラダもこの味を感じているのだろう。

頭の轟音は、続いている。  


ハラダの歯列、ハラダの口蓋、ハラダの舌は、思ったより冷たい感触だった。 
ソレは、さらさらした、ハラダそのもののようで、俺は、夢中で味わった。 

ハラダの腕は、相変わらず俺を押し退けようとはしているが、本気の力じゃ無い抵抗だ。 長すぎるキスに息が上がって、離れた唇から、ハラダと俺の深い吸気音が聞こえる。 小さく開いた唇は、荒い呼吸を吐き出して、目を伏せ、白い首を曝したハラダは、まるで瀕死の有り様だ。

そっと額に手のひらを当て、そのまま生え際をかきあげる。

汗ばんだハラダの髪が指に絡み、そして解けるのをすくい、小ぶりの頭を抱え込むようにもう一度唇をあわせた。 

その時ハラダが目を開け、またすぐに閉じたのを、俺は肯定とし、唇から尖り目の顎、そして首筋へとキスを滑らす。 鎖骨の上に軽く歯を立てると、短い声が飲み込まれ、ハラダの腕は俺に巻きつく。 ハラダの指が、俺の後ろ頭をまさぐっている。 

俺の手はハラダのTシャツに潜り込み、さぐる指先が突起を掠めてハラダは跳ねる。 掠れたハラダの声を聞き、わき腹を撫であげ、女のそれより小さい突起を摘み上げ、舌を這わせた。 


魚のように身を捩り、掠れる声を押さえきれずに洩らすハラダ。 
何がなんだか、わからない俺。 
興奮で白くなった頭では、本能だけが主導権を握る。 

何とかせねば、何とかハラダとしなければ。 俺はやりたい。 ハラダとやりたい。 
わかんねえけどハラダが欲しい。


女と違う平たい胸、筋肉が乗った硬い腹。 だけど、それすら俺を煽る。 唇も指も俺の全部が、ハラダを欲する。 臍の際を強く吸い、腰骨をぐりっと押す。 咄嗟に腰を浮かしたハラダのトランクスを引きおろし、飛び出したソレを口に含んだ。 そうするのが当然のように、俺はした。

『   ッ・・・ カノ!?  ・・・  』

ハラダが、声を上げるが構わず吸い上げ、カリの辺りを舌先でくすぐる。 
堪らずハラダが嬌声を上げ、ソレを隠すように腕で顔を覆った。 

イイだろう、そうだろう、何しろコリャ、凄腕の元彼女直伝だ。
無理すんな、我慢するか?無理だろ?これには、俺も、散々泣かされたんだぜ。 

ハラダのソレは、雫を光らす。 俺のソレも似たようなモノだ。 入れてもねぇのに、俺の息子は大喜びだ。 
イイか?ハラダ?ハラダ!ハラダ!
俺の脳みそは、全てを止めて、ハラダの名前だけを呼ぶ。  

高めの短い声を上げ、ハラダは身を震わせた。 
仰け反る首筋、内腿の筋が生き物みたいに素早く引き攣る。 
俺は、大慌てで、てめぇのを引っ張り出す。 熱い飛沫は、時間差だった。 

二度、小さな震えが走り、すべて吐き出した後は、
荒い息遣いだけが部屋に漂う。


俺とハラダが撒き散らしたモノを、そこらのもんで適当に拭った。 

急に、事態に心細くなり、何か言わねぇと と言葉を捜すが、何言うよ、良かったよか? そりゃ違うだろ。 阿呆のように、ハラダに跨り、呆けてる俺を、ゆっくり身を起こしたハラダが殴り飛ばした。 本気の拳固だ。 俺は扇風機を巻き添えに吹っ飛び、ベッドのパイプにしたたか後頭部をぶつけた。 


『  ノンケの癖に、半端すんじゃねぇ!!  』 
 
ハラダが泣きそうな顔で叫ぶ。

『・・・洒落になんねぇ・・・』

サッシの開く音がして、階下の親父が 『うるせェ!!』 と 怒鳴った。



下着を引き上げつ立ち上がったハラダだが、すいっとしゃがみ込み

『クラッと来た・・・アサイチで帰るから・・』

と こちらに背を向け、また転がってしまった。 
放置される、俺。

時刻は五時少し前。  もう、朝だろ? 


ハラダの手前に緑のアロハ。 さっきそこらを拭った、布切れはソレだったと気付いた。 
ちくちくしている右手を見ると、無残な扇風機の残骸があった。

・・・ 何だかな・・・。 

頭の中が真っ白だ。 
両想いなのに、ハラダが怒る。 その理由を考えたが、分るような分らぬような。 ベッドまでの高さ20センチが億劫で、冷やりとしたパイプに頬を寄せる。 

まァ、起きたらだ。 色々な。 俺も睡魔に身を任せた。




そして今、俺とハラダは、蒸し風呂のような部屋に転がっている。  
無風だ。 
全開の窓から そよ とも風は流れない。 

油蝉の声に、叫びだしそうに苛つく。 けど、その元気もない。 隣の小学生が、リコーダーで「カッコウ」を吹く。  どこかの家で、昨日のカレーを温め直している。 そういえば、腹が減った。 けど、俺は動かない。 目の端で見るハラダも、こちらに背を向け身じろぎ一つしない。 なんか言えよ、なぁ。   気まずかった。 猛烈に気まずかった。 


ハラダ、てめぇアサイチで帰るんじゃなかったんか? 
なぁ、マジで爆睡してるのか? 

昨日の事は、良く覚えてる。 どうした俺? ついに手ぇ出したか俺? フェラまでやってのけた行動力に惚れ惚れするが、俺はなんも後悔しちゃいねぇ。 気になるのは、ハラダが怒ってた事だ。 ハラダは泣いてたような気もする。 

ふと気付くが、「ハラダ俺に惚れてる前提」で事を進めて来たが、もしや、まさか、ああ、俺の片思いだったら、ソレはどうよ。 


・・・・・・ でも、しがみ付いて来たじゃん。  

・・・・・・ でも、男は悲しい生き物だと、俺はモタイマサコで実感したろ?


その時、プチパニックする俺の気も知らず、腹が間の抜けた音を響かせた。 
カレーの匂いが更に煽る。 長くやるせなく腹が鳴る。 


 −−−   腹、減った。

 −−− なぁ、腹減った。

『  ・・・・・・ 俺に、作れって言うか? 』   

ハラダがこちらを向いて言う。 俺は、黙って肯いた。 


よろよろ起き上がったハラダは、自分を見下ろし舌打ちし、風呂場へ消えた。 俺は、扇風機の残骸をまとめ、例のアロハは洗濯機に放り込んだ。 間もなくハラダが、腰にタオルを巻いて出て来て、入っとけ、と顎で示し、俺は入れ替わり風呂に入った。 風呂ん中で・・さっきハラダの鎖骨んトコ赤かったのは、俺んだなぁ・・・と、シミジミし、シミジミ出来ない息子をいさめた。 


風呂から上がると、ハラダが冷凍のピラフを炒めていた。 
炒り卵と、ハムだかの欠片が投入されるのを、その後ろから覗き込む。


『お前、俺に、なんか言う事無いの?』

手際良くフライパンを揺すり上げつつ、ハラダが言う。

『ふざけが過ぎたら、酒入っててもゴメンナサイだろ?』

仕上げの、塩コショウを振り、勝手知ったる様子で皿を出し盛り付ける。


 −−−  やっぱ、告ってからの方が良かったか?


振り向いたハラダは、 何言ってるの? アンタ 、という顔をしていた。

 −−− まァ、酔ってたし、ちょっとな、俺も血ィ昇って、酷ぇ事言ったりしたけども。 そりゃ謝るけど、なんだな、お前、キタとは何でもないんだろ? なら、なんも問題ないじゃん。


『そう云うんじゃない!!』

ミニテーブルに皿を並べたハラダは、睨んでる。 ま〜た、怒らせちゃったよ。 どうしたよ。 俺、何ヘマしたよ。 アレか? 確認しとくか?

 −−− 聞くが、お前、俺に惚れてるんだろ?

ハラダが固まり、目を大きく見開き、そのまま赤くなるのは、肯定と見た。

 −−− じゃ、イイじゃんか。 晴れて両想いな!! メデタシだ!  言っとくが、俺は後悔しちゃいねぇし、ふざけてもいねぇ。 俺は、お前に惚れている。

『 ・・・ ・・・ 馬鹿言うな。急にそんなのあるか、馬鹿野郎 ・・・ 』


赤くした目元で俺を睨み、ハラダが小声で抗議するので、蟹喰ってるお前に欲情したのだと、俺は白状してやった。 


『 馬鹿だな、お前 』

 −−− まぁな。 ・・・  また、扇風機買わなきゃな。

『しっかり稼げよ』

 −−−  おう。



俺ら、新婚みたいだなぁと想った事は黙っておこう。



こそばゆいような、むずむずする幸せを噛みしめ、ピラフを噛みしめ、いつのまにか作られていたワカメスープを啜った。  


『じゃ、』とハラダが立ち上がる。  俺もつられて立ち上がる。 玄関先で、靴を履くハラダを眺めていると、ハラダの首から耳から紅潮して行くのが見えた。


『ジロジロ見んなよ』

 ーーー  行って来ますの、チュウ。 な。

『  ・・・  馬鹿だな、お前。 ・・・ 』


おとなしくチュウされたハラダは、小声で吐き捨て、行ってしまった。 
ちょっと急ぎ足のハラダの足音が階段の辺りで乱れ、謝るハラダと誰かの声が重なった。  と、玄関のチャイムが鳴る。 汗だくの作業服の男が、でかい箱を抱えていた。  





かくして、涼やかな部屋大の字で転がり、幸せの骨頂にある俺。

送り主はケメ子。 箱の中身はエアコンだ。

持って来たのはゴリチンのとこの誰かで、そいつは汗だくでエアコンを取り付け、見かねて、俺が勧めたモルツ350mlを一気飲みし、帰っていった。 エアコンにはポストイットのメモがあり、
『新しいのを買ったから、くれてやるわ。 感謝なさい。』 との事だ。


Happiness is here. ここに、幸あり。

ああ、全くだ。 全くだ。 俺は勝った。 人生最大の大波に、見事乗り切り、勝利した。


星ヶ丘ハイツ203は、この夏 愛が一杯だ。




     〜 *  〜   星ヶ丘ビッグウェーブ   完結   〜 *  〜

  長いこと、読んで頂き有り難う御座います。 終わりです。 楽しんでいただけたでしょうか?