星が丘ビッグウェーブ


                        2. シェルター



      変な夢を見ていた。

俺は、床にドカンとぶちまけられた冷麺を、必死になって食べている。
 チャントタベナサイ! バイトの店主が怒鳴ってる。 金髪のサルがゲラゲラ笑って、激辛のタレをかけている。 彼女が、俺を見て、ニタッと笑うと中指を立てた。 真ッ黄色な歯で、黒いマニュキアをしている。 サルの野郎が、タレをかける。  こんなん喰えねぇよ! 泣きが入るとサルが、楊枝で俺の腕をつつく。

 イテッ、テッ、止めろ、ヤメ、ヤ、ヤメテ、食べるから。 

指輪男が、手掴みで海老餃子を食っている。 せいろが天井まで重なっていて、店主の女房が、脚立でソレを支えている。 
 
俺は、必死で、冷麺を食べる。
熱い、舌が焼ける、足が痛い、スイマセンスイマセン、もう勘弁してください・・・  

すうっと冷たい風が吹く。 

風は、額から生え際を抜け、顔全体を撫で、耳の後ろから首を回り、そのまま胸より南下した。 ギシギシいう肋骨を、冷やりとした風は、労わってくれる。 風は、俺の身体をヒンヤリ心地良くさせたので、もう、平気だ・・・と、ホッとした。



目が覚めると、ハラダが塩鮭を焼いていた。

味噌汁の良い匂いがする。 とたんに腹が鳴った。 相変わらず部屋は暑いが、身体はすっきりしている。 ベッドから這い出した俺にハラダは眉を上げて見せ、それから冷蔵庫を開けて、俺の分らしき鮭を取り出しグリルに突っ込んだ。


『 喧嘩、ラシン、泥酔は、ハタチ過ぎたら止めましょう!!』  

ふざけた子供声で、ハラダが言う。 ラシンなんて、俺はやらねぇ。 塗装で、ラリって、薬缶に話し掛けてるようなお前と一緒にするな。


『 アレはねぇ〜、なんか凄く頼りになる兄貴に見えたんだよ。 薬缶だけど。』

めでてぇな。 

『 お前、凄い熱でうなされてるんだもの。 こん中サウナみたいだし。 おまけにボコられてるみたいだし、俺、うっかり来ちゃって後悔したよ。 こっちも2日の徹夜明けだし、もーボロボロ。 なのに、もっとボロボロのが居るじゃん。 このまま帰るのは、ヒトデナシっぽいし、かといって、このクソ暑い部屋でムサイ野郎の介護なんてさぁ。 な、普通 嫌だろ?』 

わりィ。 感謝する。

『 感謝しろよ。 医者だって呼んでやったし、』 

どの医者だよ。

『 ん? ほれ、そこに看板出てるアレ、ナカジマ医院 』 

ゲッ・・・極めつけの藪。

『 そう? すっげぇジジイが来ちゃってさ、もう呼ばれてるって感じの。 でも、点滴して貰ったし、なんか、足もひでぇから、消毒して包帯巻いて貰ったよ。  なんか喰う?』 


尋ねながらも、既に良い按配の鮭と味噌汁が目の前に並ぶ。
ハラダが、御飯をよそってる。

俺は、ハラダと御飯を食べ、事のあらましを話した。 飯は、美味かった。 お袋を思い出した。


それにつけても、ハラダの箸使いは、「玄人」 だ。 ネコが舐めたように、鮭を食べ食事を終えても箸は全く汚れない。  茶碗を手にする、香の物をつまむ、汁を飲む。 流れる動作に、 御作法 という言葉が決まる。 やたら優雅な、ハラダの食事。  

そういえば、ハラダの実家はちょっとした金持ちだ。 
咀嚼する口元からは、これまた粒揃いな歯が覗く。  なんつぅか、細かいところに、金と手間がかかってる風で、坊ちゃん育ちは、躾もシャープだ。  つい、見入っていたので  『口の中しみるか?』  とハラダが怪訝な顔をした。


『 や〜、点滴入れんのに、左3回 右2回目。 右3回目には  俺、やりましょうか? って言うべきか、ちょっと考えたよ。』

ほうじ茶を飲みつつ、面白がってる顔で、ハラダは同情する。 
そのお茶持参か? おい。

藪は、久々の点滴に梃子摺ったらしい。 あの痛みはそれか。 楊枝を持ったサルを思い出した。


『 ま、喰えてるし、見たとこ大丈夫そうだな。 俺は4日くらい追い込みかけるけど、ま、例の彼女にでも世話になれ。 薬、そこな。』

御代わりをよそうハラダは、俺のTシャツを着ていた。  ソレは、良くある事なのだが。 俺の前に茶碗を置くと、手早く自分の茶碗を下げて、でかい黄緑の鞄を担いだ。


『 とにかく、扇風機、買え。』

そう言ってハラダは帰っていった。 薬は、ベッドサイドに束ねて置いてあった。 冷蔵庫には、スポーツドリンクが何本かとイシイのミートボールと魚肉ソーセージと、冷凍ピラフなんかが突っ込んであった。 ガスレンジ脇に置かれたスーパーの袋には、レトルトやフリーズドライのリゾットだのパスタだのが入っていた。 つくづくハラダは、使える男だ。  

どことなく、部屋の中も片付いているような気がする。
そして、俺は、自分が着替えをしている事に気付いた。   

俺は、丸二日、眠っていた。







  


     * ラシン ・・  ラッカー + シンナー の、粋なブレンド。