星が丘ビッグウェーブ 
       
       
       
       
                      記録的猛暑は、俺達に物凄いダメージを与えていた。  
       
       
      俺とハラダは、蒸し風呂のような部屋に転がっている。  無風だ。 全開の窓から そよ とも風は流れない。 油蝉の声に、叫びだしそうに苛つく。 けど、その元気もない。 隣の小学生が、リコーダーで「カッコウ」を吹く。  どこかの家で、昨日のカレーを温め直している。 そういえば、腹が減った。 けど、俺は動かない。 目の端で見るハラダも、こちらに背を向け身じろぎ一つしない。  
       
      なんか言えよ、なぁ。  
       
      気まずかった。 猛烈に気まずかった。  
       
       
       
                                  1. 不幸横丁  
       
       
       
      5月の終わりに大型ゴミから救助してきたクーラーは、ハラダの介護で奇跡の回復を示し、引けよ夏風邪 と言わんばかりに、俺達は涼を楽しんだ。 快適な生活環境は、心身を健やかにする。 俺はバイト先の短大生とのスィートライフに勤しみ、涼しい部屋でのセックスを謳歌した。  
       
      ハラダは、美大のアトリエで、俺なら 絶対卒業させまい と思うような奇怪なオブジェを造っていたが、2〜3日に一度、雑巾のようなボロボロの体で訪れた。 そうして、勝手に風呂を使い、勝手に飲み食いし、勝手に作ったクローゼットの仮眠室での涼眠を得た。  あの女も、小太りだけどフェラが抜群に上手かった彼女も、まさかヤッてるこの部屋のクローゼットに、爆睡する男が潜んでいたとは思いもしなかっただろう。 
       
      しかし、良い事なんて続かない。  
       
       
      猛暑到来、その3日目に、シュゥ〜ッと切ない溜息を残し、クーラーは奇跡の蘇生後2ヶ月チョイの寿命を終えた。  と、同時に、次々不運がやってきた。 クーラー亡き後、 何はさておき、扇風機・・と引っ張り出したソレを、汗ばむ俺の手が取り落とす。 高々知れた高さなのに、そいつは派手に破損した。 ショックに、目が眩みそうな俺。  さすがのハラダも直せまい。  まとめてビニールに詰めた所で、どっと疲れがやってきた。 無駄な作業で汗だくだから、風呂でも入ろうと気を取り直す。 やっぱ、汗かいたら風呂よ と 良い按配の風呂上り、俺を激痛が襲った。   
       
      ああ、神様!大変です!俺の足が、スゴイ事になってます!  
       
      拾い忘れた扇風機の破片がざっくりと、俺の土踏まずに刺さってる。 そして、風呂上り効果で、景気よく流血している。  腰に巻いてたタオルで止血、どっかにあった薬箱をフルチンで捜す俺。 泣きそうだ。  こんな時に、ハラダはこない。 どうした、ハラダ、この一大事に、ああ、使えない。 ハラダ、死ね。   
       
      自分の血糊を雑巾で擦り、深夜の床掃除に悲しくなった。 
      ずきずき疼く、痛みを堪え、居ないハラダに八つ当たりして、俺は汗まみれの熱帯夜を越した。   
       
       
       
      それでも、朝は、ちゃんと来る。  足の痛みは、ますます酷い。 怖くて、包帯を解けない位だ。 
      ゼミはサボった俺だけど、バイトをサボる訳には行かない。  こちとら、生活かかってる。  ビッコを引き引き夕方、バイトに出かけた。   
       
      そこは、台湾人夫婦が営む定食屋で、きつい・忙しい・時給そこそこ・ と 条件は今一だが、食事がつく。 その上、帰りがけには「チャント、タベナサイ」と、残り物を持たせてくれたりする。 金の無い学生には、またとないバイトだ。 俺は、ここを手放したくなかった。 だから、頑張った。 しかし、駄目だった。 ちょっぴり気弱になってた俺は、彼女に甘えたい気持ちも まァ、あったのだが、件の彼女は休みであった。 彼女は休みで、小意地の悪いシマムラ先輩が睨む。  ついてねぇ。   
       
      痛みに気をとられ、立て続けに注文を取り違え、その都度シマムラ先輩の厭味と説教を聴く。 中にまわればまわるで、グラス割る、皿割る、2個目のグラスを割った後、再びホールに出た俺は、トド 
      メを自ら刺す事となる。  
       
       
      冷麺を、お客の肩にぶちまけた。  スカイブルーで妙に光る、高そうだけど着たくないスーツを着た、ごつい指輪のその人に、俺は粗相をしてしまった。 サルみたいな金髪の連れが怒鳴ってる。 バッタみたいに謝る俺は、店裏の路地でボコボコだ。  
       
         「アンタ、マズイコトシタヨ」  鼻にティッシュを詰めた、店主が言う。   
       
      店主も無事ではなかったらしい。  
       
         「ツライネ、シカタナイネ」   俺は要するにクビだ。  
       
      足が痛い、痛いより熱い、熱いのは足だけじゃない、口の中がヒリヒリする、錆びた血の味が気持ち悪い、関節が軋む音がする。 泥濘に嵌るタイヤのように身体がしんどい。  
      最後の土産をぶら下げ、アパートに戻った俺は、昏々と眠った。 
       
       
       
       
       
      
                 
       
              
             
       
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