けれど晴れやかにならないのは迷いがあるからなのです。



                                * 2 *   

 

俺は俺のこの先がわかりません。 俺はこのままどうなってしまうんでしょう? 半端な自分を大っぴらに打ち出して行く事は、ハッキリ言って生半可に遣るモンじゃないなと結構前から後悔仕切りではありました。 『そりゃぁ、かなりしんどいな』 なんて野球一筋馬鹿にシミジミ言われるくらいの大変さが事実そこにはあって、だけども何しろ半端に生きる故の苦しみなんてのですから誰に愚痴れるわけでなく、むしろそんな苦は一つもない あぁ毎ン日俺ってスペシャルハッピィ! ラヴィアンローズ*トレビアァ〜ン! くらいのテンション上げていなきゃ、チャンチャラ可笑しい馬鹿馬鹿しさだった訳で、

けれど、俺はどうなってしまうんでしょう? 

俺は未だに自分が何をすべきか何を不足としているのか、実際何を求めているのかがハッキリとはわかりません。 ただ一つのわかる事といえば、そこにアイツが居たと云う事です。 居たんです。 過去形です。 自分が必死に手に入れようとした、渇望した、駄目だった、望んだ、そんなものをすべてアイツが受け取り、手に入れ、しかもそうした神様の贔屓が至極正しいと思えるようなアイツの才能に平伏す事も出来なかった俺ですから、イイ加減 「俺らは対等!」 と、脳内シュプレヒコールを叫び続ける事に疲れてしまったんだなと、その辺りまでが俺にわかる事でした。 

それだから、一先ず逃げたのです。 けれどそれは巧くいっていません。 だってアイツは居るんです。 居ます。 居続けています。 現在進行形です。

:: 徒らに妄想の縄に縛られ、虚しく無明の酒に酔うが如く、出口のない袋小路の迷いの小道をどこまでもどこまでもどこまでも・・・・・

カァァ〜〜ッ! 畜生ッッ!!

イイ加減この壁蹴り倒すぞ馬鹿野郎ッ、な癇癪半分、いっそこのままコトンと果ててしまえばなぁとか思いつつ、俺は今日も挙動不審に懲りずにアチコチ彷徨うのであります。

で、ふらふら彷徨ってると、時として思わぬ罠に嵌るのですが、ホレこういう風に、


 「ぉオッ?! おミズッ! おミズじゃろッ!?」

 「は、ハイ〜?」

ッて、忌まわしきその仇名を聞くのはかなり久しぶりなんですが、あぁ思い出がカタチを変え 、『馬鹿其の一』 の姿を借りてこうして手を振りながらヘベレケで うわ〜やだッ! ねー、チョッと、おまえは、

 「唐木?」

 「ゥオヲ〜ン! 覚えててくれちょったッ、おミズぅッ! ひぃん! 俺らホントの友達じゃったんだなッ?!」

 「いやぁ〜それはどうかな・・・・」

とまァ、通り魔的犯行で俺は過去に捕まりました。 

 「はぁー吃驚、まさかと思ったけどやはりと思ったんだよなァ〜」

 「ドッチだよ、何しに来たんだよ、何してるんだよ、サテは必死で溜めた稲刈りの御駄賃で目くるめくランパブの旅へと上京しやがったんだろ? バーカ! 生意気に茶パツで毛ェ伸ばしやがって、坊主だろ? おまえらの掟は五厘以下のボーズだろ?」

 「・・・・お、お変わりナイようで安心したよ・・・・・って言うか酷くなる一方だな、お前・・・・」

 「あ、デジャブッた・・・」

 「はぁ?」

いつか聞いた言葉に呟けば、忌々しい酔っ払いの目が一瞬、真顔になりました。 それはかつて、俺もよく見かけたソイツの目。 ヘベレケでもなく、茶パツでもない、イガグリ頭で黒玉のように走り回っていたあの頃の 『仲間』 の目をしてソイツは俺にシミジミ言うのでした。

 「殺伐とした大都会、一先ずこんなとこで会えてラッキーじゃな、」


ヤ、ヤバイ!引き摺られてるッ! 過去が昔話を仕掛けているッ!

が、カタチを変えた過去なんかに負ける俺ではないです。
勝つ為の一歩、内角を抉るように先手必勝、


 「ンも〜う偶然のバカヤロ、唐木君たらこのアタシが酷くなっただなんて酷いッ! スマートでエグゼクティブなナイトライフをエンジョイする淑女の友、この瑞垣君を捕まえて舌引っこ抜くぞッ、ポッと出の田舎モノめがッ! 来いッ! 今夜は耳から脳味噌垂れるほどモォ〜ット飲ませてやるッ!」

 「うわッ、え〜〜マジ? おミズが飲ませてくれんの? オゴリ? ッて嬉しいけど、もう俺、飲めねぇよう・・・てかよ、おまえという奴は淑女の友言うよりこう女の敵って言うかある意味男の敵?」

 「ふふふ、殿方も守備範囲・・・」

 「嘘ッ!」

 「嘘じゃねぇとか言ったら俺に惚れんのかよマンション買ってくれんのかよ国民年金払ってくれんのかよ? つーか割に暇なんだよ、だから付き合え、どうせ暇だろ? な?」

 「・・・・ぅぅッ・・・・・」

「公道で吐くなッ!」


こうして俺は久し振りの過去を引き摺り(文字通り引き摺り)、今夜はガツンと飲むぞと決めたのでした。

実際暇でした。 彼女との音信不通が一ヶ月に入ろうとしていました。 秀吾に関するモヤモヤも、毛穴からジュワッと滲み出そうなギリギリな感じで、そんな溢れ出る感情の様々を、この際二百枚くらいのオブラートに包み、偶然現れたこの「想い出君」にチョビッと聞いて貰いたかったのかも知れません。

けど素早く後悔しました。


 「・・・・じゃ駄目じゃん、やっぱ、おミズ、振られ癖治ってないじゃん・・・・・」


洒落た店の薄暗いカウンターで、酔った馬鹿にこんな事言われる俺って死にたい。


 「まだ振られたって決まった訳じゃねぇんだよ、不吉な事言うな、」

 「いや、ほぼ確定。 もーこれは間違いないじゃろ?」

 「さ、サヤちゃんはそんなじゃないッ!」

悲しくなり、この際トコトン馬鹿に奢らせる決意で髭の素敵なバーテンにもう一杯頼みました。 

けど、そう、確かにサヤちゃんとの携帯がなかなか繋がらないのです。 繋がってもなんか身が入らない空回りするような遣り取りだけで、でも、だからッて違うんです、違う、サヤちゃんはまだ俺をキチリと振っては居ないんです。 

 「なぁ、おミズ、なんかおまえ、気付かぬ所でスカかましたんじゃねぇの? なぁ?」

 「んなヘマしねぇよ、俺はいつも優しいし気が利くって評判なんだよ。」

だよだよ、瑞垣君てば優しいよねーガサツじゃないし、なんか気が利くよねぇ〜 ッていつも皆言うし、事実そうだし、サヤちゃんもそう言ってたし、けど、けども最後に会った時のアレはなんだったんだろう?
 

―― ねぇ・・・ホントにあたしの事好きなの?
―― 優しいけど、時々、愛されてる気がしない・・かな?


綺麗なマニキュアを誉めた。 その綺麗な指先にキスした。 良い匂いのする柔らかい髪の毛が気持ち良くてそのまま抱き締めた。 チョッと舌足らずな話し方が健気で可愛くて俺はいつでもニコニコとその話しを、たとえオチが無くても、なにがなんだかでも、知らねぇよそンな友達の話はでも、俺はウザがらず そうだねぇ〜 へぇ〜 ッて相槌も豊富に聞いた。 そんな俺なんだから、サヤちゃんが好きに決まってるじゃないか、愛してるに決まってるだろう? つぅかキライの素振りがドコにあったんだか教えて欲しい。 なぁ? なのに何でそんな事言うかね? わかンねぇ、まるでわかンねぇ、わかンねぇけどでも、でも俺は、実際、本当に彼女の事が、本当に好きなんだろうか?

 「充分愛だらけじゃん・・・・・」

 「誰が? ナニを? ッておミズぅ、ヤメレ! 愛が足りないッ! とか言われたとか? アハハデャハハハハハ!!」

 「ウルセェよッ!」

泣きっ面に蜂で傷口に塩です。 失敗! 失敗失敗ミッション失敗! なんで俺は、わざわざコイツを飲み直しに誘ったんでしょう? 出会い頭の過去に、わざわざ絡まるような事を何でしているんでしょうか?

 「でもチョッとホッとしたよ俺、」

よく見りゃオレンジジュースなんてオコチャマ飲料で酔い冷まししてるコイツは、鼻の頭を赤くして、

 「おまえ、ナンもカンも派手過ぎじゃったしなぁ、そんなんでコッチに出たらさらにエライコトなっとるんじゃないかって、うん、それこそ女の敵でイヤァな奴になっとったらなんか・・・・・でも、アー変わンねぇよ、ホッとしたよ、おミズ、俺、今日はおまえと会えてマジ良かったと思う・・・」

ぅううう、やっぱ馬鹿は怖い、臆面もなくそんな事、こんな事・・・くぅう・・・もぉ〜イイヤツだなぁ〜・・・

 「でもな、でも折角だから言っちゃるけど、おミズ、おまえわかりにくいけどイイ奴なんだから、も少し目の前のモン見た方が良いぞ?」

 「ナニ? 唐木君、ほろ酔い人生道場?」

 「ま、そんなんでもええよ、えぇけどな、もしおまえの彼女が突然 ねーあたしのことチョー好き? マジ好き? とか聞いてきたとしたらば、うん、それやっぱおまえに原因あると思われ・・・・」

 「ナンダト? この非の打ち所のない俺様を捕まえて、ナニが原因なんだよ? ァア?」

イイヤツ取り消し! 前文撤回します!

 「ァアッて・・柄悪いなぁもう・・・ ていうかおまえ自分でもわかッとるんじゃろうけども、恋愛はスッゴク優しいだけじゃ駄目なんじゃぞ?」

駄目?

 「うゥ〜〜なんかサムッ! モテナイくんの読む雑誌のキャッチみてぇ!」

 「・・・このッ、真面目に聞けよ、俺はマジなんだよ、いいか? おまえみたいに根っ子が性悪な奴がいくら猫撫で声出して好き好き好き言ったとしても、ソレッてなんか嘘くせえッて女は勘付くんだよ、や、女じゃなくともな、深く係わった奴ならなんかヒヤッと コイツはオイッ? って気付くんだよ。 おまえン中の薄情なところとか、表裏激しいところとか、ちょっとマニアなところとかまぁ色々な、いろいろあるだろ? 隠してる事沢山あるだろ?」

 「なに・・・おまえ・・・」

暴かれてるのだと、震えた。 

暴かれているのだと、人畜無害だと思い込んでいたこんな奴に勘付かれている事に、隠し果せたと何も気付かず能天気に思い込んでいた自分の裸の王様加減に震えた。 しかも俺を見つめるのは見透かしたザマヲミロな視線ではなく、酷く真摯で真っ直ぐで気恥ずかしいくらい青春の香りのする、つまり一番苦手な誰かさんにソックリな目だった。

 「だっておミズ、おまえみたいな腹黒い喰えない奴が素直に善人ヅラするのがどんなに不自然か、うはぁ〜俺だって怖いよ。 そンなん、アーやだ、そんなおミズは俺、ダチじゃぁねぇな・・・・・・けども、みんな、おまえのそういう部分も含めておまえの事イイヤツだよなって認めるんだよ。 有り難いだろ? それに、うん、前から気になっちょったんじゃが、おまえ、自分で言うほど失恋しても堪えちゃいねぇし、」

 「ハァ? バカヤロ、冗談じゃねぇよ、俺がブロークンハートでどんなにつらい気持ちになっているか、暢気で朗らかなおまえにわかんのかよ、畜生ッ」

 「やや、けどよだって、おミズそれで泣いたりしないじゃん。 あん頃も、フラレても二股されてもナニあッても普通に野球してたじゃん、ま、そっから先のおまえは知らんけど、でも、おまえは自分の優先するなんかがソレで犠牲に成る程のめり込んじょらんだろ?」

犠牲に成る程のめり込んでいない?

何かを犠牲しても成就させたいほどの恋愛って、俺は、

 「んー思うにおまえ、恋愛のカタチから入ってるんじゃないかなと俺は思うなァ〜。 好き! 愛してるッ! とか言い合うアマアマな雰囲気とかシチュとかそういうのオンリィ。 けど違うんだな〜だって、恋愛って辛いぞ? マジつらい。 マジつらくて俺・・・・・・もう寄り戻したいんだよ、やっぱ都会で新しい恋なんか見つけらんない・・・つらい、つらいんじゃ・・・・」

 「か、唐木?」

おもむろに号泣する今宵の人生アドバイザー。 どうやら失恋して自棄になって週末狙いで上京してみたようです。 新しい都会の恋を捜しに来たらしいです。 

馬鹿だねぇ! 

でも、ほたほた涙を流す馬鹿はなんか、馬鹿には見えませんでした。 俺はこんな風に失恋で涙を流した事はありません。 俺は誰かの為に泣いた事は・・・誰かの?

あるよ。

野球の為になら俺は泣いた。 俺はいつだって野球の、あの、目の前の男の色んな事で泣いた。 泣いて泣いて、それでも気は収まらず気が狂うほどの息苦しさを抱え、どうして良いか皆目もつかず、結果逃げても逃げても、こうして未だにそこから逃げ切る事なんか出来ない現実に、俺はしがみ付き未練たらしく生きている。

俺は、恋なんかしていない?

 「なー唐木、俺な、実は秀吾にも同じ事言われたんだよ、ホントの恋じゃないッて、なぁそれってさ」

 「・・ぅ・・秀吾・・・・・秀吾ッ!」

 「は?」

 「おぉ・・・そう言えば物凄いピンポイントでセンチメンタルジャーニーの収穫はあった・・・・昨日、コッチについてすぐに秀吾に俺、会ったぞ・・・したらあのヤロ女連れてやんの、カァ〜ッ! これ、」

と、まだ鼻を啜る唐木から見せられた携帯の画像、

 「見ろ! すかさず写めッたぜ、アハハ、アイツいっちょ前に 「そんなンじゃない」 とかムスッとしやがったけど、でもどう見てもデート、彼女ニッコニコじゃし、な? 画像小さいけど可愛いよな〜、おミズ、この子と会った事あるんか? 秀吾とは今もちょくちょく会っとるんやろ? ッて昨日、向こうは言ってたし、」


俺は、秀吾の彼女とは会っていません。

秀吾に彼女が居るという事も知りませんでした。 けれど、愛想のないソイツの横に写っているのがサヤちゃんだという事は知っています。 ソレは俺の彼女です。 秀吾の横にたまたま写っている俺の、目下一ヶ月の音信不通中の彼女です。 まだ振られてもいない、俺の彼女です。

ッて、どう云う事なんでしょうか?

妄想の縄、無明の酒、迷いの小道をどこまでもどこまでもどこまでも


畜生ッッ!
 

俺はどうなってしまうんでしょうか?





         ま、どうもこうもないけど!


                                         3に続く