036 きょうだい 6.
もしも時間に濃さがあるならば、あれはどろりとした糖蜜の八月。
逆さにしても滴らず、落ちぬ、壜底に貼りつく糖蜜のような一ヶ月ではなかったか?
俺たちはその痺れる甘さを求め、細長い壜の底をしゃくる。 指先を濡らし、濃厚な甘露を味わい、味わい尽くさんと躍起になる内、いつしか咽喉に絡みつく蜜。 咽込み、差し込み過ぎた長杓子を壜の中に取り落とし、光に翳す琥珀、二度と味わえぬそれへの未練に泣くのだ。
「で、どんな感じ?」
日常の切れ目は空調の利いた診察室、俺が俺に向き合う為の三週毎の面接。 近況を問うトネガワに、俺は、ミナトと自分の夏を捲くし立てるように語っていた。―― ミナトはテレビが好きだ、ミナトとゲームをしたら結構アツクなるタイプ、意外と歌は下手、宿題なんてお任せだからもう課題は殆んど終わらせてしまった……ミナトは、ミナトが、ミナトと…… ―― 。 話題なら幾らでもある、何しろずっと一緒なのだ。 ミナトは俺のやる事成す事全てに興味を持ち、賛同し余す事無くそれを吸収した。 結果俺の日常は、肉体は別というパラフィン一枚の隙間を持って、ミナトと薄く重なる。
朝から晩まで、比喩表現無しにそんなだから、ミナトの居ないこの時間、暫くぶりの一人に微かな落ち着かなさを感じていた。 そしてトネガワは小さく頷き、黙って話しを聞いている。 黙ってないでなんか言えよ、俺ら巧く行ってんだから、なぁ、なんかコメントないのかよ? 焦れた俺はギシギシいうスツールの上、身体を揺する。 素早く動くトネガワの指、記録する文字はここからは見えない。
漸く、トネガワが口を開く。
「不満は? ね、ミナト君に対して、あれれと思う事や不満は無いの?」
不満? ミナトに不満を?
不満なんてあるものか、ミナトの新しい側面を見つける度に俺はワクワクして、ミナトが大好きになる。 今まで誤解してた色々が、パンと弾けるように消えて、後には賢くて大人しくて子供みたいに素直なミナトが残った。 そう、子供みたいだから何でも真似をして、ホント何にも知らないのなと思う。 それが陰惨な過去に起因するのだと薄々感じてはいるが、俺らが当たり前にしている事、思っている事をミナトは知らなかったりする。 そうした歯抜けの常識は一々教えなきゃなんないけれど、でも、それって不満じゃあない。 寧ろ頼られている嬉しさが勝る。
「…… それは、まるで恋愛だね。」
恋愛?
いきなりな言葉に、やめてくれよと腹を抱え馬鹿笑いした。 しかしトネガワは茶化す様子でもなく、いつもと同じ飄々とした穏やかさで 「いつだって、恋は盲目だから」 などと言う。 そりゃそんくらい引っ付いてるけども、でも、俺ら兄弟だし、一日一緒は当たり前だろう?
「そうだね。 ごめん、ちょっと変な表現をしてしまったけど、いや、君の話し振りがまさにそれだったから。 だけど実際、夏休み始まってからずっと、自分の時間を作るのも忘れ、友達と出かける事もなく、君はミナト君と過ごしているんだろ?」
兄貴と仲良くしちゃいけないのかよ?
トネガワが何を言おうとしているかわからない。 ミナトと巧くやる為に、あんなに色々下準備して、そして今こうして何もかも巧く行っているというのに、何でトネガワは水を差す?
「あぁ別に、難癖をつける訳じゃないよ。 ただ、うん、ここではミナト君の今後ではなくハヤタ君、君自身について考え話し合う場だろ? だから、ミナト君を主にして考えるのはちょっと置いておこうよ。 君が主だ。 君が負担なく生きる為のそれだから、だからちょっと時間を巻き戻して御覧。 かつて君は、あれほどミナト君を負担に思っていたね? 彼の考え方、彼の行動、彼の持つ何もかもを苦痛に思ってたろ?」
「それはぁ、もう誤解が解けたんだよ。」
「誤解?」
「あの頃は御互いよく分かんなかったから、俺たち行き違ってたんだよ。 でも今は違う。 さっき言ったじゃないか、話すとあいつ面白いし、世間知らずなだけで嫌な奴とかじゃないって、」
「うん…… じゃ、さ、あの頃、君が辛くてしょうがなかった頃、そう思えなかったのは何でだろうか?」
「余裕が無かったんだろ、」
「あの頃と今と具体的に違いが分かる?」
「だから、もう過ぎた事だろッ?!」
思わず大きな声が出た。
弱ったなという顔のトネガワに、初めての苛立ちを感じる。 いつも見方で居てくれたのに、いつも俺を支えてくれたのに、何で今、こんなに頑張った俺らの粗探しをする? 何で今更蒸し返しをする? ムッとした俺の表情を読み、もぞもぞ忙しなくトネガワがポケットを漁る。 と云っても別に何か探している訳じゃない、それはトネガワが困惑した時の癖だった。 ハの字に眉を下げ、トネガワは少し、前屈みに俺を覗き込む。
「誰かを嫌うって云うのは、案外パワーが居るんだ。 同じように、誰かを好きになるのも、相当なパワーを必要とする。 ね、考えてみて、ここ数年オールバッドであったミナト君の評価を、君は一年弱でオールグッドに変えた。 これってホントは物凄い力技なんだよね。 簡単な事じゃない。 だからね、過ぎた事ではあるけども、君の中でどんな変化が起きて、評価を一転させるに至ったか、整理すべきだと思う。」
「俺、今困ってねぇし」
「だからこそ、考えるにも余裕があるだろ? 先に進む前に、振り返ってみようよ。 勉強でもそうだろ? 一度つまずいて間違えた所はそのままにせず、どこで間違って分からなくなったかを解明する事、な? 同じだよ、あの頃君が動けなかった理由を明らかにしよう。 そして、今の君にどう至ったかを振り返ってみよう。 きっと、この先でそれは君の支えになるから。」
「……」
「あ、そうそう、ミナト君と兄弟喧嘩した?」
「……してねぇよ、」
「最初の喧嘩、大事だよ。」
小声で礼を言って、足早に診察室を出る。 下向いたまんまの俺は、トネガワがどんな顔をしていたのか知らない。 受付では年配の外来看護婦が、診察券とクリアファイルを渡しながら 「おっきな声出すの、珍しいね」 と、心配げに話し掛けて来たが、俺は下を向いたまま、もごもご口篭もるだけだった。 モヤモヤが腹の中大きく大きく膨らんでいる。 モヤモヤの種を植えたトネガワに、ガァッと怒鳴りたい気持ちだった。
―― 余計な事言いやがって! 余計な蒸し返ししやがって! 一々どうだあぁだ考えて、人好きになったり嫌ったりするかよ? 気がつけば……だろ? 自然に、普通にそんなだろ? 巧くやってるじゃないか? そんで良いじゃないか? 見損なった、あんな奴、見損なった!
だけど、心の中小さな声が囁くのだ。
評価一転
確かに、べったりと言って良いほどミナトと過ごしてる自分には、俺自身驚いても居る。 何が起きたから? 誤解が解けたとしか言い様が無い。 俺たちは歩み寄り誤解を解いた。 それで全てだろ? 他に何がある?
恋は盲目
変な表現しやがって。 けど、多分、俺に彼女とか出来たらばきっと、こんな風に一日中その子の事考えて一日中居ても飽きないんだろうと思う。 だけど、そこに理由なんて考えるだろうか? 考えるもんか、そんなの理屈じゃないだろう? だいたい長い夏休み、そこにミナトが居るなら仲良くして何が悪い? 俺は決して何も見えて無い訳じゃない、単に、今はミナトに不満が無いだけだ。
気が付いたら仲良くなっていた。 気が付いたら憎しみや怒りは消えていた。
それじゃ、何故いけない?
モヤモヤは腹の中で消えず。 バスに乗り、吊革に揺られ、アナウンスにはっとして、タラップを降りて歩き出しても、燻り重くなるモヤモヤを腹の中で感じた。 やがて石材店の先、交差点を折れ、まだ日が高い夏の夕暮れどき、家の前の私道には甲高い声を上げ石蹴りする数人の子供。 そして門柱脇の上がりに腰を降ろし、子供らの相手をする笑顔のミナトが居た。
「お帰り。 これ、サッちゃんのお母さんから貰った。」
傍らから持ち上げた、袋入り花火。
「まだ、明るいけど、どうだろう? 夕食後には暗くなるかな?」
およそ子供じみた花火を手にし、ミナトは空を見上げ、さも待ち切れない表情をする。 「七時半ならくらいよ!」 サッちゃんと呼ばれた子が声を張り上げれば、 「じゃぁ、七時半にここでやるからね、」などと真顔で約束を取り付けるミナト。
理由なんて、必要ないだろ?
見る見るとモヤモヤが晴れてゆく。 腹に広がっていたそれは煙のように霧散して、栓になっていたつかえがスゥッと抜けるのを感じた。
「蚊、喰われるぞ、」
「お母さんが、虫除けしてくれた。」
「あれ効かねぇんだよ、なんか、」
「臭いは凄かった。」
「臭いだけな、」
サヨナラと子供らに手を振って、ミナトは上がりの数段を昇る。 開いたドア、ふわんと流れた匂いに 「カレーだよ」 と振り向いた。 そんな当たり前のひとコマに、微笑ましい日常に、そら見た事かとホッとしている自分を少し滑稽に思う。 なのに、トネガワの言葉が耳にこびり付いて離れない。 あんな言葉におろおろする自分が、情けなくて仕方ない。 俺たち、巧くやってるだろ? モヤモヤは完全に消えた訳ではなく極小さな刺になり、俺の内側、柔らかいどこかにちくりと刺さってずぶずぶと沈んだ。
―― 語られぬほどにタブーなんですよ。
そんな言葉まで想い出して、振り切るようにバタンと閉めたドア、異論を唱える世界をシャットアウトして、家という砦に俺たちは帰る。 刺の痛みは日常に紛れ、日々の興奮の中にあっては知覚する事すら難しい。 まだ、充分に、蜜の日々は続くのだから。 ならば煙みたいな不安の一つ二つ、先送りにして何が悪い?
そして新しい関係の日常、当然そこには新しい習慣が生まれる。 午前六時、酔狂に早起きする俺たちは自転車に二人乗り、まだ目覚めない住宅街を疾走して、青葉も涼しげな森林公園へと向かう。 取り付けたハブステップ、バス通りを抜けた下り坂、ノンブレーキで風を受けるミナトのお決まりの台詞。
「鳥ってこんなかな?」
「かもな、」
「目を瞑ると震える」
「つぶんなッ! そら、曲がるぞ、」
ミナトにべったりの終日、トネガワはそれを不自然だと言ったが、そこには俺自身の在り方にも原因があった。 元は人気者とも言えなくない俺だったが、小六で荒れて補導の常連ともあれば良い友達ほど離れて行く。 引き摺ったままで中一、二年に上がる頃には立派な札付きで、ましてそのロクデナシ群からも抜けた今、学内で俺は、ほぼ孤立していると言って良い。
幸い、孤独を苦にしたことはなかった。 何しろあの頃は自分に手一杯で、友情を育む余裕すらなかったから、それだからこそこうして余裕が出来、落ち着いた時間を持てるようになった俺は、共に過ごすミナトという微妙な存在にに傾倒したのかも知れない。 ほら、理由の一つだよと、今度トネガワに言ってみようか?
回り込んだ公園入り口、水飲み場横の木陰にキュッと自転車を停める。 遊具の類は無い緑一色の広大な敷地、池が二つ、テニスコートが四面、外周は約6キロのジョギングコース。 元は陸軍の武器開発施設だった名残を、所々掘られた横穴に残こすここで、俺は以前から朝の一時間程度、時々身体を動かしていた。 ガムシャラに身体を動かし、ボロボロになれば大抵の事は皆忘れる。 ワーッと白くなる溺れるような疲労と、そこから一瞬に引き上げられる救済を味わいたかった。 が、今は単にレクリェーションの域。 鈍った身体をほぐす目的の、朝のエクササイズ。
軽いストレッチでウォームアップして、外周を二周走る。 ゆっくりと一周、徐々にスピードを上げて跳ね上がる心臓を宥めつつの二周目、蒲鉾みたいな植え込みが見えたらどうにでもなれと全力で。 手足がバラバラに弾ける様な気がして、頭の中がぼぉっと真っ白になって、そしてただ走るだけの俺は縺れる足でクールダウンの数メートルを走り、柔らかい湿った草の上ゴロンと死体みたいに転がるのだ。 沸騰するこめかみ。 目玉の裏はチカチカして、汗だくの身体に木立を抜ける風はまだ、涼しい。
「お茶、飲む?」
ここに、今は、ミナトが居る。 木陰のベンチに座り、たいてい文庫本を捲るミナトは、そこで俺を眺め俺を待ち、転がる忘我の俺に程良く氷の溶けた水筒の麦茶を差し出すのだ。
「毎日飽きない?」
「別に、」
「ミナトも走りゃいいじゃん」
「僕はいい。 見てるのが良い。 ハヤタを見てるのは飽きないから。 ……ハヤタは良いな、ハヤタは僕に無いものをみんな持ってるから。」
差し出される麦茶が、冷たい流れになって腹の底に落ちる。 ミナトも自分の水筒に唇を寄せる。 ミナトの水筒にはカルピスが入っていた。 しかも、それはかなり濃く甘い。
「かえってノド乾くだろ?」
「僕は座ってるだけだから。 それに、甘くないとなんか違う感じがして。」
ミナトが甘党になったのは、つい最近の事。 八月あたま、祖父母が家に立ち寄った際、手土産にケーキを持参した。 ケーキを口にしたミナトは、 溶けた!とクリームの食感に驚き、あとは黙々とお喋りもせず口に運ぶ。 あっという間の完食に 「これ、食べるかい?」 と祖母は手付かずの自分の分を差し出したが、すると、ミナトは躊躇無くそれにフォークを突き立て一欠けを口に運んだ。
放っておけば、幾らでも食べてしまうだろう勢いに驚いたが、訊けばミナトは、菓子の類を食べた事が無かった。 あぁ……と、訊いちゃいけない事を聞き出してしまった気がして、とても気不味かったのを覚えている。 時々顔を出す、ミナトの内側に、俺はまだ踏み込めそうに無い。 踏み込むのはまだ、怖かった。 だけど、だからと云って、それは今問題なんだろうか? 後で、その内じゃ駄目なんだろうか?
まだ、八月は半分の折り返し地点。 俺たちの毎日は、壜の底で琥珀色に溜まる。 長杓子の先、絡め取る蜜は細く糸を引き、痺れるほどに甘かった。 甘さと乾きに、八月はカラカラだった。
そして、絡み付き、咽る。
その日、外周のダッシュから戻る俺は木立の向こう、争う声を聞いた。 潜めた声は聞き取れないが、争っているのはミナト? ミナトが男と争っている。 後姿しか見えないが、丈の合ってない短い黒いズボン、白いワイシャツの袖を捲くりあげた小柄でずんぐりした男。
「罰を……ましょう!」 「命・・て……ださい!」 「……ま……いけない……す!」
何の事やらわからないが男が一方的にミナトに詰め寄っている。 後退りしつつ、小声で男に言い返すミナトは遠目にも強張った蒼白。 そして
「ミナトッ!」
大きく呼べばビクリと男は振り返り、そしてあっという間に木立を抜け、駆けて行った。 あれは、アイツだった。 ミナトを追い掛け回していた、あのストーカー男に間違い無い。 何故? 何故今になって現れる? アイツは例の犯人ではなかったが、盗撮するような変態だ。 充分に、警戒の対象になる人物だった。
「アイツ、どうしたんだよ?」
ミナトは答えない。 両手は落ち着きなく、シャツの裾を揉みくちゃにしている。
「おい、何があった? 何かされたか?」
「違うッ!! …… ち、違うんだ、ごめん、何でもない、何でもないから、だから、」
違う、違うのだとミナトは繰り返すが、でも、何でもない筈が無い。 叫んだミナトは、酷く怯えた表情をしていた。 ミナトは、怖がっている。 あの男に? きつく握り締めたらしい、シャツの裾が皺だらけになっていた。 ベンチの上、横倒しの水筒からカルピスは流れ、草の上にぽたぽたと白い雫を垂らす。 猫じゃらしの根元、半ば埋もれた水筒の蓋を見つけ、ミナトに代わり屈み込んで拾った。
「泥、付いちゃったか?…… ま、もう飲めねぇか」
「……洗わないと、」
「だな」
と、踵を返しミナトは歩き出す。
表情の消えた、石膏のような顔。 拾った水筒を手に慌てて荷物を纏め、自転車を引き摺って後を追う俺に、ミナトは構わず黙々と歩いた。 それは無視というよりも、俺の存在すら気づかぬような距離感。 無言の坂道、俯く顎の先からポタポタと、汗がアスファルトに黒点を染める。 耳鳴りのような油蝉の声。 いよいよ焼きつくさんとする太陽は、斜め前、漂うように歩くミナトの白いシャツを弾く。 自宅までの帰路、ミナトが口を開く事は一度も無かった。 そして、帰宅後、真っ直ぐ向かった浴室にミナトは篭る。 湯あたり寸前でミナトが出て来たのは、有に一時間以上経ってからだった。
「どうしたよ?」
「あぁ、ごめん、汗流したくて、」
呆気ないほど、いつも通りの反応に肩透かしを喰う。
「大丈夫なのか?」
「何が?」
「や、さっきのとか」
「あぁ……あれはちょっと吃驚しただけだよ。 何でもない、ごめん」
「ゲームをしよう」 と何事もなく誘うミナトの剥き出しの腕は、真っ赤になっていた。 攻略本を捲る穏やかなミナトに、さっき見た無表情が重なる。 何があった? そう、追及出来ない俺は、そこに踏み込み壊すのを恐れた。
そしてこの日から、ミナトは日に数度浴室に篭った。 汗ばむから、とミナトは言い、俺はその言葉を信じる振りをする。 何故なら、ミナトは俺と音楽を聴き、話し、ゲームをして、時折父親のお古のデスクトップを開き、アーティストのHPを眺める。 俺たちの昨日と今日は変わらない。 変わらないのだ、だから良いじゃないか?
翌朝からは朝の公園には行かなくなったミナトを、俺は、物騒だしな、と解釈してそのままにする。 公園には行かないが、ミナトは俺の帰りを門柱脇、段差に座り込み待ってるから、軽く手を上げて笑ってくれるから、俺は何て事ないさと安心する振りをする。 何て事ない、それはたいした変化じゃない。 それッぱかしで、今が崩れる筈が無い。 崩れるミナトは怖かった。 恐れる俺は済し崩しに、日常に没頭する。
気付く訳には行かない。 咽込み涙した己すら、俺は決して認めなかった。
小さな崩れに目を背けて、平穏という名の蜜を、舌が痺れるのも構わずに舐め続けていた。
:: つづく ::
百のお題 036 きょうだい
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