036 きょうだい 3.
なら、誰が、ミナトを襲ったのだろう?
収容先の病院で、ミナトは徐々に落ち着きを取り戻す。 しかし、事件の事を問えば見る見る不穏になり、硬い表情で首を横に振るばかりだった。 そしてミナトは、入院後からずっと、両腕を括られたままだった。 ふとした切っ掛けで、ミナトは激しいパニックに陥る。 パニックを起こしたミナトは、見えない汚れや何かを剥ぎ取ろうと、皮膚を掻き毟り咆哮するから、その腕は、常に括られたままだったのだ。
「彼の中で崩れた世界を、再構築する必要があるんです。」
そう言ったのは、ミナトのメンタルサポートにあたる精神科医だった。 まだ若い、白衣よりTシャツが似合うガッシリした医者は、こうも続けた。
「何しろ、彼自身特殊な世界を頑なに守ってきたわけです。 それがこうした形で、いわば力技で破壊されてしまった。 だから彼にしてみれば今、自分自身が住むべく世界が無く、それは、自我を根底から揺さぶる際どい状態とも言えます。 ですから私達は、もう一度、彼が正しい形で自己の世界観・自らの足場となる自我境界を構築するのをお手伝いしたいと思います。 それは、容易では有りませんが、御家族の協力を頂き、助力とさせて頂きますので。」
医師トネガワの飾らない真摯さに、親はお願いしますと頭を下げた。 拠り所を無くしたミナト。 滅茶苦茶になってしまえ! そう俺が望んだ通り、まさに何もかも失ったミナト。
俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ、俺が、ミナトをあんな風に、俺が……
気付けば俺は震え、嗚咽を洩らしていた。 何もかもが自分のせいのように思え、その考えは確信に変わり、湧き上がる罪悪感に俺は号泣する。
「あ、ちょっと、席を外して頂けますか?」
狼狽する親にトネガワは言う。
「彼と二人で少し、御話させて頂いて宜しいでしょうか?」
促され、親はそっと診察室を出る。 向き合ったトネガワは静かな口調で、啜り上げる俺に話し掛けた。
「疲れただろう?」
誰が?…… ミナトが?
「ミナト君と一緒に暮らすのは、辛かったかい?」
-- 辛かったかい?-- とトネガワは言った。
誰も言わなかったそれを、トネガワは俺に言った。
「君は、きっと一番に、色々葛藤したんだろうね。」
俺? 俺が? 俺は……
何度も何度も、言葉も忘れ、俺は頷く。
静かな言葉は俺の中、砂地に落とされた水のように、吸い込まれて行く。
「辛かったよ。 決まってんだろ? 辛くてどうしようもなかったよ、けど、皆はそうじゃない。 皆はミナトを嫌がってなかった。 それどころか立派だとか、素敵だとか、まるで俺の方が駄目みたいに言った。 なんでだよ? 何で俺がミナトよりダメなんだよ?!」
みっともなく声を上げて泣く俺。 湧き上がる感情は押さえつけ誤魔化し続けたた怒りとジレンマ。 一度噴出したそれは押し戻す事適わず、そこ、目の前のトネガワに向かい、労わってくれ共感してくれと懇願して縋る。 辛いよ嫌だよと泣きじゃくり、歯痒さに地団駄を踏む俺は、あの頃、始まりだった十歳の自分に戻っているのを感じた。 そうだ、十歳の俺も泣いていた。
「だって、ミナトは 「特別」 だ。 何したってどんなだって、綺麗で勉強の出来るミナトはずるいけど 「特別」 だから誉められる。 ミナトは特別だって言われて、俺は、俺は卑怯だとか駄目だとか、俺ばっかり、俺ばっかり酷いよ、ずるいよ……。」
小さな俺が言えなかった事、それを、滑稽だろうか? 脱色した髪に派手なベンチコート、いっぱしのロクデナシを気取ったこんなナリをして、初対面に近いこの若い医師に泣きつくのは、馬鹿みたいで滑稽だろうか?
「…… 「特別」 なんだね、彼は。 「特別」 で、普通じゃなかった。」
そう、ミナトはね、普通じゃなかったよ。
トネガワは俺をじっと見つめている。 馬鹿みたいに泣く俺を、少しだって笑ったり馬鹿にしたりしなかった。 だから俺は涙が止まらない。
「ミナトは普通じゃないんだ、そうだろ? 特別なんて言葉は違う、普通じゃなかったんだ。 普通だったのは、俺じゃんか。」
「そうだね、君は、普通で、とても健康だ。 だけど、ミナト君は違う。 ミナト君は普通ではなかったし、病的でもあった。 多分ね、皆もそれはわかっていたと思う。 人は自分の常識で考えられない事に出遭うと、色んな反応で自分を守ろうとする。 戸惑ったり、怖がったり、興味を持ったり、無視したり、なんとか自分の知っている表現でそれを分類しようとするんだ。 君のお父さんやお母さんは、こまかい「特別ルール」を作って、ミナト君を普通の子供として扱おうとしたのかも知れない。 そうやって、毎日、問題無く過ごせる事で安心したかったのかも知れない。 学校だって、その延長だよね? 特別ルールはあったろ?」
「なら、何で俺は安心できない? 何で俺ばっかカリカリして、苛々して、ミナトに振り回される?」
「それは、君がミナト君と、同じ位置に居るからだろうな。 ミナト君を食べさせ、清潔にし、学ばせる親の立場ではないし、学校という枠の中で過ごすクラスメートだったりもしない。 まして遠くから眺めるだけの近所の人とかでもない。 君は、兄弟という同じラインでミナト君と並ぶ、恐らくミナト君にとっても対等な相手だったんだ。 つまりね、君とミナト君の間に「特別ルール」は通用しない。 ミナト君は「素」で君と接しなければならないし、君は「素」のミナト君と向き合わねばならなかった。」
-- それって、辛かっただろう?-- とトネガワは言った。
-- きっと僕なんか想像出来ない毎日だったろうね?-- と、トネガワは俺に言った。
そしてトネガワは、 -- ずっと一人で頑張ったんだね-- と笑った。
こうして心が氷解してゆく。
たった一人に理解される事で、こんなにも癒されるとは思わなかった。 たった一人の理解者トネガワの言葉に、労いに、俺は自分がスゥッと軽くなり、張り詰めていた何かが、やわやわ緩んで行くのを心地良く感じた。 この瞬間、俺はトネガワに絶対の信頼を託す。 縋れるものは、トネガワしか居なかった。 トネガワだけはわかってくれる、トネガワだけは俺の話しをちゃんと聞いてくれる。
呼び戻された親に、トネガワは切り出す。。
「ハヤタ君を、僕の外来によこしては頂けませんか? ミナト君は勿論ですけど、合わせて、彼の事も少し、力になりたいんです。」
俺がそんなトネガワに、強い依存を抱いたとして、それは当然の成り行きだっただろう?
そうして俺は、二週に一度、トネガワによる精神療法を受けることになる。 二週間は待ち遠しく、長く、そして療法室での数十分はあまりに短かった。 最初の二回、トネガワは俺に産まれてから今日までのエピソードを、思いつくままに語るよう言った。 そして次の回には 「嬉しかった事」 を、また次の回は 「悲しかった事」 を。
そんな風に、これまで感じた喜怒哀楽を振り返り、思い出し、誰かに話すと言う作業は、思いのほか心の根元に堪えた 何年も前の出来事だと言うのに、俺は心臓がキュッとなる悲しみを感じ、言葉を詰まらせ、あるいは八つ当たりとは知りながら、湧き上がる怒りを目の前のトネガワにぶつける。 トネガワはいつだってやんわり受け止めて、決して俺を責めたりしなかった。
正直な話こうした治療と言うのは、医師たるトネガワに己の間違いを指摘されたり、これからはどうしたら良いのかを、その都度教えて貰えるものだと思っていた。 だけれど、トネガワは殆んどを聞き手に回った。 話に耳を傾け、短い相槌を打ち、極たまに 「ね、それで君はその時どんな気持ちになった?」 と、流してしまったエピソードを拾い上げる。 しかし、トネガワが拾い出したエピソードは、忘れていたのが不思議なほど、俺の根っ子の部分に何らかの影響を及ぼした出来事であった。
それで劇的に俺の何かが変わったとか、そう云う事ではない。 しかし、俺は確実に自分らしさを手に入れて行った。 悪ぶらず、良く見せようとせず、笑ったり、はしゃいだり、少しお調子者で、意外に気にし易い有りの侭の自分。 それを無理に隠そうとせず、素直に出して行く事に、俺は抵抗を感じなくなって行ったのだ。 俺は、確実に、楽になっていた。 楽になった俺は、自然と悪い仲間から遠くなる。 四ヶ月が過ぎ、脱色した根元数センチが黒く戻ったそれを機に、俺はばっさり頭を刈り込む。
「野球でもヤンの?」 学校では何人かが、短髪の俺を笑った。 「イイコになって、兄貴の学校受験すンのか?」 急に付き合いの悪くなった俺を、仲間だった奴らは非難し、ケジメと云う名のリンチを施した。 でも俺は「だったりな」と笑ってそれを流す、殴られ蹴られる痛みなんて高々知れている。 何を言われたってもう、かまやしない。 俺はホッとしていたのだ。 俺はその時、ミナトから完全に開放されたのを実感していたのだ。
そのミナトはと言えば、己の作った檻に囚われ、未だ所在の無い自分に悲鳴を上げ続けていた。 面会から戻る母親を覆う、濃い疲労。 急に老け込んだような母親の、憔悴振りを見れば、ミナトの状態の悪さは暗に伺える。 親は、まだ行かない方が良いだろう、そう判断し、俺をミナトに会わせようとはしなかった。 俺も、そんな状態のミナトに会うのは怖かった。 せっかく取り戻した今の「自分」が、ミナトに会う事で揺らぐのは怖かった。 しかし、俺とミナトの再会は、思わぬ所からセッティングされる。 提案したのはトネガワだった。
「君達は、互いを知る機会が今までなかった。 ある日突然兄弟の役割をふられたのだから、戸惑っただろうし、これから先を考えると、このままここを素通りは出来ない。」
切っ掛けはミナトの一言。 ミナトの治療の要、それは根拠の無いこだわりの訂正、再認、そして現実への移行。 トネガワは、ミナトが主張するこだわりの一つ一つを聞き出し 「どうしてそう思うのか?」 と、その根拠を尋ねたらしい。 どうして?と言われても、そんなの答えられる筈が無い。 今までだってそうだ。 駄目なものは駄目。 「汚いから出来ません」 と言い張れば、ミナトはそれで通っていたのだから。
しかし、トネガワはそれで済まさなかった。 「どうしてなんだろうね?」 やんわり返されるクエスチョンは、ミナトの作った檻を、軋ませ大きく揺さぶった。 返答に詰まるミナトも必死であったのだろう。 怒鳴り、黙り込み、時にトネガワ自身を糾弾し、母曰く、まるで駄々をこねる幼児のように、ミナトはトネガワの 「どうして?」と 、攻防する。 けれどその一方、トネガワとの激しいぶつかり合いにに反比例し、あれほど頻回だったミナトの恐慌発作は姿を潜める。 ミナトの両腕は自由を取り戻したが、己を傷つけようとはもう、しなかった。 そうしたある時、激しい攻防の後の沈黙を破り、ミナトはこう洩らす。
―― じゃぁ、ミシヲが、間違っていたと言うのですか?
言語化された、絶対である母ミシヲへの疑念。 トネガワはそのチャンスを見逃さない。 その頃から治療に、両親とミナトによるの三者面接が導入される。 治療は家族について、健全な家庭の在り方について、ミナトが実際に親と接し体感する段階に入る。 既に、入院から半年が経過していた。 その流れの延長、ミナトが最近、俺の名を出すようになった。
「ハヤタなら、どうするだろう?」 「ハヤタは、知っているのですか?」
己の中、見出せない答え。 ミナトはそれを、俺の中に見つけようとしていた。
「○○はどう思うだろう? ○○だったら? そう云うのは本来、子供が大人に、年少者が年長者に抱くものなんだけれど。 でも、ミナト君はそれを、一番近い所に居る君に求めようとしている。 つまり、君を通して自分のクエスチョンを解決したいと思っている。 今まで他人を介入させなかった彼が、君を知ろうとしているのだから、御互いが近付くには絶好のチャンスだと思うんだ。」
チャンスだかどうだか、俺にはわからない。 正直言えば俺は、今、ミナトには会いたくなかった。 だけど、トネガワが言うのだ。 チャンスだと言うのだから、会うべきなのだろう。 こうして、俺とミナトの面会が週一で設定される。
水曜の午後、一時間弱、俺たちは外来面接室でお互いを探り合う。 その様子は隠しカメラによって別室へ流され、トネガワとその上の偉い先生とやらで分析し、次はこうしよう今度はこうしようと治療計画に活かすらしい。 見られて困ることなんて別に俺にはないが、ミナトがそれを、よく嫌がらなかったなと、ちょっと驚いた。
「先生が、必要だと言うのだからしょうがない。」
殺風景な面接室、所在無く座る俺を余所に、ミナトはさらりと答える。 足元、ミナトと俺の間、ベージュのタイルに木漏れ日が揺れた。 「あれは胡桃だよ」と、いつかトネガワが言ってたのを想い出す。 斜めに差し込む陽光に、ミナトが眼を細めた。 酷く、希薄な横顔。 約半年振りに対面するミナトは一段と白く、細く、刃のような剣呑さが薄れた代わりに、空虚でいて危うい緊張を纏う。 それは、以前の静かに威嚇する姿とは重ならず、良く似た誰かのように思えた。
「で、」
「おまえは何が訊きたい?」
言いかけた俺を制し、ミナトが真っ直ぐこちらを見る。
「お、俺は、」
「あるんだろ? おまえは僕に何を聞きたい? 僕の、何を知りたい?」
「や、そりゃ知りたい事はあるけれど、」
「じゃぁ、質問すれば良い。 僕はそれに答えるから。 言っておくけれど、あの事に関しては答えたくない。 あれは、もう終わった。 おまえには関係ない。」
関係ない? あぁ、まただ。 ミナトはこうして、また線を引く。 その線から入るなと、歩み寄る俺らの数歩手前でぴっと、境界を引く。 が、それじゃ、もう、進めない。
「なぁ、関係無いってコトは無いだろう?」
「おまえはあの場にも居なかった。」
「そりゃそうだろうけど、」
「詮索されるのは不愉快だ」
「そ、そんなつもりじゃねぇよ! 別に、俺は無理に聞き出そうとかそんなん考えてねぇし、ただ、」
「無駄話の種にでもするか?」
「いい加減にしろよッ! 家族になんかあったら普通、心配したり悩んだりするもんだろ?」
「それはそっちの勝手だ。 心配してくれなどと、僕は頼んでもいない。」
「そう云うもんじゃないだろッ!?」
まるで、宇宙人との会話。 ミナトの屁理屈はミナト自身、本気だから始末が悪い。 当たり前の感覚が、ミナトにはまるで通用しない。
トネガワは 「御互いに、まず質問し合ってみよう」 と言った。 「質問をぶつけて、そこから話しを深めよう」 と言ったのだ。 だから俺は、今日の為に幾つかの質問を用意していた。
「何で汚れるのが嫌なのか?」 「楽しいと思う事はあるか?」
そして、出来れば聞かない方が良いのではと最期まで悩んだ一番の質問。
「俺の事は、嫌いか?」
けれど俺は、急くような矢継ぎ早の言葉に、用意した質問を忘れたじろぐ。 さぁ言え、何が知りたい? と、ミナトは言うが、でもそれを言葉通りに受け止めるほど俺も鈍感ではない。 あれの、真意はこうだ。 「話すからもう、いいだろ?」 まるで切り捨てるように、言えと言われ、言える筈が無い。 関係ないとまで言われ、話し合える筈が無い。 こんなのは違う。 こんな風に質問したとして、そこから何が始まる?
「あのよ、俺、質問はある。 でも、こんな風にするんじゃないと思う。 質問しか受け付けねぇ感じで、なんか、取り調べみたいじゃないか?」
「質問があるなら言えば良いだろう? 無駄話に時間は使いたくない。」
「だから、違うんだよ。 ミナト、おまえわかってない。 あのさ、俺ら、何の為にこうしてる? こっから先、お互い巧くやってこうって、その為に色々話してこうって、そんだからココに居るんだろ? じゃ、沢山話さなきゃ。 沢山話して、笑ったり考えたり、あぁこういう風に考えるのか? とか こんなんが好きなんだ、とかそうやってお互いの事、ちょっとづつわかるようになってくんだろ? そう云うの無駄って言わねぇンだよ。」
「……僕には、必要ない。」
「必要だろッ?! おまえさ、無駄ないじゃん。 余計な事しないし、言わねぇから、喋りって言えば、ヤナ事とかアレしろとかしか言ねぇじゃん。 こっちの話も聞かねぇし、てめぇの言いたい事だけの片道で、そう云うのはそもそも会話って言わねぇよ。 そう云うのって、聞いてる方は「命令」されてるって思うんだよ。」
「僕は、頼んでいる。」
「なぁ、頼むってのはあぁじゃない。 例えばあそこ、あの窓開けて欲しいとか思うじゃん? 俺が開けたっていいけど、ミナトの方が近いから頼もうって思うじゃん? そしたら言うよな、 『悪いけど、後ろの窓開けてもらえる?』 って。 でも、おまえとかはこうだろ? 「開けろ」 ソンじゃわかんねぇよ。 頼むんだから、相手がわかるように伝えなきゃ駄目だろ? それにお願いするんだから、相手がヤナ気分になっちゃ駄目だろ? その辺頭の隅っこで申し訳なく思うから 「悪いけど、」 って言うし、頼まれた方も 「してもらえるかな?」 って聞いてるんだから、別にヤダって言ってもいいんだよ。 おまえのは、そう云う思い遣りとか拒否権無いじゃん。 それってお願いじゃない。 頼むとも違うし、命令だ。」
黙り込むミナトは俺をじっと見つめる。 てっきり反論すると思ってたのに、唇をへの字にして、小学生みたいな顔で困ってる。 わかんないんだ。 ミナトはきっと、こういう当たり前がわからない。 人として当たり前の事がスッポ抜けたミナトは、今、初めて覚えるそれに戸惑っている。 泣くかと思った。 いや、まさかと思いながら、でも、子供は泣く時こんな顔をする。 なんだか言い過ぎた気がしてミナトが可哀想になった。
そして、子供の顔をしたミナトが口を開く。
「トネガワは、おまえが僕の事を理解しかねていると言った。 だけど、それは僕も同じだ。 それどころか僕には、全てがわからない。 お前の事も、他の事も、僕には全く理解出来ない。」
「だから、そう云うのを話すんだよ、雑談するんだよ。 全部わからなくても、知ろうとすればなんか伝わるんだよ。 ミナトに一番必要なのは、ソレだ。 そうやって小さな事から、相手の事知ってかなきゃ。 そうしてく内に、顔見たり雰囲気見たりするだけでなんとなく、相手の事、わかるようになるもんだろ?」
「…… 他人の気持ちなんて、わかる筈が無い。」
「なら、俺の気持ちならわかるんじゃねぇの?」
「?」
「 俺ら、だって兄弟だから。」
「・・・・・証拠、無いだろ、」
「兄弟だよ。 俺とおまえは、兄弟だ。」
きょうだい
きょうだい?
ミナトは覚えたての言葉のように、何度も小声で繰り返す。 だから俺は、そうだよ、兄弟なんだよと、何度も何度もそれに答えた。 用意した質問は一つも活かせなかったけれど、でも、俺はミナトの事が少しわかったような気がした。 そして多分、ミナトも、何かを感じたんじゃないだろうか? だったら、巧くやって行ける。 何時の間にか、あれほど腹の底に淀んでいたミナトへの嫌悪が薄れていた。 直に消えそうなそれに代わり、もやもやと現れた感情に俺は、少し、浮かれていたのかも知れない。
自分より年上のあのミナトを、守ってやらねばと思った。 脆くて危うい兄に、俺が何でも教えてやろう、色んな物から守ってやろうと決意した。 ミナトの事をもっと知りたい。 ミナトに俺の事を知ってもらいたい。 そんな奇妙な庇護欲に支配され、俺はワクワクとしていたのだった。
そうして、一回目の面会が終えた。
:: つづく ::
百のお題 036 きょうだい
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