036   きょうだい   2.

      新しい生活。 

ろくでもない連中とたむろす如何にもな俺と、出来の良い優秀な貰いっ子のミナト。 まるで善悪のサンプルのように両極へ別れた俺達は、掠めるような接触のみを接点とし、一つ屋根の下バラバラに生活する。 親や家への多少の後ろめたさは在るものの、ミナトに気遣う事無く日常をこなす快適さは他に変えられなかった。 しかし、ミナトは気に入らなかったらしい。 ゲーセン帰りの深夜、甘ったるいチューハイの酔いに足をとられ、拠れた制服のままベッドにごろりと転がる。 即座に襲い掛かる睡魔は、手際よく俺を引き摺り込む。 明日は遅刻でいいか……そんな遠い意識を引き戻したのは、久し振りに聴く足踏み。

薄目を開けると暗がりの向こう、ベッドに腰を掛けこちらを見ているミナト。 俺が覚醒したのに気付いたか、踵は床を踏み鳴らす。

 「……なんだよ、」

 「臭い」

 「何がだよ?」

 「臭い」

そりゃぁ、煙草だろう。 

俺らが数時間溜まったシューティングゲームのブース、紫煙に視界が霞む空気の悪さで、この薄汚れた制服のあちこちに、そんなあんなはじっとり染み付いているんだろうと思った。 思ったが、だが何だと言う? ミナトが足踏みをする。 と同時に俺は怒鳴る。

『うるせぇよ! だから何だよ、ここは俺の部屋だろう? 俺がココで何しようとテメェに関係ねぇだろう!』

関係ねぇよ、関係ねぇだろ? 俺に構うな、俺を見るな、俺に何かを要求するな。 

グルグルする頭を抱え、俺はミナトに背を向け丸くなる。 俺は間違ってない、俺は、俺の好きにする。 
後ろめたさを打ち消して強引に眠りに落ちる俺は、ミナトがどんな顔をしていたか知らない。 

翌朝、のろのろとベッドから這い出せば、もう、ミナトの姿は無かった。 何だよ。 臭いとか文句タレたわりに、眠れたんじゃないか? ならばあんな奴、気にする事もない。 あいつの「特別」は「我侭」だ。 皆、あいつをちやほやし過ぎなんだ。 あのミナトを打ち負かした気がして、高見から引き摺り下ろした気がして、変な高揚感に俺は浮かれた。 そして浮かれた気持ちのまま、いや、ホンの少しの罪悪感を敢えて揉みくちゃにして、薄汚れた身体のまま、いかがわしい匂いを染み付かせ、その日も夜更け、ゴソゴソ部屋に戻る。

 「俺の部屋だ」「俺の勝手だ」 朦朧とした頭はそう唱え、卑屈な目玉は闇の中ミナトを追視した。 そしてミナトはダンと足踏み一つ残し、入れ違いに部屋を出る。 勢い付けに飲み干した甘たるいチューハイは、俺をすぐさま眠りに逃避させてくれたから、「あぁどっかに行け」「おまえが出てけ」と意識の端っこで思うだけだった。 ザマヲミロとすら思った。 やがて朝、母親にそれとなく訪ねれば、ミナトはいつも通りに父の車に乗って行ったと言う。 チリチリした心臓に僅かな安堵が戻る。 

だけど、俺はそうした夜遊びを意地のように続けた。 たかか中坊、そうそう小遣いも続かず、毎日俺の夜遊びに付き合うほどワルに成り切れてる仲間もなく。 空気の悪いゲーセンの隅、空いたゲーム台に向かい、一人でボンヤリ時間を潰すだけの馬鹿馬鹿しさ。 そうしてる間も、ミナトの事は頭から離れない。 怒鳴る訳でもなく、足踏み一つのリアクションで呆気ないほど引いているミナト。 気を抜くと、自分が間違っているのではないかと、ミナトへの罪悪感が腹の中に膨れた。 そうして23時47分の終バスに走って飛び乗る。 一気飲みしたチューハイは俺の頭を有耶無耶にするから、だから、ミナトを恐れる事は無い。 ミナトの気配にビクつく事も無い。 なのに、どうして落ち着かないのだろう?


ミナトが学校で倒れたのは、それから二十日ばかり経った頃だった。 過労と睡眠不足。 ミナトは眠っちゃ居なかった。 大丈夫ではなかった。 深夜、俺と入れ違いに出て行った後、ミナトは台所の椅子に掛け夜明かしをしていたらしい。 校医の連絡を受け、母親はミナトを迎えに行く。 車中 「何で部屋で眠らなかったのか?」 と問う母に 「僕が居ては邪魔なようです。 僕は後から来たのですから。」 と、ミナトは答えたという。 あぁ、それは確かにそうだ、ミナトは嘘を吐いちゃいない、嘘じゃないのだけれど、それではあんまりじゃないか? 

その夜、俺は両親から薄情な常識知らずとレッテルを貼られた。 「おまえは心が無いのか?」と、珍しく手を上げた父親。 「何で、思い遣りが持てないの?」 と、母親には泣かれた。 だけど、泣きたいのは俺だ、殴られた痛みより深く、俺は苦痛を味わっている。 ミナトの遣り口は汚い。 ミナトは巧妙に、持ち得るマイナス札すらジョーカーにして、自分に優位なレールを引く。 そんなふうに、責められ反論も出来ない俺を、ミナトは無表情で眺めていた。 まるで無関係な顔で、そこに居る自分が馬鹿馬鹿しいと言った様子で。 

駄目だ、こんな奴に適う筈が無い。 見ろよ、死にかけの虫を見るような目だ。

その日を境に俺は、夜、殆どを居間のソファーで過ごした。 半端なグレ方は相変わらずだったが、夜、盛り場をふらつくのは止めて、夕食後からダラダラとゲームを始める。 身の入らないゲームは一向にクリアしないけれど、時間さえ潰れれば良かった。 そこで何かやっているから、だから部屋には戻らないのだと言う理由が作れれば良かった。 二人掛けのソファーに身を縮め狭いそこで過ごす方が、身を切られるあの子供部屋より遥かに居心地は良かった。 何より、少しでもミナトと離れたかった。 俺はもう、一杯一杯だった。 ミナトにとって、俺はモノみたいな存在なんだろうか? ミナトの中にある俺のポジション、それがどんなものか、その時は知る由もない。 知ったところで、面白い話じゃないだろう。 虫以下か虫以上か、威張れる差はその程度じゃないか? 

それでも俺は、ミナトと兄弟をやるべきなんだろうか?



毎日は、流れ作業のように朝を送り夜を送り俺たちを送る。 俺たちがどんなに溝を作ろうと、表面上、何も変わる事はなかった。 俺は身を縮め、息をつめた不良生徒であり、ミナトは 「特例」 を行使しつつも優秀な成績を修め、校内では期待の生徒だった。 ミナトは武器を増やしていた。 その武器は 「微笑み」。 

「にっこり笑って、有り難うって言ったのよ」  それがどうした? 二歳児だってそれくらいする筈なのに、母親は有頂天だった。 「どんな子も、家庭の暖かさが変えるんだよなぁ」 と、父までも相好を崩す。 どこが変わったよ? どこがマシになったよ? だけども、微笑むミナトは綺麗だった。 微塵の邪気も冷ややかさも消し去り、嘘っ八だとしても、ハッと胸を打つ笑顔。 そんな武器を翳すミナトが、学内で大きな影響力を持つようになったとして不思議は無い。 皆、それが見たくて何でもしたくなるのだろう。 少々の理不尽は気にならなくなるのだろう。 おめでたい事だ。 利用されているだけとも知らないで。


一方 「微笑むミナト」 の余波は、思いがけない方向へ広がりを見せる。 家に、女子生徒からの小包が届くようになった。 学内では取り付くしまも無いのだろう。 中身は小洒落た文具だったり、あちこち探したろう新しい絹の手袋だったり、何れも丁寧な字の手紙が添えられて、ミナトを誉めそやし賛美する。 何て都合の良い誤解だろう。 分け隔てなく無関心・無情なミナトが、毅然として孤高と評価されるとは。 そして、その好意はクローゼットの隅、ぞんざいに放置される。 

廊下に落ちた水色のカード、拾い上げれば藍色の細い筆跡。 「自分を見失わないミナトさんが好きです」 おめでたい事だ。 「落ちてたよ」と、机に向かうミナトに差し出せば、振り向きもせず「捨てて」。 屑篭の底、仄白いそれに非難されてる気がして、レポ−トパッドを一枚、丸めてその上に捨てた。 

俺は、誰だかも知れない差出人に同情する。 あんた、馬鹿だ。 あんた、早く誤魔化しに気付かなきゃ駄目だ。 あんたの気持ちなんて、コイツにゃ一つも届いちゃいない。 ミナトなんかに係わった不運を、同情する。 そしてミナトも、心無い好意の安売りに手酷いしっぺ返しを受ける。 伝わらぬ好意は時に凶暴な悪意になると言う事を、人と係わらぬミナトは知らなかったのかも知れない。 ミナトも馬鹿だ。 受け止めもしない癖に、都合良く上辺だけ惹き付けるのだから、あんな事は起こってしまったのだ。


二学期、学園行事として地域の住民に学園が開放された。 所謂、小文化祭。 これまで、ミナトはこうした行事に一切参加をしなかった。 しかし、今回は学園のメインプログラムでもあり、ミナトも静観する訳には行かなくなったらしい。 出店や会場の整備は免除されたものの、ミナトに任されたのは、詩の朗読。 一年の有志によるパントマイムに合わせ、英語で詩を朗読するという役割。 英語も朗読もミナトにとって屁でもないだろうが、問題はソコじゃない。。 

9月末の日曜日、大講堂での文化発表。 壇上に立つミナトは笑みさえ浮かべ、滑らかにこなしたと母は言った。 「あれじゃ、女の子は騒ぐわよねぇ」 ウキウキした母の口ぶりに笑い出したくなる。 演目を終え母の車で直帰したミナトは、数十分の間、狂ったように手を洗いうがいを繰り返した。 ほら見ろ、コイツに余裕なんかありゃしねぇ。

 「そこまでするかね?」

 「おまえには、わからない」

わかんねぇよ、キチガイ。 わかんねぇよ。 オカシイのはおまえなのに、何でおまえ、俺を小馬鹿にした目で見る? 水飛沫をあげこそげとるように顔をや首を擦るミナトの、僅かに充血した目。 愚かな誰かを見つめる、高い所に居る目。 おまえ、そんなに偉いのか? ミナトの基準がわからない俺は、ミナトの中、憐れまれる存在なのかも知れない。 根拠なんて無い優越感、ミナトの世界はそれを崩さんとする為の強固な檻に思えた。 

ならば、それが崩れたらどうなる? 真っ当になるのか? 
試したのは俺じゃなかった。 しかし、ソイツだって、そんな事を試す筈じゃなかった。


朗読の一件以来、俄かに慌しくなるミナトの周辺。 学園のあるM町の広報に、ミナトの写真が大きく掲載されたのだ。 手始めにモデル事務所、芸能事務所からスカウトマンが来た。 親は丁寧に断りを入れたが、ミナトを褒めちぎられる事には満更でもない様子だった。 学園や家の周り、うろつく人影が増えた。 車通学のミナトは滅多、外部の人間と接触しない。 だから彼らは車中に乗り込む瞬間を眺めに、小声で囁き合い、謎めいたアイドルとしてミナトを追いかけた。 そして更に積極的な連中に、仲介を求められるのは俺だった。 知らない女から 「弟でしょ?」 と呼び止められる。 そうだと言えば 「似てな〜い」 と言われる。 学校でも同じだ。 

 「兄さんは凄いな!」 皆はミナトに興味を持つ。 「これ渡してよ」 と、ゴミ箱行きの決まった貢物を託される。 「優秀なんだろ?」 「すっげぇ綺麗系」 「あぁいう兄貴は、居るとドキドキすんだろ?」 そしてお決まりの 「おまえ、全く似てねぇな」。 怒鳴りつけたくなるのを押さえ、俺は 「まぁな」 と流す。 ホントの兄弟じゃないとか、ミナトの 「変」 を持ち出す事は何故か出来なかった。 そうした切り札を出さねば勝てない自分はいっそう惨めだった。 


そんな喧騒の中、当のミナトは全く変わらない。 騒ぎは目障りだとは思ってただろう、でも、相変わらずの無表情で、御得意のとってつけた笑みを浮かべる。 だから、俺はミナトの厭な顔が見たくて、取って置きの情報を入れてやったのだ。

 「おまえの追っかけ、変なオヤジが一人居るな、」

 「……」

 「スゲェよなぁ、ホモオヤジ引っ掛けるんだから、」

 「……」

 「オヤジ、毎日シノダさんちの辺り、突っ立ってんじゃん。」

 「……」

 「なぁ、手紙とか渡されたらおまえどうすんの?」

黒い感情が俺を支配する。 印刷みたいな字でノートを埋めるミナトの後ろ、黒い言葉を執拗に投げる俺はきっと下卑た表情をしていただろう。 嫌がれ! うろたえろ! 気味悪いとか思うだろう? ちょっとは困ってみろよ! 涼しい顔すんなよ!

コンと参考書を本箱に戻し、こちらを振り返った黒い暗い眼は、うろたえるどころか俺への侮蔑と嘲笑に溢れる。

 「それは、僕の知るところじゃない。 おまえにも、関係が無い。」

そしてまた机に向かい辞書を引く後姿は、もう、俺に何の興味も持っていなかった。 突っ立ったままの俺を黙殺する、無関心な背中。

 「関係ねぇワケねぇだろう? おまえのせいで毎日鬱陶しいんだよ! 知らねぇ奴からマークされて、おまえがどーだこーだ根掘り葉掘り突付かれて、関係ねぇだ? こっちが言いてぇよ、テメェの信者しっかり囲っとけよッ! 俺はテメェのマネージャーじゃねぇんだよ!」

手の平がじっとりと湿る。 怒鳴っても、何も変わりはしなかった。 寧ろ怒鳴るほど、自分が惨めで泣きたくなった。 何で俺ばかり怒鳴る? 何で俺だけが苦しい? 神様、居るならコイツに罰をあててくれ。 コイツに、惨めさや歯痒さを教えてやってくれ。 信じちゃいない神に頼むより、俺に成す術はなかった。 が、しかし、それが最悪の形で叶えられるとは、まさか思いもよらなかった。


その日、迎えに行った母は時間になっても現れないミナトを捜し、校内へ向かう。 顔見知りの何人かに尋ねれば、時間通りに教室を出たとの事。 ならばそれは異常事態だ。 ミナトは決まったコースしか校内を歩かない。 まして一人でそこらを散策するなど、まず有り得ない。 事情を知った教師が、手の空いた生徒に呼びかけ校内を捜索する。 同じ敷地に中・高、私道隔てて大学に繋がる学園は広く、捜し回るに容易ではなかった。 やがて日も落ちかけた17時過ぎ、倫社の教師によってミナトは発見される。 高等部の外れ、使われなくなって久しい園芸部の温室の中、ミナトは一人、倒れていた。 カサカサした洋蘭がミイラのように折り重なり、忘れ去られたまま朽ちるその場所で、あれほど汚れを嫌ったミナトは土塊に塗れ、放置されていたのだ。

剥ぎ取られた着衣、無数の擦過傷と打撲の痕。 そこで、ミナトに何が起こったかなんて、居合わせた者なら一目でわかったろう。 生々しく残る何者かの指の痕と、拭われずに残る血液混じりの体液。 ミナトは収容先の大学病院で、そのまま入院となる 身体的なソレよりも、精神的な錯乱が深刻だった。 あのミナトが、獣のように悲鳴を上げ暴れた。 意識を取り戻したミナトは、看護師三人を殴り引っ掻き、蹴り飛ばした末に、手足をベッドに括られ眠らされたという。 母親が声を震わせ語る惨状は、あまりに凄惨で、その中心に居るミナトと言うのもまた、信じ難いものだった。 

神様、居るならコイツに罰をあててくれ。 
コイツに、惨めさや歯痒さを教えてやってくれ。

そうだ、確かに俺はそう願った。 ミナトを高見から、引き摺り下ろしてやりたかった。 
が、こんな罰はそうじゃない、こんなじゃないんだ、そんなミナトは違うんだ。 


異常で不測の事態に、父親と理事長の間では、数回に渡る話し合いが持たれた。 

 ―― 下校時、何者かに呼び出されたミナトは、温室に閉じ込められ持病の発作を起こす。

改ざんされた事実と、統一された情報。 ミナトを呼び出した生徒は存在するが、そこに犯罪性は無い。 よって、ここに警察は介入しない。 事件は秘密裏に処理される。 しかし葬られた訳ではなく、父と学園は、水面下での犯人捜しをして行く事になる。 

理由の一つは、ミナトの背景と事情にある。 今後、祖父母の養子と言う形でミナトの戸籍を新たに作り、養育する計画は、未だ難航したままだった。 何しろ出自の曖昧さがネックとなり、そもそもミナトは本当にミシヲの子供なのか? ミシヲに良く似ていると言うだけで、あそこに攫われて来た第三者の子供ではないか? と云った、忌むべき可能性を、なかなか父らは排除し切れないでいた。 

勿論、DNA鑑定を受ければ祖父母との血縁の確認は可能だろう。 しかし、それで他人と出た場合のミナトの処遇を思うと、皆、そこには踏み切れなくなった。 その為、気の遠くなる手間を掛け、父親と思われる「奉仕者」の男を探す方向に力は注がれている。 そんなゴタゴタの最中、これ以上のネガティブ因子をミナトに科せたくはないと父は判断したのだ。 警察が絡めば事件は公にならざるを得ない。 犯人捜しより、ミナトの今後を優先する形となった。 ミナト自身の未来の保護、それが一番に大きな理由だった。


そうして事件から一週間、ほぼ全生徒への呼びかけと情報収集が終わる。 しかし、あの日のミナトの足取りは杳として掴めず、ミナトは「病欠」のまま学園は冬休みを迎える。 わかった事と言えば、ミナトの習慣化された下校経路。 ミナトは生徒の波を避け渡り廊下を渡り、西館から昇降口へ抜け帰っていたと、何人かの生徒は語った。 「随分遠回りになるから誰もそんな通り方はしないけれど、アッチは静かでひと気が無いから、ミナト君は気に入っていたみたい」 と、ある生徒は言う。 

ならば、ミナトはその途中、西館の何処かで何者かに遭ったのだ。 誰に? 誰にミナトは遭った? 男だ。 ミナトを付け狙った男、あの男? ふと想い出す、ミナトの追っかけだったオヤジ。 一時、家の周囲をうろついていた、あの、ストーカー男の事を、俺は両親に話した。 

即座に、学園が雇った興信所は、不信なその中年男を追う。 男は平素より奇行が目立ち予想以上に早く、その身元は割れる。 学園に近い住宅街、簡素で侘しい、木造平屋の並ぶその一角に、男は母親と二人で住んでいた。 訪れた調査員はミナトの写真を持ち「この少年を御存知ですか?」と、男に訪ねる。 ヒィッと声を上げ、蹲る男はカタカタと震え話にはならなかった。 男の母親は号泣し、玄関先でスミマセン、スミマセン、と繰り返す。

男の部屋には無数の写真が貼ってあった。 笑うミナト、学園前で車に乗り込むミナト、どれもこれも隠し撮りしたらしいミナトの写真。 「わたしは御役に立ちたいのです」 「わたしには彼の運命がわかるのです」 男の言う事は支離滅裂。 この男がミナトを? 調査員は事件当日の事を男と母親に問う。 するとどうだろう、二人は口を揃え 「あの日はクリニックに行った」 と言う。 それは、事実であった。 男は母親と、あの日の午後、精神科医のカウンセリングを受けに行っていた。 男はミナトを着け回し、盗撮まではしていたが、あの事件に係わってはいなかった。 


また、振り出しに戻った。


                                              :: つづく ::



百のお題  036 きょうだい