いつもよりちょっとこじゃれた店。いつもよりちょっと高めのコース料理。
いつもよりちょっといい酒。いつもより、ドキドキを抑えられないぼく自身。



約束を取り付けたのは御剣から電話をもらったすぐ後。いつもなら現地集合なんだけど居ても立ってもいられず直接検事局にぼくは御剣を迎えに行った。そこから予約した店まで徒歩15分。タクシーを使っても良かったんだけど街中を歩く、そんな当たり前のデートをしたかったぼくは紳士を気取り雰囲気のいいレストランへエスコートする。
御剣に会う時は大抵気持ちが浮ついてるぼくだけど、今日は特別上機嫌。
だって一応ぼくはお願いされてるわけでしょ?御剣の言う用件を聞くまでは少しだけ強い立場に居れるってことで、それを振りかざすつもりはないけど気分的にゆとりが出る。
構いたい、世話をしたい、欲求を前に出してもある程度は許されるだろうし、見惚れる時間を超過してもある程度見逃してもらえそう。
これは勘、なんだけど、今夜はこれまでとは違った夜になるんじゃないかって…まぁ、過度な期待が下心を擽ってると思うんだけどね。希望は持ちたいじゃん?
なのに御剣ってばささやかな期待すら簡単に消そうとする。コースを予約してるぼくたちは料理のメニューを見ず、軽く喉を湿らせるアルコールを注文した。ソコまでは何の問題もなかった…寧ろスムーズにコトは進み幸先がいい感じ。
料理が来るまで話に花を咲かせるつもだったのに
「先日電話した件なのだが…」
いきなり本題に入ろうとするからビックリだ。つか、フライングっての?ゴール以前にスタートも満足に出来ない状況ってなんなんだっ!一瞬視界が大きくぶれブラックアウトしそうになってしまう。
「ま、待った!そ、それは後でゆっくり聞かせてもらおう‥かな。ここの料理は美味しいって評判なんだからさ‥まずはそっちを楽しみたいじゃん?」
二人っきりの時間を楽しみたいんだよ!
御剣にとっては食事はおまけみたいなもんだろうケド、ぼくにしてみればあの電話からずーっと本題が続いてる状態で、大本命は二人きりの晩餐なんだから簡単に終わらせてもらっちゃ困るんだっ。
どうしてコイツってば鈍いんだ!恋する男心を解らないにも限度があるんじゃない?って、鈍いから解んないんだけどさ。
「そう、なのか‥君がそう言うのであれば致し方あるまい」
言いかけた台詞を納めてくれたのはいいんだけど仕方ないって…。浮ついたぼくの気持ちをさり気無く叩き落とした感じでなんか、傷つくなぁ。
まぁ、いいさ。それも込みでぼくは御剣のこと好きなんだから。
好きな人と食事をする。アルコールで緊張を解す。美味しい料理に舌鼓を打ち、楽しく会話をする。
恋をして知ったんだ。好きな人が美味しいものを口にした時に見せる表情は幸福に満ちていてぼくを満たしてくれるってことを。愛らしくていとおしくてほんの少しエロティックだってことを。
だから愚痴を零すことなんてしない。へこんだ気持ちも小さな幸せが慰めてくれるから食事と一緒にその場の空気も美味しくいただこうと思う。
空腹も満たされ空になった食器が洗い場へと消えて安堵の息が漏れる。
広いガラス窓の向こう側は宵闇に染まりネオンが滲んだように輝く。重くならない照明としっとり流れるBGM。どこかで聴いた、これは、ピアノソナタ…何番だっけ?
食後のコーヒーに砂糖なんて入れなくても充分甘い。
それがなんでか、君は分かるかなぁ。
傾けたティーカップから離した唇は紅茶に濡れ艶やかだ…見惚れていると
「ところで成歩堂、話と言うのは他でもない君に頼みたいことがあるのだが…」
待ってましたとばかりに御剣は今日の目的を切り出してきた。
まったく…余韻に浸る暇もくれないなんてにべもない。
「へぇ…御剣がぼくに頼みごとなんて珍しいことがあるもんだね。明日は雨‥いや、飴でも降るかな?」
溜め息を茶化すことで誤魔化したぼくに小さく眉根を寄せた御剣だったけど
「飴、とは言わないが代わりに」
あっさり表情を緩め、胸の内ポケットから薄い封筒を取り出して見せた。

訊きたいことはいっぱいあったさ。
いっぱい、いっぱい。
でもそれらのほとんどは薄い封筒の中身を見れば大体のことが分かる。だからそれ以前に『なんで他の誰でもなくぼくなの?』尋ねても良かった。
でもそれに対する答えもソコに印刷されてる情報とこれまでぼくが得てきた御剣の公私織り交ぜた情報で予想できる。
ハイハイ。興味のない素振りを見せながらもヒーローモノが大好きなミツルギレイジくんは、今一番熱狂的にハマッてるヒーローの激情最新作のプレミア試写会の招待券を手に入れたんだけど一人で行く勇気がどうしてももてなかったんだよね。
でも、その試写会場には出演者が舞台挨拶に来て、試写のあと握手会なんかあっちゃったりして、大好きなヒーローとの握手なんて滅多に無い幸運を諦める勇気はなく、何とかならないものかと考えたんだ。
自分のヒーロー好きを知って、理解してくれる、そんな数少ない相手を思い浮かべ多分、ぼく、より先に真宵ちゃんに白羽の矢を立てたんだろうな‥。同じ趣味趣向の相手の方が誘いやすいじゃん。ぼくよりは格段にさ。
ただ、そこで問題が一つ。その試写会は午前の部、午後の部、夜の部、とありレイジくんの持ってるチケットは夜の部のもの。開始は19時‥上映前の挨拶、上映時間、握手会までの待ち時間から終了時刻、諸々計算し躊躇する。
今時珍しいくらい堅物な彼のことだから、目的自体健全なものでも不純さのカケラもなくったって女性を夜遅くまで連れ歩くことに抵抗がないわけがない。招待券は2枚、2人分。自分以外の保護者も増やし‥って不可能なわけで。
悩みに悩んだ挙句真宵ちゃんに向けられていた白羽の矢は速度を落としフラフラになりながらぼくの頭に刺さったって感じ?
そう!いろんなジレンマや葛藤と大江戸シティのヒーローを天秤にかけ、結果傾いたんだよね!矜持よりもトノサマン?そう!そんなにトノサマンが好きか!チクショウ!
ぼくの予想していたようなことを言葉を選びながら説明する御剣の唇は不本意極まりないけど仕方ないって風に小さく震えてて、なんか、明かされない葛藤部分のアレやコレが手に取るように分かっちゃうぼくはその様子を悔しいけどカワイイなぁなんて思いながら眺める。
惚れた弱みだよねぇ。
ほんと、惚れた弱み。
君には選ぶ権利がある。けれどぼくにはそれがない。
君に続く道は無数に枝分かれしているけど辿るべき道にはイエスしか落ちてないんだよ、結局。
「あ、ラストオーダーの時間‥もう、出ようか」
「ム、もうそんな時間かね?」
膝にかけたナフキンを軽く丸めテーブルに置きぼくは会計を促すため軽く手を上げた。
僅かに縋りつくような御剣の視線が気持ちいいって言ったら…変?
「この後、どうする?二件目に流れてもいいけど明日仕事なんだよね?うち来る?」
「……いや、今日は遠慮しておく」
「なに?持ち帰りの仕事?」
「と、言うほどではないのだが、目を通しておきたい資料があるのだよ」
「ふうん…そう、あんまり無理すんなよ」
ウェイターに見送られながらレストランを出れば夜の風が物寂しさにすすり泣く心をそっと撫で
「マッチ売りの少女が灯した明かりが消えてゆく瞬間って、こんな感じだったんだろうなぁ」
ぼくは堪らず小さく零した。
「うん?何かね?」
「あぁ…なんでもない、独り言。それよりさぁ御剣は試写会行きたいんでしょ?付き合ってもいいんだけどね、付き合ってもいいんだけどその前に…その招待券だけどどうしたの?誰にもらったの?歩きながらでいいから話して聞かせてよ」
惚れた弱み‥イエスしかない答え‥にしたって、ヤキモチの一つくらい焼かせてくれてもいいんじゃない?なんてさ、ぼくも存外勝手だよね。




2009/9/18