胸の高鳴りを証明するには開胸手術でもして心臓を見せるのが一番早い?想う気持ちや君相手の妄想を証明するなら頭の中に連れてゆくのが一番わかりやすい?
でも、どうだろう。
もっと手軽に、もっと迅速に、心と身体に直結した状況証拠を提出するなら?
‥目で見たものしか信じないと言ったのは君だよね。
証明しろと言ったのは君だよね。
「どうした‥打つ手がないなら‥」
やれやれ、無駄な時間を過ごしてしまった。とでも言うように、考え込んでいる僕から目線を逸らし組んでいた腕を外しかけた御剣。
頭の悪い困ったちゃんを体よくあしらう口実が証拠の開示だったのかもしれなくて、はなから僕の告白にまともな対応をする気がなかったのかもしれなく‥そもそも僕が君に恋してるということすら信じてなかったのかもしれない。
一応話を訊く振りをして強引過ぎる特攻を煙に巻いてしまおうなんて算段だったのかもしれないけど。僕は諦めが悪いんだ。木槌が打たれる瞬間まで足掻いて足掻いて‥見苦しくても足掻きまくるんだ。
「ま、待った!」
机に置いた手の内側にはじっとり汗をかいていた。
縋りつくように待ったをかけ、滲んだ汗ごと拳をつくり、打ち切られる寸でのところで僕お得意の巻き返しを図る。
「言ったよね‥」
「なにをだ」
「僕が御剣を好きということの証拠を出せって‥これが恋だという決定的な証拠を見せろって言ったよね、君は」
怒涛の急展開を迎える前の静けさ。
僕の闘志はまだ消えたわけではない。
風前の灯の前に佇む被告人を‥絶望感に項垂れる、依頼人でもある容疑者を‥本来あるべき社会へと戻してきた。かけられた真っ黒な嫌疑を払拭し当然の居場所へと戻してきた。
弁護人として本件の被告人を救うため、なけなしのプライドもかなぐり捨て挑む。
本件の被告人は誰かって?そんなの決まってるじゃん!
僕、
僕自身が君の審判を待ってるんだ!
「見せてやるよ。君の望む証拠ってやつを」
ナリフリなんか構っていらんないよ。はったりでも何でもかましてやる。
「ほう‥それは楽しみだ」
御剣の一旦逸れた関心が僕に戻ってきたのを確認し
「本当にいいんだよな?後で後悔しても遅いんだからな」
最後の‥‥これは警告だからね。
「クドイ‥そこまで念を押すのだから、その証拠とやらがどうしようもないものだったら即刻退出するのだぞ」
警告で張った有刺鉄線を君は乗り越えてきた。もう、後戻りなんかできないんだから‥君も、僕も、ね。

「?」
いかにも怪訝な面持ちで僕の一挙手一投足を見詰めている君の視線を痛いくらいに感じながら、僕と君の前で嫌味なくらい存在を主張しているデスクをぐるり迂回して、これまたいかにも高そうな革張りの椅子の横に立った。
「‥なんだ」
「見せろって言ったのは君だぞ」
「うム、そうなのだが‥」
「だったら協力しろよ」
御剣はすごく優秀で有能な検事で、頭の中で組み立てられた隙のない筋書き通りに物事を運ぼうとするきらいがある。凡人には勿論、熟練した法曹家にも鮮やか過ぎて崩せない筋書きに最後は項垂れてひれ伏ししかない。あれよあれよと言うまにコロコロ手の平の上で転がされ、涙を呑んだ弁護人や被疑者たち。
完璧を誇る師の教えを忠実に守り、完璧なまでの裁判をしてきた。無論、ついてくる結果は彼の求めたものばかり。
僕なんか本当は足元にも及ばないのかもしれない。何度か検察側が求める結審を覆したことのある僕でもあれは奇跡じゃないかって今でも思う。
彼に弱点なんかない。どれだけ必死にアラを探したところで悲しくなるだけだ。
同じ人間なのにこんなにも違うと卑屈にもなりたくなるんだけれど、たった一つ‥たった一つ‥針の穴ほどの隙間を縫い懐に入り込めるかもしれないって。砂粒ほどの可能性でもあるんだってことに、ちょっと気づいてしまった。
気づいて、少しだけ得意になって、意外性に驚き、共感し‥惹かれた。
恋の始まりなんてそんなもんさ。壮大なドラマの始まりは、いつだって些細な切欠からなんだ。
「協力?」
椅子に座りながら僕を見上げる瞳には僕が惹かれた意外性が潜んでいる。
「そう。君に見せたい証拠を引き出すには、君の協力が必要不可欠なんだ」
冷静さを装って、伸ばした僕の手の指が真っ白なシャツの襟にかかる。しゅるしゅると小さな音を立て緩く結んだ襟が外れた。
へぇ‥指触りがいい。僕が着るには抵抗のあるシャツは思った通りシルクだった。
通気性・機能性・懐具合を並べ比べ手に取る僕のシャツとは、見た目もだけどこうして触ってみればまったく異なるもので、上級検事ともなるとこーゆーところにも気を遣わなきゃいけないのかなぁなんて思ってしまう。
ギャザーのはいった襟は御剣のトレードマークみたいなもので、再会した時はうげっと内心引いちゃったんだけど、今となってはひらひらのふわふわのつやつやがとっても似合ってると抵抗どころか好感を覚えてしまうから不思議。
何度、僕はこの襟を外したことだろう。
臙脂色のジャケットを剥ぎ取り、きっちり着こなしているベストも脱がせ、最後の砦となるシャツのボタンに手をかけ、日に当たる機会の少ないであろう身体の部位を眺める。骨格や筋肉のつき方、肌のキメの細かさに体温‥僕の頭の中でそれらは本物と照合されることはなく在り続けた。
この瞬間を何度も想像したんだよ?
装備が厚ければ厚いほど、それを解いて行く過程にこだわりができるものじゃん。
ただ、僕の想像にはこのシャツの手触りが欠けていた。だからこれからはそれも追加しなくちゃね‥湧き上がる高揚感を必死で隠しながら現れた首筋に指を這わせた。
「成‥歩堂」
とくとくとく‥脈打つ音が指先から伝わる。
「成歩堂」
声帯が震えると首筋の筋肉も震え、じわじわと上がる熱量。
「成歩堂っ」
あからさまに動揺し声を荒げた御剣に僕は爽やかに微笑んでみた。
「‥なに?怖いの?」
「…っ」
怖いのか?僕にそう訊かれてぐっと息を呑む。
男としてそう容易く恐怖とか不安を認めらんないよね。
なんだろうなぁ…自分はこういうことに関してはソフトな方だと思っていたんだけどなぁ。
好きな子には優しくして、大切に扱って、かけらでも暴力的な言動も行動も起こさないって、自分なりの理想枠ってのがあった筈なのに。相手が男だから…そういうことじゃなく、御剣だから?一筋縄ではいかない相手だから高圧的な態度をとっちゃうのかなぁ。
こんなにドキドキしてるのに。
君に触れることができてこんなに嬉しいのに。
理性と本能の狭間に揺れるって、こういうことなのかな?昂ぶり過ぎて正気を失いかけちゃってるのかな?
言葉を詰まらせながらも気丈に僕を睨み付けてくる、その目つきにゾクゾクしちゃうのってどうしてなんだろう。
「…大丈夫、御剣が怖がることなんてしないよ。僕が君を好きだという証拠が見せれるようになるまでだから‥そんなに長いことかからない」
自分で自分を抑制しなくちゃ証拠を突きつけたところで終わっちゃうもん。
僕は妄想を現実のものにしたいわけじゃなく、付き合って欲しいの返事が欲しいんだ。
証拠を見せたら返事をすると言った御剣の言葉を信じてるんだ。
あぁぁ‥でもなぁ。僕が用意できる証拠を見て頷いてくれることなんかあるんだろうか。証明することと判決の内容は合致しない、多分‥絶対‥。分かってるんだけど‥

どうにも止まらないところが哀しい男の性なのかな?





    



2007/7/31
mahiro