「えっ‥えぇぇ?!しょ、証拠?!」
思わず声が裏返っちゃった。
まさかそんな切りかえしがくるなんて、そ‥想定外だったから。
御剣相手だからそれなりの覚悟はしていたさ。ばっさり切り捨てられても仕様が無いとも思っていたし、奇跡でもなければ良い返事なんてもらえないとも思ってたけど。証拠を見せろだなんてどうしたらいいのさ?!
池の鯉並みに口をパクパクさせている僕に、当然だとでもいうみたいに御剣はフンと鼻を鳴らし
「私は自分の目で確認できないものは信じないことにしている。口先だけなら人はなんとでも偽りを述べることができるからな。確かな証拠で証明できるのなら潔く私も返事をしよう」
ポンと手にしていた書類を机の上に放り投げ腕を組んだ。
これまたいつかの法廷を見てるみたいじゃないか?突破口を開くため闇雲に異議を唱える僕を冷ややかな態度で諭す天才検事サマが目の前に居るよ?
青春時代真っ只中、十代の青少年の告白とは違い、スレちゃった大人の告白は甘酸っぱい恋の味なんて薄まっちゃってるものだけど胸の高鳴り方は変わらない。年をとって臆病になった分だけ告白するには大打撃を食らう心構えとか、失敗した時自分を如何に慰めるかの準備とか、十代の頃とは違った覚悟の仕方があって‥
僕側の準備は完了してる!
‥そう腹を括るまでの葛藤は凄まじかったんだ。
準備できてる‥これで何があっても大丈夫‥僕の自信はあっけなく砕かれた。
僕が御剣を好きな証拠?僕が御剣に恋してる証拠?
手持ちの記録を確認してみても‥‥準備‥できていません。僕は今この場でそれを証明できるものを持っていませんヨ。
「えーと‥き、君のことを考えると胸がドキドキする」
‥‥‥。
ダ、ダメか?
「美味しい物を食べた時、御剣にも食べさせたいと思う」
こ、これもダメ?
こういうことじゃないのかな‥。
「朝起きた時とか、夜寝る時とか、事務所に居ても、外を回っていても…ふとした瞬間にとか君は何してるかなって気になる」
…うわ‥指をトントンしだした。
め、目を閉じちゃって‥瞑想してる?
「今、君にキスしたい」
あっ‥慌てて目を開けた。身の危険を感じたのか‥単に僕を睨み付けたかったのか。
心証を害しちゃったみたいで、こめかみに青筋が‥。うぅ‥このままではまずいよなぁ。
「そうだ!これっ!君の写真を持ち歩いてる!」
ピカリン!僕は瞬き一つすると胸の内ポケットから薄い手帳を取り出して、そこに挟んでいる写真を突きつけた。
物的証拠、ここにあるよと自慢げに笑顔を見せる。
「どうだい?写真を携帯してるってことは意味あることだよ?」
「成歩堂、やはり君は甘いな」
なのに御剣は腕を組んだまま目の前に差し出された写真を見詰め、溜め息を吐く。
え、なんで?決定的な証拠じゃないから?それとももっとこの証拠品について語らなきゃ納得しない?
「その、心霊写真だが」
む、そうなんだ。折角ナツミさんに撮って貰った記念写真なんだけど、これを見せると大抵の人は驚いちゃうイワクツキなものなんだよなぁ。御剣と僕が仲睦まじく並んで立ってるとか、撮影した時の状況が状況だから御剣がビックリするほど素敵な笑顔を浮かべてるってのとか、僕にしてみれば額に入れて飾ってもいいくらい貴重で大切な写真なのに。
「‥なに?僕は心霊現象について語る気はないけど?」
「いや‥証拠としてその写真には決定的な間違いがある」
なに?決定的な間違いって。
何度も何度も取り出しては、穴が開くほど見続けたこの写真のどこにそんなものがあるのさ。不満たっぷりな僕に
「考えるまでもないだろう。それは集合写真だ」
ぴしゃりと言ってのけたこと。

‥‥‥。
あっ、ああああっ!そ、そうかっ!
人っていうのは自分の都合のいいところしか見ようとしないもので‥御剣が好きという点で僕はそこしか見ていなかったことになるけど、僕たち以外に真宵ちゃんやイトノコ刑事‥それに千尋さんまでしっかり写っているんだよ。
御剣とのツーショットだったり御剣だけの写真なら証拠能力は高いけど‥恋を証明するには人数が多すぎた。
一見しただけじゃあ、限定できない。つか、普通に考えれば対象外だよ…。
「で、でもさ‥あえてこれを出したっていう‥僕の心意気とか‥必死さとか‥そういうのは考慮されたりしないのかなぁ」
う、うぅぅ‥自分でも苦しい紛れに語ってるって分かってるんだ。
「では、その心意気というものも証明してみせてくれ」
く、首を絞めてることも分かってるんだよぉ。
証拠‥証明‥ぐうの音もでないほど確実で異議も申し立てられないほど‥。
「あっ!」
「ム、なんだ」
「いやいや‥なんでも、ない」
僕の家のゴミ箱に使用済みのティッシュがある!なんて言えないよ。これも、御剣を限定できるものが僕の頭の中にしかないから‥。いや、それ以前にありがたくも使わせていただいた本人にその結果を見せるなんて、人として問題がある。
それ自体は男として正常な行為でも、引くよ‥間違いなく引くね。
あぁぁ‥御剣が苛ついてる。
僕のことよりも読みかけの書類を気にしだした。
もうダメなのか。今、それを証明できるものはないのか。
絶体絶命?今日の審議は終了?
目の前がどんどん暗くなってゆく。この感じ、これまで何度も経験してきたことだけど僕はその都度たくさんの人に助けられてきた。
千尋さん、真宵ちゃん、傍聴席に居た矢張にもその切欠をもらったこともあるし、御剣‥本来は戦わなければいけない検事としての君にも救ってもらったよね。有罪を、無罪を勝ち取るのではなく一つしかない真実を僕たちは追いかけた。
裁きを求めることよりも、逃れることよりも、互いの利害関係を無視し、世間の評価や風評にも逆らい曲げることのできない事実だけを求めてきた。
打たれても打たれても挫けなかったのは自分の中にある正義を信じていたから。
立場が違えど、手段は異なるかもしれないけれど‥僕たちは同じ志を持っていた。譲ることのできない信念を持って弁護人席と検事席に立ったんだ。
僕は諦めなかった。
君も諦めなかったよね。
なにか‥あるはずなんだ。可能性がきっとどこかに隠れている。
諦めるって言うことは、その可能性から目を背けること。自分の中にある正義から目を背けること。
最後の瞬間まで‥考えろ。考えろ。

真実は一つ。

僕は君が好きだ‥その一点。





    



2007/7/30
mahiro