恋の証明



いろんなことを考えて、進んだり戻ったりを繰り返し、可能な限りの事柄を想定して、辿り着く答えは一つしかないから腹を括ってみた。
僕側の準備は完了してる。
弁護席に控える時みたいに見かけだけは堂々とした態度。はったりでも自信満々、真っ直ぐ向かい側に控える相手を見据え、こほんと咳払い一つ。
「あのさ‥僕は御剣のことが好きなんだ」
手短に冒頭弁論を終わらせた。

この一言を言うまでにどれだけの時間を僕は費やしただろう。
御剣をそういう意味で意識した時から、疑いと自己嫌悪と開き直りとやり場のない憤りと‥ぐるぐるしてさ。ぐるぐるおんなじ場所を飽きもせず回って 回って、いい加減もうやめようって思ってその場を立ち去っても気がついたらまた戻ってた。無限ループをぐるぐる回る。スタートを切った場所を何度 も通過して浮いたり沈んだりを繰り返し、やっと‥やっと‥抜け出した。
何ヶ月?いや、何年?
僕は御剣のことを考えてた?いやになっちゃうなぁ‥こんなことならもっと早くに認めちゃえばよかったのに。
重くて苦しかった胸がたった一言伝えただけですっきりさっぱりしちゃうんなら、意固地になんかならなきゃよかった。
はぁっ、と大きく肩で息を吐いて、どうだっ!突きつけるみたいに告白したのに肝心の相手は眉一つ動かさないで手にした書類に目を通している。
えーと‥
そりゃね、仕事中に顔を出した僕もいけないんだ。
今手がけている依頼の証拠固めにの名目で警察署に立ち寄って、そのついでに検事執務室のドアをノックした。今度の法廷と僕の恋路、どっちも並走してどっちもいい結果を得ようだなんて欲張り過ぎだってもの分かってる。
僕の都合に付き合ってくれるほど暇じゃないし、その用件がまったくの私用なら時間の無駄だからって相手にもしてくんないさ。
こういうことはついでに言うことじゃない。聞きの体勢になった時に腰を入れて言うことなのも分かってるんだけど‥。
僕を見てよ。
さっきから書類しか見てないじゃん。
僕はここに居るのに‥君が僕を見てくれるまでずっと待ってるのに‥。
「あのさぁ‥聞いてる?御剣のこと、好きって言ってるの聞こえてる?」
僕が君のこと意識する半分くらいは、君も僕のこと気にしてよ。
焦れたように声のトーンを上げる僕をやっぱり見もしないで
「そうか‥」
軽く聞き流してくれちゃう君は…君は、君らしいよね。
「そう‥なんだよ。僕は君が好きなんだ。分かるかな‥僕は御剣が好きで、恋しちゃってるんだから」
そういう意味での好きなんだよと誤解がないように言ってみた。
あ、
よかったぁ‥今度は聞き流されなかった。
仕事熱心な上級検事サマは手にした書類から視線を外し、内心ドキドキ‥でも上辺だけは強気な風に、重厚なデスクの前でふんぞり返る僕を見た。表情を崩すこともなく、動揺することもなく、揺るがない眼差しで少しだけ時間をかけ
「わかった」
どんな反応が返ってくるんだろうと身構える僕に、さらり、頷くとまた書類に視線を戻す。
えーと‥
わかった?君に恋してるっ‥の返事がわかったって‥。
「いやいや、そうじゃないだろ?快不快はこの際置いといて、告白してんだから他に何かあるんじゃない?」
放っておいたらまたしても透明人間扱いになっちゃう僕は、はったりの強気な姿勢を一気に崩し心に汗をかきながらバン!と大きな音をたて、高そうなデスクを叩く。
「君の言うことは理解した。それのどこが不満だ?君の言う何かとは何だ」
てっ‥敵は手強い。そうじゃないかなーとは思ってたけど一筋縄じゃ行かない僕の想い人は、ある意味天然記念物的な問いを投げつけてくる。ひどくまじめな顔つきで。
えーと‥不満、といえば不満なんだけど。あ〜‥う〜ん‥
好きを大事に胸の奥にしまっておくのは消極的で保守的なことだけど、傷つきたくないなら一番安全な方法。関係が壊れたりぎこちない雰囲気に なったり、最悪避けられたりしないし、拒まれることもない。ぬくぬく恋して、ささやかな出来事にときめいちゃったりもして安心安全に相手を好きで居られる。わかってもらえないもの寂しさもあるけど、片恋期間は結構楽しいって知ってる。
そのぬくぬくとした幸せな時間に見切りをつけるのは…自爆覚悟で好きを相手に押し付けるのは…変化の先にある時間を期待しているから。見て いるだけでは飽き足らず、もっと深い関係を望むから。
相当のリスクを覚悟してでも…好きって言いたいんだよっ!
できることなら、好きって言われたいし!
「ぼ…僕の言い方が悪かった。僕は御剣が好きだ‥これは恋なんだと思う‥だから、君がその‥嫌じゃなければ僕と付き合って‥ください」
そうだね、そこまでいわなかった僕にも非はあるよ。譲歩するさ。僕自身のために。
「ふむ‥そういうことなのか。それならそうと‥何故始めからその質問をしない。私は弁護席に立つ君に常々感じていたことなのだが、成歩堂‥君の話は要点がはっきりしないことが多い。それが戦術だといわれれば仕様が無いと思うしかないが、もっと的確に整理して話をしないと時間ばかり無駄に費やすことになる。限られた時間内で如何に正確な情報を引き出せるか‥もしくは証言の矛盾点を見つけることができるのかというのは弁護人だけでなくその事件に関わる者なら心がけねばいけないことだ。なのに君はのらりくらりと異議を唱え‥‥」
いや、
いやいやいや‥待ってくれ。僕は君に法廷人としての心構えを聞きたかったわけではなく‥告白の仕方を習いたかったのではないんだよ?
「話題っ」
なんとかちくちくと続く僕への指摘に言葉を挟んで遮ったお説教。
不満げに眉根を寄せる御剣に軌道修正を求める。
「話題‥逸れてるから」
「ム‥」
「まずはこっちが先だろ?僕は君に恋してる。だから付き合って‥それの答えは?」
ムードもへったくれもないよね。トホホな気持ちで勢いに任せ駆け足で迫る。僕らしいといえばそうなんだけど‥。
ぐぐっと前屈みになってしかめっ面な君の答えを待つ僕。
いつかの法廷を再現してるみたいだ。
「成歩堂‥」
「は、はいっ」
しばし考えた後、いかにも真面目くさった表情で僕の好きな人は声のトーンを元に戻し訊ねる。
「質問に答える前に確認しておきたい。君は私のことが好きだと言った。恋をしているとも‥それは本当か?」
確認したくなる気持ちはよくわかる。
男が男に告白ってかなり異例なことだし、にわかには信じられないもんね。
僕自身、何度も自分に問うたさ。本当に御剣のことが好きなのかって‥これは恋なのかって。否定したい自分と、認めたい自分と、両方の自分に何度も問いかけた。
「本当だよ!間違いじゃない‥僕は君のこと‥」
とことんまで突き詰めて出た答えなんだから‥僕に表せる精一杯の誠意を込め、揺るがないたった一つの真相を突きつけ‥る‥絶妙のタイミングで。
「では、その証拠を見せてみろ」


‥この台詞を聞くとは思わなかったよ。





  



2007/7/29
mahiro