「やっぱり!」
あまりにも簡単に答えが返ってきたことに手を打って喜んじゃった。
過去にそーいうことが無きゃ…それもそれなりに数が無きゃ…平然としてらんないかもね。なるほど…。
「バレンタインは本来男性が日頃から親しくしている相手に敬愛を込めてプレゼントをするものだよ。主に女性相手にメッセージカードと一緒に薔薇の花束などを贈ったり。国によっては贈る花の本数に意味などあって…日本では女性の為の日になっているようだが親愛を込めるという点では共通している」
「で、でも初めて男の人からプレゼントを貰ってビックリしませんでしたか?一応、ココ、日本ですし」
「ム‥それは‥始めその意図が理解できないでいたのは確かだが、お歳暮と同じ感覚で受け取ればいいのだと言われればそういうものだと‥」
あ、だから!
すりこみなんだ!最初にそういうものだと教えられたからそれ以降の捉え方が少し歪んで固定されちゃったんだ!
それに多分、その捉え方を誰も修正しなかったから信じ込んでるんだ!修正する人がいなかったのが御剣検事にとって幸いなのか不幸なのかわかんないけど。
なるほどくんは御剣検事のことをよく素直じゃないって言うけど、そういうもんだからと教えられてソレを疑いもせず鵜呑みにし、いつの間にか一般常識化しちゃってる人のことを素直といわずしてなんて言うんだろう。ねぇ、なるほどくん。御剣検事ってなるほどくんが思ってるよりずーっと素直に生きてるよ?
「だったらお歳暮の意味が無いじゃん、バカ」
ナルホド、ナルホドと、あたしが御剣検事の言葉に納得していると押し黙っていたなるほどくんがふてくされた表情のままぼそっと呟いた。
「っ‥ケチの次はバカか?君は難癖をつけるのが得意なのだな」
「分けのわかんない理屈を鵜呑みにしている相手をバカって言わなくてなんて言うのさ。あ、バカの付くお人好しの方がもっとピッタリかもね!」
‥今度は呟くなんてものじゃなく皮肉が篭ってる。まぁ、なるほどくんの不機嫌になる気持ちはわかるからさ
「まぁまぁ、なるほどくんも‥誰にでも思い違いとか誤解ってものはあるもんだし」
どうどうと宥めるけど。
「それが下心のある袖の下なら受け取るつもりは無いが、純粋な好意は向けられて嫌な気はしないものだろう?」
下心のある袖の下ってのは賄賂のことなんだろう。検察側の手を緩めて被告人に温情ある接し方を‥みたいな?そんなバレンタインのプレゼントなんてあるわけないのに?
「バカバカバカ!純粋な好意でバレンタインに贈り物なんかするわけ無いじゃん、バカ!下心アリアリだっての!丸め込まれるな、バカ!」
「貴様‥その無礼な口を縫い付けてくれようか!」
「ああいいよ!縫い付けられたってバカって言ってやる、御剣のバカ!」
なるほどくんは御剣検事のことになると見境無いし限度を知らない。
さながら目の前に人参をぶら下げられた馬とか鹿せんべいをちらつかせられた奈良の鹿とか、ターゲットを決めた湘南海岸のトンビとか。それしか見えてないしそのためなら恥も外聞も無く猛進して、手段を選ばないとことか呆れるを通り越して怖い。良く言えば一途。悪く言えば変質的。そして、大人気ない。
「もっと常識的に生きろよ!大人社会の純粋な好意なんて童貞が書くエロ小説くらい夢見がちで非現実的なんだから!」
更に最悪なのは自分のことをムチャクチャ棚に上げて、過去の行いを顧みないで堂々としているところだ。
あのさぁ、なるほどくん。真宵ちゃんは花も恥らう乙女なんだよ?その乙女を前にして童貞とかエロとか、やめようよ‥なんて常識的な注意をする気にもならない。
「き、貴様に大人社会の常識が何たるか説かれるより、ミサイルと人生観を一晩中語り合った方がはるかに有意義だ!」
御剣検事と共通してるね、あたしの考えは。
なるほどくんが一般論を語ったところで(喩えそれが超正論でも)信頼は‥‥ごめん、無いに等しいよ。
「じゃあそこにぼくも同席して一晩中君を抱く!」
「な?!何を言い出すんだ!い、意味が分からん!」
「だって君がぼく以外のやつと一晩中一緒にいるって言うから!」
なるほどくん!話がとんでもない方向に飛躍しちゃうからムキになっちゃダメなんだってば!
「君には皮肉も通じないのかね?そんな人間が大人社会の常識との給うなど片腹痛いわ!」
御剣検事も真っ向勝負を挑まないでください!
ほんと、二人とも大人気ないにもほどがあるんだから。
二人の今にもつかみ合いになっちゃうくらい激しい舌戦にあたしは付き合いきれなくなってセコンドアウト。勝手に犬も食わないやつをしていてくださいなと取り残されっぱなしのプレゼントの山に向かった。
「ふうん…」
このグループは男の人からのプレゼントなわけなんだ。
あたしはなるほどくんがきっちり正確に分けたプレゼントの一山をしげしげと眺める。そこにはさっきなるほどくんが念入りに観察していたテディベアがいて、これって男の人からのプレゼントだったんだと驚いた。前後左右、あらゆる角度から見てもそこにはその事実を立証する証拠なんか無いんだけど…なんとなくね、この送り主は御剣検事相手に、とてもあたしには理解できない類の夢を見ているんだってことは想像できた。
こっちの箱の中身はタイピン…にしては大きさが…ブ、ブローチなのかな?アクアブルーの透明感のある石がキラキラ輝いているブローチ。これであのヒラヒラをとめてくださいってこと?
こっちの箱からはなんだかいい香り。パコッとおしゃれなストライプの箱を開けるとガラス容器に入ったカラフルな蝋燭。
真宵ちゃんもね、女の子だからこれが何なのかぐらい分かるよ?アロマキャンドルだよね。燃やすといい香りがする。
「み・れ・な…ず…ぶ、ぶてぃっく?」
キャンドルのメーカーはよくわかんないけど、箱といい見た目といい、確実に高そう。キャンドルねぇ…キャンドル…使ってくださいってことなんだよね?御剣検事に。
‥一つ二つ、中を見ただけで背中がどーんと重くなった気がする。
ゴロゴロ転がってる未確認のプレゼントはまだまだあるけど、あたし、もうお腹いっぱい‥チョコなんてひとかけらも食べてないけど。
そりゃー、テディベアだってブローチだってアロマキャンドルだって素敵なプレゼントだと思うよ?女の子が喜びそうだし可愛かったりおしゃれな印象もあるけどね、相手が異性‥女性な場合は、だよ。せめてね、贈る人の性別か貰う側の性別のどっちかが違わなきゃ‥って、そういう問題?あれ?あたし、こんがらがってきてる?
先入観なしの状態だった時にはカワイイの一言ですんだテディベアも送り主の性別が分かっただけで軽く引いちゃうのは偏見が過ぎるのかなぁ。茶色のベアーの両腕を左右に閉じたり開いたりしながら唸るあたしをよそに二人はまだ言い争ってて、その内容はバレンタインどころか街頭で配られてるビラをどう断るかって、どうでも良いようなことに飛躍していた。
介入もしたくないけどほっとくわけにもいかないこの‥漫談?を静止する技量は残念ながらあたしには無い。お姉ちゃんにでも来てもらわなきゃいつまでたってもあたしの口に何も入らないわけで…。
途方に暮れた。
途方に暮れたついでにさっきから気になってたテディベアの耳についてるタグの文字を読み取ろうとする。ん?知ってるよ、こういうのって現実逃避ってやつだよね。え?違う?
「し‥‥す、かな‥ていふ?」
あってるかわからない読み方‥この子の名前なのかなぁ。しすていふ、ちゃん?あたしに分かることは多分この子は日本生まれじゃないってことぐらい。
「あぁ、それはシュタイフと発音するのだよ。ドイツの縫いぐるみ製造メーカーの名前だ」
なるほどくんとの漫談に嫌気がさしたんだろうか、御剣検事があたしの間違った解読を横から正してくれた。
「えええっ、どうしたらこれをシュなんて読めちゃうんですか?そういう大切なところは省略しないで欲しいですよねっ!」
間違えたことより読み方が納得いかないあたしは、ぷっとほっぺたを膨らまして
「まあ、そういうものだと思うしかないだろうな」
御剣検事は僅かに肩を竦めふっと鼻で息を吐くと、なるほどくんと漫談していた時とは打って変わった砕けた表情を見せた。‥‥まあ、砕けたって言っても厚くて固い岩盤にほんのちょっとヒビが入ったくらいだけど、普段が普段だから少しの笑みでも貴重だって分かるから、御剣検事の微笑みに免じて不問としよう。ね、シュタイフちゃん‥て、この子の名前じゃなかったっけ。
「ちょ、まだ話は終わってないじゃないか!聞けよ!」
なるほどくんが何か叫んでるけど
「御剣検事、テディベアに詳しいんですか?ちょっと、意外」
「ム‥詳しいというほどではないが、多少のことは知っている」
二度も途方に暮れたくないからね。この際、聞こえないフリをしちゃおう。
「その耳のタグはボタン・イン・イヤーと呼ばれていて、シュタイフ社の自信と誇りの表れなのだよ。黄色地に赤い文字は定番品、白地に赤字はイベントなどの限定品、白地に黒はアンティークベアーのレプリカ、そのように区別されている。定番品に比べ限定品やレプリカは一般的に手に入り難いと思いのだが…」
「へぇ…じゃあじゃあ、この子はレプリカってことで…もしかして、結構な値段しちゃったりして」
「うム…いくらなんでもこのような高価なものは気軽に受け取るわけには行かないから遠慮したいと申し出たのだが、当の本人はほんの気持ちだからと頑なで…」
「う、うわぁ…」
ふうん、なんて悠長に相槌なんて打ってたあたしだけど、流石に引いた。
引き過ぎて、言葉も出なかった。
だって御剣検事が”いくらなんでもこのような高価なもの”って言うんだよ?相当だよ、相当高値だよ、この熊が!
…いやいや、熊がじゃなくて!相当高価なものをバレンタインにプレゼントしちゃうのって、何て言うんですか?ねえねえ、あたしの考えが間違ってなければ
「お返しもいらない、部屋の片隅においてくれるだけで良いからと言うや否や飛ぶように立ち去ってしまって、正直対処に困っているのだよ」
「うわぁぁぁ……」
間違ってなければ、ほ、ほほほ本…気熊と言うのでしょうかっ?!
いやいやいや、そもそもこの日にプレゼントを渡しちゃう当たりが本気色ベタ塗りなんだけど!逃げ場の無い現実ってのが目の前に…手元にあると…こ、怖い。
怖い…
それはプレゼントに篭った情念
もっと言うなら、そんな状態を”正直対処に困っているのだよ”で済ませちゃってる…そんな怖いプレゼントをお中元お歳暮と同列においてる御剣検事の…大人の一般常識だよ?
「だーから、お返しはいらないって押し付けてったんだから、する必要ないんだってば!」
オドロオドロシイ物体になってたテディベアをあたしの手から取り上げたのはなるほどくんで、強い口調で言い切ったのも救いの蜘蛛の糸。法廷以外でなるほどくんが頼もしく見えちゃうのは滅多に無いことだ。
「そ、そうは言っても…」
「お返しなんかしたら自分の首を絞めるだけだし今の百倍面倒なことになるんだ!それに正直対処に困るんだろ?だったら来年からお前、バレンタインは不参加、棄権だからな!局内放送でも回覧板でも何でも良いからそこんとこ徹底。いっそのことバレンタイン前の一ヶ月くらいサンドイッチマンにでもなれよ、プレゼントお断りって看板背負ってさ!」
「ム、ムム…」
「部屋の片隅においてくれるだけで良いだって?冗談じゃない!何が仕込まれてるかわかんないもの進入禁止!特に熊は前例あるんだからな!」
勢い付いたなるほどくんは良くも悪くも鬼神みたいで、有無も言わせない押しの強さと鬼気迫る迫力があって今度ばかりが御剣検事も眉間にパキパキとヒビをいれ唇をかみ締めるしかないようだった。
熊ね。全ての熊のぬいぐるみがそうじゃないと思うんだけど熊はね、要注意だよね。
いくらシュタイフ社の熊だって、熊だから。レプリカでも超高価なものでも、熊だから。なるほどくんにしてみれば良い印象は無いよね。
それにぬいぐるみには念がこもり易いし。
「これはあとでぼくがチェックして‥‥‥そうだ、真宵ちゃん」
「な、なに?」
「いる?アンティークベアーのレプリカ」
…………さ、最低だ。
分かってたことだけど、なるほどくんのこういう大雑把なところ、最低だ。
ムカつくくらい爽やかな笑顔でテディベアを掲げるなるほどくんをあたしはあんぐりと口を開けて見詰め、カチカチゼンマイ仕掛けの人形みたいにぎこちない動きで視線をなるほどくんのいる場所の反対方向に移すと、あたしと同じように御剣検事も目をまあるく見開いて絶句していた。
「仕掛けがあっても僕が取り除くし、変な念が入ってても真宵ちゃんなら自己処理できそうだし。ほら、本職だからさ。よく見たらこいつ可愛い顔してるし、捨てるには勿体無いじゃん?」
そりゃあ、そうかもしれないけど…勿体無いとも思うけど…そういう問題?!
なるほどくんてば、どれだけ御剣検事だけ好きなのさ!御剣検事のことになると異常なくらい機転が利いて石橋を叩いても渡らないくらい慎重なのは知ってるけど…超限定的過ぎるよ!知ってたけど!
「な?御剣もそれでいいだろ?」
いいだろ?なんて確認してるつもりでも決定なんだよね。
もしココで御剣検事が何か言っても譲る気なんか無いくせに。
「……そうだね、御剣検事がいいって言うなら貰っとこうかな。でもその前になるほどくん…一発殴っていい?」
あたしは口元を引き攣らせながらなるほどくんに負けないくらい清々しい笑顔で訊ねた。




    



2008/3/24
mahiro


Milena's Boutiqueのアロマキャンドルは一個1万↑です(^^)