冷えた耳たぶを確認しながらお盆片手、部屋に戻るとさっきとは少しだけ様子が変っていた。
机の上に手提げ袋の中身が散乱していててカップの置き場に困るほど。
「あ、本当に僕の分のお茶、淹れてくれなかったんだ」
なるほどくんは眉山をひょいと上げながら言うけど、当たり前でしょ!真宵ちゃんは御剣検事みたいになるほどくんを甘やかしたりなんかしないんだから。
「全部取り出して何するの?」
ちゃんと茶葉から淹れた紅茶を御剣検事の前に置き、なるほどくんのボヤキをさらっとかわしこの状況を訊ねる。
「うん?まあ、確認‥かな?」
確認て‥。
一つ一つ品を手には取ってるけど開けるわけじゃなく、品物の外見を四方から眺め机の上に戻す‥何を確認してるかわかんないよ。
そう思っているのはあたしだけじゃない。御剣検事も紅茶を啜りながら怪訝な面持ちでことの成り行きを静観している。否、静観せざるを得ない独特の空気なんだよね。
や、やだなぁ‥この感じ。
理解も想像もできない気持ちの悪さがいやなんじゃなく、これまで幾度と無く見たり遭遇したりした普通とはかけ離れた‥言うなら異常すぎるなるほどくんの感覚を目の当たりにさせられるんじゃないかって予感が‥。しかもその予感は十中八九当たっちゃうこれまでの経験が‥警告してるんだと思う。
常人には理解不能な偏愛をこれから見せ付けられるんだって。
ソレが発動する前にこの場から離れるのが最善の策なんだろう。あたしの中でわりと良いイメージのバレンタインがこの先違ったものになってしまう前に適当な言い訳を付け帰っちゃうのが一番なんだろう。
分かってるんだけど‥経験上分かってることなんだけど‥
ついつい成り行きを見守っちゃうのは、怖いもの見たさなのかな。絶叫するって分かっていながらジェットコースターに乗り込む心境に近い‥無謀な好奇心なのかな。
それとも気持ちが悪い気がするってのじゃなくはっきりキモイって断言したいだけなのかも。うやむやな答えより確実な断定の方が気分的にすっきりする‥後味はどうであれ。
「それにしてもこんだけプレゼントが並ぶと壮観ですね。形とか色、ラッピングの仕方も一つ一つ違ってて見てるだけで楽しいです」
「そういうものかね?ここだけの話、私には重圧の方が強いものなのだが」
「あ、そうか‥お返しが大変そうですもんね。チョコがいっぱいで嬉しいばっかりじゃないんだ‥貰いすぎるのも良し悪しかぁ。やっぱりお返しを選ぶのは御剣検事なんですか?」
「そうだな‥相手に失礼の無い品をと思うと自分の目で確かめたいからな」
「わー‥律儀ですね」
「いや‥そうとも言えない。送り主が分かっているものはいいのだが、そうでないものはどうしていいものか分からなく、結局何も返せないまま月日が経ってしまうことも少なくないのだよ‥申し訳ないことに」
「いいんじゃないんですか?ただ渡したいだけでお返しはいらないって人もいるんでしょうし‥渡すだけで満足する人もいると思いますよ?」
「ム‥だが貰いっぱなしは失礼にあたると思うのだが」
「それがお中元お歳暮との違いなんじゃないんですか?多分ですけど」
「お返しなんてしなくていいよ」
あたしと御剣検事がなるほどくんの作業が終わるのを待っている間他愛も無い感じで話しをしていると、作業の手を止めずなるほどくんがさくっと会話を切った。
「そもそもたいした付き合いも無い相手からのプレゼントなんてもらう方がおかしいんだよ。相手は自己満足で勝手な感情を押し付けてくるんだから、無作為に受け取って変な期待を持たせちゃいけないんだ‥僕って立派な恋人がいるんだから、君には」
‥それは正論なのかもしれない。立派、かどうかは疑問だけど現状恋人のなるほどくんからしてみればこのプレゼントの山は決して気持ちのいいものじゃないだろうし、御剣検事の社会性を無視すれば無情な言い方だって出来る。
社会人の円滑なお付き合いを多少配慮する広い心を打ち捨て、勢いに圧されちゃう御剣検事の性質を考慮しなければあっさり言えちゃう台詞だ。実になるほどくんらしい大人気の無さだけど。
「なるほどくんの気持ちもわからないでもないけどさぁ‥そんなメクジラ立てていうようなことじゃないと思うよ?」
受け取ることも義理を果たすことだと捉えているのだろう御剣検事はなるほどくんの偏執的な台詞に価値基準の見直しを余儀なくされ言葉無く固まっているから、
あたしはその場の空気を何とかしようと直情的な子供を宥めにはいる。
急になるほどくんてば尖った感じになるんだから‥どうしたんだろう。
「そりゃぼくだって義理としか思ってない御剣にこんなこと言いたくないし、一方的に押し付けられるものなんか気にしてらんないけどさっ」
あ、大人気ないって自覚はあったわけだ。
「これは断れよって言ってもいいんじゃない?」
これって、どれ?
いつの間にか机の上にはグループ分けされたっぽいプレゼントの山がいくつか出来ていて、その中の一グループをどうだとばかりに指差す。
その中にはさっきなるほどくんが観察していたテディベアがあり、それ以外のプレゼントもどう見ても中身はチョコじゃないと分かる形で
「海外じゃどうか知らないけどここ日本じゃ、バレンタインプレゼントを男に贈らないよ!間違いなく!」
証言の矛盾を徹底的に崩す決定的な証拠だといわんばかりの思い切りの良さでなるほどくんは突きつけてきた。
「え、えぇぇぇ?!男の人からのプレゼント?!そ、そりゃーちょっと衝撃的だけどっ‥ほんとですか?!」
ちょっと、まさか、そんなっ?!
バレンタインのプレゼントを公然と男の人が同じ性別の人にあげるのって聞いたことがないよ?完全に人事でもビックリだし、あたしみたいに男の人同士の色恋沙汰に態勢が出来ちゃってても(もちろん一部の影響で)軽く引いちゃうよ!
なるほどくんの被害妄想で勝手に決め付けてるんじゃなければ結構‥問題にされてもおかしくない事態だと、あたしはひとしきり驚いた後御剣検事に事の真相を訊ねてみた。だって送り主が分かっているんだもんね?
「ム‥送り主がかね?それらが全てそうなのかは如何とも言えないが、いくつか男性からの品はあったように思う。待っていたまえ‥今確認するから」
み、認めたよ?とりあえず男の人からプレゼントを貰ったことをあっさり認めましたよ?
あたしの驚きっぷりに少し顎を引いた御剣検事は戸惑うことなく頷き、より正確な答えを把握しようと内ポケットにしまってある手帳を取り出そうとした。
「いやいや、そこ、平然と確認するとこじゃないから!」
「うわぁ…本当なんだぁ…なるほどくんの意味不明な憶測じゃなかったんだ。凄いね、何で分かったの?メッセージカードとか入ってたの?」
「ん〜‥なんとなく見た目で」
「えっ?見た目?!見た目でプレゼントの送り主が男の人って言ったの?なるほどくん、根拠のないハッタリは法廷だけにしてよ!」
凄いってなるほどくんにちょっぴりだけど羨望のまなざしを向けたあたしは何なのさ!あの自信満々の態度にダマサレタとガックリしたんだけど、ハッタリはハッタリでもあながち間違いじゃなかったんだよねー‥。それって、カマをかけたってことなのかなぁ‥そっちの可能性を示唆するなるほどくんは思考が柔軟なのかも。
「真宵君‥その…成歩堂が指したものは送り主が男性なのは間違いないようだ」
あたしが半ば呆れたようになるほどくんを見ていると、手帳に書かれたリストと照らし合わせた御剣検事が戸惑いながら検証結果を報告してくれ、一旦引っ込んだ驚きが二倍ぐらいの大きさになって飛び出した。
「ほらね、やっぱ当たってたでしょ?ね、その手帳見せてよ」
「断る、相手側のプライバシーにも関わることだからな」
「いいじゃん、ちょっとぐらい…メッセージカードとか探せばあるんだし、それで相手が分かるんだからさ。見せてよ」
「生憎、カード類は抜き取って別に保管してあるから個人を特定する証拠は殆ど残っていないはずだ」
間違いないんだ‥男の人が同性相手に、よりにもよってバレンタインに贈り物をしちゃうのってどういう意味なんだろう。
「別に相手が分かったからって変なことしないからさぁ…ちらっとでも」
「無駄だ、どう言われようとも拒否する」
なるほどくんと御剣検事間なら分かるんだ。二人は堂々とした(?)カップルなんだから告白というより想いを伝え合うってことでそういうことがあっても驚きはしない。(…今のところそんな気配はないけど)
でも、そうじゃないんだよね…一方通行での事なんだよね…。わかってるのかなぁ…御剣検事はわかってるのかなぁ…バレンタインに義理ってモノは存在するけどお中元やお歳暮と同じじゃないってこと。女性同士ならそれで通用しても男性同士じゃあり得ないってこと、分かってるのかなぁ!
「それってぼくを信用してくれてないってこと?恋人相手にヒドクない?」
「何が酷いものか‥トウゼンの判断だ。君の言動は時に私の考えを容易く超えてしまうのでな‥何かがあってからでは遅い。諦めたまえ」
「御剣のケチ!」
「ケチとは違うだろう!」
あたしがチョコの意味を考えてぐるぐるしている間に二人の会話は脇道に逸れ、逸れこそ大人気ない鍔迫り合いになってきていた。
御剣検事ってば、確かになるほどくんにその情報を与えたらどんなことが起こるか分からないから保護しなきゃいけないんですケド、ご自身のバレンタインの捉えかたの方を正すべきじゃないですか?
なるほどくんが懸念してる方向性は間違ってないんですよ?
多分、世間一般的に見ても、明らかに…変ですってば!送り主が分かるようにプレゼントが贈られることも、他のプレゼントと同列に置いちゃうことも、変ですってば!変なところで疎い御剣検事でもおかしいと思わなくちゃ!なんで、気がつかないんですか?
…あれ?
もしかして…ううん、もしかしなくても。
「御剣検事、今までも男の人からバレンタインにプレゼント貰ってたんですか?」
何故御剣検事のバレンタインの観念が普通とは違ったものになっちゃったのか考えたら、閃いちゃった。ほぼ間違いなく当たってるだろうって事が閃いちゃって、二人が言い争ってるところにあたしはその閃きをぽんと投げかけた。
ぴたっと言い争いが収まったのはなるほどくんがあたしの言葉を聞いて固まったから。開いていた口をきゅっと閉じてふてくされたような表情をしたからで
「うム、そうだが」
シンとなった所内に御剣検事の声が響いたのだ。





    



2008/2/25
mahiro