偏愛



紙面や映像として表現される手提げいっぱいのプレゼントだけど、ここまでのものを目の当たりにする機会なんてこれまでなかった。
「お中元やお歳暮と同じ感覚なのだよ」
テーブルの上に置かれる特大の手提げ袋二つをほえーっと口を開けて感嘆の溜め息を漏らすあたしに受け取り主である御剣検事は控えめに言うけれど、お中元やお歳暮でもこんなに沢山貰うんですか?!
…じゃなくて、これがいつもお世話になりますってレベルの品ですか?
紙袋からはみ出てる箱とかラッピング袋だけ見てもそういう類じゃないような。
ほら、その手前の箱の包装紙‥シックなブラウンにゴールドの洒落た文字。ストライプのリボンも包装紙と同じ二色使いでアダルト。あたし知ってるよ、それってどっかの国の超有名なパティシエがプレゼンしてるお店のものだよね?銀座に本店がある。
その横にシルバーホワイトのふわふわリボンがかかった箱はデパート限定で販売されたので、問い合わせや予約注文が殺到したて入手困難なプレミアものだ。ワイドショーなんかで本命チョコはリッチに奮発した高級スウィーツ!みたいなスーパーをチカチカさせてたお義理とは言い難いブランドチョコでしょ?!
「御剣検事くらいになると貰うものも違うんですね!これ全部食べきろうと思ったら一月くらいかかっちゃいそうですね」
ここまで来ると感嘆だけじゃなく溜め息は夢見心地なものになっちゃう。チョコレートだから消費期限は少し長めなんだろうケド、賞味期限としたら早い方がいい。数を考えると三食チョコレートってのもあながち否定できなくて…うわーっ!高級チョコを選り取りみどり食べ漁りだなんてほんと、夢みたい!想像しただけでお腹が鳴っちゃうねっ!
「いやいや、そんなにかかんないんじゃない?見たとこチョコばっかじゃないし…ほら、比率としたら食べるにはちょっとアレな物の方が多いよ」
乙女の甘い夢を一瞬にして壊してくれる現実をさらりと発したのは、ごそごそ袋の中を物色しているなるほどくんで…リボンを首に巻いたテディベアを上下左右、あらゆる方向から眺めていた。
「あ、ほんとだ‥よく見たらそうじゃないっぽいラッピングのものもあるし」
バレンタイン=チョコレートって言うあたしの観念は偏ってたみたい。どう見ても長すぎたり大きすぎたり、柔らかそうだったりする箱やラッピング袋。そう言えば小物や雑貨、装飾品や衣類なんかにチョコを添えてプレゼントを渡す事もあるってワイドショーでも言ってたし、雑誌でも特集が組まれてたっけ。
そうすると益々お中元やお歳暮と同じ感覚で済ませちゃいけないような‥。てか、義理は無いよね、義理は。
「正直、私の手には余るから手伝ってくれると有り難いのだが」
プレゼントに込められた見えない真意にふーんと頷いているあたしに御剣検事が提案してきた。
「えっ?!手伝うって‥」
「どれでも好きなのを持っていってくれないかね」
声が上擦ったのは願っても無いことだったからで
「あ、ありがとうございます!でも、控えとかとらなくていいんですか?」
直ぐにでも飛びつきたい衝動をぐっと堪え確認はしなきゃいけなくて
「ここにあるのは送り主が分かっているものばかりだから気遣いはいらない。全て引き受けてくれても構わないのだよ」
豪気な申し出に「本当にいいんですか?!」なんて、全て貰っちゃう気満々であたしは興奮状態そのままに声を荒げる。
御剣検事は返事の代わりに柔らかく微笑んでくれちゃって
「じゃ、じゃあ遠慮なく全部貰っちゃいますね!」
今まで見ていた夢が現実になった喜びに震えた。凄いね!処理に困って人にあげれちゃうなんて懐が深い?器が広い?余裕の構え?もう、なんて言ったらいいかわかんないけど流石だよ。流石、検事局のエース、上級検事、検事・オブ・ザ・イヤー受賞者!
「あのさぁ、ここにあるのはってことはまだ他にもあるんだろ?それは持ってきてないの?」
棚からぼた餅、じゃなくてチョコレートにあたし一人キャーキャー盛り上がっているところになるほどくんが問いかけてくる。
そういえば「ここにあるのは送り主が分かっているものばかり」御剣検事はそんなことを言っていたっけ。あたしってば喜びのあまり聞き流しちゃってたけどこれが全部じゃないんだよね。
特大の手提げ袋二つにプレゼントが山盛りってだけでも凄いのに、まだあるんだ。
「うム、今後のこともあるので送り主を解明できるよう試みてみるつもりなので今日のところは執務室においてきた」
「なんだよ、僕は全部持って来てって言ったのに…まあいいや、保留分に手はつけてないんだろ?」
「メッセージカードや個人を特定できる痕跡が無いか一通り開封したが、それだけだ。君の言うとおり口にはしていない」
「ならいいんだけど、解明できなかったらもってくるんだよ。直ぐにでも。身の回りに置いちゃダメだからな。食べるなんてもってのほかだから!」
「ム……そ、そのように何度も釘を刺さなくとも心得ているっ」
腕組をしたなるほどくんが憮然とした表情で御剣検事を見て、御剣検事は少し不満げだけど頷いたりして、バレンタインは二人‥特になるほどくんにとってあんまり喜ばしい日じゃないのかと微妙に切迫した雰囲気が言葉や態度から感じ取ることが出来た。
クリスマスや誕生日、それにバレンタインみたいに堂々と恋や愛を語れちゃう日はなるほどくんにしてみれば独特の観念でだけど参戦しちゃいそうなのに‥ってか
「もしかしてなるほどくんが御剣検事に貰ったプレゼントを持ってくるように言ったの?」
「そうだよ」
‥だよね!お中元やお歳暮とバレンタインのチョコやプレゼントを同列に置いてる御剣検事が、こんな風に見せびらかかすようなことするわけ無いもんね。処理に困るならもっと逼迫した食の環境な所はあるんだし…超身近に。なるほどくんの要請があったんなら頷ける。
でもそれってさ、どう解釈していいんだろう?
単なるヤキモチ、分かりやすい独占欲、尽きない猜疑心、
傷ついても打ちのめされても君の全てを知りたいんだってこと、なるほどくんなら堂々と言いかねないけどあたしの考えの十歩も百歩も先を突っ走っちゃう人だからそれで終わること無いような気がする。
「えっと、送り主が分かってるのって直接手渡しとか誰かに言付けてとかなんですか?なんか、バレンタインらしいですね!」
心の中で嫌な汗を掻きはじめたあたしはなるほどくんの読めない思考の謎解きを早々に諦め御剣検事に話を振った。考えてもわかんないものはわかんないし、分かっちゃったら汗どころか涙まで出ちゃいそうなんだもん。方向転換は自己防衛手段。
「直接、は少ないのではないのだろうか…大体のものは事務官から間接的に受け取って、そうでないものは…その、気がついたらそこにあった」
「…なにそれ。検事局のセキュリティーってそんなに穴だらけなのかよ」
なるほどくんが憮然とした表情で即座に突っ込みをいれ、ずしっと重い空気が肩にのしかかってくる。
「あ、あー!アレですね!くつ箱を開けるとチョコがなだれ落ちてくるのとか、机の中に押し込まれてたとか、ロッカーの中に積み上げられてるとか、そんなノリですよね!」
「あのさぁ、学校じゃないんだからそんな気安いもんじゃないだろ?警備や受付もあるんだし誰でも気軽に近づけちゃったら危なくてしょうがないよ。それにそこにあったからってホイホイ開けちゃうってさぁ…危機感足りないんじゃない?」
方向転換どころかぐるっと180度回ってもとの場所に戻ってきた気分。
なるほどくんの言いたい事は分かる。御剣検事がいるのは何が起こってもおかしくない行政の場。うわついた学生生活とは訳が違うんだって注意と警告を促してるんだよね。
身近な人がいつ起こるとも知れない危機的状況と背中合わせなのは心配の種だし、それが大切な人‥恋人の置かれた立場だったら強く言いたくもなるよね。
御剣検事もそのことが分かってるからプレゼントを持参してきたんだろうし‥いつもならちょっとやそっとじゃ引かない御剣検事が喉まで出掛かっている言葉をぐっと堪えて神妙にしてるんだから不謹慎だけどカワイイと思う。
「過ぎちゃったことを掘り返すのもアレだし‥しょうがないんだけどさ‥今度から、気をつけるんだよ」
「ム‥心得た」
そして、殊勝な態度で頷く御剣検事を何だかんだで許容してしまうなるほどくんも、結構カワイイ。
壮年の男性の外見をお世辞にもカワイイと言えなくても、恋する端々にカワイさが滲む。
闇雲な必死さとか圧され気味な動揺とか意図せず見せ付けてくれちゃって、いい年の大人が翻弄される姿が慣れてくると微笑ましくなるんだよね。あ、でもその慣れるまで積み重なってゆく小競り合いや痴話げんかは惨憺たるモノだったんだけど、辿り着く結果はいつも同じなんだな。
イワユル悟りの境地って言うのかな?
目も覆いたくなるような過程でも大人気ない大人の恋愛なんだって割り切ってからあたしも随分と許容範囲が広くなったんだよ‥必然的に。
「あ、遅くなりましたけどこれ、あたしからの贈答品です!この中に混じっちゃうには小ぶりでお粗末なものですけど、なるほどくんと一緒に食べてくださいね」
一区切りついた状況に小さく安堵の息を吐いてあたしは御剣検事にバレンタインのチョコを差し出した。
なるほどくんに遠慮するわけではなく、まったく他意はないです。あたしも一応女の子だから恋とか愛とか抜きにして、それこそお中元お歳暮感覚、日頃お世話になってる気持ちを込め。
「あ、うム‥す、すまない」
「あははは!そーいう時はありがとうなんですってば、御剣検事!」
相変わらずな受け答えに苦笑しながら手渡したチョコはあたしなりに大奮発なモノで、今日の気温みたいに冷え冷えとした財布の中身が痛々しいんだけど、差し入れに普段口にしない高級(あ、あたし基準でね)を貰ってる身としてはせめてもの感謝の気持ち。
「あれ?!なんか僕にくれたのより豪華なんじゃない?」
「ん?気のせいだよ、なるほどくんてば考えすぎ」
買ったところは同じだからラッピングは同じで中身なんか見えないのになるほどくんてば鋭い。
基本的にあたしの財布の中は600円が上限だから少ない資本金内での割り振りになるわけで、豪華って言っても下二桁が変わるくらいのものだけどさ。なんとなく、なんとなく、御剣検事用のチョコには色をつけたくなるんだよねぇ。せめてこのくらいはって思わせる何かが御剣検事にはあって、なるほどくんにはない‥はいいすぎかな?うーん、薄いぐらいにしよう。
背伸びとか奮発したくなる雰囲気が御剣検事にはある。それが流石、検事局のエース、上級検事、検事・オブ・ザ・イヤー受賞者!って讃えたくなる品だなんて申し訳なくてなるほどくんの前では口に出来ないけど。
願わくば、なるほどくんの前で開封しませんように…後が面倒だから。なんて思ったのもナイショ。
「なんか、満漢全席に混じるにはアレなモノですけど…感謝の気持ちだけはたっぷりこもってますから!」
と、付け加えちゃうのは普段遠巻きに眺めることしか出来ない高級チョコを沢山目の当たりにしたからで、あたしなりに奮発したものでも肩身が狭い気がしたから。
「私はその気持ちが何にも変えがたい価値あるものだと思う。その…あ、ありがとう‥」
満点の回答よりはにかみながら口を吐いたありがとうが嬉しかったし、取り繕ったお義理の台詞じゃないのがあたしからのチョコを手提げ袋じゃなくジャケットのポケットに仕舞ってくれたことが嬉しかった。そーいうのが御剣検事の優しさが覗えるところ。
「お返しを期待してるよって言わないの?僕の時には渡すと同時に言ったのに」
「な?!も、もーっ!余計なことは言わないでよ!なるほどくんてほんと、デリカシーが無いんだから!」
そりゃーなるほどくんには堂々と要求したけどね!そうでもしないと何食わぬ顔してスルーさせそうだったから言ったんだけどね!期待して無いって言ったら嘘になるけど、今ばらさなくたっていいじゃない?!
「安心してくれたまえ。気に入ってもらえるか分からないが礼は尽くす心積もりだから」
真っ赤になってなるほどくんに食って掛かるあたしをくつくつと喉を鳴らし笑をかみ殺しながら御剣検事は口にして、それがまた可笑しかったのだろうか、なるほどくんはカラカラとムカつくくらいさわやかに声をあげて笑う。
こんな落ちってヤダヨ!
今更張る見栄なんて無いも同然だけど、あたしはどうしようもない憤りと恥ずかしさに頬を膨らませ
「お茶、淹れてくるけどなるほどくんの分は無いからね!」
赤くなった耳たぶを冷ますのも兼ね給湯室に引っ込む。聞こえよがしに足音なんかたてちゃいながら。
ホワイトデーは三倍返しなんかじゃ許してなんかやんない!五倍、ううん‥十倍返しを要求しようその意気込みだけは忘れないようにしようと心に固く誓って。





 



2008/2/18
mahiro