カワイイ策略



あたしはなるほどくんがどんだけ御剣検事のことが好きか、よーく知ってる。

日々、どんだけなるほどくんが御剣検事に心血注いでまとわりついているかアレだコレだと並べ連ねなくてもちょっと同じ空間にいれば分かることで、今更それをどうこう言ったって仕様が無いってのも分かってる。
だから、外回りから帰ってきたなるほどくんが、事務所のドアを開けた瞬間「アレ?!」と声を発したことも、後ろでのドアを閉めながらきょろきょろと所内を見渡し死角になってる場所も覗き込んで「アレ?!」と首を捻ったことも自然な流れだと思った。
でもね、決定的な証拠は無いよ?
所内の空気に混じっていた紅茶の匂いだってとっくに消えていたし、テーブルにあったティーカップも片付けて、ティーポッドに入っていた茶葉も捨てたから御剣検事がここに居た痕跡なんか残ってない。
あたしは途中やりになっていた所内の掃除の戻っていたし法律相談の予約まで時間もあったから出て行った時と帰ってきた時とさほど様子は変ってないはず。まあ、なるほどくんが綿ぼこりの数までしっかり把握していたのなら話は別だけど。
この状況を御剣検事に結びつけるには無理がある。一般人には到底不可能。
でも、そこはやっぱり一般人には越えられない特殊な領域を遥か昔に越えちゃってるなるほどくんだから
「真宵ちゃん、御剣来てたんじゃない?」
って、目立った証拠も無いのに自信たっぷり尋ねちゃうあたりが怖いなぁって思う。
「なんで?なんでそう思うの?」
認めちゃっても良かったんだけど、なるほどくんの意味不明な自信の根拠はなんだろうって気になったあたしは、綿ぼこりがびっしりついたハンディワイパー片手に訊き返した。
「なんでって‥勘だよ、勘」
‥あたしとしてはその勘がどうして働くのかってのを訊きたいんだけど
「それに、この差し入れ‥御剣が持ってきたような気がするし‥」
‥差し入れの品なんて普段意識すらしないくせに御剣検事からってのだけ目聡く見つけちゃうのも謎。
なるほどくんの目には御剣検事の指紋を検出する特殊な機能が備わってるのだろうか。そして頭の中に御剣検事の指紋だけ照会できるデーターでも詰まってるんだろうか。ルミノール試薬じゃないけど特定の何かに反応して発光するアイテムでも携帯してるとか‥。あ、その場合の”特定の何か”は御剣検事の居た微量の痕跡とか殆ど消えかけた残り香しかないんだけどね。
科学を超える捜査能力?感知能力?
マカロンの入った差し入れの箱をいろんな角度からしげしげと眺め「やっぱり御剣が持ってきたものだよなぁ」ぶつぶつ独り言を言いながら確信を深めているなるほどくんの超人的な感覚に適うものは今の科学じゃ無いって事実に苦笑いし
「今年最初で最後の忙しさに駆け回ってる成歩堂法律事務所へ陣中見舞いに来てくれたんだよ」
あたしは差しさわりの無いところだけ抜粋して伝えた。
「やっぱり?…で?」
で?で…って‥
「で‥ちょっと前に帰ったよ。陣中見舞いに寄っただけだからって」
そういうことだよね?
で、のあと期待されてる返答がいまいち掴めないあたしは大幅に端折って結果だけを報告した。
「帰った?!何で?!」
「何でって‥なるほどくん、あたしの言ったこと聞いてた?御剣検事だっていつ帰ってくるかわかんないなるほどくんをのんびり待てるほど暇じゃないんだから」
圧倒的に人数の不足している検察官は犯罪件数が一気に増えるこの時期、忙しさに何十もの輪をかけて忙しいんだってば。そんなことあたしよりも身に沁みて実感してるはずのなるほどくんの口から何でって出ることの方が信じられない。
陣中見舞いに来るだけでも貴重な時間を割いてるだろうに、当然待ってるだろうと言う自信というか驕りというか‥一種の傲慢さがなるほどくんらしいと言えばそうなんだけどさ‥。
「そっ‥か‥帰っちゃったんだ‥」
がっくりと肩を落としながら名残惜しそうに所内をもう一度見渡して、手にしていた箱をしっかり抱え頬擦りなんてしちゃううちの弁護士は大丈夫なんだろうか。
「あんまり強く抱きしめると中身が潰れちゃうからっ」
ドキドキハラハラもので注意する。
「中身ってナニ?」
「んふふ‥デパ地下一押しスイーツのマカロンだよー!ちっちゃいくせにそこそこ値が張って、四種類の味が楽しめちゃうスグレモノ!あたし一度食べてみたかったんだ〜」
「ふーん」
……て。超超ドライに流された。
マカロンなのに!スイーツ関係の情報誌で何回も取り上げられたミラベルのマカロンなのに!スイーツ大好きの女の子なら一度は食べてみたいって思う憧れの焼き菓子なのに!ふーん、の一言で終わっちゃうってどうなの?!
分かってる。なるほどくんにとって御剣検事が触れた可能性の薄い中身より確実に触れた箱の方が大事なんだよね!関心があって興味があるのは食べても美味しくない、中身さえ取り出せばゴミ箱行きになる箱が大切なんだよね!分かってるよ!
「真宵ちゃん、御剣とどんなこと話したんだよ。ぼくのことなんか言ってなかった?」
未練がましく箱をなでなでしながら自分のいなかった時間のことを訊いてきたけど
「ん〜、別に‥掃除頑張ってくれってことぐらいかな」
生暖かい目で二人のやり取りを見守ろうと心に決めていたあたしは、あの時間あったことをこっそり胸の奥に仕舞いこんで首を振った。
「‥そう」
もうちょっと食いついてくると思ったんだけどなるほどくんは小さく溜め息を吐き、意気消沈と引き下がった。
もう!なるほどくんがどんだけ御剣検事のことが好きかよーく分かってるから、いい加減箱の表面をなでなでするのやめてくれないかなぁ。あたしとしては中身が潰れないかハラハラしっぱなしなんだから。
いいじゃん。
このこと、今日の定期連絡の電話で話題にすれば会話の時間を延ばすことできるんだから。楽しみが増えるでしょ?
なるほどくんの姑息な計画を知っちゃったあたしは心の中で冷やかしつつ、大事なマカロンの入った箱を取り戻そうと手を伸ばした。

御剣検事、あなたが今一番気がかりなこと‥なるほどくんの欲しいものを訊き出すことできないです!
そこのところは二人の間のやり取りだからあたしなんかが茶々入れていい問題じゃない。
早々にギブアップ宣言をしたあたしだけど関心が無いわけじゃない。
クリスマスプレゼントは大人対子供だと一方通行になるけど、大人対大人だと両面通行、交換ってのがセオリーだと思う。バレンタインでもホワイトデーがあるわけで、片側が分かるともう片方が気になっちゃうってのはお節介でもなく普通のことじゃないかな?
御剣検事がなるほどくんにプレゼントを渡したがっていて、欲しいものは何だろうと悩んでいる。それは分かった。
じゃあ、なるほどくんは?イベント関係にあんまり強くない人でも相手側からプレゼント内容を打診されれば意識しないわけには行かないでしょ?大盤振る舞いで‥なんて財力が無くても可能な範囲で何かないかって考えるぐらいのこと、するよね?
でも、そこはなるほどくんだからスマートとか粋とかスタイリッシュなプレゼントの選定なんかできそうも無い。旅行土産にペナントとか自慢げに買ってきちゃうイメージがあるんだ‥それも名所の名前がどどーんとプリントされてるの。それとか一時の開放感から木刀なんか買っちゃって後々どうしたらいいんだと悩んじゃうイメージ‥センスという文字が申し訳ないけどなるほどくんに当てはまらない。
センスの無さを補う演出力もなさそうだし‥。
人事だけど、我が事みたいに心配になっちゃう。
だからと言って「御剣検事へのクリスマスプレゼントなんにするの?」なんて訊けないよねー‥。御剣検事絡みだと怖いくらいに勘が働くなるほどくんのことだもん。常人には理解できない回路でパパッと解析されてナイショにしとこうと思った御剣検事の訪問理由とか暴かれちゃったらあわせる顔が無い‥あ、勿論なるほどくんにじゃないよ?マカロンの支給相手にね。
あたしはなるほどくんが法律相談にのってる間、如何に悟られずに核心部分を聞き出すかって事を必死に考えた。
遠すぎず近すぎず、切り込んでも不自然にならない話題と言えば‥
「あのさぁ、今度のクリスマスパーティーのオードブル、そろそろ考えて予約入れといたほうがいいんじゃないかなぁ」
やっぱ、そっち関係だよね。

三件立て続けに法律相談を受けたなるほどくんは同じ姿勢でいた所為か固まってしまった腰を音を立てて伸ばしながら
「あー、う〜ん‥そうだなぁ‥そろそろちゃんと段取り組んどかなきゃいけないよなぁ」
卓上のカレンダーを手に取り日数を数える。
クリスマスは家族そろって過ごす人もいるけど、団欒自体に縁遠い成歩堂事務所所員(っといってもあたし入れて二人)はその日、事務所を早仕舞いしパーティーを催すことに決めていた。
言い出しっぺは意外というか‥なるほどくんで、折角のクリスマスなのに恋人である御剣検事とのデートはいいんだろうかと思ったんだけどどうやらその恋人もパーティーに関して賛成しているらしい。
「みんなでワイワイ騒いだ方が楽しいでしょ?サンタの衣装も経費で買うつもりだし金銭的な負担はこっちサイドに任せてもらって、真宵ちゃんには春美ちゃんの希望プレゼント調査とサンタクロースの仕組みを簡単でいいから説明すること、お願いしていいかな」
あらかじめ決定していたっぽい役割分担を告げる。
ああ‥うん、うん‥。そうだよね、そういうのを当たり前に考えるのは大人として‥ううん、年長者として普通なことかもしれないよね。
宗教としての捉え方じゃなく、世情の行事としてそうしたいって気持ちすごく分かる。
倉院の里全般横文字系の行事に興じることはない。国として信仰の自由こそあれ土地や民間の生活に染み付いた信仰心は、唯一神を信仰する外から来た宗教関係の祭典を容易く受け入れられない事情がある。まあ、その辺深く語ると長くなっちゃうから省略するけど。
あたし自身子供時代、サンタクロースは存在しなかったしジングルベルも歌わなかった。お母さんの個人的な趣味、と言う範囲で小さなクリスマスツリーぐらいはあってプレゼントももらったけどあくまでお母さんの個人的な趣味で括られていた。
子供時代を過ぎ、世間一般的な感覚が少しだけ備わったあたしには今となってはいい思い出程度のことだけど、渦中にいるはみちゃんを見てれば考えちゃうよね。
風習とか宗教とか関係なく、単純に、何かしたいって。一つのイベントとして楽しみたいし、楽しませたい。そう思うのは極自然なことだよね。
本来親近者の役目なんだろうけど‥‥。ねぇ‥。ちょっと、その辺も問題あるから。
ここは一発、内情を知ってるなるほどくんの出番なわけで…この時ばかりはなるほどくんの笑顔が清々しく、大らかにみえたっけ。
あたしとはみちゃん、なるほどくんと御剣検事。他、参加メンバーは適当に…みんな忙しそうな人達ばっかりだからあんまし期待しないように。会費はないけど各自一品何かしら持ち寄ることが条件で声をかけたら、まぁそこそこ人は集まって。
面子からして賑やかなパーティーになる予感。
で、個性あふれるメンバーを考えると持ち寄りされるものもきっと個性豊かだとこれまた簡単に予想でき、無難なメニューを主催者側は用意することにした。
クリスマスケーキは既に予約済み。あたしとはみちゃんが厳選して厳選した憧れの有名店の特注品!値段を見て唸り声を上げたなるほどくんを横目に御剣検事は快諾って感じで、予約の電話をその場で入れてくれたんだ。
この辺、なるほどくんと御剣検事の度量の差が際立ってくるよね。ほんとに。
「普通にピザでも取っておけばいいじゃん」
オードブルの話をしてるはずなのにピザが出てくるところが度量の差なんだってば!分かってるのかなぁ?!
「ピザ…うん、ピザもいいよね。大勢で摘むのを考えたらピザも有りなんだけど、みんな忙しい人達だから一斉に集まるって事がないと思うんだ。冷えたピザほど食べてて虚しいものはないからある程度人数が揃ってから出した方が喜ばれるよ。だから、その前に簡単に摘むものだよ!それがオードブル!」
「冷えたピザでもぼくは食べれるんだけどなぁ」
「なるほどくん基準で何でも済まさないでよ!」
言い出しっぺのくせにこのやる気のなさそうな態度ってどうよ?
「ほら、これ!一応人気店のクリスマス仕様のオードブル一覧。集めておいたから選ぼうよ。早く予約入れないと締め切られちゃうんだから」
「……うわー、すごい数だなぁ。真宵ちゃんて食べ物が絡むと半端じゃない行動力と情報収集能力を発揮するよね」
「ありがとう、それ、褒め言葉としてもらっておくね。こういう機会でもなきゃ食べらんない慎ましい食生活なんだから、力も入るよ」
和洋中、和洋折衷、創作系…取り揃えた店々のクリスマスオードブルメニューは遊び心にあふれてたり豪華さを演出したりで、見ただけで涎が垂れちゃう。普段まったく口にした事のない食材や噂でしか聞いた事のない調理法で料理された品々がこれ見よがしに盛り付けられていて自然とお腹が鳴る。
品数の多さで選ぶのか数少なくても一球入魂の意気込みで調理されたものを選ぶのか、単に自分だけの食の好みで選ぶのか、それだけでも頭の中は混乱してしまう。いっそのこと全部!そう言ってしまえるほど豪気でありたいけれど…
「……迷って決められないから全部ってのは無しだからな」
あたしの心を難なく見透かしてくれちゃったなるほどくんが釘を刺すように先手を打ってくるから
「…わ、わかってるよっ!薄給のなるほどくんにそこまで期待してないから!」
心の中で舌打ちしてメニュー表をめくる。
「そう、そうなんだよ。こういうものを食べ慣れてないあたし達が気の利いた選択なんてできるわけないんだよ…こういうのは、普段から上品な料理を食べ慣れてる人の意見を聞きながら選んだほうが時間もかからないし、間違えはないんだよ」
どのくらいだろう…小一時間ぐらいは軽く経ってると思う。あーでもない、こーでもないと唸っていたあたしは、早々に選択権を放棄して書類整理に勤しんでいるなるほどくんに向かって自問自答みたいな台詞を投げつけた。
「意見を聞きながら?そんな肩に力を入れて選ばなくても、これ食べたいなぁって軽い気持ちで注文すればいいんじゃない?」
小一時間の格闘がまったくの無駄に終わるのが勿体無いとでも思ったのか、なるほどくんは仕様がないって風に笑いながらアドバイス的なことを言ってくれるんだけどね。
「これが食べたいなーが全部だったら軽い気持ちでたのんでもいいの?ダメでしょ?」
「うん、まあ、ダメだよね」
「ほら…だから…」
そこで登場するのが御剣検事なわけで。
「あたし、御剣検事が選んだものだったら何の不満もなく食べれると思うんだ!」
「それって、予算の上乗せ期待してるでしょ?ケーキの時みたいに不足分を出させる気?」
「違うよ、上流階級レベルの食卓センスは期待してるけど、正直わかんなくなっちゃったんだってば!カルパッチョだけで店の数の倍、種類があるってウンザリしながらギブしたなるほどくんにあたしの苦難の時間をどうこう言われたくないなぁ」
「だから、ピザでいいんだよ。ピザなら具材選ぶだけじゃん、悩むにしても知れてるよ」
「うぅ…その意見が脳裏を過ぎったから縋りたいの!このメニュー表もって訊いてこようかな〜…」
あたしは散らばったメニューを掻き集めながらボソッと口にした。
「え、今から?」
「そ、今から。だって早くしないと締め切られちゃうもん。でも、今からってのは迷惑かなぁ…御剣検事‥」
「ま、待って、そういうことならぼくがっ」
お、流石。御剣検事が絡むとなるほどくんのやる気が全然違う。
目の色が一瞬にして変ったなるほどくんにあたしは言いようのない可笑しさがこみ上げてきて
「んじゃ、二人に任せちゃおうかな。当日、楽しみにしてるね!」
誤魔化すようにニッカリ笑うと掻き集めたメニュー表を全部渡した。
「‥‥‥真宵ちゃん‥してやったって思ってるでしょ」
「ん?思ってないよ、ちょっとしか」
「あ〜‥真宵ちゃんの作戦勝ちかぁ」
「違うってば、あたしの作戦勝ちじゃなくって、御剣検事が大好きななるほどくんの負けなんだよ」
恨みがましく言われるのも釈然としない。だって、電話だけで会話する侘しい年末の恋愛もちょっとは解消されるわけじゃん?
理由はどうであれ直接会って話す口実はできたんだもん。なんだかんだと理由をつけて強引に持ち込めばいいじゃん、二人っきりの甘い時間にさ。そう思うと、盛大に感謝して欲しい気がする。うん、ほんとにさ。
「これで大体の下準備は終わったかな」
「……ぼくは終わってないよ、終わったのは真宵ちゃんだけ」
「あとは当日飾りつけとかセッティングをすればいいんだよね」
「だから、まだ終わってないってば」
あたしは一仕事終えた開放感と満足感に浸りながらちろっとなるほどくんを見た。できるだけ自然に、意図的なものを感じさせないように。
「それはそうと、なるほどくん個人のクリスマス計画は万全なの?」
「…え、ぼく個人的な?なにそれ」
お小言みたいな合いの手を入れていたなるほどくんはあたしの不意の質問に怪訝そうに半目をつくり少しだけ首を傾げた。
うぬぬ、おぬし…シラを切る気か?ネタは上がってんのに…ってそのネタは偶然ゲットしたんだけどさ。
それともリアルに分かってないのかなぁ。だったら色々問題アリだよ…人として。
「えーと…大人社会には公と私の部分があると思うんだ。事務所でのクリスマスパーティーは私が混じった公で、その後は完全に私的な時間でしょ?なるほどくん個人の時間。その時間はクリスマスも平日も関係なく帰って寝るだけってモノの訳…ないよねぇ?」
ちょっと、訊くにしたってあからさまだったかな?でもこのくらいダイレクトに訊かないとあたしの欲しい答えは返ってこなさそうだもん。
なのになるほどくんは…
「ないよねぇって…そうだけど?」
至極当然と頷いちゃうんだ?!
「え、えええええっ?!だってクリスマスだよ?!全国くまなくクリスマスなんだよ?!見るもの全部全部赤と緑、キラキラの星と真っ白な雪の装飾で、聞こえてくるのはクリスマスソングかトナカイの首についたベルの音じゃん!どこへ行っても家族連れかカップルばっかり、一人で街を歩くのが侘しく感じちゃう日はそう滅多にないよ?」
「だって、本当に特別な予定はないんだからしょうがないじゃん」
「で、でも……御剣検事は?!あたしの勘違いじゃなければなるほどくんと御剣検事ってイワユル、一般的に…恋人同士なんだよね?」
「そうだね、イワユル、一般的に恋人同士だけど?」
……わ、分かんない。あたし分かんないよ。
恋人同士にとってクリスマスは正月と誕生日と同レベルでイチャイチャする日じゃなかったの?!ナニ?あたしが多分に夢見てただけで、世の…少なくとも日本人の恋人たちのクリスマスの価値はこんなに低かったの?
イワユル、一般的に恋人同士はイブの夜特別に約束なんかしないでいつもと変らない夜を過ごすもんなの?
ビックリで幻滅で夢も希望もない…あたし自身のことじゃないんだけど…いやいや、だからこそ壊されちゃった、赤と緑に彩られた夢が。憧れが。
「そ、それでも‥ほら、お洒落なレストランで食事とか」
「その前のクリスマスパーティーで食事するじゃん。多分、それでお腹はいっぱいになると思うし」
「じゃあ、夜景がきれいに見えるスカイバーなんかでシャンパン開けたり」
「夜景なら事務所からでも見えるじゃん‥ほら、向かいの板東ホテルの窓全面を使ったツリーのイルミネーションなんか目に痛いくらいだし‥ぼくはシャンパンなんかよりビールがいいな」
……そ、そういうことじゃなくてさ。
「夜景スポットなんか散歩したりとかさ‥」
「えー、やだよ‥寒いじゃん」
いたたたた‥寒いときたよ?!さくっと、やだって言ったよ?!何この人‥。
クリスマスを知らないわけじゃないよね?こんな味気ない返事を聞いてると基本的なことを訊ねたくなるのはあたしだけじゃないはず。
し、知らないはずないじゃん。だって、御剣検事が再三そのことについて電話してるわけでしょ?毎日毎日訊ねられてるわけじゃん。それにクリスマスパーティーのことを最初に提案したのはなるほどくんだもん。プレゼントがどうとかの前にそっちの予定を確実なものにするのが先じゃ‥‥。
「プ、プレゼント交換なんてのも‥無いなんて、まさかね?」
ゴクリと生唾を飲み恐る恐る質問した。これでさくっと”ない”と言うならば、あたしは御剣検事に意見しよう‥なるほどくんと別れること本気で考えた方がいいかもって。
そりゃあ、あたしもイベント事に心酔したり執着してるわけじゃないけど、ここまで簡素でいられると先が見えちゃうんだ。
ドラマのように、映画のように、山あり谷あり、命の駆け引きみたいなドラマティックな人生を歩みたいわけじゃない。ささやかに起伏した人生で充分だって思ってる。
それでも山も谷も、つま先で引っ掛けるほどの凸や踵が傾くほどの凹ぐらいあってもいい。そのささやかな起伏が年に数えるほどのイベントだとしたら?つるんつるん、まっ平らな道を何の疑問も抱かずに歩けるほど人ってお人好しじゃないんじゃないかなぁ。どう思う?
なるほどくんの返答次第。
それによってはお節介でも言わずにはいられない。なるほどくんが一回の法廷で弁護士席の机を叩くよりも多く、追い込みの時の勢い以上に力強く異議を申し立てるよ。恋人の選定、間違ってますって。
「プレゼントの交換?ん〜‥無いと言えばないし‥有ると言えばある。それは当日になってみないとわかんないなぁ」
…………どう反応したらいいんだろう。
無いと言えばない、有ると言えばある。当日待ちって…行き当たりばったり過ぎる。
えっと、確認の為に記憶を遡っていいかな?

 少なくとも御剣検事はなるほどくんに何かしらのプレゼントをあげたいと思ってる。
 随分前から考えていて、難航した末本人に訊ねた。いやいや、訊ね続けていると言った方が正しい。
 それでも色よい答えが返ってこないからあたしを通してなるほどくんの欲しいものを訊いてきて自転車のサドルが候補にあがった。
 イブの前日までに目星がつけられなければ御剣検事のことだから素直に自転車のサドルを用意するだろう。
 それを知ってるのはあたしだけだけど、心意気は充分過ぎるほど伝わる。
 故に御剣検事側に問題はない。

問題があるとするなら…
「なるほどくんは御剣検事にプレゼントあげないの?」
そうそう、こっち側だよ。
「御剣に?まぁ、アレをプレゼントと言うなら渡すよ」
アレ?
「あ、一応決まってるんだ…でも…」
どれ?
「うん、決まってるってゆーか直接本人に訊いたんだ。クリスマスプレゼント何がいいって」
「見事に直球だね。まあいいんだケド、なるほどくんの辞書にはサプライズって言葉はないの?」
「サプライズ?」
「事前になんの予告もしないで驚かすってこと。一方的な計画の発動だよ。黙って御剣検事の動向を調査観察してこれを贈ったら驚く、もしくは喜ぶってものをこっそり用意するの。年中御剣検事の動向を調査観察してるなるほどくんなら予想するのは簡単だと思うんだけど」
筋金入りのストーカーだからね!
「予想はしたよ、あらゆる角度からね。でもさ、御剣って物欲に薄いんだよ…無いわけじゃないけど欲しいものがあったら自分で買うし、これだって思ったのなんかぼくにはどう足掻いても手の届かないものだったりするしさ」
「……ざ、財力のある恋人を持つのって大変だね」
「だろ?物より思い出路線も考えたんだけどそれってぼくが嬉しいんだよ」
「……うーあー…確かにね…御剣検事との思い出なんてなるほどくんにとって生きる糧みたいなもんだし」
「そしてお金で買えないもので一番欲しそうな、時間なんてどうだって思ってもさ」
「……げ、現状無理だよね。御剣検事仕事忙しいし、その仕事が大好きだし」
「な?あいつ、なんだかんだ言っても仕事が好きなんだよ、悔しいけど。でなきゃ検察庁爆破でもしたんだけど…」
「…………ば、爆破…あ、あたし、今の発言聞かなかったことにする」
本当にあらゆる角度から考えてはみたんだね。
ごめん、感心するより泣けてきた。やだなぁ、こんな危ない恋人。
「最後の手段でぼくがプレゼントってのは?なんか違う気がするけど、一応のお約束じゃん」
引きつった笑いであたしは冗談を言った。そう、冗談でね!だってあたしの拙いキャパシティではこれが限界。
「あ〜…それもシミュレートしてみた」
「え、してみたんだ…そしたら?」
「一回目はグーで殴られた。二回目は無言で居なくなった。三回目は冷ややかな目を向けながらフンと鼻で笑われた」
絶句。この場合、三回もシミュレートしたなるほどくんの想像力の豊かさと正確さに。どれも有り得るし全部いっぺんでもおかしくない。
「ぼくが御剣の立場だったら全身の穴という穴から嬉し涙を流して飛びつくのに、御剣ってシャイだよね」
「しゃ、シャイ?!なるほどくんて…ポジティブシンキングの塊だね!いいなぁ、そこまで前向きだと人生楽しそう。で、その結果が本人に訊くっていうことになったんだ‥よくよく聞くとその選択は正しいね」
「正解だろ?」
「うん、正解。それで答えは?教えてもらったんでしょ、アレってなに?」
なるほどくんは御剣検事に教えてないのに。純然たる法の前に傅く天才検事サマは実生活において結構不純で理不尽な恋人に悩まされてる‥当人、苦にはなってないようだけど第三者から見ると気の毒だ。
ああ、また…あたし甘じょっぱい気持ちになってきた。こんな気持ちで待望(!)の答えを聞くのは、ちょっと…複雑。
「お酒だって」
…………。
なのに返ってきた答えは複雑どころか!
本日二度目の絶句。
「お、お酒?それこそ自分で買えるものだよね?!あ、わかった!ロマネなんとかっていう超高いワインとか、あたしでも名前を知ってるドンペリ・ロゼみたいなプレミア物とかそんなのだ!それか樽ごととか!」
「それがさぁ、種類も銘柄も指定しないんだよ。ぼくの好きなものでってだけで」
「そうなると缶ビールになっちゃうよ?そんなんがプレゼントに欲しいものなの?!」
御剣検事どうしちゃったの?!
あたしだけじゃない、多分なるほどくんだってビックリしたと思う。だって悲鳴みたいなあたしの言葉になるほどくん、苦笑いしてるもん。まさかまさかな答えじゃない?
「どうなんだろうね、真宵ちゃんからみて缶ビールはプレゼントになる?」
「うぅぅぅ…まぁ、それが御剣検事の欲しいものなら…本人がそう言ってるんなら…なるんじゃないかな」
「そっか」
どうなってるんだろうこの二人は。

イブの私的な予定はない。
プレゼント交換は自転車のサドルと缶ビール。
…以上。

あ、ありえなぁぁぁい!有り得ない!
有り得ないって心の底から叫んじゃうあたしはおかしくないよね?!
真面目に聞いてて感覚がおかしくなってるんじゃないよね?
これが正真正銘恋人同士のクリスマスなんてっ!
有り得ない!!!
どこにも、ひとかけらのロマンスがないよ!現実的を軽く飛び越えて非現実的!
なるほどくんがあって御剣検事がある…結局二人は似たもの同士ってこと?!えーっ!!
なんか呆然としちゃった。
呆れて口も利けないし。

………なのに、なんで、なるほどくん笑ってるの?

色んな疑問とか戸惑いとかが渦巻く頭はいつになく混乱し、瞼に力を入れすぎて疲れてきちゃった目は虚ろになるほどくんを映してる。笑顔のなるほどくんを。ついさっきまで苦笑だった笑顔はいつの間にか嬉しそなものに変っている。嬉しそうでちょっと満足げで、意外や意外幸せそうに。
「なんで?」
掠れた声で訊ねると
「なにが?」
ふくよかな声色で返された。
「なんで、なるほどくん嬉しそうなの?」
沢山突っ込みたいところはあれど、今一番の疑問はソコだ。
御剣検事が好き過ぎて悟りでも啓いたのかなぁ。人を極限まで好きになると一般的とかセオリーとかどうでもなくなっちゃうのかなぁ。余所は余所、自分たちは自分たちって割り切れちゃうのかなぁ…仙人レベルで。
「あ、これは、そうだなぁ…思い出し笑い」
も、もう、これ以上あたしの理解を超えた話を聞きたくないって言ったら薄情かな?
口には出さないけど虚ろなあたしの目が何気に先を催促したのか、なるほどくんはふくよかな笑顔をさらに富ませて思い出を語りだした。
「あのね、前にもこれとおんなじことがあったんだよ。夏の終わりごろこの近所でお祭りがあったじゃん」
「あ、あったね‥あたしとはみちゃんも一緒に行ったやつでしょ」
あの時、御剣検事は仕事だったけど定時であがってきてみんなでお祭りに繰り出したんだ。
「わた飴にりんご飴、お好み焼きにたこ焼きにラムネ‥色んなものを買い食いしてさ」
「水風船つりとか射的とかもやったよね」
お面も買ったなぁ‥トノサマンの。全部驕りで。
その節はお世話になりました。
「御剣にもなんか買ってあげようかって訊いてみたんだ。ちょっと下心もあって、おもちゃの指輪なんかが置いてある露天の前で」
「‥なるほどくんて、変なところでメルヘンチックだね」
「あはは、まあね〜‥のってくるとは思ってなかったけど反応がね、カワイイじゃん。眉間にヒビを入れて睨むんだよ?そのくせほっぺた赤くしてさ、こっそり照れてるんだ」
それって怒ってるからじゃないの?
思ったけど、都合のいい誤解ですんでるんだからあたしは大人しく頷くだけにした。
「案の定いらないって言われたんだけどその態度があんまりにもカワイかったから粘ってみたんだよ。そしたらね、帰りにビールを買えって、それも二人分」
「で、あたしたちと別れたあと二人でビールを買いにいったんだ‥」
ふーん、そんなことがあったんだ。今明かされる真実、ってほどじゃないけどなるほどくんの笑顔のわけを知る為の新事実なら興味が湧く。
「つまみは御剣が買ってさ、なんて言ったと思う?」
「二人分のお酒におつまみでしょ?あとは飲むだけだよね」
「そうそう、飲むだけ。もっと言うなら飲む場所がいるじゃん、路上で座り込むわけにも行かないからさ」
「あ、そうかぁ‥あ〜、なるほどくんそりゃー思い出し笑いもするはずだよ!」
「だろ?ストレートに誘われるよりもクルもんがあるよね。多分、今回のクリスマスプレゼントもその時と同じだと思うんだ、ぼくは」
ごめん!呆れたとか絶句とかナシね!取り消し!
御剣検事って不器用さんだ。この場合手先が、じゃなくて、ちょっとしたオネダリが上手くできないって言う意味で不器用なんだ。
しかもその不器用さがすごく、すごく‥
「カワイイよねぇ!」
「あははは!真宵ちゃんもそう思うだろ?」
感染った…なるほどくんの幸せそうな笑顔があたしにも感染った。
甘じょっぱい気持ちはどこかへ消え、あったかいやらくすぐったいやら嬉しくて幸せな気持ちになる。


あたしはなるほどくんがどんだけ御剣検事のことが好きか、よーく知ってる。
そして御剣検事も普段公にそういう気持ちをあらわすことがないけれど、なるほどくんのことが好きなんだって分かった。

少しでも長く一緒に居たい。
ただ…大好きな人の声を聴きたい。
情けなく、いじましく、浅ましく、狂おしく、可愛らしく、呆れるほど素直に、一心不乱盲目に、二人は恋してるんだ。
ささやかな喜びの為に精一杯の手練手管を駆使して自己満足を極めるんだ。
片側だけでは見えなかった恋の姿。
両側を知ることになって知ることができた恋のカタチ。
イイコトばっかじゃないかも‥影では泣いて憂いて切なさに身を捩り寂しさに震えることがあるだろう。
それでも、ささやかでも幸せな瞬間が恋の闇を拭い去ってくれる。誇らしく、艶やかに笑えるようになる。
まだ、恋なんてちゃんとしたことがないあたしだけど。想い想われの恋をしたことのないあたしだけど。
なるほどくんと御剣検事を見てて思うんだ‥恋はいいなぁって。
まあ、なるほどくんの想いは大抵が怖くて重いばっかりなんだけどさ‥理解し難い前人未到の領域まで突き進んじゃってるものなんだけどさ‥それが二人の恋ってものになると素敵なものに見えてくるから不思議。
「素敵なクリスマスになるといいね!」
「モチロン、なるに決まってるじゃん!」
あたしは御剣検事にかけた言葉をなるほどくんにもかけた。だって、ここまで聞いちゃったらそう言うしかないでしょ?
まったく、惚気すぎだよ!ほんと、妬けちゃう!
それもこれも、口外せずあたしの胸の内にしまわれるものだけど、生暖かい目で見守るよ。イブの日もね!
「じゃあ、景気づけにお茶でも淹れますか!お茶菓子はまだでないけどね」
にっかり笑うと浮き足立つ足で給湯室へと向かう。

二人に一足早い真宵ちゃんの祝福を!これまた本日二度目の乾杯をする為に。
さぁ、クリスマス、いつでもかかって来い!そんな意気込みでね!




    



2007/12/21→26収納
mahiro