クリスマスは当日よりも前夜の方が盛り上がる。
団欒を囲む家々や仲間内でのパーティーに恋人たち独占状態でのディナー。
蝋燭の灯りに照らされるグラスを傾けたり、一気に吹き消してみたり…成歩堂法律事務所も多分に漏れずイヴのパーティーが催されテーブルにはかなり予算オーバーしたオードブルや参加者が持ち寄った品、大奮発のケーキにデザート、アルコール類やノンアルコールの飲み物が適度な間隔で振舞われた。
そして、Merry ChristmasもしくはHappy Holidayと、少しだけ羽目を外し同じ時を共有する仲間たちが口々にコールし、各々が胸の内に秘めた大切な誰かを想う。



All I want for Christmas is you baby.



クリスマスパーティーもお開きになり、賑やかで楽しい時間は場所を変えて延長戦に突入した頃、祭り会場跡地には(一応の)主催者とその助手、それに属する面々が残されていた。
別会場で飲み直そう!誘われたけど、惨憺たる状況を放っては置けないと首を横に振る。
それがテイのいい言い訳でも、それなりにまかり通る理由だったし、上機嫌の面々は楽しいのが一番。「片付けはぼくたちに任せて楽しんできなよ」の言葉に飛びついたのはやっぱりなアイツだったりして「あ、そお?わりいなぁ〜、じゃあお言葉に甘えて…」なんて、あっさり引き下がってくれちゃうものだから、こっそり望んだことでも笑顔の端が小さく引き攣った。
台風一過…閉まるドアに手を振って振り返れば余韻に浸る余裕も無いくらいの惨状。覚悟してたとはいえ…気の利く面々が多少片付けて行ってくれたとはいえ…。
床に散らばるクラッカーの残骸、シャンパンのコルク、色紙を切って作った紙ふぶきは誰かのお手製。持ち主の分からないような忘れ物にこれはゴミかと首を捻りたくなる落し物。まあ、パーティーの後なんてこんなもんなんだけどさ…分かってても苦笑いに溜め息も零れる。
開けたプレゼントの包み紙とカラフルなリボンは受け取り手の生真面目な性格と後々再利用できるようにと生活感溢れる心配りで、きちんと折りたたまれ一纏めにし紙袋に収まっていたんだからその点感心したんだけど。
イヴを誰と過ごすにしてもまだまだ宵の口、夜はこれから、な時間でもそれは大人の感覚で、規則正しい生活を習慣付けられている子供には少々遅い時間。細い両腕には抱えきれないプレゼントや美味しい料理、はちゃけた会話もノリノリのクリスマスソングもごった混ぜのBGM、騒ぎもしたし笑いもした…思い返せば夢のような、楽しいパーティーに興奮状態は続き料理がなくなると共に押し寄せる睡魔。
それでも過ぎたことにしてしまうにはあまりに惜しい時間だったから、closing timeを告げ閉まりそうになる瞼を抉じ開け耐えていた少女は残された最後の気力を振り絞り流しに山積みになった食器を洗っている。
「あ〜〜…片付けはこのくらいでいいんじゃない?続きは明日にしてさ…寝かしてあげよ?」
テーブルの上のゴミを分別しつつ、各種少しづつ残った遠慮の塊が持ち帰り用のタッパに寄せ集めていた居残りの助手に箒片手に所長はこっそり耳打ち。
「ん、そうだね、はみちゃんに声掛けてみる」
タッパの蓋を閉めたのを確認して二人は壁掛け時計を見た。
大人には宵の口でも…あまりに惜しい時間だったとしても…夜は更け、日はまた昇る。体内時計は浴びる朝日でリセットされる。
「はみちゃん、はみちゃん!もういい時間だよ!片付けは明日すればいいから帰ろう!」
軽快な足音、遣り残しを渋る声…それを宥め促す声。少女の細い肩に手を掛け促しながらひょっこり顔を出した助手は
「それじゃあ、なるほどくん、御剣検事、あたしたち一足お先にあがらせてもらうね」にっこり笑顔を見せ
「あの、お片づけが途中やりになってしまって申し訳ないのですが失礼させていただいてもよろしいでしょうか」躊躇いがちに少女は言葉を発した。
眠気で二重になりかけた瞼を見れば痛々しい気もして
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!ココまでできてれば明日ササッと片付けちゃえるから」
「そうだよ、一通りのものは給湯室に突っ込んどけばいいし、床に散ったのも大体掃き取ったから心配ないよ」
「そーそー、裏方がどーであれぱっと見片付いてればいいんだから、ね?」
楽観的なことも言える。
事務所員ではない御剣も大雑把に笑う二人の後ろでチリトリ片手に頷いたりして
「では、駅のホームまで送ろう」
レディーたちのエスコートを当然と申し出る。
それなりに自戒していてもアルコールが振舞われる場に居合わせるなら万が一もある。まさかを懸念し、車はもとより検事局の地下駐車場に一泊させるつもり。
家まで送ろう、とは言え無いけれどせめてそこまで。チリトリの中に積もった紙ふぶきをザッとゴミ袋に流し込みコートを取りに行こうとする。
「あ、うん、ほら、真宵ちゃんコート着て。はみちゃんはどうする?着てきたコートがいい?それとも新しいコートにする?」
優先順位はレディーたちの送迎。まだ申し訳なさそうにかしこまってる少女が尾を引かないよう、軽く急かしたりなんかして。
「え、えっと…」
「はみちゃん、折角だから新しいコートにしようよ!ファーも着けて、帽子もかぶって、手袋もして、ブーツは…おろすんだったら日の出ているうちがいいから止めとくとしても、イヴだもん!可愛く着飾ろうよ!」
「そうそう、身に着ければそんだけ荷物も軽くなるし」
「もおー、なるほどくんそんな言い方、せこいよ!それに、駅って言っても直ぐそこでしょ?街はイルミネーションで明るいし人通りも結構あるし送ってもらわなくっても大丈夫だよ?、ナイト二人引き連れて持ちきれないくらいのプレゼントを見せびらかすのもいいんだけど、それよりも、給湯室に押し込んだものはいいとして応接室に散らばったものとか片付けてくれた方が嬉しいんだけどなぁ」
助手はさっさとコートを着込み小さなレディを可愛く着飾らせ溢れかえるプレゼントの山を持ち運びしやすいように纏めはじめた。
「ま、待ちたまえ。いくら通い慣れ安全そうに見える道でも警戒するに越したことは無い。うら若き女性二人だけで夜道を歩くのを私は感心しない」
「ま、ね…ぼくたち二人を護衛に雇ってくれないなら、荷物持ちって役でもいいんだけどなぁ」
それを引き止めるのもナイトの役割な訳で、コートまで羽織り送迎準備を整えた御剣などは少し強めの口調で諌めにかかる。
気遣ってもらえ、レディー扱いされるのはくすぐったいけど素直に嬉しい。従者を連れ手ぶらでイルミネーションに彩られた街を歩くのはちょっと誇らしい気持ちにもなる。「それじゃあ、甘えちゃおっかな!」と口にするのは容易いし普段なら荷物の一切合財を任せちゃったかもしれない。

今日がイヴじゃなければ。
二人の事情を知らなければ。
成歩堂と御剣、イヴ前日までのやり取りを聞いていなければ。
特別、掛ける想いが今日と言う日に無ければ。

「タッパ!料理の残り!あるんだけど、これ、あたしたちが貰っていい?」
ひょいと掲げたのは残り物を纏めたタッパで、遠慮の固まりでも寄せ集めればそれなりに量もある。
話題を急に変えられきょとんとしている成歩堂たちは「あ、うん、モチロン貰ってもいいんだけど」頷く。
「分ければおつまみぐらいにはなると思うんだけど、それは自分たちで買ってね」
ニッ、どこか得意げに口元を撓らせ色々分かっちゃってる助手は”何にも無いことが餞別で、あたしなりの気遣いへのご褒美”と胸の内で呟いた。
「イヤ、だが、それとこれとは話が…」
「あ〜〜うーん…じゃあ、タクシー呼ぶから。そのくらいの意地は張らせてよ。ね、それならいいだろ?御剣」
御剣を遮って成歩堂は了解し、見透かされてるなぁ…小さなボヤキは苦笑に混じって消える。
「う、ム?タクシー?…ムム、徒歩よりは安全かもしれない…が、釈然としない気が…しないでも、ない」
戸惑い顎を引いた御剣は眉根を寄せ、唸るが
「えー?!歩いて行ける距離だよ?勿体無いじゃん」
勿体無いの言葉にピクリと反応する。戸惑い、唸ったのは金銭の問題ではない。金銭に換えがたい部分での問題だから
「タクシー代ぐらい私が出す!…いや、そういうことではなく」
そこは修正したいところで
「それに、運転手さんに近場だからって渋い顔されちゃうんだから、歩いていくよ〜」
更にプライドを刺激するような追い討ちをかけられ
「ム、ならば渋い顔をされないくらい色をつければよいのだろう?問題ない」
「………ってことで、決まりかな?さ、真宵ちゃん、春美ちゃん、支度支度」
気がついたら満場一致。呆気に取られている御剣を余所に、成歩堂はタクシー会社に電話をし、「ありがとうございます、みつるぎ検事さん!」邪気の無い感謝の言葉を受ける。

サンタクロースを信じたのは子供の頃。
今では当然のようにそれは存在しないと分かっている。

「じゃあ、なるほどくん、御剣検事、おやすみなさい」
「今日はありがとうございました。おやすみなさい、なるほどくん、みつるぎ検事さん」
トランクいっぱいにプレゼントを詰め込んで別れ際の挨拶。
「寄り道しないで真っ直ぐ家に帰るんだよ?おやすみ」
「そうだな…気をつけて。よい夢を‥」
向かいのホテルが着飾ったイルミネーションの明かりを反射したタクシーはドアをゆっくりと閉めた。
サイドブレーキを外し動き出す車体。
と、後部座席の窓ガラスが下り満面の笑顔の少女たちが呼吸をあわせちょっと早いけど、前置きし
「「メリークリスマス!」」
せーのでコールする。
弾んだ声、イルミネーションをちりばめたような笑顔、ひらひらと揺れる手の平、冷たい風に流れる髪‥遠ざかるテールランプは煌々と赤く、赤く
「まったく‥気が早いんだから」
「まあ、それも彼女たちらしいではないか」
笑いながら見送る二人の呟きにも柔らかな光が灯る。

分かっていても心のどこかで信じたいナニか。
それはサンタクロースと言う名ではないかもしれないけれど、夢だったり希望だったり喜びだったり、姿を変えて訪れればいいと思う。

「なーんか、今から赤い服着て行っちゃいたくなるなぁ」
「ふむ‥検察官の前で不法侵入を宣言するとはいい度胸だ、成歩堂龍一。‥だが、情状酌量の余地が無いわけではないが、な」
吐く息のあたたかさに溶け込むような笑い声を交え、見送る赤いランプは夜の街に消えて行く。
「御剣にメリークリスマスって言うのはまだ早いかな?」
「早いだろうな。せめて午前零時を回ってからにしてもらいたいものだ」
「そお?じゃあ、日付が変ったら真っ先に言うよ」
「‥の、前に明日の業務に障りが無い程度に事務所内を片付けねばならないのを忘れるな」
踵を返し事務所に戻ろうとする、その硬い靴音とは裏腹に冬の冷気で冷えた横顔はどこかあたたかく細められた瞳は木漏れ日のような柔らかさがある。
「ぼくさぁ、まだ御剣にプレゼント渡してないんだよね」
「私も、君に渡す物があるのだよ」
「片づけが終ったらさ‥プレゼント交換しようか」
「いいだろう。散々君に振り回された結果だ、心して受け取りたまえ」

例えソレがアルミ缶に入ったアルコールでも、実用的過ぎて特別な品とは思えないような自転車の部品でも、本質は変わらない。
「よーし!やる気が出た!さっさと掃除を済ませちゃおうなっ、御剣っ!」
夜の街に響き渡る声は喜々としていて
「こ、こら!近所迷惑だろう!止めないかバカモノ!」
慌てて諌める様子も微笑ましく
笑い声から零れる囁きはコロコロと階段を転がり落ちた。




分かるかな?分かんないかな?

All I want for Christmas is you baby.

欲しいものなんてはじめから決まってて、願うなら君の幸せだなんて
君には、分かるかな?





おしまいv

   



2008/06/06
mahiro