病室を出て行くシャマルに一礼をすると、再びベットの脇の椅子に座り手を握り締めた。
路地裏で一度だけを見上げた異なる双の瞳は、いまだ開かれない。
意識を失っている原因がシャマルにも解らず、意識さえ戻ればと言う裏側には、意思が戻らなければと言う言葉が隠されている。
急変したら知らせて欲しいと言って立ち去ったシャマルの背中は、他の者たちの元へ向かうと告げていた。
霧の守護者として他を圧倒する幻術を持つ骸が、これほどのダメージを受ける戦い。
―――― 雲雀とて楽な戦いではないはず・・・・
そんな思考を振り切るかのようにぶんぶんと頭を振ると、祈るように握った手に頭を伏せた。
今は、ボンゴレファミリーの一員として、雲の守護者、雲雀恭弥のパートナーとして、その名に恥じぬように、自分に出来る事をするだけだと言い聞かせて。
骸が目覚めたのは、空が明るくなり始めた頃。
いつの間にか寝てしまっていたの頬に、冷たい指先が触れた。
はっとして顔を上げると、心配そうに見つめる異双色の瞳だった。
安堵と喜びの表情を満面に浮かべたの笑顔に、骸も少しだけ瞳を揺らした。
「心配させてしまいましたね」
「いいえ、私は大丈夫です。骸さんこそ、大丈夫ですか?」
「ええ。 小賢しい幻術に少し付き合っただけですから。
・・・・ ずっとついていてくれたのですか?」
「・・・ なんにも出来ないんですけど」
少し淋しげに答えるの握ったままの手に、骸は少し力をこめると偽りのない微笑を浮かべた。
「そんな事はありませんよ。貴方を辿ってこうして戻ってこられたのですから ・・・」
こんな弱々しい骸も初めてならば、こんな柔らかい笑顔を見るのも初めてだった。
「すみません、大切な貴方を、引き止めてしまって ・・・」
「?! ・・・・ あっあの ・・・」
骸の笑顔に見惚れてしまっていた事に気づき、ぽっと頬に紅が射す。しかし、すぐに骸の言葉の意図に気づき、表情が硬くなった。
雲雀はに、家で待つようにと言い残していたのだ。
「僕はもう、大丈夫です。早く彼の元へ言ってあげて下さい」
「はい。 ありがとうございます。 骸さんもお大事に」
は、骸に一礼をして、足早に病室を出た。
そして、襲い来る不安を振り払うように、振り返る事無く雲雀が待つようにと言った二人の家へ走った。
「さあ、どう出ますか? 壊す事しか知らない君は」
幻術の解かれた部屋の窓から、走り去るの背を見送りながら、骸は呟いた。
そして、皮肉な笑顔を浮かべながらクフフと喉で笑った。
見上げた窓の明かりに、ほっと胸をなでおろす。
「恭弥?! 大丈夫? 怪我は? ・・・・ ?!」
「何してたの? 僕は、先に帰る様に言ったはずだけど?」
急いでドアを開け、リビングへと飛び込んだを迎えたのは、冷たく揺れた雲雀の眼差しだった。
ほっとしたは、ぺたりと床に座り込んだ。
「だって ・・・ 骸さん、すごい怪我で あっ?!!」
「君が誰のモノか、ちゃんと教えておく必要がありそうだね。
もう少し利口だと思っていたんだけど、まあ、いい。
どちらにしても、同じだからね」
の腕を引張り立たせると、寝室へと連れて行き、ベットの上へ投げ捨てた。
「どうして? 私は、骸さんの ・・・ やっやめ !!!」
雲雀にとって理由などどうでも良かった。
が自分以外の男と居たと言う事実は、雲雀を苛立たせるのには十分過ぎる理由だった。
の服を引き裂く音が、BGMのように雲雀の頭を流れていた。
ただ一つの思考だけが、雲雀を動かしている。
を、自分の、自分だけのモノにしたいという願いのみが。
2009/7/20
執筆者 天川 ちひろ