be in clouds 10



 放課後、校長室でいつもの様に、雲雀から与えられた書類をこなす。
一段落付いて雲雀の机へと書類を運んだ時、はあのと声をかけた。


「何?」


 顔を上げることなく返った答えに、少し戸惑いを見せた。


「今日は、もう、帰りたいんですけど」

「なぜ?」


 同じように端的な質問に、彼らしい反応だなぁと、口元が揺れた。


「買物に行きたいんです。
 最近服とか買ってないし ・・・・」


 返らない返事に更に言葉を続ける。


「えっと ・・・ 話題のお店の新作のケーキも発売されてたりするし ・・・・ 」


 やっと視線を向けた雲雀にドキリとした。
いつもの見下した視線ではなく、上から下まで観察されるような視線。

 じっと見られてるのが急に恥かしくなって顔を逸らせた時、カタンと椅子を引く音が聞こえた。
驚いて視線を戻すと、制服を肩に羽織り歩き出す雲雀が居た。


「あっ ちょっと ・・・・ 雲雀さん? ・・・・」

「何してるの? 置いてくよ」

「えっ?! ・・・ ええぇぇぇ!!!!!」


 は、驚きの声に振り返ることのない雲雀の後を追った。













 しかし、驚くのはこの後だった。
どこに行くのと問われたから、まず、お気に入りのブティックへと足を運んだ。


「ふーん、これが君の趣味?」

「趣味っていうか ・・・ まあ、けっこう好きだけど」


 ぐるりと店を見渡す雲雀。
似合わないなぁと思いつつも、日曜日に来て行く服を選び始めた時。


「これとこれ。 それに、あっちのヤツとその隣。
 あれも、一緒に貰ってくよ」


「!!! 雲雀さん?! ・・・・」


 驚いて居ると、奥から店長らしき人が現れて、雲雀にうやうやしく一礼した。


「これはこれは、雲雀さん。
 こんな店によくぞおいで下さいました。
 ご入用は、こちらだけでよろしいですか?」


「ああ。 サイズは、アッチに合うヤツでね」


 を一瞥すると、店員がサイズを探し始める。


「ちょっと、雲雀さん! 私、そんなに買う気ないですよ。 っていうか、お金ないし」


 の言葉を無視して、店を出て行く雲雀。
お待たせしましたの言葉に引き止められて、店長直々に、にこやかに差し出された手提げ袋を受け取った。


「あの ・・・・・ お金多分足りないと思うんですけど、後でも」


「雲雀さんからお金を頂くなんて、とんでもございません」



 驚いて必死で否定する姿に、それ以上言っても無駄だと察し、お礼を言って店を出た。






 中央が吹き抜けになっているショッピングモールの手摺に持たれ下を見下ろす雲雀に、お待たせと声を掛けた。


「これだけ群れてると、咬み殺す気も失せるね」


 雲雀の言葉に同じように下を見下ろすと、でもねと言葉を掛けた。


「群れる訳じゃない人も、たくさんいるんじゃないかなぁ ・・・。
 ほら、たとえばあの親子連れとか、あっちのカップルとか。

 あの人達は、他の人じゃだめなんだよ。
 あの赤ちゃんには、両親じゃないとだめだし、 あの恋人たちは、お互いその人じゃなきゃいけないんだと思う。
 そう言うのって、『群れる』のとは違うと思うんだけど」


 しかし、雲雀は答える事無く歩き出した。
答えないのは、少しでも納得してくれたからかもと、身勝手な結論に口元が緩んだ。


「何してんの? そんなに置いてかれたいの?」

「はっはい! ?!きゃっ!」



 雲雀の声に一歩踏み出した時、肩がぶつかり荷物を持っていた所為でバランスをくずした。
散らばる荷物と、派手に転ぶ姿を想像して、悪足掻きに空いた手を伸ばした。


 申し訳ないが、手に掴んだものにしがみ付こうと思っていると、大きな手がその手を掴んだ。


「えっ?!  !!!!!」


 バランスを立て直して見上げると、冷ややかに見下ろす雲雀の視線。


「行くよ」

「はっ はい!」

 握られた、というより捕まえられたままのその手は、ケーキ屋のテーブルに座るまで離される事はなかった。














 吹き抜けのオブジェが見下ろせる特等席に、テーブルを挟んで座る雲雀と

 新作のケーキをほお張りながら先ほどと同じように行き交う人を見下ろす雲雀を見ていた。


 その横顔はとても綺麗だけれど、男性としての本質をしっかりと携えているのは、ハンターとしての資質からだろうか。
 ハンターというよりは、野獣の方が合っているなと思い直した。



(でも、なんで、抹茶? ・・・・・・ グリーンティーとは ・・・・ 違うんだよね、やっぱり)



 メニューにない物を事も無げに注文して、それをかっつりと持ってくる。
改めて雲雀恭弥という名を、認識する。



 ティーカップに入った濃い緑のそれを、優雅に口に運ぶのにみとれてしまった。


(普通の人ならモテただろうなぁ。 すぐに咬みつかなきゃ)


 でも、今の雲雀も素敵だなと、知らず知らず思って、急に顔を赤くした。



「何? 僕の顔に何か付いてる?」


「ううん 何にも ・・・・」



 小さな丸テーブルの上を綺麗な顔が近づく。

「白状しなよ。 何考えてたか」


 頬杖を付いてみつめる瞳は、もちろん嘘など許さないけど、最後の笑った部分は、恥かしくてとても言えない。
まともに答えても結果は似たようなモノ。
 ならば恥かしい思いをするよりはと、目を泳がせてみると、カウンターの影から伺うような視線。



「私たちを不思議そうに見てるなって。
 ほら、雲雀さんを知ってる人達からは、私って不思議に見えるみたいよ」


 ねっと少し引きつった笑顔を向けると、不機嫌で伏せ目がちな雲雀が居た。


「・・・・・・・」


 よどんだ沈黙になにか不味い事をと考えていると、大きな手が頭の後ろにまわされて、そのまま掴まれた。
 髪に絡む指の力に固まっていると、不意に唇が触れた。



「!!!!!!!」








 互いに開いたままの瞳が絡んだ時、雲雀の目が妖しく緩んだ。

 触れるだけの唇がどれ位重ねられていたのか解からない。
離れた後も、時間が止まったようには固まったままだ。
雲雀はと言うと、何事もなかった様に、手摺に頬杖を付きながら、獲物を物色していた。


 やっと我に返ったのは、雲雀が席を立った時。


「あっ! ちょっと! 雲雀さん」


 慌てて立ち上がろうとしたを一瞥すると。


「狩って来る。 それと、これからは、僕の事は苗字で呼ばないで」

「へ? 苗字で呼ばなくてなんて呼べば ・・・・」

 答えなど返る気配すらなくて。
 そして、言葉とを置き去りに店を出て行った。


 周りの視線に気づき慌てて荷物と伝票を引っ掴むとレジへと向かう。
しかし、この瞬間から、がこのショッピングモールで支払いをする事は二度と出来なかった。








2007/11/15
執筆者 天川 ちひろ