be in clouds 08





 的屋の取立てはいつもの事。
群れる草食動物を咬み殺すように、滞りなく事は過ぎて、ライトに浮かぶ桜を幹に凭れて見上げてふと思う。



 殺意のない苛立ち



 認めたくない感情をあっさりと自分に植え付ける

 己以外のモノに触れる事など考えた事もなかったのに、気づけば指先が触れている。
触れればその先にある何かを確かめたくて、更に距離を縮める。

 そして、その度には ・・・・・・。


 ともに連れてくるつもりのが、なぜここに居ないのか と思考を過ぎた。

 
 くくっと思わず喉で笑う。
何に対する笑いなのだろうと視線を桜へとむけた時。


「! ・・・・・・ 」

 言葉にならず佇むの瞳を見つめた。
桜の下、ほんのり染まる頬が、まるで桜の花の妖精みたいで。










 見つめあっていたのは、ほんの少しの時間かもしれない。
 でも、それはまた一つ新たな感情を雲雀に教えるには十分で。



「 そうか ........ 」

「えっ? あっ あの ・・・ 草壁さんに聞いたら此処だって教えてくれたから。 雲雀 ・・ さん?」


 近づく雲雀の表情がとても優しく感じたから、その瞳を見つめたまま立ちすくむ。
でも、それは今までの時は少し違って、見つめる瞳が切なげで。

 から思わず視線をそらして、再び喉で笑う。



「なに? 続き、シテ欲しいの?」

「ち、違います! ついて来るように言ったじゃないですか」

「従順だね。 ご褒美をあげたくなるよ ・・・・」

「! ・・・・」

 まただ と、数時間前の事がよみがえる。
ひと気がないわけではないけれど、先ほどよりもはるかに危険だと、鼓動は速まり背中に汗が走る。
 しかし、雲雀から逃れる事など到底無理で。





――― なぜここに来たのだろう






 近づく雲雀を見つめながら考えた。
理由はいくつも見つかるけど、どれもこれも本当じゃないと感じた。

 指先が触れる距離まで縮まった時、静かに目を閉じた。







――― それはきっと ・・・ ?!






 思考は包まれた大きな温もりに消し去られた。
大切に大切に宝物の様に、柔らかく、温かく、それでいて、強い意志を持つ抱擁。




――― 雲雀さんだ ・・・・・



 心地よいとばかり言えないその抱擁に、そう思った。

 何を伝えたいのかさっぱり解からない。
でも、なぜだかとても嬉しかった。







 逃げれば閉じ込めるつもりだった。
でも、は黙ってその身を預けてきた。


 自分の胸へ伝わる温もりを不思議に感じる。
『狩る』という本能の奥の奥に眠る必然。


「解かったよ。 なぜ僕と君が出逢ったのか」

「えっ? ・・・ あの ・・・・・・・ ?」


 耳元で独り言のように囁かれた言葉の意味が解からず戸惑う
それが伝わったのだろうか?雲雀は、ふっと口元を歪めた。


「・・・・・ 僕はもっと強くなる」

「? ・・・・・ 雲雀さんは、十分強いです」



 でもとそっと両手を背中へとまわす。
男にしては華奢とも言える雲雀の背中。
でも、にとってはとても広くて。


「でも きっと・・・・・・ もっともっと強くなります。 雲雀さんが、望むなら」



 の言葉に答える事なく、雲雀は抱きしめ続けた。
やがて人波も途絶え始め、やっと帰途につてからも、何も言葉はなかった。
繋がれた手がらしくなくて、も言葉を捜してるうちに、家の前に来てしまった。


「あっ ・・・・ あの ・・・・・」

 歩き始めた雲雀の背中に声を掛けると、返事の代わりに少し振り向いた視線が返る。

 たったそれだけなのに、なぜか頬が熱くなって、視線を足元へと逃がしながら。


「送ってくれて、ありがとう ・・・・・」

 くだらないと言わんばかりに、視線が剥がされた。
再び歩き始めようとした背に、もう一度声が掛かる。


「・・・・・ おやすみなさい」

「・・・・・・・・・・  僕以外 ・・・・・」

「はい? ・・・・・・・」

「僕以外の夢を見たら、咬み殺す ・・・・・ そいつをね」

「 ・・・・・・・・・・・・・ 」



 夢か現(うつつ)か解からない言葉を言い捨てると、該当の途切れた闇へと溶けていく。
その意味をしっかりと刻み込まれると、まだ、知らないは、ただ、黙って後ろ姿を見送った。












2007/7/24
執筆者 天川 ちひろ