be in clouds 06






 ラベンダーの香りが漂う湯船で、大きく伸びをした。
強張っている体を、湯の柔らかな刺激と心地よい香りが解していくようだった。


 パシャッと顔をぬらし、滴り落ちる雫に濡れた唇をそっと人差し指でなぞってみた。


「したんだ ・・・・ 本当に 私 ・・・・・・・ 雲雀さんと キス ・・・・・」


 言葉にした途端、急に恥ずかしくなって、口元を隠すように湯にもぐる。
打ち消そうとしても、間近で見た雲雀の端整な顔が浮かぶ。


「でも ・・・・ 雲雀さんは ・・・・・・」


 何の感情もなく、ただ、を惑わす為だけで、キスをした。
惑わすというより、ただの嫌がらせなのだろう。



「・・・・・・・ ばっかみたい 」




 一時でも恋心を抱いた自分が、急に惨めになる。
でも、あの毅然とした態度や整った顔立ちは、性格を無視すれば恋心を抱いても仕方ないと思う と、自分を励ました。


 きっと、雲雀は何事もなかった様に、いつも薄い微笑みを浮かべるのだろう。


(絶対、私だって、なーんにもなかった様にするもん)


 そう思うこと自体、意識しての行動なのだが。









 多少もやもやは残るもの、本来あまり拘らない血液型のおかげか、お風呂を上がる頃にはすっかりリラックスしていた。


「お先に失礼します」
「はーい。 ちゃん、おやすみなさい」
「おやすみなさい」



 ツナのお母さんの明るい声にも元気づけられて、いつも通りの挨拶で部屋へ戻り、ふーとベットに腰掛けると。


「 ん?! 」

 コツコツとベランダのガラスをつつくような音に、不思議に思いカーテンを少し開けると。


「?!?? ×○△*※」


 ベランダの手摺にもたれる雲雀に言葉を失くし、反射的にカーテンを閉めた。




(なっ なんで 居るの〜? ・・・・・・・)






 ドキドキと速まった鼓動、赤くなる頬。
落ち着け落ち着けと言い聞かせていると、サッシ特有のスライド音で窓が開く。


「あっ ・・・・・・」
「離してくれない? 手」


 閉めたままのカーテンを握り締めていた手を慌てて離すと、部屋へと入って来る。


「ふーん、わりと殺風景だね」
「さっ ・・・・ 殺風景で悪かったわね。 って、何しに来たんですか?!」
「でも、嫌いじゃないよ。 むしろ好みだ。安心したよ」
「えっ? あの ・・・・ 安心って ・・・・」


 の言葉は尽くスルーされて、「それに」と、まだ、乾ききっていない髪に手を伸ばす。


「・・・・・・・ 香りも悪くない 」
「ヒ ・・・・ 雲雀さん? ・・・・・」

 の髪を手に取りくちづけるように口元へと持っていく。
真っ赤に染まる頬にちらりと視線を流し、髪を離すと。


「手を出して」
「手? ・・・・ ですか?」


 おずおずと差し出した手に雲雀の手が重なる。
置かれたのは、見慣れた携帯電話。


「え? ・・・・ あっ!!! 私、すっかり忘れてた」


 淡い期待は見事に消え去り、別の意味で頬が赤くなる。
普段あまり携帯を使わないから、忘れた事さえも気がつかなかった。


「これを、何処で? ?! ・・・・」

 携帯から視線を戻すと、そこに姿はない。
用済みと言わんばかりの雲雀の背中に、躊躇いがちに。


「あの ・・・・ ありがとう ・・・・ わざわざ届けてくれて」


 明日、学校で渡せば済むのにと、聞きたい言葉を飲み込んだ。 
 

 すると、ふっと少しだけ口の端を歪めてへと視線を流す。


「僕の命令が、ちゃんと伝わらないのは困るからね」

「めっ 命令って  他に言い方はないんですか?
 パートナーって言うのは、部下じゃありません」


「僕にとって、どちらも同じだよ。
 君が、僕のモノである事もね」


「だから、どうしてそうなる  ?! ・・・・・ ん ・・・・」


 またもや、不意打ちのキスに体の力が抜ける。
雲雀が、片手を腰に回して支えてくれていたお陰で、なんとか立っていられた。



 最初の時とは少し違い、雲雀の体温をパジャマ越しだけど体で感じる。
支える腕の力強さは、繊細さの目立つ雲雀のイメージとは違って、漢(おとこ)を感じさせる。
でも、強引に体を引き寄せる所は、とても彼らしい。


 腕を緩め自然とベットに腰掛ける様に解くと、愉快そうにくくっと笑う。


「本当なんだ。 唇を塞ぐと女って静かになるって言うの」
「なっ?! 何よ! そんな言い方って ・・・・」

 なんだかすごく惨めに思えて、そう感じた瞬間、零れだした涙は止らなくて。

 そんなに背を向け窓を開けると。


「いやなら、捨てればいい。
 君の大事なモノを捨てれば、自由になれる」


 言い捨てると振り向く事無く窓の外へと出て行った。








「そう ・・・・・ 何もかも失くせばいい。 全てを ・・・・・・」

 には聞こえないその呟きは、雲が月を隠した夜空に梳(と)けていった。


















2007/5/6
執筆者 天川 ちひろ