応接室は、本当に見晴らしがいい。
運動場で元気に練習する山本を見つけて、思わず微笑んだ。
「止ってるよ 手」
本来なら学校の最高権力者が使用するるべき場所から、雲雀の声がした。
学校の最高権力者と言う点では、間違っていないのだろう。
雲雀の傍らで、彼の仕事の手伝いをするようになって一週間。
彼のリングを選ばなければ、今頃は野球部のマネージャーをやっていたはずだ。
「終わりましたから」
視線を戻す事無く答えるは、雲雀の表情を伺う事はしない。
今まで雲雀を知った者は皆、彼の一挙一動に神経を尖らせていたのに。
雲雀の執務机と、1メートル、下に50センチほどの場所に置かれた机に座るの正面に立つと、2〜3枚手に取り確認する。
「ふーん、そこそこ使えるようだね」
「それは、どーも」
戻された書類を受け取りながら、おもいっきり愛想笑いを添えて受け取った。
さっさと机に戻ってくれるものと思っていたら、両手をついて至近距離に顔を近づけて来る。
「なっ、 ・・・・・ 何ですか?」
薄っすらと赤くなった頬としかめた表情が、とてもアンバランスで、いつもの様に見下した薄笑みを浮かべると、顔を離す。
「君は、なんで逆らわないの?」
「逆らって無駄な事は、この前で十分解かったもの」
「頭は良さそうだね」
「重ね重ねどうも」
視線を雲雀へと向けると、柔らかい表情を浮かべる。
向けられた雲雀の表情は、全く変わらないが。
「今日は、良く喋るのね。 何か良いことあったの?」
「仕事が順調に片付くのは、気持ちいいからね」
それよりと、やはりいつもの雲雀とは違い話を続ける。
「なぜ君は、大人しく従うんだい?
あの男を選ぶ事もできるはずだよね」
雲雀の質問に、視線を伏せて自嘲気味に答える。
「彼を選んだら、私は全てを失う事になっちゃうもの」
「全てを失くすのがそんなに怖いの?」
「怖いと言うより ・・・・・・ どうしても、失くしたくないモノがあるの。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・」
歯切れの悪い言葉尻に続きを待っていたが、の言葉はそこで終わった。
「そんなに大切なもの?」
「うん ・・・・・・ 多分 ・・・・・・ でも ・・・・・」
「でも?」
「ううん 何でもない ・・・・・」
質問ばかりの雲雀を、不思議に思い見上げた時、その表情にゾクリとした。
「私、何か不味い事、いいました?」
の言葉に、浮かんでいたものはすぐに消えて、いつもの余裕の表情に変わった。
にやりと口の端が歪むオマケ付きで。
「君が、どれだけ持つのか、楽しみだよ」
「持つ? ・・・・」
「ああ。 たとえばこんな風にね ・・・・・・」
「?! ん ・・・・・・・ ふ ・・・・・ ん ・・・・」
の後頭部を鷲掴みにして、強引に唇を重ねる。
手に持ったシャープペンごと振りあげた右手は、いとも簡単に受け止められて全く動かない。
左手で頭を掴む腕を解こうとするが、それも無駄な抵抗で。
生き物のような雲雀の舌は、歯茎と下唇の裏を舐め始める。
気持ち悪い感覚に、声をあげそうになった瞬間、更に深くソレは進入してきての舌を絡め捉え、強く吸った。
その所為で、口を閉じると自分の舌まで噛み切ってしまうから、なす術なく口内を蹂躙されるがままとなった。
(どうして ・・・・・ どうして ・・・・・・)
初めてのキスなのに、こんな形になるのだろうか。
悔しくて切なくて、じわりと涙が浮かんでくる。
でも、ここで泣いたら雲雀は、また、あの見下した笑いを浮かべるに決まってる。
嫌らしく引く銀の糸を断ち切る様に、やっと離された唇をぎゅっと噛んだ。
手の甲で唇を拭う雲雀は、まるで咬み殺した獲物の血を拭うみたいだった。
言葉が出てこない。でも、意思は伝えたくてキッと睨むと。
「嫌なら止めれば? 僕は構わないよ」
それまでは、君は僕のモノだからと、悪びれた様子は欠片もない。
「だったら、雲雀さんから断って下さい。
雲雀さんが失くすものは、何にもないんでしょう?
こんなやり方しなくても ・・・・・・」
「嫌だ。 止めるのは君の意思じゃなきゃ、意味がない。
それに ・・・・・・ 嫌いじゃないんだ ・・・・・・
威勢のいい草食動物を、少しずつ追い詰めていくのって ・・・・・・」
「 ・・・・・・・ マジで、最低ね。 貴方って人は ・・・・・・・」
視線を落としてククッと笑う雲雀に、捨て台詞を残すと鞄を引っ掴んで応接室を出て行った。
2007/4/19
執筆者 天川 ちひろ