be in clouds 05




 応接室は、本当に見晴らしがいい。
運動場で元気に練習する山本を見つけて、思わず微笑んだ。



「止ってるよ 手」


 本来なら学校の最高権力者が使用するるべき場所から、雲雀の声がした。
学校の最高権力者と言う点では、間違っていないのだろう。

 雲雀の傍らで、彼の仕事の手伝いをするようになって一週間。
彼のリングを選ばなければ、今頃は野球部のマネージャーをやっていたはずだ。


「終わりましたから」


 視線を戻す事無く答えるは、雲雀の表情を伺う事はしない。
今まで雲雀を知った者は皆、彼の一挙一動に神経を尖らせていたのに。

 雲雀の執務机と、1メートル、下に50センチほどの場所に置かれた机に座るの正面に立つと、2〜3枚手に取り確認する。



「ふーん、そこそこ使えるようだね」

「それは、どーも」


 戻された書類を受け取りながら、おもいっきり愛想笑いを添えて受け取った。
さっさと机に戻ってくれるものと思っていたら、両手をついて至近距離に顔を近づけて来る。


「なっ、 ・・・・・ 何ですか?」


 薄っすらと赤くなった頬としかめた表情が、とてもアンバランスで、いつもの様に見下した薄笑みを浮かべると、顔を離す。



「君は、なんで逆らわないの?」

「逆らって無駄な事は、この前で十分解かったもの」

「頭は良さそうだね」

「重ね重ねどうも」


 視線を雲雀へと向けると、柔らかい表情を浮かべる。
向けられた雲雀の表情は、全く変わらないが。


「今日は、良く喋るのね。 何か良いことあったの?」

「仕事が順調に片付くのは、気持ちいいからね」


 それよりと、やはりいつもの雲雀とは違い話を続ける。


「なぜ君は、大人しく従うんだい?
 あの男を選ぶ事もできるはずだよね」

 雲雀の質問に、視線を伏せて自嘲気味に答える。


「彼を選んだら、私は全てを失う事になっちゃうもの」

「全てを失くすのがそんなに怖いの?」


「怖いと言うより ・・・・・・ どうしても、失くしたくないモノがあるの。
 ・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・」


 歯切れの悪い言葉尻に続きを待っていたが、の言葉はそこで終わった。


「そんなに大切なもの?」

「うん ・・・・・・ 多分 ・・・・・・ でも ・・・・・」

「でも?」

「ううん 何でもない ・・・・・」


 質問ばかりの雲雀を、不思議に思い見上げた時、その表情にゾクリとした。


「私、何か不味い事、いいました?」


 の言葉に、浮かんでいたものはすぐに消えて、いつもの余裕の表情に変わった。
にやりと口の端が歪むオマケ付きで。


「君が、どれだけ持つのか、楽しみだよ」

「持つ? ・・・・」

「ああ。 たとえばこんな風にね ・・・・・・」

「?! ん ・・・・・・・ ふ ・・・・・ ん ・・・・」


 の後頭部を鷲掴みにして、強引に唇を重ねる。
手に持ったシャープペンごと振りあげた右手は、いとも簡単に受け止められて全く動かない。

 左手で頭を掴む腕を解こうとするが、それも無駄な抵抗で。
生き物のような雲雀の舌は、歯茎と下唇の裏を舐め始める。
気持ち悪い感覚に、声をあげそうになった瞬間、更に深くソレは進入してきての舌を絡め捉え、強く吸った。

 その所為で、口を閉じると自分の舌まで噛み切ってしまうから、なす術なく口内を蹂躙されるがままとなった。


(どうして ・・・・・ どうして ・・・・・・)



 初めてのキスなのに、こんな形になるのだろうか。
悔しくて切なくて、じわりと涙が浮かんでくる。
でも、ここで泣いたら雲雀は、また、あの見下した笑いを浮かべるに決まってる。



 嫌らしく引く銀の糸を断ち切る様に、やっと離された唇をぎゅっと噛んだ。
手の甲で唇を拭う雲雀は、まるで咬み殺した獲物の血を拭うみたいだった。

 言葉が出てこない。でも、意思は伝えたくてキッと睨むと。


「嫌なら止めれば? 僕は構わないよ」

 それまでは、君は僕のモノだからと、悪びれた様子は欠片もない。


「だったら、雲雀さんから断って下さい。
 雲雀さんが失くすものは、何にもないんでしょう?
 こんなやり方しなくても ・・・・・・」


「嫌だ。 止めるのは君の意思じゃなきゃ、意味がない。
 それに ・・・・・・ 嫌いじゃないんだ ・・・・・・
 威勢のいい草食動物を、少しずつ追い詰めていくのって ・・・・・・」


「 ・・・・・・・ マジで、最低ね。 貴方って人は ・・・・・・・」

 視線を落としてククッと笑う雲雀に、捨て台詞を残すと鞄を引っ掴んで応接室を出て行った。









2007/4/19
執筆者 天川 ちひろ