生徒が足を踏み入れる機会などめったにないその部屋は、昼休みの喧騒とはかけ離れた静けさを纏っていた。
コンコンとノックをしても返事がない。
そっと開けてみると、見覚えのある肩のライン。
(本当に居る?! ・・・・・・)
「あの ・・・ 失礼します ・・・・・」
返事がないので扉を閉めて中へと入り、雲雀と呼ばれた人の側へと歩み寄ると。
「うっ?! ・・・・・」
正面へ回ろうと腰掛けるソファーの横を通った時、音もなく喉元に金属棒が突きつけられた。
後に、それが、雲雀の愛用武器トンファーだと知った。
「ここで待って居る様に、言ったはずだけど?」
決して筋肉質ではないが、数多の戦歴を物語る引き締まった体。
朝は感じなかった身長差をはっきりと感じながら、秀麗な顔立ちから昇る美しい殺意を全身に浴びる。
「あっ、あの、私、授業に」
「言い訳は聞かない。 それに ・・・・・」
を見据えるその姿を映す瞳を見て、背中に冷たすぎる汗を感じた。
「女だからって、手加減はしない」
「?!」
言葉の終わりに口の端が歪み、無機質な金属が鼻先をかすめた。
もう片方はセーラー服の隙間からチラリと見えたお気に入りのキャミュソールの下に赤く長い痕を残した。
とっさに飛びのいて直撃は避けたものの、窓際へと追い詰められる。
「いい反応だ。 楽しませてもらえそうで嬉しいよ」
距離を詰める雲雀に横へとずれて距離を置くが、それもすぐに限界が来る。
楽しませてとは言うものの、実力の差は歴然で、逃げ惑う獲物をいたぶるつもりだろう。
(どうせこのままでも一緒なら ・・・・)
再びトンファーが振りあげられた瞬間、窓の外へと飛び出した。
確か、背の高い木が何本かあったと思う。
もしかして、その枝のどれかに掴まれれば。
掴まれなくても、上手く利用してその下の生垣にでも落ちられれば。
このまま餌食になるよりは、少しはましな怪我で済むかもしれない。
しかし、この捕食者(ハンター)はそんなに甘くはなくて。
場所を選んで飛び降りるいとまなど与えるはずもない。
木と木の間の少しだけ重なる細い枝が、落下のスピードをひどく感じさせただけ。
(私、死んじゃうかも ・・・・・・)
たいして高くもないのに、時間が妙にゆったりと流れる。
これを臨死体験というのだろうか?
窓の外を見て驚く生徒の顔が見える。
当たり前だろう。自分はおこっちているのだから。
(消えないトラウマをつけてしまうかも)
人の事ばかり気になっている自分が不思議だった。
そんな夢の狭間は横からの衝撃によって現(うつつ)へと戻された。
しかし、戻されたはずの現(うつつ)は、もやがかかった様に不鮮明で。
(・・・・・ パイ ・・・ ナップル? ・・・・)
よほど食べたかったのだろうか?
自分自身も、なんでそう思ったのか解からない。
もやの中にぼんやり映る影に、呟いた言葉。
その瞬間、さらに強い衝撃で意識が遠のく。
それが地面に着いたという事は解かった。
でも、その衝撃はコンクリートではなくて、手足に擦れる感覚で、落ちるはずのない生垣の上だと言うことも。
かかっていたもやが少しだけ晴れたそこで見たのは、不思議な色を持つ双の瞳だった。
その瞳に隠れて見えるはずのない校舎の窓で、こちらを見下ろす雲雀が見えた気がした。
そして、完全に意識を手放した。
2007/3/28
執筆者 天川 ちひろ