月に叢雲 俺とお前 其の八
暁の空を見上げながら、生まれたての空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
道源の座敷を後にして、鬼鮫に案内された宿で一夜をすごし、言い付けどおり夜明けと共に宿を出た。
いろいろ不安はあるけれど、イタチが居てくれるから、後は信じて待っていようと決めた。
帰ってきたら、沢山のごめんなさいと沢山のありがとう、そして、沢山の大好きをを伝えよう。
そんな事を考えながら少しずつ白くなる空を見上げながら歩いた。
朝は苦手だったのに、いつの間にか夜明けの空が好きになって時々は早起きが出来るようになった。
イタチが暁に居ると言うとっても単純な理由で。
ふいに視線に入って来たその姿。 この前とは違う緊張が背筋を走る。
木に凭れて腕を組み無表情の視線は足元へと無造作に投げられていた。
進む事も戻る事もできないは、ただ、その場に立ち尽くす。
「どうした? なぜ、立ち止まる?」
視線が向けられたと同時に放たれたであろう言葉は、耳のすぐ横で聞こえた。
本当は怖いはずなのに、恐怖よりも罪悪感が胸をぎゅっと鷲掴みにする。
「お前は、あの日何を見た?」
イタチより短い身長差がより鮮明に声を伝える。
冷静に感情を殺し淡々と問いを重ねる。
それは、精一杯の彼の優しさ。
もっと、恐怖を与えてくれればいいのにと、心がズキズキ痛む。
「..... 何も ..... 気がついたら、宿にいて ......」
少しの間、次の言葉を迷った。
間違いなく、あの勾玉模様を持ち去ったのはサスケだ。
そのサスケが、自分に聞きたい事は、唯一つ。
自分は何と答えればいいのだろう?
思わずイタチの名を口にしそうになった時。
「お前には、危害は加えない。 加えさせない、俺が守ってやる」
何があった?と再び問う。
その言葉に、涙が溢れてきた。
ただ、首を横に振るだけで、何も言葉にならなくて、ごめんなさいとやっと呟く。
腰にまわした腕に力がこもり、顎へと指が掛けられて涙で滲むその先には、想い人の少し幼い面影を宿す義弟(サスケ)。
「あんた、何者なんだ?」
このまま殺されるのもいいかもしれない。
そうしたら、イタチはどうするのだろう?
そんな埒もない事を思い浮かべ、閉じた瞼にまた一筋涙が零れ落ちる。
「....... 私は ..... 私は ..... 君の .... ?!」
急に離れた指と腕が、刀で頭を地面へと貼り付け、もう一匹の首を掴む。
蛇と言うにはあまりに大きく、子供なら一飲みにされそうだ。
「何のつもりだ! 大蛇丸!!」
睨む先には金色に光る瞳が、面白そうに二人をみつめる。
そして、次の瞬間、掴んだ胴からもう一つ鎌首を上げてサスケを襲った。
「やめてぇぇぇ!!!! ......」
悲鳴のような叫び声に、一瞬にして刀から腕から大蛇が消えた。
おいと言う声が遠くで聞こえてくるようで、全身から力が抜けていく。
落ちていく感覚は急にふわりと抱きとめられて、はそのまま意識を手放した。
反射的に追おうとしたサスケをカブトが制す。
そのカブトへと向けられた草薙剣は、背後の大蛇丸により腕ごと掴まれた。
しかし、サスケの視線は紅い雲を散りばめた外套から離れない。
この世で最も忌むべき存在が、ついさっきまで腕の中にあったを抱き上げているからだ。
写輪眼を浮かべ睨む激情を、冷酷に木上から見下ろす同じ瞳。
「離せぇぇぇ!!!」
その言葉は、己を捉える同胞へとも見下ろす仇敵へともつかない呻きを宿す。
「お止しなさいさい。 今の貴方じゃ返り討ちよ」
大蛇丸の言葉に、イタチの隣の鬼鮫が耳打ちした。
表情を変えぬまま、サスケに言葉を発する暇を与えず、印を結ぶ事無くその姿はと共にかき消えた。
「貴様ら!!!」
「安心なさい。 あの娘に危害を加える事はないわ」
君の望み通りにねと、喉で笑いながら掴んだ腕を離した。
その腕に残る痕がサスケの本気を物語る。
睨むサスケに、埃を払いながら立ち上がると、いつもの様に眼鏡を治して。
「君も察しが悪いな。
あのうちはイタチが、鬼鮫に任せる事無く、印を結ぶ両腕を塞いでまで、大切に抱え込む女性(ひと)だ。
力ずくで奪える相手じゃないって事だよ」
―――― 私は .... 君の .....
思い出した言葉に、ぎゅっと拳を握り締めた。
「どうやら君のお兄さんは、君から奪うのが大好きのようね。
でも、私達にも居ると便利な道具なのよ、あの娘(こ)。
もしも、手に入れられたら、貴方にあげてもいいわ。ちゃんと飼いならせるならね。
奪ってみたら? 君があの日、奪われた様に」
サスケは、無言で刀を鞘にしまうと、表情を楽しむように眺める大蛇丸を無視してその場から消えた。
「悪趣味ですね .....」
「何か不満でも?」
珍しい物言いに愉快そうに問いで返す。
「いえ ..... ただ、こう言う事は大蛇丸様らしくなかと思っただけです」
「そうかしら。 誰もが落ちる泥濘だとおもうけど。
這い上がるかそのままもがき続けるかは、器次第って所かしら」
絶対過去に何かあったんだ.......。
まさか、綱手を挟んでの三角関係?などの、心の声は奥底にこっそりしまい、巻き込まれずに済んで良かったと一息ついた。
道源を殺めたあの夜の、遊女姿のをふと思い出したから。
二次創作者:風見屋 那智那